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白猫夢 第2部


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    麒麟の話、第2話。
    夢世界の預言者。

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    2.
     戦いに敗れ、ボクは封印された。

     何故タイカさんは殺さなかったのか? 彼は何も言わなかったが、理由は大体分かってる。
     魔力が欲しかったからだ。ボクの、彼を凌駕するほどの、膨大な魔力が。
     事実、ボクがその中に封じられた超々巨大魔法陣――「システム」は、ボクの体を核として魔力を集め、そしてタイカさんの元へ送っていた。
     そしてそれが、「黒い悪魔」の不死身伝説につながったワケだ。
     どれだけ滅茶苦茶に攻撃を受けても、何事も無かったかのように復活、回復できるだけの魔術と、その起動を可能にする量の魔力が、いつでも送られてるワケだし。
     死ぬワケが無いんだ。

     と言っても。
     その「システム」も万全じゃないらしかった。
     あまりに重篤なダメージを受けてしまうと、魔力供給が追っつかないらしい。
     その一例が、黒白戦争時代――実際に中央で戦争したのと、その前後の何やかやあった時代のコトだ――タイカさんがナンクンの人形に仕掛けられた罠にかかり、「バニッシャー」でどてっ腹をブチ抜かれた時だ。
     アレは本気でヤバかったんだろう。やむなくタイカさんは、「システム」の維持に使っていた魔力の一部を自分に回した。
     ソレでその場は切り抜けられたんだけど、……その代わりに、彼にとっては面白くないコトになったワケだ。
    「システム」の維持が1ランク下がり、そのために、ボクの意識だけがよみがえった。



     目覚めたところで、ボクはある人に出会った。
     その人は、面白いコトをしていた。
     自分の子孫に色々と助言を与え、導こうとしていたんだ。いわゆる霊夢(れいむ)――有益なコトを伝えてくれる、いい夢――を見させているつもりらしかった。
     彼女は幽霊だった。とっくの昔に体は死んでしまっていたけど、元々かなり腕のいい魔術師で、彼女のお師匠からその方法を教わったらしく、その魂は死後も健在なまま。
     それはボクも、ある意味で同じだった。体は死んだも同然――厳密に言えば死んでないけど、動けないし動かせないんじゃ、死んでるのと同じだろ――だけど、その心、魂は自由に動ける。
     ボクと彼女は、すぐに意気投合した。
     ボクも彼女と同じように、人の夢に出て、色々助言をしたくなったんだ。



     でも、勘違いしないでほしい。
     ボクはボクのために、霊夢を見させているんだ。
    白猫夢・麒麟抄 2
    »»  2012.07.22.
    麒麟を巡る話、第51話。
    白猫との出会い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    《く、ふふっ》
     目の前に立つ白い「猫」は、秋也を見て笑っている。
    「なっ、……誰だ、あんた!?」
     慌てて飛び起きる秋也に、「猫」はさらに笑い転げる。
    《くふっ、くふ、くふふ……。いや、いや。そんなに慌てなくていいよ、シュウヤ》
    「あ……? オレを、知ってるのか?」
    《ああ、知ってるよ。四ヶ月、テンコちゃんのトコで頑張ってたコトも、一度は試験に落ちたけど、ちゃんと合格できたってコトもね》
    「……?」
     得体の知れない相手に、秋也は一歩退いて警戒する。
    《そんなに怪しがらなくてもいいんだってば。
     ボクはね、シュウヤ。キミにいいコトを教えるために来たんだよ》
    「なんだって?」
     猫獣人はクスクス笑いながら近寄り、秋也の鼻先へピンと、人差し指を差して見せた。
    《キミを英雄にしてあげる》
    「英雄? ……だと?」
    《そう、英雄。キミのお母さんのような、世界に名を轟かせる、そんな英雄に》
    「……ワケ分かんね」
     秋也はこれが夢なのだろうと、うっすらとではあるが感じていた。
    「頬でもつねるか。こんなワケ分からん夢、見てても面白くないし」
    《えい》
     と、それを聞いた「猫」の方から、秋也の猫耳をぎりぎりとつねってきた。
    「あいでででででっ、やめっ、やめろっ!」
    《どう? 目、覚めるかい?》
    「……ぐっ」
    「猫」から手を離され、秋也はじんじんと痛む猫耳をさすっていたが、一向に夢から覚める様子は無い。
    《ボクの見せる夢は、コレくらいじゃ覚めないのさ。
     さあ、シュウヤ。真面目にボクの話をお聞き。キミにとってすごく耳寄りな、いい話なんだからね》
    「……分かったよ」
     秋也は諦め、その場に座り込んだ。
    「その前にさ、ちょっと聞きたいんだけど」
    《何をかな?》
    「あんた、名前は何て言うんだ? オレの名前を呼ばれるばっかりじゃ、不公平だろ? そっちも教えてくれるのが筋じゃないのか?」
    《分かってないなぁ、シュウヤ》
     秋也の問いに、「猫」はやれやれと言いたげに肩をすくめ、首を振って見せた。
    《キミはボクに対して、何もできない。この時点で公平じゃ、無いよね? まさかボクがキミの言うコト、聞くとでも?》
    「な……」
    《相手によっちゃ公平に接してくれるだろうけど、残念ながらボクは公平主義がキライなんだ。
     だからさ、シュウヤ。ボクはキミにアレコレ言って聞かせるけど、キミが何か言ったって、ボクが全うに、当然至極に答えるだなんて、思わないでよ?》
    「……」
     話の通じない相手と悟り、秋也は口をつぐむしかなかった。
     秋也が黙り込んだところで、「猫」は話を続けた。
    《まあ、ボクについては呼びたいように呼べばいい。白猫とでも、銀猫とでもさ。
     ソレよりも本題だけど、キミ、コレから予定はある? 西方に行って、何かしようって思ってる?》
    「いや……、特には、何も」
     まだ憮然とするものを感じてはいたが、秋也はとりあえず話に応じた。
    《そりゃいい。なら尚更、ボクの言うコトに従った方がいい。
     キミが到着する港は西方の玄関口、ブリックロードってトコなんだけど、ソコである仕事をやってくれるヤツを募集してるんだ》
    「ある仕事?」
    《簡単に言えば、運び屋さ。そいつらに声をかけて、ソレに付いていくんだ。
     ま、最初は断られるだろうけどね。でも諦めず、『自分を使ってほしい』って頼み込むんだ》
    「なんで? オレがなんでそんなコト、しなきゃならないんだ?」
     当然湧いた、秋也のその疑問に対し、白猫はフン、と鼻を鳴らした。
    《二度も言わせるなよ、シュウヤ。ボクがキミの質問に答える義務も、キミが質問する権利も、ボクは認めないよ。
     とにかくやるんだ、シュウヤ。分かった?》
    「いや、そんなムチャクチャな話……」《わ、か、っ、た!? そう聞いてるんだよ、ボクが!》
     あまりにも剣呑で、かつ、有無を言わせないその剣幕に、秋也はうなずくしかなかった。
    「……分かったよ。やるだけやるよ、やれって言うなら」
    《よろしい。
     ではいい旅を、シュウヤ》
    白猫がそう言った瞬間、秋也の意識は途切れ――。

    「……ん、がっ?」
     船室のベッドから、転がり落ちていた。
    白猫夢・起点抄 1
    »»  2012.07.23.
    麒麟を巡る話、第52話。
    煉瓦造りの港町。

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    2.
     秋也を乗せて央南、黄海の街を発った船は、それから一ヶ月ほどで西方の玄関口と言われる港町、ブリックロードに到着した。

    「なんか……、潮の香りに混じって……」
     港に降り立った秋也の鼻が、海の雰囲気ともう一つ、土の焼ける匂いを感じ取る。
    「……ああ、だから『ブリックロード(煉瓦道)』か」
     辺りを軽く見まわし、秋也はその匂いの正体と、街の名前の由来に気付いた。
     各所に煉瓦で作られた建築物が立ち並び、また、港を行き交う積荷やコンテナにも、煉瓦が山積みになっている。
     さらに港から街に向かう道のあちこちに、もうもうと煙を吐き出す煉瓦工場が立ち並んでおり、秋也の歩いているその道にまでも、煉瓦が敷き詰められている。
     どこを見渡しても、赤褐色の無い場所は無かった。
    「煉瓦の一大産地なんだな」
     秋也は一休みしようと、これまた煉瓦がびっしりと並べられた広場の一角にある椅子に――勿論、煉瓦造りである――座り込む。
    「流石に食べ物まで煉瓦、……なんてあるワケないか」
     そんな風に冗談を一人、こぼしていると――。
    「あるぜ」
    「えっ」
     横に座り込んだ茶色い耳の、赤毛の兎獣人が――その色合いは、まさに煉瓦である――ニヤリと笑って応じてきた。
     ちなみに西方は、人口の九割以上が兎獣人で構成されている。秋也のような猫獣人や、中央大陸では平均的に分布して見られる短耳・長耳も、ここでは少数派である。
    「ほら、あの炉端焼き」
    「え? アレ? ……マジで煉瓦、食ってんのか?」
     尋ねた秋也に、兎獣人はゲラゲラと笑い転げる。
    「いや、いや、俺の央中語のヒアリングが悪かったな、ごめんごめん。
     煉瓦を食うんじゃなくて、熱した煉瓦の上で焼いたのを食ってるんだ。鉄板焼きならぬ煉瓦焼きだな」
    「ああ、そっか、そうだよな。……ビックリしたぜ」
    「ところでお兄ちゃん、旅の人かい? ここいらにゃいない耳と顔をしてるが」
     気さくに尋ねてきた兎獣人に、秋也も笑って返す。
    「ああ、そうなんだ。まだこっちに着いたばかりで、あんまり西方語も良く解ってないんだけど……」
    「簡単さ。ちょっと気取ってしゃべってりゃ、そのうちペラペラさ」
     そう言いながらポーズを取って見せる兎獣人に、秋也はクスクスと笑う。
    「はは……、こうかな?」
     秋也も真似して、ポーズを取ってみる。
    「あはは、そうそう、それそれ」
    「こう?」
    「いや、こう」
    「こうか」
    「こんな風に」
    「こうっ」
    「それそれ、ぎゃははは……」
    「あはははは……」
     基本的にのんきな秋也は、兎獣人と一緒に笑い転げていた。



     ひとしきり笑ったところで兎獣人と別れた秋也は、白猫に会った夢のことを思い出していた。
    (運び屋、……ねぇ)
     それらしいものが無いかあちこち見て回るが、一向に見付からない。
     そこで秋也は、天狐から教わった「類推思考」に頼ってみることにした。
    (運び屋ってコトだから、当然、モノを運ぶワケだ。港町、……いや、煉瓦造りの街から運ぶモノって言えば、やっぱり煉瓦なワケで。
     逆に言えば、煉瓦を運んでるヤツの中に、いわゆる『運び屋』関係もいるんじゃねーかな……?)
     そう考え、秋也は港に戻ろうとした。
     と――まさにその、港の方角から、煉瓦を積んだ荷車がやって来る。そして荷車はそのまま、秋也の横を通り過ぎて行った。
    「……付いて行ってみるかな」
     秋也はゴトゴトと音を立て、往来を突っ切っていく荷車の後を追いかけることにした。
     荷車は街のあちこちで止まり、その都度街の者と会話を交わし、煉瓦を売っている。どうやら普通の周り売りらしい。
    (ありゃ、ハズレかな)
     そう思いつつも、他に当ても無いため、秋也は後を追いかける。
     すると積荷が半分になった辺りで、いかつい姿の短耳二人が煉瓦売りに近付いてきた。

    「おい、そこの」
     黒髪の、中年手前くらいの短耳が、やや横柄な態度で煉瓦売りを呼び止める。
    「へえ、なんでやしょ」
    「その煉瓦、いくらだ?」
     と、今度は頭を丸めた方の、相方よりは大分賢そうな、壮年の短耳が尋ねる。
    「キロ売りで、25キューです」
    「後、どれくらい残っている?」
    「ええと……、大体、50個くらいは」
    「他には無いのか?」
    「倉庫にはあと、300個か、もうちょっとはありやすよ」
    「あるだけ買う。いくらになる?」
    「あるだけ? え、本当に?」
    「我々が嘘を付くと言うのか!」
     憤慨する黒髪に、煉瓦売りは「ひゃ」と短い悲鳴を上げ、兎耳を震わせる。
    「こら、威嚇するな。……いや、失敬、失敬。
     我々の国で建築のため、少しばかり大量に買い付けを命じられてな。少なくとも1000個以上、できるようなら買えるだけ買い付けてくるようにと仰せつかっていてな」
    「はあ……、なるほど。えーと、じゃあ、わしの知り合いにも頼んで、煉瓦をご用意させていただきますですが、どうでやしょ?」
    「うむ、助かる。では今から頼めるか?」
    「はい、喜んで! あ、どこに運びやしょ?」
    「街外れに、我々の仲間が集まっているところがある。『シャルル・ロガンから託った』と言えば応じてくれる」
    「はい、承りました! じゃ、早速!」
     そう言うなり煉瓦売りは、ゴトゴトと荷車を引っ張って走り去っていった。
    白猫夢・起点抄 2
    »»  2012.07.24.
    麒麟を巡る話、第53話。
    真面目将軍とワイン漬けマスター。

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    3.
    「あんなじいさんに頼んで本当に大丈夫でしょうか、閣下?」
     煉瓦売りが見えなくなったところで、黒髪の方の短耳がそうこぼす。
    「心配あるまい。私が見たところ、質は悪くなさそうだった。仮にあの翁とそのツテから1000個集められるとして、2万5千くらいとなれば予算よりは大分安く上がる。
     他の班もそろそろ、買い付けを終えるところだろう。後は帝国に、確実に運ぶ方法を考えるだけだ」
    (帝国?)
     隠れて様子を伺っていた秋也は、その穏やかならぬ単語を聞き、猫耳をピク、と揺らす。
    「それなら先程、それ関係を請け負う奴らがたむろする場所を見つけています。多少柄は悪いようですが、如何せん、あの街道を突破することを考えれば……」
    「多少気の荒い方が集まった方が乗り切れるやも、か。
     よし、そこに向かうとしよう。案内を頼む、サンデル」
    「御意」
     二人は並んで、その場を後にする。
     秋也もこっそり、二人の後を付いて行くことにした。

     シャルル・ロガンと名乗っていた短耳、そしてサンデルと呼ばれていた短耳二人は、寂れた裏通りに入る。
    「ここか?」
    「情報によれば」
     二人は店の看板が半分朽ちた酒場の前で立ち止まり、中を覗き込む。
    「……ふむ」
     どうやら誰かがいたらしく、そのまま二人は中に入った。
     秋也も店の入り口にそっと立ち、中の様子を覗き見る。
    「失礼。私はグリスロージュ帝国の将軍、シャルル・ロガンと言う者だ。貴君らに頼みたいことがあって参った次第である」
    「あ~……?」
     いかにも場末の酒場に似合いそうな、酒に浸かったならず者たちが、ふらふらと顔を上げる。
    「貴君らには、帝国までの荷運びをやってもらいたい。報酬は弾むが、請け負ってくれるか?」
    「グリスロージュ帝国、ってぇ、……あの……、西方三国を喰ってるって言う……」
     誰かがつぶやいたその言葉に、ロガン卿は小さくうなずく。
    「如何にも。我々側の言葉で言えば、その三国を平和裏に統合、統一せんとする正統なる国家である。
     それ故、我が国は今まさに飛ぶ鳥を落とす勢い、日に日に勢力圏を拡大しつつある強大な国家であり、その分報酬の払いも非常に良いものであることを約束する」
    「……ちょっとぉ、……聞くっけどさぁ~」
     カウンターに突っ伏していた、白毛に銀のピアスをごてごてと付けた、あまり真っ当な生き方をしていなさそうな店主らしき兎獣人が、のろのろと真っ赤な顔を上げる。
    「陸路で行く気かぃ~……? それともぉ……、海路でかぃ~……?」
    「……陸路の予定だ」
    「あはぁ、やっぱりなぁ~……」
     それを聞いた店主は、ゲラゲラと笑い出した。
    「いひ、ひっひっひ……、最近の帝国さんはよぉ~……、とてもじゃないがぁ~……、船なんか出せやぁしないもんなぁ~……」
    「我々を愚弄するかっ!」
     サンデルが猛るが、ロガン卿はそれを無言で手を払い、制する。
    「耳が痛い限りであるな。その様子であれば、我々の窮状も察していただけよう」
    「おう、おう、おぅ~……」
     店主は兎耳をふらふらと揺らしながらうなずき、こう返す。
    「なんだっけぇ~……、あの、あれ、あれだ、……あ~、プラティノアール王国からのよぉ~……、海上封鎖をまともに受けちまってよぉ~……、物資供給が全っ然できないってよぉ~……、うわさになってるよなぁ~……」
    「その通りだ。それ故、陸路での物資運搬が現在、我々の生命線となっているのだ。
     ここからが依頼内容となるのだが、よろしいか?」
    「よろしい、よろしいよぉ~」
     店主はこくり、こくりと、うたた寝をするかのようにうなずく。
    「……本当によろしいか?」
    「よろしくともぉ~」
     ロガン卿は苦い顔をし、一瞬黙り込んだが、やがて口を開いた。
    「現在、我々は軍事物資をブリックロード他、このマチェレ王国各所より買い付け、集積しているところだ。
     その軍事物資を我々の帝国、グリスロージュの首都、カプラスランドまで運搬してほしい」
    「はぁ~……、なるほどねぇ~……」
     そう応じてはきたが、店主は半分ほど酒の残った瓶を撫でるばかりで、それ以上答えない。
     たまりかねたらしく、サンデルが声を荒げてきた。
    「どうなんだ!? やるのか、やらないのか!?」
    「……もういっこぉ、……聞くっけどよぉ~」
     と、店主は瓶に残っていた酒を呷りながら質問する。
    「このマチェレ王国からよぉ~……、将軍さんらのグリスロージュ帝国までよぉ~……、行くってぇなるとよぉ~……。
     途中で絶対にさぁ~……、あの、あれだ、あそこ、あの街道をよぉ~……、通らなくちゃならないよねぇ~……?」
    「……っ」
    「やっぱりだねぇ~……」
     店主はふらふらとした足取りで立ち上がり、壁に貼ってある地図をへろへろと指差した。
    「西方三国だった時代からさぁ~……、この北の方の山はよぉ~……、険しすぎて荷物なんか運べないしよぉ~……、となると道って言やぁ、このぉ~……」
     そして店主が指差した地名を見た二人は、揃って顔をしかめた。
    「プラティノアール王国の領地を横断してるよぉ~……、『ブリック―マーブル街道』をさぁ~……、突っ切っていかなきゃならなくなるよねぇ~……」
    白猫夢・起点抄 3
    »»  2012.07.25.
    麒麟を巡る話、第54話。
    危険な荷運び。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     店主の指摘に、ロガン卿もサンデルも苦い顔をして黙り込む。
    「おやあ~……? まさかあんた方よぉ~……、しれーっとそれ、黙って依頼しようなんてぇ~……、思ってたりしたのかなぁ~……?」
    「い、いや、それは……」
     取り繕おうとするサンデルを制し、ロガン卿が弁解する。
    「貴君の言う通り、確かに我々はあえてその件に触れなかった。
     と言うのも、道と事情に詳しい貴君らであればそのルートには触れず、別のルートを紹介してくれるのではないかと期待したからだ」
    「モノは言いようだねぇ~……」
    「しかし残念ながら、貴君らもブリック―マーブル街道以外のルートは存じておらんようだな」
    「そりゃあまあ、ねぇ~……。我々は自由と平和と煉瓦の焼ける香りと、ちょっとばかしのお金とワインをこよなく愛する、健全なマチェレ国民だもんなぁ~……」
    「堕落と言うのだ、それは!」
     サンデルが猛るが、店主は意に介さない。
    「そりゃあまあ、毎日戦争でお忙しい帝国民さんらにとっちゃあよぉ~……、俺たちの暮らしはそりゃもう、怠惰なもんだと思うんだろうけれっどもよぉ~……。
     しかしだよ、薬缶みたいな髪形のお兄さんよぉ~……。毎日酒が飲めて、毎日働こうと思えば働き口がいくらでもある、こーんないい街によぉ~……、そんなキナ臭くて堅っ苦しい主義主張なんぞ、持ち込むのが野暮ってもんだろぉ~……?」
    「ふざけるなッ、誰が薬缶だ、誰が!」
     今にも頭から湯気を噴き出しそうなサンデルを、ロガン卿がたしなめる。
    「その辺にしておけ。我々は国民性の是非を討議しに来たわけでは無いのだ。
     話を戻すが、やはりブリック―マーブルを通るしか無いわけだな」
    「そうなるねぇ~……」
    「では、不可能だろうか? 街道を通り、かつ、軍事物資を帝国に届ける、と言う計画を実行するのは」
    「難しいねぇ~……。なにせプラティノアール王国じゃ、あっちこっちに兵隊さんらが網を張ってるもんねぇ~……。何が何でも帝国さんをとっちめてやろうってお国だしさぁ~……、間違いなく襲われるねぇ~……」
    「そうか……。分かった、邪魔したな」
     そう言って、ロガン卿は酒場を去ろうとした。
     が――。
    「ああ、ちょっと待ちなぁ~……、ロガンの旦那さんよぉ~……」
    「うん?」
    「難しいって言ったが、無理とは言ってないよぉ~……」
    「ほう」
     返しかけた踵を戻し、ロガン卿は詳しく尋ねる。
    「何か策があるのか?」
    「まあ、100%襲われるってのから、50%くらいにはできるかなってのがねぇ~……」
    「と言うと?」
    「簡単だよ、囮を使うのさぁ~……」
    「確かに偽の荷車を用意し二手に分かれれば、物資を取られる危険は半分になるのが道理だ。だが相手の軍勢もそう、少なくない。両方を襲われることもあるではないか」
    「そうだろうねぇ~……。一つ拿捕して、その後でもう一つ、似たような奴らを見つけたら、拿捕しようって思うだろうねぇ~……」
    「なんだ、馬鹿馬鹿しい!」
     吐き捨てるようにそう言ったサンデルに、店主がにやあっと笑いかける。
    「でもさぁ~……、二つ拿捕して、王国軍さんがそいつらを連行したらさぁ~……、街道はガラ空きになるんじゃないかなぁ~……?
     いくらなんでも怪しいのが一個、二個通り過ぎた後、さらにもう一個来るなんてよぉ~……、思いもしないんじゃないかなぁ~……」
    「なるほど。二重に囮を仕掛け、それに手を取られた隙を突き、本命を行かせるわけだな。
     となると、大分人手が必要になりそうだが……」
    「50人は用意できるよぉ~……。一人当たり、一日2600キューでぇ~……、危険手当と死亡補償としてぇ~……、それぞれ20000、80000でぇ~……、どうかなぁ~……?」
    「……手当に関しては、その額で構わん。しかしカプラスランドまでは、早くとも2週間を要する道のりとなる。50人雇うとなれば、総額200万キュー近くになってしまう。もう少し、安くはなるまいか?」
    「嫌って言うなら、ウチは手を引かしてもらうよぉ~……。
     ウチだって抱えてる人材にさぁ~……、もしものことがあったら困るんだからさぁ~……。支払いはちゃんとしてもらわないとねぇ~……」
     店主の要求に、ロガン卿はしばらく渋い顔を向けていたが、やがて折れた。
    「……分かった。その額で頼もう」
    「毎度ありぃ~……」
    白猫夢・起点抄 4
    »»  2012.07.26.
    麒麟を巡る話、第55話。
    破落戸バー。

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    5.
     ロガン卿らが酒場を出て行ってすぐ、秋也はその店に飛び込んだ。
    「すまない、失礼するぜ!」
    「あ~……?」
     カウンターに突っ伏す寸前だった店主が、のろのろと顔を上げる。
    「なんだ、今日は客の多い日だなぁ~……?」
    「客って言うか、何ていうか、ええと、……まあ、いいや。
     おっちゃん、さっき仕事受けたよな?」
    「あ~……、受けたけども、それがどうしたぁ~……?」
    「オレ、その仕事に雇ってくれないか?」
    「はぁ~……?」
     頼み込んできた秋也の顔を見て、店主は黙り込んだ。
    「……」
    「な、頼むよ。ほら、なんだ、その、金に困って……」「ないよねぇ~……」
     店主は棚から新しい酒瓶を出し、栓を抜きながらこう返す。
    「お兄ちゃん、身なりが綺麗すぎるよぉ~……。金に困ってたら、そんな格好してないよぉ~……」
    「あ、じゃあ、その、この国の仕事に触れてみて、見聞をさ」「ないよねぇ~……」
     と、この方便も嘘だと看破される。
    「お兄ちゃん、どう見ても真っ当なタイプの人だよねぇ~……。そんな真面目くんがさぁ~……、わざわざこーんな裏通りの小汚い店に入ってさぁ~……、見聞深めたいなんて話、ないよぉ~……」
    「えーと、じゃあ、……えー」
    「帰った方がいいよぉ~……。今ならさぁ~……、そのかばんくらいで許してあげるからさぁ~……」
    「……なんだって?」
     秋也の問いに店主が答える代わりに、店のあちこちから小汚い兎獣人たちが数名、割れた酒瓶や短刀を手にして現れた。
    「君が悪いんだよぉ~……? こーんな店に、一人で入って来るなんてさぁ~……」
     店主はそう言うなり、空になっていた酒瓶を、秋也目がけて投げ付けてきた。
    「わ、っと!?」
     飛んできた酒瓶をすれすれでかわすと同時に、近くまで迫っていた兎獣人2人が短刀を腰だめに構え、秋也の胴を狙ってくる。
    「ひひひ、金だ金だぁ~!」
    「金が自分から飛び込んできやがった、へへへへ……!」
     が、秋也は肩にかけていたかばんをぐるんと振り回し、片方の兎獣人の顔に叩き付ける。
    「ふえっ!?」
    「だーれが……、こんなところでやられるかってんだ!」
     動きの止まった兎獣人の足を、秋也はぱしっと乾いた音を立てて蹴り払う。
    「おわあ!?」
     倒れこんだ兎獣人を飛び越し、もう一人の方にもかばんを叩き付け、続いて平手を胸に入れる。
    「ぬへっ!?」
     べちんと痛々しげな音と共に、兎獣人は床に倒れ込む。
     その間に、新たな兎獣人が3名、秋也に向かってくるが――。
    「うらあっ! ……て、あれ?」「こっちだよ、マヌケ」
     酒瓶を振り下ろした兎獣人のすぐ後ろに回った秋也は、相手の背中を平手で叩く。
    「ほ、ほあー!?」
     兎獣人は酒瓶を落とし、背中を押さえて悶絶する。
     一瞬のうちに倒れた仲間を見て唖然とする残り2人にも、秋也は左と右、それぞれの手で平手を食らわせ、吹っ飛ばした。
    「ふぎゃー!?」「いてえー!?」
     あっと言う間に5人が倒され、赤ら顔の店主も目を丸くする。
    「な、なんちゅう早業だぁ」
    「どうだ? もう他にはいないのか?」
    「……う、うーん。残念だけどもぉ、……いないんだよね」
     もごもごとつぶやきながら、店主はそろそろと屈み、カウンターの下に隠れようとしている。
     と、膝立ちになった辺りで突然、本物の兎のようにぴょんと飛び跳ねた。
    「……と思ったら来た! アルト来た! これで勝てる! やっちゃって、アルト!」
    「は?」
     いつの間にか入り口に立っていた赤毛の兎獣人が、怪訝な顔を向けてくる。
    「あれ、あんた……?」
     秋也が問いかけるのをさえぎり、店主がわめく。
    「そいつ、うちの奴らをボコボコにしちゃったんだよぉ! 目一杯ブッ飛ばしちゃってぇ~!」
    「つってもなぁ」
     アルトと呼ばれた兎獣人は、困った顔を秋也に向けてきた。
    「さっき一緒に楽しく露店メシ食った奴を殴るなんて、俺の性にゃ合わないぜ。あんただって殴られんの、嫌だろ?」
    「そりゃ、まあ」
     そう答えた秋也に、アルトは肩をすくめた。
    「それより飲むか? 店主はアホだけど仕事はちゃんとする奴だから、酒もうまいぜ」
    「ああ、そっちの方が断然いいよ」
     そう応答し、秋也とアルトは同時に笑った。
    白猫夢・起点抄 5
    »»  2012.07.27.
    麒麟を巡る話、第56話。
    パスポーター・トッド。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「大体、そりゃマスターが悪いんだよ。入ってきた客をいきなり襲う店があるかっつの」
     アルトの叱責に、店主はもごもごと弁解する。
    「いやさぁ、『人を見たら金袋と思え』ってさぁ~、じいちゃんから教わったからねぇ~」
    「捨てっちまえよ、そんな教え」
     二人のやり取りに、秋也は思わず噴き出す。
    「ぷ、くく……」
    「すまないな、本当。こいつ、礼儀と倫理観ってもんがアルコールで蒸発しちまってんだ。だから酔っぱらったまま店に立つし、一見の客をいきなり襲ったりもするし。
     ま、それに慣れさえすりゃ、タダみたいな値段で酒は飲み放題だし、話も色々融通してくれっから。残念ながらあえて美点を無理くり挙げるとすれば、そこだけになるんだけれっども」
    「ひっどいなぁ~」
    「否定できるもんならしてみろよ、まったく。こんな滅茶苦茶な店、世界中でここだけだっつーの」
     そう悪態をついたところで、アルトは話題を変える。
    「っと、それで……、えっと、シュウヤだっけ。
     何でまた、運び屋なんかやりたいんだ? 5対1で圧勝できるような実力があるんなら、他にいくらでも働く口なんかあるだろうに」
    「まあ、その、色々事情がさ」
    「その事情、聞かせてくんねえかな。どうしても教えたくないってんなら、そりゃ、無理には聞かないけどさ」
    「うーん……、信じてもらえるかどうか」
     そう前置きし、秋也は夢の中で白猫に会い、運び屋をやるよう指示されていたことを説明した。
    「……白猫、か。となるとそりゃ、『白猫の夢』ってことなのか?」
    「『白猫の夢』……。そっか、……そうなのかも知れない」



     夢の中に白い猫獣人が現れて預言を与え、この夢を見た者は幸せになれると言ううわさは、この双月暦6世紀頃には既に広く知られており、秋也もこのうわさは何度か耳にしていた。
     ちなみに彼の母、黄晴奈もこの夢を見た一人と言われている。



    「もしそれがマジで『白猫の夢』だってんなら、従わない手は無いだろ」
     そう言うとアルトは、店主にこう提案した。
    「マスター、こいつから運び屋やりたいって言ってんだから、やらせりゃいいだろ」
    「いや、でもさぁ~、西方人じゃないってのはちょっとねぇ~」
    「別に構やしないだろ、依頼人からしたら。仕事やるんなら、それが兎だろうが猫だろうが、問題ないわけだし。
     ま、それにさ。こいつを雇うんなら、俺も一緒に行ってやるぜ?」
     そう言ってアルトは、パチ、とウインクを店主に送る。
    「……あ、え、ホントに?」
     アルトの言葉に、店主は顔をほころばせて見せる。
    「いやいやいや、あんたが来てくれるならそりゃもう、どんな条件だって呑んじゃうよぉ~!
     よし決めた、シュウヤくん、君採用! よろしくちゃん!」
    「なんだよ、よろしくちゃんって……。
     まあいい、とりあえずそう言うことになった。改めて自己紹介させてもらうぜ。
     俺の名前はアルト・トッドレール。何でも屋だ」
    「何でも屋?」
     そう尋ねた秋也に、店主が代わりに答える。
    「西方じゃあ、彼を知らない人なんていないよぉ~。
     パン屋から煉瓦焼き、博打の代打ちから用心棒、果ては弁護士、魔術師まで一通りこなしてみせる、まさに天才!
     彼に頼んだ仕事がこれまで失敗に終わったことなんて、一回も無いんだよぉ~」
    「そりゃ言い過ぎさ、俺だって多少はしくじったりもする」
     そう前置きしつつも、アルトは続いてこう言ってのけた。
    「つっても、ここ数年はヘマやった覚えは無いけれっどもな。俺と一緒にいれば、怖いもんなしだぜ?
     ま、そう言うわけだ。よろしく頼むぜ、シュウヤ」
    「ああ。よろしく、アルト」
     秋也とアルトは酒の入ったグラスを交わし、乾杯した。



     この、西方に来てすぐ就いた、何と言うことの無さそうに感じた仕事が、大変な冒険の起点になるとは――のんきな秋也に、分かるはずも無かった。

    白猫夢・起点抄 終
    白猫夢・起点抄 6
    »»  2012.07.28.
    麒麟を巡る話、第57話。
    西方史のお勉強。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     秋也はあのワイン漬けの店主に指示された通りに、アルトと共にブリックロードの郊外へと向かっていた。
    「なあ、アルト」
    「ん?」
     その道中、秋也はいくつかの質問をぶつけてみた。
    「実を言うとオレ、これから会う奴らのコト、隠れて見てたんだ。ワケありそうだなーと思って」
    「ふーん……? それが、何か気になることでも?」
    「ああ。『帝国』の人間だって名乗ってたけど、……正直、いい印象が無いなって。
     オレ、中央の人間だからさ、『帝』を名乗るタイプってあんまり、その、何と言うか、胡散臭いって言うか」
     これを聞いたアルトは、うんうんとうなずいて返した。
    「なるほどな。ま、確かに西方でも『帝国』なんて名乗る輩がまともじゃあないのは、昔っからの通説さぁ。
     確かにいわゆる『双月暦』以前、帝国を名乗るのはちょこちょこいたそうだけれっども、然るにその僭称(せんしょう)は自らを『乱暴者の総大将である』と名乗ってるようなもんだ。
     例えば紀元前1~2世紀頃にゃあフェルミナ帝国なんてのがあったらしいが、歴史書の多くははっきり『愚君の連鎖であった』と評してるし、さらに遡ること100年、紀元前3世紀以前にもトネール帝国なんつうのもあったらしいが、これもまた歴代揃ってバカ殿揃いと言われてる。
     そもそも俺に言わせてもらえば、『中央政府』を打ち立てた天帝なんてのもおバカ一族さ。そりゃま、こっちの皇帝に比べりゃ最初の方だけは多少はいいことしたっぽいが、末期が悲惨に過ぎらぁ。
     最後の皇帝なんかあれやこれや無茶振りしまくった挙句に、部下に逆ギレされて殺されちまったんだろ?」
    「らしいな。詳しくは知らないけど」
    「確か8代目……、オーバル? ……違うな、オーヴェルだっけか。まあいいや、名前なんてどうでも。
     ともかく俺たちからしても、今のこのご時世に『帝国』なんて名乗るような奴らは胡散臭く感じてるのさ。だけれっどもその分、性質はかなり悪そうって評判もある。
     元々、西方の南西には3つの王国があってな。プラティノアール、ロージュマーブル、それからグリサルジャンって王国が、3つだ。この三国、とにかく仲が悪くってな。ちょくちょく戦争したり、しなかったり、と思ったらいつの間にかまたやってたり、ってな具合だったんだけれっども。
     そもそもそんだけ戦争が長続きできて、かつ、長続きさせた理由が、この三国が三国とも、希少な金属の産出地だったってことにある。銀や銅、白金や、最近じゃニッケルなんかの鉱床も見付かったんだが、そんなのがこの三国の北にある山脈を横断する形で、ながーく連なっててな。それを寄越せ、嫌だ、じゃあ奪うぞってんで、ちっとも仲良くなんかしなかったんだ、これが。
     で、希少金属の産地だから金はある。だもんで三国とも金に飽かせて兵隊やら武器やらじゃんじゃん買い込んで戦争しっぱなし、……だったんだけれっども、ここ十数年で事情が大きく変わってきた。それが、『グリスロージュ帝国』って奴さ。
     まずそいつらは一番西にあったグリサルジャン王国を陥落させ、そこで帝国を名乗った。そっからガンガン東に侵攻して、10年くらい前にロージュマーブル王国の領地を全部奪い取り、現在の国名に呼び方を変えた。
     今は隣国となったプラティノアール王国と戦ってる最中らしいんだが、これはどうも、うまく行ってないらしい」
    「ああ、ちょっと聞いたけど、王国側から海上封鎖されてるらしいな」
    「らしいな。その他にも王国側は、他の国と陸続きになってる利点を活かして色々と条約やら条項やらを結んで、帝国を西方の中で村八分にしようとしてるらしいぜ。
     その中心人物である王国の宰相がまた、変わった奴らしくてな……」
     と、そこまで話したところで二人は郊外の、それらしい人間がたむろしている場所に到着した。
    白猫夢・荷運抄 1
    »»  2012.07.30.
    麒麟を巡る話、第58話。
    仁に篤き帝国将軍。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     いかにも軍人風の人間が集まっている、その中心に立っている人物に、秋也たちは声をかけた。
    「ロガン卿ですね?」
    「いかにも。貴君らは?」
     ここまで聞いてきた物騒なうわさとは裏腹に、ロガン卿はやんわりとした物腰で応じてきた。
    「『酒跳亭』から派遣されました、シュウヤ・コウと……」
    「アルト・トッドレールです」
     アルトがそう名乗った途端、場がざわめく。
    「トッドレール?」
    「ってあの……」
    「『何でも屋』トッドか?」
     そしてロガン卿の横に立っていたあのジャーヘッド(薬缶刈り)のサンデルが顔色を変え、アルトに歩み寄ってきた。
    「貴君があの『何でも屋』トッドであるか?」
    「で、ありますねぇ」
    「いや、これは会えて重畳と言うもの! 吾輩も評判はかねがね聞いている! その、よければ握手など……」
     そう申し出たサンデルに対し、アルトはぷい、と苦い顔をロガン卿に向けて見せる。
    「おやー、これは私めの勘違いでしたかな」
    「うん?」
    「私ゃ運び屋として呼ばれたと思ってたんですがねぇ? 大スターの舞台俳優として呼ばれたつもりは微塵もありませんで、ちっとばかし衣装を間違えてしまったようだ」
    「……失敬した」
     ロガン卿も苦虫を噛むような顔を見せ、サンデルの頭をはたく。
    「あいてっ」
    「帝国軍人ともあろう者が、浮ついた態度を執るな! まったく、情けない。
     ……本題に入ろう。我々はここ、マチェレ王国より我らがグリスロージュ帝国まで、軍事物資を運搬する予定を立てている。しかし今現在、海路による輸送は諸事情により……」
    「存じております、閣下。陸路でしか行けないと言うことも、その陸路とはブリック―マーブル街道一本しかないと言うことも。
     その先の、詳しい運搬方法をお聞かせ願いたい」
     アルトに急かされ、ロガン卿はもう一度苦い顔をする。
    「……コホン。では、作戦についてだが。
     既に現在、3輌の馬車を帝国に向けて走らせている。勿論これは、囮だ。そしてさらに1輌の囮を走らせ、これを敵には本命と思わせる。
     そして敵の警戒が先の4輌に向けられたところで、本物の本命、即ち我々の馬車を送る。首尾よく行けば、これで軍事物資を帝国首都まで無事、運搬できるであろう」
    「あの、質問いいですか?」
     と、ここで秋也が手を挙げる。
    「なんだ?」
    「囮の4輌は、どうなるんです?」
    「どうなる、とは?」
    「敵国に捕まるってコトになるんですよね? じゃあもしかしたら、命の危険だってあるんじゃ……」
    「何を分かり切ったことを!」
     その問いを、サンデルが鼻で笑う。
    「いいか、今は戦争の最中だ! 多少の犠牲など、あって然るべきではないか! 甘ったるいことを抜かすな!」
    「……」
     その回答に秋也が憮然とするのと同時に、ロガン卿が「馬鹿者!」とサンデルを一喝した。
    「それではあの鼻持ちならぬ、人でなしの参謀と一緒ではないか! お前は一般人と戦闘員の区別も付かんのかッ!?」
    「あ、いや、そんなつもりでは……」
    「いいか!? 我々は高潔たる帝国軍人であり、また、そうあるよう努力すべき義務があるのだ!」
    「……申し訳ありません、閣下! 軽率な発言でありました!」
     サンデルは顔を真っ赤にし、深々と頭を下げて謝罪した。
    「分かればいい。以後、気を付けるように」
    「はいっ」
    「……ゴホン。話の腰を折ったな。
     今述べたように、我々は軍人として高潔であるつもりであるし、相応に誇りも持っている。それと同様、敵国といえどもプラティノアールの兵もまた、不義非道の輩ではない。拿捕した相手が一般人と分かれば、彼奴らは即刻解放し、強制帰国させるであろう。その点については、安心していいはずだ。
     とは言えそれはあくまで、一般人の場合だ。軍同士、兵隊同士とあれば、サンデルの言う通りになる。戦争の最中であるし、敵国の人間である我々が領地内に入ってきたとなれば、彼奴らから攻撃を受けても文句は言えん。
     つまりこの本命、帝国軍人が守りを固める本隊に就くのは貴君らにとって、最も危険であると言える」
    「ま、その分」
     ここまでじっと話を聞いていたアルトがにやあっと笑い、胸の前に親指と人差し指で輪を作ってこう尋ねる。
    「危険手当なんかは、ちっとくらいは多めに出してもらえるんでしょう?」
    「……元よりそのつもりであるし、何より、貴君に手を貸してもらえるとあれば、もっと弾んで然るべきだろう。
     とは言え現在、軍の出納部門にはそう余裕は与えられておらん。今回の作戦で割り当てられていた予算は既に赤字が出ているからな。これで失敗すれば、まず報酬は無いものと思っていてほしい」
    「逆に大成功しちまえば、きっちりボーナスまで払ってもらえる。そう期待してますぜ」
     アルトはもう一度、にやっと笑って見せた。
    白猫夢・荷運抄 2
    »»  2012.07.31.
    麒麟を巡る話、第59話。
    輸送作戦の開始。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     マチェレ王国の出国手続きを終え、いよいよ秋也たちが就く本隊はブリック―マーブル街道を西へと進み始めた。
    「どーよ?」
     国境を越えてから15分ほどして、御者台に座って手綱を握っていたアルトが、横に並んで座っていた秋也に尋ねる。
    「ん?」
    「剣士って言ってたけど、戦場に出た経験は無いんだろ?」
    「ああ」
    「こうして漠然と敵に狙われる気分、初めて味わったんじゃないかって、さ」
    「そうだな……、まあ……」
     秋也は辺りを見回すが、特に危険な様子やその兆候は見付からない。
    「実感が無い、ってのが正直な感想だな」
    「だろうな。まだ、マークされてもいないからな」
     馬車は前述の作戦に加え、より目を付けられないようにと、一般の荷馬車風に擬装されていたし、秋也たちもいかにも平穏な農民が好みそうなポンチョと帽子を被っている。
    「このまま平穏無事に……、って行く可能性って、どれくらいだろ」
    「俺の見立てじゃあ、半分以下ってところだな」
    「半分以下?」
     不安がる秋也に対し、アルトはその論拠を聞かせる。
    「まず偽々作戦が無い場合を考えるとな。こうやってカモフラージュするってのは、通常の戦闘においても、よく使われてる戦術、作戦なわけだ。それだけに成果はあるし、一方で見破るテクニックも少なくない。だからこれ単体だと、成功確率は良くて7割弱ってところだ。
     で、マスターが嬉々として立てた偽々作戦だけれっども、俺の予想と勘から言わせてもらえば、あんまりなーって感じはあるんだ」
    「あんまり?」
    「今回みたいな、落とし穴を避けた先にもういっこ落とし穴を作っとく、なんて戦術も結構昔からあるし、効果も高い。その点で言うと、擬装作戦と同じなんだよな。だから7割かけるの7割で、5割を切る計算になる。
     でさ、昨日言いかけてた話になるんだけれっども、何年か前に新しくプラティノアール王国の宰相になった奴ってのが、とんでもない切れ者だってうわさがあるんだ。
     その宰相閣下さんが、こんな古典的な戦法の重ね合わせを見抜けないようなマヌケとは、俺にゃ到底思えないんだよな」
    「つってもさ、その宰相って、まあ、宰相だからさ、相当忙しいんだろ? 流石にこんな細かい末端の動きにまで目を配るなんてコト、できないんじゃないか?」
    「それも一理、だな。
     ただ、俺たちが加担してるこれは、敵国のやってる『軍事行動』だ。それを今まさに戦時中って言うこの時、見抜けない司令官がいるかよって話になってくる。
     もしいたとして、それは明らかな防衛の穴だぜ。聡明な宰相閣下さんであれば、そんなマヌケの首を挿げ替えるくらいのことはやってのけると、俺はそう思うがねぇ……?」
    「……」
     アルトの見解を聞き、秋也は不安を覚える。
    「……どーよ?」
    「なにが?」
     秋也のそんな顔をニヤニヤと眺めながら、アルトが再度尋ねてきた。
    「不安になってきたんじゃないか?」
    「そりゃ、……まあ、な」

     アルトに軽く脅されたものの、作戦開始からの数日間は実にのどかな旅となった。
     その間に秋也は――ある意味、剣術の腕以上にこの才能は、彼にとってかけがえのない特長と言えるかも知れない――ロガン卿やサンデル、その他この本隊に付随していた帝国の兵士たちと親しくなることができた。
    「なるほど、貴君は央南の出なのか。道理で顔つきが違うはずだ」
    「ええ、みたいですね。将軍も短耳ですけど、生まれはこちらなんですか?」
     秋也にそう問われ、ロガン卿は「うむ」とうなずく。
    「私もサンデルも、実を言えば央北系の三世なのだ。家系も歳も違うが、似た点が多くてな。その縁からか、何度も共に行動しておる」
    「そうなんですか」
     と、ここでサンデルも話に加わる。
    「実を申せば我々二人とも、元はグリサルジャン王国の兵だったのだが、敗戦後、帝国に登用されたのだ。帝国との戦争時、そこそこ程度にはいい働きをしたと評価されてな」
    「お前の場合はそこそこだろう。私はもう少しばかりは活躍したぞ」
    「ははは、閣下には敵いませんなぁ」
    「ふっふふ……」
     会った当初は彼らに対し、取っ付きにくい印象を覚えていた秋也だったが、こうして寝食を共にするうち、案外大らかで性根の清々しい者たちと分かり、打ち解けることができた。



     そのため――後にプラティノアール王国の兵たちによって襲撃された際、秋也は彼らに対し、最初は深い嫌悪感を抱くことになる。
    白猫夢・荷運抄 3
    »»  2012.08.01.
    麒麟を巡る話、第60話。
    難所への突入。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     街道を進んでから、10日以上が経過した。
    「今日もいーい天気だなぁ」
     この日も馬車の操縦はアルトに任され、秋也はその横に座っていた。
    「だなぁ。本日も異状なし、か。……囮のみんな、どうしてるんでしょうね?」
     振り返ってそう尋ねた秋也に、ロガン卿がこう返す。
    「首尾よく――我々にとっての意味であるが――進んでいれば、恐らくは既に捕まり、そして数日程度の拘留後、マチェレ王国に送還されているだろう。
     しかしそれに関して、気になることもある」
    「って言うと?」
     秋也の問いに、アルトが代わりに答える。
    「この街道、基本はバーンと抜けた一本道なんだけれっども、最近行き来した痕跡が少ない、……ってことですね?」
    「左様」
    「ん……?」
     首をかしげる秋也とサンデルに、アルトが詳しく説明する。
    「俺たちの前には、囮が4輌進んでた。そんなら途中まで、そいつらの轍なり一旦停止して食事にしたりしたって言う痕跡が、4輌分以上なきゃおかしいはずだろ?
     だけれっどもよ、ここまでの行程でその痕跡は――王国内の奴らが使ったことを加味しても――少な過ぎるんだよ。俺の見立てじゃあ1輌か、2輌分しか無かったんだ」
    「私も同意見だ。これではまるで、我々以外に利用していないようではないか、と」
    「囮が行ったはず、……なのに?」
    「逆だな。囮はこの道を進んでない、……いや、進めなかったんだ。それも恐らく、出発から3日か4日、ともかく入国してすぐくらいで止まってる」
    「……つまり、もう既に捕まった、と?」
    「そう考えるのが筋だが、そうなるとおかしいことが一個出てくる」
     アルトはそこで、目だけを動かして辺りを見渡した。
    「おかしいコトって?」
    「シュウヤ、お前さんはもうちょっと自分に目を向けた方がいいぜ。
     つまりだ、俺たちがなんで捕まりもせず、ここまで来られたのかってことだよ」
     そう言っているうちに、馬車は薄暗い森の中に入っていく。
    「そして幸か不幸か、この街道は今までは概ね拓けた場所を通っていたが、この一ヶ所――プラティノアール王国西部に広がる大森林地帯、ローバーウォードだけは迂回するにも広過ぎるってんで、こうしてど真ん中を突っ切るしかないってわけだ」
     アルトの説明を、ロガン卿が継ぐ。
    「軍事的言い換えをするとすれば、これまでは交地、即ち非常に見渡しの良い地形が続いたわけであり、敵が密かに狙う、あるいは襲ってくるには不都合なところばかりだった。
     だがこの場所は明らかに泛地(はんち)。見通しが悪く、かつ険阻であり、人間がいくらでも潜み、待ち構えていられる場所だ。
     そろそろ警戒しておけ――私が敵将であるなら、ここは敵を仕留めるに持って来いの場所だ」
     その言葉に、秋也も、他の兵士たちも、そろそろと武器を手に取りだした。

     鬱蒼(うっそう)とした森の中を、馬車はゆっくりと進んでいく。
    「アルト、……もういっこ聞いていいか?」
    「なんだ?」
    「さっきの話だけど、なんで囮はすぐ捕まえた癖に、俺たちは泳がされたんだ?」
    「理由は2つだな」
     アルトは手綱を忙しなく動かし、馬を逸らせないように努めながら、その質問に答える。
    「一つは、囮は無抵抗だったからすぐ捕まえられたんだろうが、武装した俺たちはそうは行かないだろう、って言う敵さんの判断だろうよ。だから、捕まえやすいところまで進めさせたってとこだろうな。
     もう一つは、俺たちの疲労を待ってたんだろう。元気一杯に応戦してこられちゃ、そりゃあ面倒だけれっども、こうして緊張しっぱなしの状態で何日も泳がされりゃ、体力・気力共に削られる。それにここはもう、帝国との国境間近だ。どうしたって気は逸る。だがその分、注意力はガンガン散っていくからな。
     ロガン閣下と同じく、俺が敵将だったらこの森は、楽に落とせるポイントだと……」
     その説明の途中で――アルトは突然パン、と手綱を弾く。当然、馬車を曳いていた馬は驚き、前脚をぐい、と挙げる。
     それとほぼ同時に、馬の脚元の地面が乾いた破裂音と共に、ほんのわずかに爆ぜた。
    「……!」
    「敵襲! 敵襲! 11時上方に敵兵あり!」
     アルトはそれまでの飄々とした声色をガラリと変え、大声で叫んだ。
    「何……!」
    「馬が狙われている! 迎撃求む!」
     アルトの声が馬車内に響き、兵士たちは銃を手にして後方から飛び出す。
    「11時上方了解!」
    「撃て、撃てッ!」
     兵士たちは銃身の長い小銃(ライフル)を構え、アルトの指示した方向に向かって弾を撃ち込む。
     パン、パンと立て続けに音がこだまする中で、アルトが秋也の服を引っ張ってきた。
    「3時、9時方向両面から敵が来る! シュウヤは9時側に回り込め!」
    「お、……おう!」
     呆気にとられかけていた秋也だったが、アルトの指示を何とか呑み込み、刀を抜いて馬車の左側に走る。
    「……!」
     と、森の奥から剣や銃を持った兵士たちが多数、駆け込んでくる。
     言葉で伝えられた際にはぼんやり気味な反応を返した秋也だったが、兵士を目で確認した瞬間、元来好戦的な秋也は、自分の成すべきことを把握する。
    「うりゃああッ!」
     考えるより先に体が、彼らの方へと向かっていった。
    白猫夢・荷運抄 4
    »»  2012.08.02.
    麒麟を巡る話、第61話。
    秋也、臨場。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     秋也の前に現れた兵士は3名。うち2名が剣を手にしていたが、その奥に小銃を手にした兵士が構えている。
     それを見て、秋也は舌打ちする。と言っても不得手に感じたとか、面倒な相手であると思ったとかではない。
    (ココでも銃かよ、ったく……!)
     剣士の秋也としては、己の活躍を奪う銃と言う存在が疎ましかったのである。
    「でやーっ!」
     剣を持った兵士たち2名が、同時に秋也を襲う。
     しかしその技量は到底、焔流の免許皆伝を得た剣士を相手にするには不足していた。
    「甘めえよッ!」
     相手の剣を紙一重ですいすいとかわし、秋也は彼らの背後に回り込む。それを見た銃士は銃を構え、秋也に狙いを定めてきたが――。
    「『火閃』!」
     目の前で火柱が上がり、狙う相手が視界から消える。
    「……っ!?」
    「どこだ!?」
     剣士たちの目にも、秋也の姿は映らない。
     と、次の瞬間――。
    「うぐっ!?」「ぎゃっ!?」
     ゴツ、と硬いもの同士がぶつかり合う鈍い音と共に、剣を持った兵士二人が折り重なるように倒れる。
     秋也が彼らの背後に回り、その頭を兜ごと、押し付け合うようにぶつけさせたのだ。
    「……!」
     再び現れた秋也を目にした銃士は、慌ててもう一度照準を合わせようとする。
     が、秋也はそれに構わず、銃士に向かって突っ込んだ。
    「卑怯者よろしく遠くから狙うんなら、ソレもアリだろーけどな」
     銃身よりも短い間合いに踏み込まれ、銃士は攻撃の術を失う。
    「近接戦じゃ、まだこっちが上だな」
     秋也は銃士の顔面に、思い切り正拳をぶつけた。

     王国兵たちが完全に気を失ったのを確認し、秋也は馬車に戻ってきた。
     丁度他の兵士も敵を撃退したらしく、ぞろぞろと戻ってくる。
    「首尾は?」
     そう尋ねたロガン卿に対し、兵士たちは口々に報告を返す。
    「11時方向の敵、全滅しました!」
    「3時方向の敵、撤退!」
     それを受けて秋也も、同様に返す。
    「えーと、9時方向の敵、全滅です」
    「よろしい。被害は?」
    「ありません」
    「馬もみんな、無事ですぜ」
     アルトがそう返したところで、サンデルがぎょろ、と彼を睨む。
    「お前……、戦っていたか?」
    「いいえ。馬が死なないように采配はしてましたがね」
    「……そうか。……しかし」
    「必要でやしょ?」
     しれっとそう返されては、サンデルはうなるしかない。
    「……うむ」
    「では出発だ」
     ロガン卿の号令に従い、秋也たちは手早く馬車に乗り込み、輸送を再開した。
     と、馬車が走り出してまもなく、秋也は前方に、血まみれで倒れている王国兵を見つけた。
    「……死んでますね」
    「やむを得んことだ。戦闘であったからな」
     そう返すロガン卿に対し、サンデルは秋也に向かって憮然とした顔をする。
    「何だ、お前はもしかして、相手を殺さなかったのか?」
    「え、……ええ。気絶はさせましたが」
    「それでも剣士か、情けない!」
    「……」
     黙り込む秋也に、ロガン卿がこう尋ねる。
    「相手は戦闘不能にしたか?」
    「はい。剣は折りましたし、銃も真っ二つにしておきました」
    「ならば構わん。意識が戻ったところで、どうにもできまい。何が何でも殺さねばならんとは、誰も定めておらんのだからな。
     戦時中の兵士と言うのはとかく、正気や常識を無くしていく稼業だ。とは言え、人を殺して当たり前だとは、……兵士の統括者たる将軍の地位にいるとは言え、私は堂々と口にはしたくない。
     やむを得ないことではあるのは、十二分に承知しているつもりではあるがな」
    「閣下、それでは相手が減りません」
     そう反論したサンデルに、ロガン卿は苦い顔を向けた。
    「相手も同じ人間ではないか。彼らにも家族はいよう。殺せばその分、恨んでくる人間の数が増える。
     綺麗ごとを言っているのは百も承知だが、私は、お前たちに無用な恨みなど背負ってほしくは無いのだ。サンデル、お前はどうか分からんが、私は恨まれて平然としてはおれん」
    「……仰ることはよく解りますが、……しかし」
    「そもそも、敵を全滅させれば、確かにそれは勝利と言えるが、相手が『参った』と言っても、それもまた、勝利と言えよう? 実際、我々の祖国は滅びはしたが、我々は死んではおらんわけであるし。
     一人残らず殺せ、などと言うのは愚か者か外道、もしくはあの人でなし参謀だけだ」
    「む……」
     まだ少し、わだかまりのある表情を浮かべてはいたが、よほどその参謀を嫌っているらしい。サンデルはそれ以上、反論しなかった。
    白猫夢・荷運抄 5
    »»  2012.08.03.
    麒麟を巡る話、第62話。
    無事、帝国領へ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     結局秋也たちは、ローバーウォード森林地帯において3回、プラティノアール王国からの襲撃を受けた。
     しかしそのどれもを、帝国側に一人の死者も出すことなく撃退して見せ、彼らは見事に国境の門を叩いた。
    「おお……、閣下! ご無事でしたか!」
     門を開け、向こう側にいた兵士たちが一斉に飛び出し、出迎える。
    「あれから二ヶ月も経ち、我々はどれだけ閣下らの無事をお祈りしたことか!」
    「よい、よい。労いの言葉をかけてくれるのは嬉しいが、実のところはあまり、期待はされておらなんだろう?
     あ、いや、諸君らの本心を疑うわけでは無い。軍本営の意向が、恐らくはそうであろう、と言うことを言いたかったのだ」
    「……仰る通りです。中には『参謀閣下が厄介払いをしたのではないか』とまでうそぶく者も」
    「かかか……、ならば一泡吹かせられようと言うもの。私にとっては大戦果であるな。
     済まないが諸君、我々は死線をいくらか潜って疲れた。少しばかり、ここで休ませてはもらえんだろうか?」
     ロガン卿の要請に、門番たちは敬礼で返した。
    「了解であります、閣下。すぐに寝床を用意致します」
    「うむ」
     と、ロガン卿と門番が話している間、秋也は門の内と外とをきょろきょろ見返していた。
    「どうした?」
    「いや、国境って言ってたけど、向こうの……、プラティノアール側の兵士はいないんだなって」
    「そりゃま、この国境はグリスロージュ側が勝手に延ばしたもんだからな。国境って言うより、前線基地って考えた方がいい」
    「……? なら尚更、兵士がいないなんて」
    「今現在の、事実上の交戦区域、かつプラティノアール側の国境線はあの森と、そこを出た辺りなんだよ。
     普段だったらあの森に入る前に何やかやと襲撃されてるだろうが、ま、今回に限っては相手方が、俺たちを森の中に誘導するために人払いしてたんだろうよ。今頃はさぞ、悔しがってるだろうけどな。
     そんでも、この作戦は一度きりさ――また同じことやろうとしたら、今度は間違いなく集中砲火を喰らってハイおしまい、だろうしな」
     そんなことを話しているうちに、どうやら寝床の準備が整ったらしい。
    「おい、二人とも! いつまで門前でくっちゃべっているんだ!? 早くこっちに来い!」
     サンデルがいつものようにフンフンと鼻を鳴らしながら、二人に手を振ってきた。



     さらに4日後。
     秋也たちはグリスロージュ帝国の首都、カプラスランドに到着した。
    「なんか……、本当にこっちは、戦時中なんだって感じがするな」
     街行く人々の顔に穏やかな色は見えず、どことなく苦しそうにすら見える。
    「やっぱり海上封鎖とか、そう言うのが効いてるのかな」
    「それもある。鉱産資源と森林資源を除けば、我が国は豊かとは言い難い。海上封鎖により貿易が止まって以降、食糧難の傾向が出始めている。既に配給制の話も、あちこちから出ている状況にある。
     そして、それに関連して起こっている問題が、政府側の士気低下だ。……部外者である貴君らにはあまり多くは話せないが、今現在、帝政政府および軍本営は、皇帝派と参謀派に分かれていてな」
    「俺は多少、聞き及んでますぜ。皇帝陛下は民意優先派、参謀は戦争断行派なんでしょ?」
    「左様。……これ以上のことは、今は私の口からは言えんな」
     それを受け、アルトが代わりに解説する。
    「要するに今、帝国は戦争やめて休戦してほしいって言ってる国民の意見を尊重したいって派と、勝つまで戦争をやめるわけには行かないって言う参謀殿に追従する派に分かれてるんだ。
     で、閣下は前者ですよね?」
    「その論調で言えば、前者と言うことになる」
     立場上からか、ロガン卿は婉曲な言い方をしている。
    「普通に考えりゃ、王様、皇帝様の意見が絶対、……なはずなんだけれっども。
     ところが現在、帝国軍の実権を握ってるのは参謀殿なんだ。皇帝さんがどうも、参謀に反発できてないんだってさ。って言うのも、元々は……」「トッド君」
     と、ロガン卿が苦い顔を向けてきた。
    「情報通の貴君であれば、この街でそんな話をすればどうなるか、知らぬわけではなかろう?」
    「……ですやね。いや、これは失敬」
     アルトはそう返し、肩をすくめて見せた。
    白猫夢・荷運抄 6
    »»  2012.08.04.
    麒麟を巡る話、第63話。
    フードの参謀。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     中途半端なところで話を切られたため、秋也には何が何だか、良く分からないことばかりだったが――。
    「遠路、大儀であった」
     その本人に会ったところで、秋也はこの国の実情を何となくながらも把握した。
     見事に指令を達成して見せたロガン卿らと秋也、そしてアルトは帝国軍参謀、アロイス・クサーラ卿から直々に呼び出され、一応の褒賞を受けた。
     と言っても――。
    「此度の任務を達成したこと、誠に喜ばしいことと、陛下も仰られている。
     よってシャルル・ロガン少将、貴君には50万キュー、その補佐を行ったサンデル・マーニュ大尉には10万キュー、それから……、補佐をしたそこの二名、そして随行した兵士たちにはそれぞれ、5千キューを授ける」
     分厚いフードを深々と被っているため表情こそ見えないが、アロイスの態度と棒読みに近い、抑揚のない労いの言葉は明らかに、ロガン卿らを疎ましく思っているようだった。
    「参謀閣下」
     と、ロガン卿が口を開く。
    「失礼ながら申し上げます。ここの両名、並びに兵士たち全員が此度の任務において、少なからず重要な働きを見せました。敵の襲撃を立て続けに受け、さらにはそれをすべて撃退して見せたのですぞ。
     それだけの成果をたった5千で評価するとは、これを兵士らが聞けば士気を大きく下げることと思われますが……」
    「そうか」
     するとアロイスは、盆に載せていた金貨をすべて、床にこぼして見せた。
    「……っ」
    「では褒賞は無かったこととする。払わなければ、評判も立つまい」
    「ぐぐ、ぐっ……!」
     この態度に、サンデルは顔を真っ赤にする。
     一方、ロガン卿は非難をやめない。
    「参謀閣下。あなたは虫が付くから、枯れるからと言う理由で、見事な桜をわざわざ切り倒す方のようですな」
    「うん?」
    「兵士を、いや、人を管理するのが異様に下手くそだと言うことです。なるほど、帝国拡大に20年もかかるわけだ。いやいや、大した仕事っぷりには頭が下がりますな」
    「……」
     ロガン卿は踵を返し、アロイスに背を向ける。
    「ご忠告致そう、参謀閣下。この私めを本営から遠ざけようとすればするほど民意は、そして兵士の心は、あなたから離れていくでしょうな。
     何しろ私は皇帝陛下の懐刀であり、軍本営でもそれなりの重鎮ですからな」
    「……」
     ロガン卿は何も言い返さないアロイスに目もくれず、秋也らに声をかけた。
    「行くぞ。褒賞については、改めて私から出そう。5千などと言うはした金ではなく」
    「ありがとうございます、ロガン閣下。頼りになるお方でいらっしゃる」
     アルトはチラ、とアロイスを一瞥してから、そう答えた。



    「しっかし……、実際にクサーラ卿を目にしましたけれっども」
     アルトはビールをぐい、と呷り、アロイスに対する感想を述べた。
    「何て言うか、本気で心ってもんが無さ気な感じでしたねぇ。そのくせ、閣下に敵意丸出しでしたし。ありゃ、嫌われて然るべきお方だ」
    「左様、左様」
     アロイスの前から立ち去った後、ロガン卿は秋也たちを自分の屋敷に招待し、今回の作戦成功を祝う宴席を催してくれた。
     その途上で兵士らから聞かされ、また、市民たちの態度で知ったことだが、シャルル・ロガン少将と言う人物は、帝国内でも相当に地位が高く、かつ、人民から慕われる将軍であるようだった。
     ロガン卿の私邸で開かれたこの会一つ取っても、それが良く分かる。宴席に出された酒や料理は近所の店から厚意で持ち寄られたものであるし、その会場となった庭もまた、相当な広さを誇っている。
     さらには軍人とは到底見えない、単なる市民らも数多く参加しており、秋也はロガン卿の人気に驚くばかりだった。
    「ロガン卿、本当に慕われてるんスねぇ」
    「そりゃ、帝国領から敵陣を突っ切って物資を運ぶなんて超危険な任務、やりたがる兵士がわんさかいるわけですな」
    「ソレ、気になってたんですが……」
     と、秋也はリンゴジュース――自分がさほど強くない性質と分かっているので、酒は飲んでいない――を片手に、こんな質問をぶつけた。
    「どうしてコレほど人気と地位のあるロガン卿が、あんな危険な任務に? その、例えば……、ですけど、サンデルさんに頼むとかは……」
    「うむ。敵兵に狙われる危険がなく、平坦な道のりであり、また、あの屑参謀が絡んでいなければ、私は確かに、サンデルに任せていたであろう。
     だが残念ながら、それらの条件がすべて揃っていたのでな。特にあの参謀の冷血たるや、真冬の鉄の如しだ。
     状況如何によっては極めて非人道的手段を講じねばならなくなるような此度の任務、彼奴の好きにさせてはどれほどの被害を生むか分からなんだし、とても人任せにはできなかったのだ」
    「なるほど、さすが閣下。仁の塊のようなお方だ」
     感心するアルトの背後で、顔を真っ赤にしたサンデルが泣いている。
    「うう、ひっく、何と……、何と心優しきお方であることか!
     ひっく、……不肖、このサンデル・マーニュ、ぐすっ、地の果てだろうと天の彼方であろうとお供いたしますぞ、ひっく、……ヒック」
     その顔の赤さが感情の昂ぶりから来たものなのか、それとも酒のせいなのかは、良く分からなかった。
    白猫夢・荷運抄 7
    »»  2012.08.05.
    麒麟を巡る話、第64話。
    ロガン卿からの依頼。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     祝宴も終わり、秋也とアルトはそのまま、ロガン卿の屋敷に泊まることになった。
     夜も遅く、宿が取れないことも理由の一つではあったが、最も大きな理由は――。
    「すまんな、引き留めてしまって」
    「あ、いえ」
    「こんな豪華なお屋敷に泊まらせていただけるってんなら、いくらでも」
     ロガン卿が、二人と折り入って話がしたいと切り出したからだ。
     ちなみに屋敷には普段から、ロガン卿と彼の娘しかおらず、使用人なども必要最低限、屋敷に通う形で雇っているため、夜も更けた現在、屋敷内にはこの3人の他に人の姿は無い。
    「それで何でやしょ、話と言うのは」
    「うむ。……まず、トッド君。貴君は西方のあちこちで活躍を収める、『パスポーター』の異名を取る男と聞いている」
    「まあ、そうらしいですな」
    「そしてシュウヤ君。君も相当の手練れであり、そして何より、仁愛の精神を持った剣士であると、私は見受けしている」
    「どもっス」
     そこでロガン卿は一旦、言葉を切る。
    「……どこに間諜が紛れているか分からぬ昨今、落ち着いてこんな話ができるのは、私の屋敷くらいのものでな。そのため、こうして引き留めた。
     話と言うのは他でもない、今現在、我々が隣国と戦っている、その件に関してのことだ。貴君らは少なからず、私の本懐、本意を知っていてくれているものと、そう思っている」
    「ええ」
     アルトはコク、とうなずいて見せる。秋也も声は出さずに、同様にうなずいた。
    「当初は在野の、ごくごく小規模な私軍であったモダス中隊が我々の祖国、グリサルジャンを陥落させ、グリソモダス帝国を築いたのは、双月暦526年のこと。
     そして隣国であったロージュマーブルを陥落させ、国号をグリスロージュと変えたのがわずか3年後の、529年のことだ。
     それほどまでにフィッボ・モダス皇帝陛下の軍勢は、いや、陛下ご本人は、強かったのだ。一個の軍を率いる将としても、単騎の兵士としてもだ。
     だが、それ以降から急に、帝国の進軍は鈍る。これは対外的・対内的の両面に、理由があるのだ」
    「対外的……、にはプラティノアールの名宰相、ハーミット卿の存在ですね?」
     そう尋ねたアルトに、ロガン卿は短くうなずいて返す。
    「うむ。そのハーミット卿が突如、プラティノアールの宰相として名を馳せて以降、我が国は国際的に孤立の一途を辿ることとなった。
     海上封鎖による貿易停止、西方数ヶ国にわたる商取引の凍結措置の指示および誘導、市場における帝国産品に対する大々的なバッシング――微に入り細に入り、ハーミット卿は軍事力ではなく、政治力と経済制裁によって我々を攻撃してきた。
     その効果は年を経るごとに強まっている。かつては飛ぶ鳥を落とす勢いを誇った我が国は、このまま看過しては早晩、立ち枯れようと言うところまで来ている。
     そしてもう一つ、対内的に帝国がその歩を止めてしまっている原因。それはトッド君、君が以前に言いかけていた通り、陛下と参謀とで、意見の強い相違が生じているためだ。
     経済的状況から鑑みればこれ以上の戦争続行はすべきではないし、この数十年で最も長きに渡る戦争状態によって、臣民の心は荒んでいる。陛下をはじめとする帝室政府要人の半数以上は戦争をただちに止め、プラティノアールと和平交渉すべきであると考えている。
     だが一方で、これほど政治的・市場的圧力をかけられた状態で、こちらから休戦を申し出てはメンツに関わる、西方中から安く見られると言い張る者も少なくない。参謀を中心として、この主張が強い勢力を保ち続けている。
     それ故に、戦争を直ちに止めるわけにも行かず、かと言って戦況を優勢にできる手立ても見出せないままに、ダラダラと戦争が続いているのだ」
    「……政治的な話は、どうにも耳がイライラしちまうもんでしてね」
     と、アルトが兎耳をコリコリとかきながら尋ねる。
    「結局のところ、閣下は俺たちに何を頼みたいんで? それをお聞かせ願いたい」
    「頼みと言うのは、他でもない」
     ロガン卿はここで、頭を下げた。
    「陛下に会い、依頼を受けてはもらえんだろうか」
    「依頼? それは陛下御自らの、と言うことで?」
    「そうだ。陛下は現在の、閉塞した状況を打開できる人間を密かに募集されていたのだ。
     そう、軍に属さず、かつ、『ある極秘任務』を遂行できるに足る能力を持つ人材を」
    「なるほど、合点が行きましたぜ」
     アルトはそう言って、にやっと笑う。
    「いくらなんでも、皇帝陛下の懐刀とまで名乗るようなお方が、あんな些末の任務に関わるとは――いくら仁に篤いお方とは言え――不可解でしたからねぇ。
     そしてそのお眼鏡に、俺とシュウヤとが適ったわけですな?」
    「そう言うことだ。……引き受けてもらえんか」
     しばらくの沈黙が三人の間に流れた後、アルトが口を開く。
    「聞くだけ聞いてみましょうか。それでもいいでしょうかね?」
    「構わん。口外さえしなければ」
    「シュウヤ、お前さんはどうする?」
     アルトに問われ、秋也も答える。
    「ロガン卿に頼み込まれて、嫌だなんて言えません。右に同じです」
    「……恩に着る」



     こうして秋也とアルトはグリスロージュ帝国最大の人物、フィッボ・モダス帝に会うこととなった。

    白猫夢・荷運抄 終
    白猫夢・荷運抄 8
    »»  2012.08.06.
    麒麟を巡る話、第65話。
    白い猫、白い夢、白い兎。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ロガン卿の屋敷に泊まった、その夜のこと。
    《よくやったよ、シュウヤ。まずは第一段階突破だ》
     秋也はまた、夢の中であの白い猫獣人と会っていた。
    「第一段階? まだ、この先があるのか?」
    《キミは本当にバカなんだね》
    「は?」
    《今はまだ、帝国の中に入ったってだけじゃないか。コレからもっともっと、活躍していかなきゃいけないだろ?》
    「ああ、まあ、そうだよな」
     秋也の反応に、白猫は口をとがらせる。
    《何か不満でもあるって言うの?》
    「無いって言えば無いけどさ」
    《無いならいいだろ?
     で、次だ。キミた、……キミは明日、帝国のトップ、皇帝に会うコトになるワケだ。で、その席で皇帝から、こう依頼される。『プラティノアール王国に亡命する、その手助けをして欲しい』ってね》
    「ぼ、亡命? なんで……?」
    《ソコまで一々ボクに説明させるなよ。皇帝の方から説明してくれるし、ソレで把握しな》
    「……えーと、……白猫?」
     白猫の話に引っかかるものを感じ、秋也は質問する。
    《なんだよ?》
    「何で、そんなコトが分かるんだ?」
    《って言うと?》
    「オレが皇帝に会うのも、ソコで依頼を聞くのも、明日の話だろ? なんで皇帝が依頼する内容を、アンタが知ってるんだ?」
    《ああ、そんなコトか。簡単さ》
     白猫は右手の人差し指と中指とで、自分の両目を指差す。
    《ボクには未来が見えるのさ。だからこの先何が起こるかなんて、レストランのメニューを見るが如し、なんだよ》
    「予知能力、……ってヤツか」
    《そう言うコトさ。
     話を戻すけど、シュウヤ。キミはこの依頼を受け、王国に向かうんだ。皇帝の護衛としてね》
    「またあの森や街道を戻るコトになるのか。しんどいなぁ……」
    《ナニ言ってんだ、剣士のクセに。ちゃんとやるんだよ、シュウヤ》
    「ああ、やるよ。その方がいいんだろ?」
    《そう。ボクの言う通りにすればこの後の人生、万事うまく行くんだからね。
     間違っても途中でやめたり、逆らったりなんてしないようにね》
     威圧的にそう言い放つ白猫に、秋也は何となく、嫌なものを感じていた。
    (なんでオレが、コイツの言うコト聞かなきゃいけないんだ……?)
    《分かったかい、シュウヤ?》
     白猫が再度、尋ねてくる。
    「……分かってるよ。アンタの言う通りにするさ」
     そこで、秋也の夢は途切れた。



     そして、まだ鶏鳴も聞こえないくらいの、霧深い早朝。
     秋也とアルトはロガン卿に連れられ、街の北にある皇帝の居城、カプラス城を訪ねた。
    「まだ旅の疲れも取れきらぬ身であるのに、こんな時間に貴君らを連れ回すこと、誠に申し訳なく思う」
    「いえ、そんな」
    「これくらい早ければ参謀派も皇帝派も、まだ眠ってらっしゃるでしょうからね。致し方ないことです」
    「うむ……」
     三人は城の中庭に進み、そこで足を止める。
    「しばし待っていてくれ。もうすぐいらっしゃるはずだ」
    「皇帝陛下が、ですな」
    「うむ」
     既に季節は秋から冬へと差し掛かる頃であり、三人の吐く息は白い。
    「寒み……」
     秋也は思わず、そうつぶやく。
    「すまんな。屋敷に戻り次第、温かいものを用意させよう」
    「あ、すみません」
    「いや」
     と、どこからか声がかけられる。
    「流石に早過ぎた。だから今、用意しておいたよ」
     秋也たちが振り向くと、そこには所々紫色のメッシュが入った銀髪に、白い毛並みの兎耳と尻尾の、質素だが品のある服を着た若い兎獣人の男が、湯気の立つマグカップが4つ乗った盆を手にして立っているのが見えた。
    「陛下! 申し訳ございません、お気を遣わせてしまい……」
    「いや、いや。謝るのは私の方だ。ここの冬が突き刺すような寒気を伴うのは、何年も住んで知っているはずなのに、こんな無礼をしてしまった。
     そう言うわけだから、これはおわびだ。ささ、飲んでくれたまえ」
     そう返し、兎獣人――フィッボ・モダス帝はにこっと微笑みながら、盆を差し出した。
    白猫夢・飾帝抄 1
    »»  2012.08.08.
    麒麟を巡る話、第66話。
    帝国の政治対立。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ほかほかと湯気の立つホットミルクを手にしながら、モダス帝は話を切り出した。
    「ロガンから聞いたと思うが、今この国、いや、この城内は極めて不安定な状態にある。理由はたった一つ、我々の中で内輪もめをしているからだ。
     長年私を支えてきてくれた参謀、アロイス・クサーラが、頑として停戦に納得せず、勝つまで続けると主張し続けているのだ」
    「しかし陛下、その件について、俺には納得致しかねる点がいくつかあるんですがね」
    「何をかな」
     尋ねたモダス帝に対し、アルトはまったく畏れる気配もなく、率直に聞く。
    「若輩者ですけれっども、陛下のご活躍についてはかねがね、聞き及んでおりますもので。
     たった200人余りのモダス中隊を率い、蹶起からわずか3年でグリサルジャン王国を陥落させたのを皮切りに、あちこちの戦で連戦連勝。
     古代より争いの絶えなかったこの西方南部三国のうち二国を統一することに成功しちまった、まさに人間業とは思えぬ大躍進、偉業の数々を打ち立てたお人だ。
     それが何故、この10年の間ずっと、くすぶっていらっしゃるんで? 陛下ほどのお力があれば、かのハーミット卿の手練手管など、仕掛けられる前に打ち砕けたたはず。
     その10年、いや、それ以上昔にロージュマーブルを陥としたと言うのに、なぜそのまま、プラティノアール侵攻まで進めなかったのか?
     俺が一番気になってるのは、そこなんでさ」
     この問いに、モダス帝は苦い顔を向ける。
    「……今は皇帝と名乗ってはいるが、私は元々、一介の、学も術も持たぬ一村民だった。それに、数多くの戦を通して幾度となく血に濡れてきた身だ。
     その身の上でこんな綺麗ごとを口にするなど、道理を知らぬ愚か者だと、誹りを免れないだろうが――私はこれ以上、血を見たくない。私の地位を固めるために人が死ぬのは、それが敵であろうと味方であろうと、最早私にとってはこれ以上ない苦痛、責苦なのだ。
     だから私は10年前、矛を収め、剣を捨てようとした。『三国すべてを掌握する必要はないはずだ。二国を治めるだけで十分であるし、この現状で良しとしよう』、……と、これ以上の戦争を起こさぬことを提案したのだ。
     しかしその提案は、アロイスに却下された。その後アロイスは、独断で兵を動かしてプラティノアールへ侵攻し、無理矢理に開戦へと持ち込んだ」
     モダス帝はぐい、と一息にホットミルクを飲み干し、話を続けた。
    「しかし、それこそがアロイスの犯した、帝国にとって最大の失敗だったのだ……!
     ハーミット卿はそれを口実に西方諸国の同情を集め、瞬く間に様々な協定・条約を結んだ。そのすべてが帝国の貿易網を破壊するものであり、結果、帝国の財産はこの10年の経済封鎖により、いよいよもって尽き始めた。
     だが、それでも――私は平和を訴え続けてきたし、アロイスもまた、独断専行によって戦争を継続させてきた。恥ずべきことだが、今や軍の半分以上は私の統率から事実上、外れている。『腑抜けになった皇帝をこれ以上、奉ってなどいられない』と言うことなのだろう」
    「失礼ながら陛下」
     と、アルトが話をさえぎる。
    「それは質問にお答えいただいたのではなく、組織内のごたごたを説明されているだけのように思えます。俺とこのシュウヤは、政治学の講釈や実例を聞きに来たわけではありません」
    「む……」
    「はっきりお尋ね申し上げましょう。
     陛下――そう、元は平民の出にせよ、今はこの帝国で最もお偉い、『皇帝陛下』ともあろうお方が、何故、その勝手ばかりする参謀を更迭してしまわれないのか?
     それが一番手っ取り早いじゃありませんか? こんなことは、ちょっと政治をかじった若造にすら思い付く話でしょう?」
    「……」
     この質問に、モダス帝は黙り込む。
    「それとも……、あのクサーラ卿を更迭してはまずい理由がおありで?」
    「……」
     モダス帝はマグカップを静かに盆の上に置き、それからぼそっと、こう尋ね返した。
    「君たちは、悪魔、と言うものを信じるか?」
    白猫夢・飾帝抄 2
    »»  2012.08.09.
    麒麟を巡る話、第67話。
    悪魔は今も。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「え、悪魔……?」
     この問いに、秋也は面食らう。アルトも同様らしく、怪訝な顔を見せている。
    「悪魔ですって?」
    「そう。いくら殺しても死なない。跡形もなく死骸を消し飛ばしても、いつの間にか背後に立っている。そんな、悪魔だ。
     その存在を、信じるか?」
    「それは、……物語や、演劇なんかの話で?」
    「現実において、だ」
    「いや、……お尋ねいただいてこんな返答は不躾かとは思いますが、……常識とは思えません。もしそんなのを真面目に信じている者があれば、嘲笑うところでさ」
    「だろうな」
     アルトの返答に、モダス帝は寂しげな笑みを見せた。
     が、秋也の返答はまったく逆だった。
    「いる……、でしょうね。オレの知り合いにもそう名乗ってる、金毛九尾の魔術師が一人いますし、そうとしか思えない剣士を相手に戦ったコトもあります。
     いてもおかしくないと、オレは思います」
    「……そうか」
     秋也の答えに、モダス帝は今度は、ほっとした顔になる。
    「詳しく聞いてみたいところだが、……信じてくれるならば、先を話すことにしよう。
     単刀直入に言おう。アロイス・クサーラは悪魔だ。それこそ何度殺そうとも蘇り、粉微塵にしようとも復活する、思い出すだけでも身の毛がよだつ、世にもおぞましき存在だ」
    「仰る意味が分かりかねます。それは比喩ですか? それとも本当に、実行されたお話で?」
    「後者だ。私は実際に6度もアロイスを暗殺しようと企て、そしてそのすべてが失敗に終わったのだ。
     確かに私のこの手で、奴を谷底へ突き落とし、頭を斧ではね、廃坑にありったけの火薬を詰め、そこに閉じ込めて爆破し、……とにかく、ただの人間ならばまず間違いなく死ぬはずの方法で、奴を6度も葬った。
     だが結果は、諸君の知っての通りだ。その都度、奴は何事も無かったかのように復活してきた。そして6回目の暗殺が失敗に終わったその時、私の心は折れてしまった。最早あいつを殺すことはできないと、心に深々と刻まれてしまったのだ。
     それから10年――私は最早、西方南部を牛耳る器ではない、お飾りの皇帝となってしまったのだ」
    「なるほど。にわかには信じられませんが、その話が本当であれば、確かにこれはどうしようもない存在だ。
     ……となると我々に頼みたいこととは、どうやら7度目の暗殺などでは無いようですな」
    「ああ。それは君たちを無駄死にさせるようなものだ。そんなことは、到底頼めない。
     かと言って、従軍して戦争を勝利に導け、とも言えない。それは結局、アロイスの思うつぼだ。仮に勝利し西方南部を統一しようものなら、奴は今度は、西方全土を征服する計画を嬉々として練るだろうからな」
    「ふむ。結局、問題の根っこはクサーラ卿にあるわけだ。しかし卿本人をどうこうするのは、我々にゃ不可能。そしてこれ以上、卿の言いなりになるのも嫌だ、と。
     となると……、残る策は陛下、あなたが隣国に亡命し、卿を一人残して悪者にしてしまおう、と言うところですか」
    「……明察だ。そう、その通りだ。既に私の身は、ただのお飾りでしかない。政治運営の主幹は、アロイスが握っている。私がいなくとも、帝国にとっては何の問題も無いのだ。
     勿論、身勝手な話であることは重々承知している。だがこれ以上、『私のために』などと口実を付けられて戦争を起こされ、その結果数多くの死者を出すのは――改めて言うが――耐え難い苦痛なのだ」
    「なるほど。御自分で仰った通り、身勝手ですな」
     アルトは侮蔑的な目を、モダス帝に向ける。
    「実情はどうあれ、この国の代表者、第一の人間として今までふんぞり返ってきたあなたが、亡命を選ぶんですか。あなたを慕ってきた人々を置いてけぼりにして。
     そりゃ、とんだ無責任じゃあないですかねぇ?」
    「……百も承知だ」
    「だったら、もっといい方法があるじゃないですか。あなたが一人、責任を取って死ねばいい。わざわざお隣さんのとこに押しかけて、迷惑をかけることは無いでしょう?」
    「トッド君!」
     ロガン卿が声を荒げるが、モダス帝はそれを制する。
    「そう考えるのはもっともだ。至極、当然の話だろう。だが考え方によっては、死ぬ方が身勝手ではないのか?」
    「って言うと?」
    「私が死ねば、それ以降はもう私には、何の手出しもできない。すべてがアロイスの掌中に収まることとなる。そうなればどれほど、おぞましき結果となるか!」
    「ですから、そりゃ亡命しても一緒で……」
    「だが亡命しプラティノアールの力を借りれば、今よりももっと、アロイスを討てる可能性は高まるのではないか? 私はそう思っているのだ」
    「……ふむ」
     一瞬の間を置き、アルトは頭を下げた。
    「なるほどなるほど、亡命案が首尾よく行けば、あの聡明なハーミット卿から知恵を借りることもできるわけだ。ご自分一人で挑むよりは、まだ可能性が模索できる。
     いやいや、その考えには至りませんで。これは御見それいたしました」
    「無論、アロイスを討伐した暁には皇帝として復権し、元通りに私が帝国を治め、己の責務を全うすることを約束しよう。
     あくまでこれは、アロイス討伐のための亡命なのだ。死んでしまっては、この策を実行することができない」
    「ええ、ええ、十分に承知致しております、陛下」
     アルトはもう一度、頭を下げて見せた。
    白猫夢・飾帝抄 3
    »»  2012.08.10.
    麒麟を巡る話、第68話。
    亡命計画の下準備。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     モダス帝からの依頼を引き受けた秋也とアルトは、ロガン卿と共に亡命の計画を立てることとなった。
    「まず、どうやって出国させるかですな」
    「うむ。その点については、私に案がある。
     トッド君、君の着ているジャケットやキャスケット帽は、西方における一般的な若者の服装と言える。それに似たものを陛下に、お召しになってもらおうと考えているのだ」
    「変装させて、一般人に紛れさせて出国させよう、ってコトですか」
    「そうだ。それにシュウヤ君とトッド君、君たちは元々、この国の人間ではない。用事が済んでそそくさと出国したとしても、それには何ら不審なところは無いわけだ。
     だからそれに紛れれば、より容易に出国できるかと考えている」
    「となると、陛下の身柄は俺とシュウヤとで預かる。閣下とはここでお別れ、と言うことになりますね」
    「そうなる。勿論、報酬は前金で支払うつもりだ」
    「そりゃどうも。
     では、陛下はいつ来られるんで?」
    「それも手筈を整えている。明後日、陛下は側近を伴い鹿狩りに出られる。私も勿論、そこに随行する。
     山際の森近くで催されるため、獲物を追って森に分け入ることも良くある。そこで……」
    「俺とシュウヤとが森に潜み、そこにやって来る陛下と落ち合って、そこから連れ出すと言うわけですな」
     計画がまとまり、秋也たちはその準備に向かった。

     アルトの手際は、実に鮮やかなものだった。
     自分が今着ているものと似たような服を揃え、髪の色をごまかすためのかつらを作り、さらにその合間に、狩場の下見まで済ませてしまった。
     秋也はこの間、アルトの荷物持ちしかやることが無かった。
    「アルト、あんた本当に、何でもできるんだな」
    「簡単さぁ。やろうと思えば大体、何だってできるもんさ。
    『できない』って言ってる奴の多くは、できないんじゃなくて『しない』ってだけだ。何だかんだ理由を付けてな」
    「そんなもんかな」
    「そんなもんさ。とは言え、俺にもできないことはある」
     それを聞いて、秋也は意外に思った。
    「って言うと?」
    「俺の場合、広く浅くだからな。どんな技術でも、本職として長年やってる奴にゃ敵わない。
     例えばシュウヤ、お前さんと俺とが戦ったとして、俺は多分、すぐ負けちまうだろうな。杖術と剣術にも多少の心得はあるけれっども、結局は我流だし。真面目に修行してきたお前さんのそれとじゃ、どうしたって見劣りするのさ。
     ……はは、だから俺は『何でも屋』なのさ。どの道でも、一流になれなかったんだから」
    「そっか。……いや、だとしてもさ、『何でも屋』としては一流じゃないか? ずっと、しくじったコトないんだろ?」
    「それも逆に言えば」
     アルトは己を嘲るように、こう返した。
    「二流の腕で成功する程度の仕事しか受けてないってことさ。俺は結局、半端者だよ」
    「……」
     秋也の頭には、返す言葉が浮かばない。
     と、その様子を見たアルトが顔をくしゃ、と歪ませて大笑いした。
    「うひゃひゃ……、謙遜だよ、謙遜。マジになるなって」
    「あ、お、おう」
     と、そんな風に話をしていたところに――。
    「あ、あのぅ」
     部屋の外から、少女の声がかけられた。
    「ん? ……あ、ども」
    「おっと、少しばかり騒々しかったようで」
    「い、いえ。大丈夫です。……えっと、お邪魔します」
     入ってきたのはロガン卿の一人娘の短耳、ノヴァだった。
    「父から、その、お二人を持て成すようにと、託ったので、……えっと、お昼ごはんを」
    「おりょ? そりゃ、ありがたい」
     アルトはテーブルに広げていた服や地図を片付け、ノヴァが持ってきた料理を、これも手際よく並べ始めた。
    「ありがとう、お嬢さん」
    「い、いえ。そ、それじゃわたしは……」
     立ち去ろうとするノヴァに、アルトは声をかける。
    「良ければ可愛いご令嬢とご一緒に席を囲みたいのですが、御相席いただいてもよろしいでしょうか?」
    「ひぇえ!?」
     ノヴァは顔を真っ赤にし、後ずさる。
    「……あ、いや。ご迷惑であれば、無理には」
    「い、いえいえ! か、構いません! 持って来ます!」
     ノヴァはバタバタと慌てた足取りで、自分の分を取りに向かった。
    白猫夢・飾帝抄 4
    »»  2012.08.11.
    麒麟を巡る話、第69話。
    箱入り娘の口説き方。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     後にロガン卿から聞いた話だが、ノヴァは大分、人見知りする性格とのことだった。
     実際、秋也たちと共に食事を取ることになった、この時の彼女は、食事を始めてからずっとうつむいていた。
    「あの……?」
     ずっと顔を合わせない彼女に不安を感じ、秋也が声をかけた。
    「ひゃ、……はい! な、な、何でしょうかっ」
    「何か、……その、気に障ったのかな」
    「えっ?」
     ようやく顔を挙げた彼女に、秋也はこう尋ねる。
    「オレたちの方、全然見てくれないなと思って。何かしたかな、って」
    「い、いえ、そんなこと。あの、えっと、……あまり、わたし、その、家の人以外と、話をしないのです。その、あまり家からも、出ませんし」
    「そりゃ、勿体無いことだ」
     と、アルトが口を開く。
    「こんな可憐な方が、多感な時期に、まるで籠の中のカナリアの如く、家の中でじっとされているとは。まさか、お父上から外に出るなと言い付けられているとか?」
    「いえ、そんなことは、全然……。ただわたしが、人付き合いをしない、と言うか、その、慣れない、だけで」
    「ほうほう」
     するとアルトは、ひょいとノヴァの側に寄り、甘い笑顔を作って見せる。
    「重ね重ね勿体無いことだ。折角、青春を謳歌する自由のある今、己の心をぐいぐいと広げることのできる、二度と訪れぬこの時期に、黙々と家で過ごしてその機会を逃すなど!
     そう、昔の偉人も仰っているでしょう、『人の出会いは不可思議で心躍るもの』と。人と人が出会い、心通わせること。それはどれほど奇跡に満ち、そして美しいことであるか!」
     歯の浮くような台詞を並べ立て出したアルトに、秋也は唖然とする。
    (こいつ……、そうだろうなとは薄々思ってたけど、軟派だなぁ)
    「え、あ、……そう、ですね、はい」
     対するノヴァも、まったくこの方面の経験が無いのだろう。何ら訝しく思うことなく、それどころか顔を紅潮させ、感動しているように見える。
     その間にもアルトは、美辞麗句を並べ立ててノヴァを口説く。
    「どうでしょう、お嬢さん。物は試しです。一度我々と一緒に、外へ遊びに出てみる、と言うのは如何でしょうか? きっと素敵な思い出になるはずです」
    「え、でも、……ええと」
     多少逡巡した様子を見せたものの、アルトの言葉に相当、刺激を受けたらしい。
    「……では、少し、だけ」
     その言葉を引き出させたアルトに、秋也はただただ感心するばかりだった。
    (こいつ、詐欺師もできるんじゃねーか?)

     秋也とアルトはノヴァを伴って、もう一度外出した。
     しかしその途中から、秋也はそれとなく、アルトが彼女と二人きりになりたいと思っていることを察し、適当に口実を作って離れた。
    (……いいのかなぁ。まあ、そりゃ、誰も『ロガン卿の娘を口説くな』なんて言っちゃいないけどさ。
     でも明日、オレたちは陛下を連れて逃げるんだぞ? そんな時に、後ろ髪引かれるようなコト、していいのかって思うんだけどなぁ……)
     そんなことをぼんやり考えながら、秋也はロガン卿の屋敷に戻った。



     秋也が戻ってから2時間ほど遅れて、アルトたちも戻ってきた。
    「……」
     ノヴァを見てみると、彼女は顔を真っ赤にし、ぼんやりとだが、しかし喜んでいるような表情を浮かべている。相当、アルトとのデートに感動したようだった。
     半ば浮いているかのような足取りで彼女が離れたところで、秋也は小声でアルトに詰問した。
    「おい、アルト」
    「ん?」
    「いいのかよ、こんな時に」
    「こんな時だからだよ」
     アルトはさして乱れてもいない襟を、勿体ぶった仕草で直して見せながら、くるりと背を向けてその場から立ち去ろうとする。

     その間際――。
    「……本当に……には感謝しなきゃな……」
    「え?」
     アルトが何かをつぶやいたのが聞こえ、秋也は聞き返す。
    「何か言ったか?」
    「……何でもない」
     アルトは秋也に背を向けたまま手を振って、廊下の奥へと消えた。

    白猫夢・飾帝抄 終
    白猫夢・飾帝抄 5
    »»  2012.08.12.
    麒麟を巡る話、第70話。
    賢帝の逐電。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     モダス帝の亡命作戦、決行当日。
     この日は冬先にしては穏やかで暖かい天気となり、絶好の狩り日和と言えた。
    「……」
     が、皇帝をはじめとして、随行している側近らの顔色は優れない。
     その理由は、経済事情が差し迫りつつあるこの時期に遊興へと出向く皇帝の行動を訝しがっていること、そしてあの冷酷な参謀、アロイスが同行していたからだ。
    「フィッボ。こんなことをしている場合ではないはずだ。すぐに戻れ」
     そのアロイスが、まったく敬意を表さない、高圧的な命令口調でモダス帝に尋ねる。
    「私はそうは思わない。それともアロイス、君は部屋に閉じこもって延々と平行線をたどる会議を催す方が、国民にとって有益だと思っているのか?」
    「少なくとも敵ではなく、単なる獣に対して弓を射るのは無為でしかあるまい」
    「ははは……、何も鹿を狩るだけが目的と言うわけでは無い。たまには場所と趣向を変えて、皆と意見交換をしたいと言うだけだ。
     私はそちらの方が、まだ有意義になると考えている」
     モダス帝の言葉を、アロイスはにべもなく否定した。
    「そんな道理は存在しない。早急に、執務に戻るのだ」
     しかしモダス帝はそれを無視し、背負っていた弓を構える。
    「分かった、分かった。そんな苦言は終わらせてから、ゆっくりと聞こうじゃないか」
    「……」
     この様子を、側近の輪から一歩退いた形で眺めていたロガン卿は、内心冷や冷やしていた。
    (今日が計画の実行日だと言うのに、陛下からどうも、緊張感を感じない。まさか、このまま本当に狩りだけをして、そのまま城に帰ってしまうつもりではあるまいな?
     ……いやいや、それは無いか。陛下が現状を疎んじているのも、体勢を立て直してクサーラ卿と対峙しようと決意されたのも、嘘やごまかしではない、現実のことだ。
     となれば、あの気の無い様子は演技、……と見るしかないか)
     そのうちに、一行は狩場に到着した。
    「さて、と。それでは諸君、腕比べと行こうか」
    「そうですな……、ここまで来て政治議論は無粋と言うもの」
    「どうせなら楽しむとしましょうか」
     側近らの大半は軍人であり、それなりに狩りを楽しむ気風も趣向もある。
    「陛下、それでは私はあちらを狙って……」
     と、一人が山際に特に近い森を指差すと、モダス帝は「あ」と声を上げた。
    「しまったな、私もそこを狙っていたのだが」
    「あ、そうでしたか。ではお譲りいたします」
    「ありがとう、助かる」
     その言動に、ロガン卿はほっとした。
    (作戦の実行地点に固執された、……のならば、陛下はやる気だろう。
     ならば私は、私に課せられた役割を全うするとしよう)

     仕留めた鹿を運ぶなどの理由から、狩りは二人一組で行われることになっている。そしてモダス帝がその相手に、アロイスではなくロガン卿を選ぶのも、かねてから「自分は陛下の懐刀だ」とロガン卿が言っている通り、当然と言えた。
    「……これで、こちら側の準備は整ったわけだ」
     二人きりになり、森の中深くに分け入ったところで、モダス帝が口を開く。
    「ええ。後のことは、お任せください」
    「頼んだ。……だがシャルル」
     モダス帝は真剣な顔を、ロガン卿に向けた。
    「今回の計画は、あくまで帝国のために、即ち帝国に住まう善良なる臣民のために行うことだ。
     私の努力を、無駄にはしてくれるな」
    「と言うと?」
    「首尾よくアロイスを討つことに成功し、私が帝国に戻って来た時。お前がいなくては、何の意味も無いのだからな。
     決して、己の命を賭すような真似はしないでくれ」
    「……承知致しました」
     ロガン卿は深々と、頭を下げた。
     と、そこに忍び寄る者たちが現れる。
    「どうも……」
     その二人が秋也たちであることを確認し、ロガン卿とモダス帝は小さく手を振った。
    「ああ、ありがとう。
     ではトッド君、コウ君。君たちに私の命を預けるとしよう」
    白猫夢・離国抄 1
    »»  2012.08.14.
    麒麟を巡る話、第71話。
    皇帝逃しの偽装。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     狩りの開始から4時間が経ち、側近たちのほとんどが出発地点へと戻ってきた。
    「ほう、これは中々大きな……」
    「いやいや、貴君の獲物も相当ですぞ」
    「皆、今回は大勝と言えるな」
     口々に猟果を褒め合っているところに、アロイスの重々しい声が飛んでくる。
    「フィッボはまだ戻らないのか?」
    「……え?」
     それを受け、側近たちはきょろきょろと、辺りを見回す。
    「いません、……な?」
    「ロガン卿も見当たらない」
    「まだ戻っていない、……にしては遅い」
    「まさか……」
     側近たちの顔から、喜びの笑みが消える。
    「探せ」
     そしてアロイスも、焦りのにじんだ声を投げつける。
    「探すのだ! 何かあってからでは遅いぞ!」
     側近とアロイスは慌てて、モダス帝が向かっていった森へと駆け込んだ。

     そしてすぐに、ロガン卿の方は見つかった。
     しかし彼は木の根元に倒れ、気を失っていると言う、尋常ならざる状態で発見された。
    「ロガン卿、しっかりしろ!」
    「そ、その顔は!?」
     ロガン卿は頭から血を流しており、左こめかみには黒々としたあざが付いている。
    「う、ぬ……」
     助け起こされ、口に気付けのアルコールを含ませられたところで、ようやく目を覚ます。
    「いたた……、どう、した?」
    「それはこちらの台詞だ!」
    「一体何があったのだ!? 陛下はどこに!?」
     ロガン卿はぼんやりとした顔を向け、ぼそぼそとこう返した。
    「そう言えば……、熊が現れて……」
    「熊?」
    「この時期に? ……いや、冬眠にはまだ大分早いか」
     ロガン卿の言った通り、彼が頭部に受けた傷は、確かに熊の爪痕にも見える。
    「私は陛下を守ろうと……、だが……、殴られて……」
    「何と言うことだ……」
    「さ、探すのだ! 陛下の身に何かあっては!」
     側近たちは慌てて、周囲に散る。
     だが――夜までかけても、モダス帝を見付けることはできなかった。



     城に戻り、手当てを受け終えたロガン卿は、そそくさと自分の屋敷に戻った。
    「お、お、お父様!? そ、その顔は……!」
     迎えるなり顔を蒼ざめさせた娘、ノヴァに、ロガン卿はにこっと笑いかけた。
    「心配するな、大丈夫だ。……まだ痛むが。
     それよりも、……まあ、敷地内とは言え、外でできる話ではない。中で話そう」
    「え? あ、はい」
     屋敷の中に入り、がっちりと玄関を施錠したところで、ロガン卿は小声でこう話した。
    「お前にだけ、事の顛末を伝えよう。お前ならみだりに、他人に話したりはしないだろうからな」
    「な、何を、ですか?」
    「表向き……、には。陛下は本日の狩りの途中、熊に襲われ行方不明と言うことになっている。明日も、そして恐らくは明後日以降も大々的に山林へ兵を放ち、捜索が行われるだろう」
    「へ、陛下が……!? ああ、なんと言うこと……!」
     ノヴァは口を押さえ、顔をさらに蒼くする。
     と、ロガン卿は自分の胸の前でぱた、と手を振った。
    「表向きには、だ。兵士も陛下の側近らも、真相は知らん」
    「……と言いますと?」
    「真相は私と陛下、そして昨日まで家にいたあの二人だけが知っている」
    「アルトさんと、シュウヤさんがですか?」
    「そうだ。二人は陛下を伴い、既に帝国を出ているはずだ」
    「……え? えっ? えええっ!?」
     きょとんとしていたノヴァの顔が、再度蒼ざめる。
    「ま、ま、まさか? そ、そんな、嘘でしょう?」
    「いや、本当の話だ。陛下はプラティノアールに亡命したのだ」
    「そんな……」
     くら、とノヴァの頭が後ろへ落ちかける。
     それを支えつつ、ロガン卿は話を続けた。
    「熊に襲われたと擬装するため、トッド君にわざと殴りつけられ、シュウヤ君の刀で傷を作ってもらった。この頭の包帯は、それだ。
     そして陛下は変装し、トッド君らと共に国境へ向かったはずだ。昼前に起こったことであるし、今はもう、カプラスランドから遠く離れているだろう」
    「……あ! で、では、わたしが昨日見た、服や地図は」
    「恐らく変装用の服と、プラティノアール王国首都、シルバーレイクまでの道のりを記した地図だろう」
     話を聞き終え、ノヴァの顔色はほとんど、白に近くなっている。
    「そんな……、陛下はこの国を、み、見捨てたと……」
    「そうではない。あの逆臣にして悪魔たるクサーラ卿を討つための、苦渋の決断なのだ」
    「どう言うことですか?」
     ノヴァが尋ね返した、その時だった。

     玄関からバン、と言う破裂音が轟いた。
    白猫夢・離国抄 2
    »»  2012.08.15.
    麒麟を巡る話、第72話。
    悪魔参謀の襲撃。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「なっ……!?」
     ロガン卿は娘を居間に残し、慌てて玄関へと向かう。
     堅く施錠したはずの玄関には、大穴が空いていた。
    「何をするのだ、クサーラ卿!?」
     多数の兵士を背にしたアロイスが、破壊された玄関から入ってくる。
    「事実確認を行うぞ、ロガン少将」
    「事実? 一体何の話だ?」
     とぼけては見せたが、ロガン卿の内心は凍りそうなほど、恐怖で冷え切っていた。
    「お前は熊に襲われて気絶したためフィッボを見失ったと、そう言ったな?」
    「……そうだ」
    「だが不可解な点が2つある。
     冬眠前の、餌を探し回っているであろう熊に襲われながら、何故お前は生きているのだ? 餌として巣に運ばれていないのは、何故だ?」
    「野獣の考えなぞ知らん。壮年の身であるし、美味そうには見えなかったのだろう」
    「そして熊に襲われ、傷を負ったとお前はそう言っていたが、四足で歩いているはずの熊に襲われたにしては、傷口には土や泥の類が付いていなかった。
     そもそも周囲には、熊が通ったであろう形跡は何も無かった。爪痕も、毛も、足跡すらも無い。さらにはお前を襲い、付着したであろうはずの血も無かった。そこに熊がいたと言う形跡は、何一つ存在しなかったのだ。
     まさかお前は、翼を生やした熊にでも襲われたとでも言うまいな?」
    「そ、れは……」
     答えに詰まるロガン卿に、アロイスはさらに詰め寄る。
    「真相を話すのだ、ロガン少将。お前の説明では、状況の整合性が付かない。
     答えろ。お前は何を仕組んだ? フィッボはどこにいる? 何が狙いだ?」
    「くっ……」
     ロガン卿は弁解を諦め、屋敷の中に引き返そうとした。
     だが――。
    「答えろ、と言っているのだ!」
     ガキン、と硬いバネが弾かれたような音を立て、突如、アロイスが跳躍する。
    「う、おっ、……おおおっ!?」
     まるで砲撃でも受けたかのように、ロガン卿の眼前に大穴が空く。
     その大穴からアロイスが、床板がバキバキと音を立てて割れる音を立てながら這い上がってくる。
    「次は貴様を狙う。死にたくなければ答えるのだ」
    「……どの道、私を生かしておく気は無かろう!?」
     ロガン卿は腰に佩いていた剣を抜き、アロイスに斬りかかった。
    「せやあああッ!」
     勢いよく振り下ろされた剣が、アロイスの頭頂部に叩き付けられる。
     だが剣はぽっきりと、叩き付けた部分から折れてしまった。
    「なっ、……馬鹿な!?」
    「死にたいようだな、ロガン少将。ならば望み通り……!」
     アロイスは体勢を低く取り、ロガン卿に襲い掛かってきた。

     と、その時――。
    「閣下あああああッ!」
     ぎち……、と音を立て、アロイスの頭部に槍がめり込んだ。
    「グ、ガ、カッ……!?」
     アロイスは飛んできた槍の勢いを抑え切れず、穴の中に転がり落ちる。
     だがすぐに体勢を整え――るつもりだったのだろう。穴から這い出たところで、アロイスのはいていた具足から、ガキンとバネの弾ける音が響く。
     どうやら、玄関や床を破壊した時と同じ技を仕掛けたものの、槍に邪魔されて発動のタイミングがずれ、今になって発動したらしい。
    「シマッ、……アアアァァ~ッ!」
     金気走ったようなアロイスの声が、空遠くへ伸びていく。
     アロイスは、今度は屋敷の二階部分を吹き飛ばして、どこかへすっ飛んで行った。
    「はあっ、はあっ、……閣下! ご無事でございますか!」
     どこからか、野太い男の声が飛んでくる。
    「サンデル! お前か!?」
    「おお、閣下! 良かった、間に合いましたか!」
     武装したサンデルが、屋敷の中に飛び込んで来た。
    「助かった、礼を言うぞ!」
    「ありがたき幸せ! ……と、話している場合ではないですぞ! 既に屋敷は取り囲まれております!」
     サンデルが息せき切ってそう伝えたものの、外にいた兵士たちは、揃って困った顔を並べている。
     どうやら兵士たちはアロイスが無理矢理に引っ張ってきたらしく、ロガン卿らに襲いかかるようなことはしてこない。
    「……諸君!」
     それを察知したロガン卿が、屋敷の外に出てこう叫んだ。
    「私は諸君らに詫びねばならん! 私は、陛下の亡命を手配したのだ!」
    「……!?」
     これを聞いて、兵士たちは一様に目を丸くする。
    「だがこれだけは誓おう! 陛下の、そして私の本意はあの悪魔、アロイス・クサーラ卿の討伐にあるのだ!
     諸君、そのままそこで静観していてくれんか!? 私も今、国を抜ける! 陛下をお助けするためにだ!」
    「……」
     兵士たちは、今度はきょろ、と辺りを見回す。
     そしてどうやら、動かなければならない理由――即ち、自分たちを大恩あるロガン卿にけしかけさせたアロイスの姿が無いことを確認したらしく、全員が無言でうなずいた。
    「感謝する!」
     ロガン卿は屋敷内に引き返し、ぐったりしているノヴァを抱きかかえる。
    「お前も連れて行く! じっとしていろ!」
    「はっ、はい」
     ロガン父娘は屋敷の外に出る。
     と、待機していたサンデルが敬礼し、こう申し出た。
    「吾輩もお供いたします!」
    「……感謝するぞ、サンデル」
     三人は直立不動し、敬礼した兵士たちを横目に、屋敷から逃げ去った。
    白猫夢・離国抄 3
    »»  2012.08.16.
    麒麟を巡る話、第73話。
    長い長い一日。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ロガン卿ら三人は大急ぎで街を抜け、郊外まで進んだ。
    「この先に、軍の詰所がある。馬車を借りれるか、聞いて来よう」
    「危険では……? 既に、軍全体に閣下を拿捕せよとの通達が出ておりますし」
     そう尋ねたサンデルに、ロガン卿は首を横に振る。
    「私が相手であれば、融通も利くだろう。ここで待っていてくれ」
     そう言ってロガン卿は娘を背から下ろし、詰所に歩いて行った。
    「……あ、あのぅ」
     と、ノヴァが恐る恐る、サンデルに顔を向ける。
    「何でしょうか」
    「ど、どうして、マーニュさんは、その、あんな危険な目に遭ってまで、父を助けてくれたのですか? その、父を捕まえろと言う、通達が出ていると言っていたのに」
    「言うまでもないことです。吾輩をはじめとして、この国の兵士のほとんど大半と言っていいくらいの人間が、閣下には恩義がある。
     閣下の尽力が無ければ、吾輩ら兵士の3分の1は、あの憎きクサーラ卿の無謀・無策によって、とっくに土の中にいたでしょうからな」
    「そ、そうですか」
     話しているうちに、ロガン卿が馬車に乗って戻って来た。
    「借りることができた。さあ、乗ってくれ」

     馬車を駆り、逃亡から1時間後には、三人は街の灯がうっすらと見えるくらいの距離まで離れることができた。
    「……済まなかった」
     と、ロガン卿が唐突に口を開く。
    「計画通りであれば、事態が急変するまでに、少なくとも1週間かそこらは猶予があったはずであり、我々に危害が加えられることは無かったはずだったのだが。
     まさかクサーラ卿に、擬装を見破られるとは」
    「済んだことです。お気になさらぬよう。
     ……と、もしやすると陛下たちも同じ道を進んでいるやも知れませんな」
    「そうだな。首尾よく拾えれば良いのだが」
     と、そう話していた矢先に、ノヴァが「あ」と声を上げた。
    「どうした?」
    「あっ、いえ、あの、多分見間違い……」
    「何と見間違えたのかな、ノヴァ?」
     ロガン卿が優しい口調でそう尋ねると、ノヴァは顔を赤らめながら、ぼそ、とつぶやく。
    「あの、アルトさん、に、その、似た方がいた、ように、えっと、でも」
    「アルト? ……トッド君か?」
     ノヴァが小さくうなずくのも確認せず、ロガン卿は馬車を止めて飛び降りる。
    「そこにいるのは、もしや……?」
     街道をわずかに外れ、毛布を胸の辺りにかけて、木の根元に寝転がっていた兎獣人に声をかける。
    「おや、その声は」
     兎獣人は顔を挙げ、ロガン卿に応答する。
    「やはり閣下でございましたか。察するに、早くも露見したと言うところでしょうか」
    「流石の慧眼であるな。その通りだ」
     アルトはひょいと立ち上がり、キャスケット帽を被って街道へと歩み寄る。
    「となると、ここでグズグズはしていられないようですな。
     陛下とシュウヤを起こしてきます。二人とも安全のため、奥で休んでもらっていたもので」
    「助かる」
     アルトは森の奥に入り、少しして秋也とモダス帝を伴って戻ってきた。
     モダス帝は目をこすりながら、ロガン卿に声をかける。
    「やあ、シャルル。しばらくぶりだな」
    「朝に別れたばかりでしょう」
     苦い顔を向けたロガン卿に、モダス帝はクスクスと笑って見せた。
    「そうだった。しかし君にとっては、もう何日も経った気分ではないか?」
    「仰る通りですな。まったく大変な一日でしたよ」
    「それは悪かった。君をなるべく危険には晒すまいとしたのだが、裏目になったようだ。
     こうなったら素直に頼むしかない。シャルル、一緒に来てくれるか?」
    「ええ、こちらこそよろしくお願いいたします。ただ、2人ばかり増えてしまいましたが」
    「旅のお供は多い方が楽しいもんですぜ」
     と、アルトが口を挟む。
    「よろしくお願いいたします、ロガン卿、そしてノヴァお嬢様」
     優雅に頭を下げたアルトに、ロガン卿は怪訝な目を向ける。
    「トッド君?」
    「なんでしょう?」
    「まさか……、手は付けておらんだろうな?」
    「まさかまさか。そうでしょう?」
     そう言っておいて、アルトはノヴァに笑顔を向ける。ところがそれを見たノヴァは、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
     初心過ぎる反応を返されたアルトは、慌ててロガン卿に弁解する。
    「……いやいや、本当に手を付けてなどおりません。ただ少しばかり、シュウヤを交えて話をしたくらいで。
     そうでしょう、ね、お嬢様?」
    「えっ、あっ、は、はい」
     ぶんぶんと頭を振る娘と冷や汗を浮かべるアルトとを交互に見比べ、ロガン卿ははあ、とため息を漏らした。
    「……信じることにしよう。だがトッド君、私は君を陛下の護衛として雇ったのだと言うことは、忘れないでもらいたい」
    「勿論ですとも。さ、さ、早く馬車に乗りましょう」
     アルトはそそくさと馬車に乗り、手綱を握って見せる。
    「シュウヤ、またお前さんに手伝ってもらいたいんだが、構わないか?」
    「ああ、いいよ」
     三々五々、馬車に乗り込む面々を、その一歩後ろで眺めつつ、秋也も馬車に向かう。
    「……まったく、行きも帰りもとんだ旅になりそうだな」
     秋也が小さくつぶやいたその言葉は、誰にも聞かれなかった。

    白猫夢・離国抄 終
    白猫夢・離国抄 4
    »»  2012.08.17.
    麒麟を巡る話、第74話。
    混乱する城内。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     モダス帝の失踪と、それに帝国の重鎮であるロガン卿が関与していた事実を受け、カプラス城内は大騒ぎになっていた。
    「まさかロガン卿が、こんな大それたことを企てるとは……」
    「陛下は果たしてご無事なのだろうか」
     側近らが集まり今後の対応、即ち誰がこの国を、皇帝に代行して引っ張っていくかを論じる場が立てられたが、誰も彼もがそれを口に出そうとしない。
    「……」
     会議の中心に座りながらまだ何も発言しない参謀アロイスが、その役割を担うであろうことは十中八九明らかだったからである。
    「……」
    「あの、クサーラ卿」
     会議が進展しないので、ようやく一人が声をかける。
    「なんだッ!?」
    「あっ、いや、……何でもござぃません」
     が、まるで吠えるように返事を返され、二の句が継げなくなる。
    「……卿!」
     と、意を決したらしい他の者が、負けじと強い口調で尋ねる。
    「なんだと聞いている!」
    「このままでは埒が明きません! どうか卿、あなたが陛下の代行を務める形で、当面の統治を行っていただけませんか?」
    「……」
     が、アロイスは答えない。
    「あの……?」
    「クサーラ卿?」
    「如何でしょうか?」
     側近らが何度か尋ね返すと、彼は唐突に立ち上がり、依然きつい口調のまま尋ね返してきた。
    「お前たちはフィッボがもう既にいないものとして、今後の統治を考えているのか?」
    「え? いや、ですからいない間は、と……」
    「フィッボはすぐ戻る! いいや、連れ戻すのだ! あのなんら道理の分かっていない無知蒙昧の逆臣、シャルル・ロガンの手からな!
     こんな会議などのんびりやっている場合ではない! いいか、すぐにフィッボ奪還の部隊を結成するのだ! 一日、一時間でも早く、フィッボをこの国の玉座に戻すのだ!」
    「い、いや、ですから。勿論奪還するにしても、その間は空位なわけですから」
     会議を進めようとした側近に、突然アロイスは歩み寄る。
    「分からんのかッ!」
    「え、あの、きょ」
     次の瞬間――その側近が、椅子ごと姿を消す。
    「!?」
    「ひっ……!」
     一瞬間を置いて、ぐちゃ、と何かが壁に叩きつけられる水っぽい音が、室内に鈍く響く。
    「何度も言わせるな……! 早急に、連れ戻すのだ!」
     そう叫び、アロイスは場を後にする。
    「うう……」
    「なんと、恐ろしい……」
     壁に頭からぶつけられ、下半身だけになった同僚の、血まみれの姿を見た側近らは、一様に顔を青ざめさせた。

     フィッボ・モダス帝の失踪したその日から、カプラス城内の雰囲気は悪しきものに変わった。
     アロイスの狂気じみた捜索が始まるとともに、いつ何時彼の機嫌を損ね、人の姿から血の詰まった肉塊へと変えられるかと言う物理的・直接的恐怖が、城内を覆っていた。
     そんな状況では、まともな政治運営すらできるわけがない。城内の、そして帝国の情勢は、さらに悪化の一途をたどった。



     一方、こちらはそんな事情など全く知る由もない秋也たち一行。
    「……ってなわけで、今も3世は生きているとのたまう教授らが絶えることはない、と言うわけでございます」
     馬車の中では、追われていることなど微塵も感じさせない陽気な口調で、アルトが面白おかしく話を聞かせている。
    「へぇ……。何と言うか、その……、不思議な、感じのお話ですね」
    「なるほど、大富豪の失踪と隠し財産のうわさ、であるか。確かにロマンめいたものを感じずにはいられんな」
     素直に感動した様子のロガン父娘に対し、御者台に座る秋也とサンデルは、懐疑的な意見を返す。
    「吾輩には眉唾としか思えんがなぁ」
    「まあ、オレもどっちかって言えば同意見っスねぇ。陛下はどうお考えでしょう?」
     秋也がそう水を向け、モダス帝はくすくすと笑って返す。
    「そうだな、私も現実主義者だから、そう信じられる話ではない。しかし実際、君は『ミッドランドの悪魔』に出会ったのだろう?」
    「え? ええ、まあ」
    「私の記憶が確かならば、ミッドランドはニコル3世が造成した街のはずだ。そしてその悪魔も、元々3世の別荘だった屋敷の地下に封印されていたのだろう?
     ならば他の、3世が造った街のどこかに、悪魔ではないにしろ、何かしらが封印されていてもおかしくはない。
     夢のある考えをするなら、それも有りだろう?」
    「なるほど、一理あるっスね」
    「ふむぅ……、確かに」
     二人が感心したところで、モダス帝が肩をすくめて見せる。
    「ああ、そうだ。言おう、言おうと思ってうっかりしていたが。
     旅の間だけで構わんから、どうか私のことは敬称ではなく、気楽にフィッボと呼んでもらえないだろうか?」
    「え、いや……」
    「繰り返し言うようだが、私は元々、在野の平民なのだ。そんな男が『帝』だの『陛下』だの祭り上げられるのは、正直落ち着かない。
     それに旅の間、そんな勿体つけた呼び方をしているのが周りに聞こえたら、問題の種になりかねん。極力、同僚・同輩として接してくれ」
     そこでアルトがくるりと顔を向け、こう答えてきた。
    「了解であります。ではこの旅の間は、単純にフィッボ君と」
    「ああ、そうしてくれ」
     モダス帝――フィッボは嬉しそうにうなずいた。
    白猫夢・帝憶抄 1
    »»  2012.08.19.
    麒麟を巡る話、第75話。
    慇懃無礼。

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    2.
     秋也たちの旅は、その往路の時にも増して危険なものであるはずだったが、どうやら帝都における混乱が、そのまま地方の軍事・警察配備にも響いているらしい。
     街をいくつか抜ける合間に、何度も軍や警吏とすれ違ったが、彼らは――皇帝のフィッボが間近で、にこやかに笑いかけても――むすっとした顔で素通りするばかりであった。
    「こうなると、私が皇帝だったことすら怪しいものだな」
     そううそぶくフィッボに、ロガン卿は苦い顔を返す。
    「いやいや、陛下、……もとい、フィッボ様は確かにその、『それ』であります」
    「……そうだな。そうであった」
     笑いながらそうつぶやいたフィッボに対し、御者台に座るアルトは、彼には顔を向けずに皮肉を返した。
    「のんきな御方ですな。重責から解放され、いささか能天気になったと見える」
    「トッド君!」
     ロガン卿がたしなめようとしたが、フィッボはそれを制する。
    「いや、アルト君の言う通りだ。少し気楽に過ぎたよ」
    「いえいえ、俺の言うことなど御気になさらぬよう。何しろ在野の、破落戸(ごろつき)同然の身でありますので」
    「……」
     アルトが嫌味なほど卑屈な態度を執ってくるため、馬車内の空気に険が差す。
     その空気を嫌った秋也は、つい大声を出してしまう。
    「おい、アルト!」
    「なんだよ?」
    「何か気に食わないって言うなら、はっきり言ったらどうだ?」
    「は?」
     アルトは、今度はきっちり秋也の方をにらんで答える。
    「すると何かい、お前さん。やんごとなきこの御方に『私めは貴方様のこれこれこう言うところが鼻持ちならんのであります』と真正面から言ってのけろ、とでも言うのかい?」
    「……貴様ッ!」
     次の瞬間――サンデルがアルトの襟を引っ張り、御者台から引きずり下ろした。
    「……っ、なんです大尉殿?」
    「無礼千万にも程があるだろうが! 陛下がこれほど心を砕いてくださっていると言うのに、何故貴様は一々癇に障る物言いばかりするのだ!」
    「だから、その質問に対してはさっきと同じ答えですよ。分からん御方ですな」
     アルトはくしゃくしゃにされた襟を正し、サンデルに背を向けた。
    「……~ッ」
    「もういい、サンデル」
     顔を真っ赤にして憤るサンデルを、ロガン卿がなだめる。
    「彼は彼なりに、何かしら思うところがあるのだろう。そしてそれは、口に出せばここにいる全員の気を害するものであり、故に思慮深い彼は言わんのだろう」
    「そう思っていただいて結構です、閣下」
     アルトはチラ、とロガン卿に目を向け、これだけ言って寝転んでしまった。
    「俺はしばらく休みます。お気遣いは無用です」
    「分かった」
     そう返しつつ、ロガン卿は御者台に座り、小声で秋也に尋ねてきた。
    「もしやと思うが、まさかトッド君はカプラスランドからずっとフィッボ様に対し、あの剣呑な調子で応対していたのか?」
    「ええ、はい。変なんですよ、ずっと。いつものアイツらしくなくて」
    「確かにそれは言える。いや、この道中にしても、私や娘に話す際はいつもの、気さくな彼であった。
     陛下に対して何か、悪い印象を持っているようだな」
    「そう……、なんですかね。オレからしたら、フィッボさんもすごくいい人だと思うんスけど」
    「多少の語弊はあるが、私も同意見だ。
     私は今までフィッボ様を含め、3人の君主に仕えてきたが、その中でもフィッボ様は最も優れ、慈愛に満ちた主だと、私は胸を張って言える」
    「いや、そんなことは……」
     否定しかけたフィッボに対し、サンデルがぶるぶると首を振った。
    「ご謙遜を! 吾輩なぞが言えることではありませんが、フィッボ様は誠に、為政者の鑑たる御方と存じております!」
    「そうか、うん、……それはありがとう」
    「いやいや、勿体無きお言葉を……」
     フィッボが困った顔をする反面、サンデルは嬉しそうに笑う。
    「……」
     この会話を聞いていたのかいなかったのか、アルトはこの間ずっと、毛布を被って横になっていた。
    白猫夢・帝憶抄 2
    »»  2012.08.20.
    麒麟を巡る話、第76話。
    野宿の夜。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     いくら急ぎの旅とは言え、夜になっては馬車を満足に走らせることはできない。道の見通しが悪く、路面状況も非常に分かり辛いし、何より馬が怖がるためである。
     かと言って、宿を取って休むことも勿論できない。一般的な西方風の服装をしたアルトとフィッボ、ノヴァはともかく、いかにも軍人風のロガン卿とサンデルに加え、異国の剣士である秋也と言う奇妙な面子では、いくらなんでも目に付き過ぎるからだ。
     消去法的に一行は、野宿と言う休息方法を採ることになった。

    「すう……、すう……」
    「ぐう、ぐう……」
    「んごご……、んがっ……」
     幸いにして、馬車は大人6人がゆったり足を伸ばして寝転べることができるくらいには広い。秋也を一人、寝ずの番に立て、残りは馬車の中で寝息を立てている。
    「ふあ、……ああ」
     秋也は欠伸を噛み殺しながら、焚火替わりの「火術灯」――これも言わずと知れた、トポリーノ野外雑貨の人気商品である――をぼんやり眺めていた。
    (こうして落ち着いて考えてみると、とんでもないコトになってるんだよなぁ。一国の主を連れて、その国に追われる身になってるって……。
     成り行きでここまで、コトが大きくなるなんて)
     秋也は改めて、白猫に対する訝しい思いを抱いた。
    (白猫……、アイツは一体何なんだろう。どうしてもオレには、何か良からぬコトのために、アイツにいいようにされてるような気しかしないんだよな。
     そりゃ確かに未来は見えるんだろうさ。誰も予想してないような、こんな事態にオレをひょいと巻き込ませられるんだから。だからアイツの力は確かだ。ソレは、納得できる。
     納得できないのは、その意図だ。どうしてオレなんだ? なんでオレをこんなコトに巻き込ませたんだ? ソレが分からない。
     アイツは一体オレを、どうしたいんだろうか)
     そんなことを考えているうち、目の前に置いていた「火術灯」の光がぼや……、と薄くなる。
    「あれっ? ……おっかしいな」
     灯が弱くなった原因を調べようと、秋也は手袋をはめ、それを手に取る。
    「んー……? 燃料はまだ入ってるよな? 空気穴も塞がってないし。となると……」
     ぱか、と灯りの蓋を開け、中の様子を確かめる。
    「うーん……」
     しかし特におかしいと思うような点もなく、秋也はうなるしかない。
     と、秋也の背後からひょい、と手が伸びる。
    「ああ、なるほど」
    「フィッボさん?」
     秋也の背後に、いつの間にかフィッボが立っていた。
    (あれ……、いつ起きたんだろ?)
     秋也も――免許皆伝に成り立てとは言え――ひとかどの剣士であるし、気配の読み方もそれなりに知っている。
     ところがこの兎獣人の気配を、秋也は少しも察知することができなかった。
    「ほら、ここ。魔法陣の基板が入ってるが、割れてしまっている。寿命だな」
    「え、……じゃあもう壊れちゃったってコトっスか」
    「ああ。元々が軍の備品だから、荒い使い方をしていたのだろうね。……いや、でも」
     フィッボは基板を取り出し、目を凝らして調べる。
    「直せるんですか?」
    「応急処置くらいならできなくもなさそうだ。ちょっと、馬車の中の灯りを取ってくる」
     そう言うとフィッボは、ポンと飛び跳ねた。
    「……っ!」
     俊敏な秋也やアルトでも、はしごを使わなければ登れない程度には大きな馬車である。
     ところがフィッボは、音もなくその大きな馬車の中に飛び込み、そして静かに地面へ降り立ち、秋也のところへ戻ってきた。
    「随分……、身軽なんですね」
    「ああ。私は少しばかり、他人より身体能力が高いから。
     早めに直してしまおう。これが無いと、皆が凍えてしまうからな」
     そう言ってフィッボは秋也の横に腰を下ろし、灯りを修理し始めた。
    「最前線にいた時は、こうやって何度も基板を修繕したものさ。戦い始めた頃は、補給もままならない状況が度々あったからね」
    「そっか……、昔はフィッボさん、戦ってたんですよね」
    「ああ。今はもう、武器を手に取るのも嫌になってしまったが」
    「どうしてです? 何かあった、とか?」
     そう聞いた時、秋也は内心、しまったと思った。フィッボの顔が、ひどく曇ってしまったからだ。
    「あ、えと……、その、……言いたくなければ、今の、無しで」
    「いや、話しておこう。君に依頼した内容にも、関わってくることだし」
     フィッボはそう返し、基板をいじりながら、昔の話をしてくれた。
    白猫夢・帝憶抄 3
    »»  2012.08.21.
    麒麟を巡る話、第77話。
    鉱山事故と杜撰な対応。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     双月暦523年、西方南部三国の一つ、グリサルジャン王国の最北端の、今は無きとある村。
     いや――その村はその日、消滅したのだ。



    「はぁっ、はぁ……、げほっ、げほっ」
     元々はほんのりと紫を帯びた赤い髪は、所々が白く脱色してしまっている。数時間前まで彼の自慢だった濃い銀色の兎耳と尻尾にも、白い斑点がぽつぽつと浮かんでいる。
    「だ、誰か……、助けて……」
     彼はがくんと膝を着き、その場に倒れこんだ。
     結局はそれが彼、フィリップの命を救うことになった。何故なら村を滅ぼし、彼の髪や耳尾を脱色させた原因であるそのガスは、空気より軽いものだったからだ。

     フィリップと彼の父親、父親の友人、そして彼自身の友人の多くは、村の北にある鉱山で働く鉱夫だった。
     俗に「西方三国」と呼ばれる三ヶ国の北には、東西に延びる形で希少金属の鉱脈があり、彼らはその採掘を生業としていた。
     しかし鉱山採掘には、様々な危険が伴う。掘り進んだ穴が落盤し、生き埋めになる危険。溶岩帯や間欠泉を掘り当て、焼け死ぬ危険。突如現れたクレバスに落ちる危険。そして――ガスが発生する危険もある。
     その日、鉱夫たちが掘り当ててしまったものは、その中でも極めて悪性の高いガスだった。毒性の強さに加え、極めて可燃性の高いガスであったため、掘り当てた瞬間に起こった火花でガスは一挙に爆発。彼以外の鉱夫は全員この爆発と、それによって起こった落盤によって死亡した。
     フィリップはこの時偶然にも、石を運び出す作業の最中であったため、爆風に吹き飛ばされるだけで済んだが、悪夢はそれで終わりではなかった。それまで村の下に溜まっていたものの、安定した状態にあったガスが、鉱山での爆発によって次々に連鎖反応を起こし、爆発と噴出を繰り返したのだ。

    「……っ」
     彼が目を覚ました時には、地表に噴き出したガスははるか上空へ散り、中毒の危険は去っていた。
     しかし依然、地中のガスは燃え続けており――。
    「……嘘だ、こんなの……! 夢に……、夢に決まってるっ……」
     村があった場所は大きく陥没し、轟々と火柱を上げる地獄絵図と化していた。



     数時間後、フィリップを含め生き残った村の人間十数名は、騒ぎを聞き付けた王国軍によって救出・保護された。
     そこでフィリップは、肉親や友人が亡くなったこと、村が壊滅状態になったことを聞かされたが、さらに彼を打ちのめしたのが――。
    「なんですって……!?」
    「だから、言った通りだ。明日には全員、基地から退去してもらう」
    「そんな無茶な! まだ顔が真っ青な子もいるし、僕みたいに、大ケガしてる人だって……」
    「口答えするな! これも御国のためだ」
     なんと国王から軍を通じて、保護した翌日には村へ戻って採掘を再開するようにとの指示が下されたのだ。
     爆発により坑道は完全に塞がっているし、村も依然として火柱が上がったままである。採掘どころか、まともに生活すらできない状況であることを、彼は通知してきた将校に訴えたが――。
    「ああ、分かった分かった! もういい、とにかく帰れ!
     我々は近々また、ロージュマーブルと戦争せねばならんのだ! こんな下らんことにいつまでも関わらせるな!」
    「は……!?」
     自分たちの、生死に関わる問題を「下らん」と言い切られ、温厚なフィリップも流石に激昂した。
    「く、下らないですって……! あなたたち程じゃないにしろ、僕たちだって死ぬ危険があったこの事故を、下らないと、そう言うんですか!?」
    「口答えするのか、貴様ッ!」
     その後に何があったかフィリップは覚えていなかったが、どうやら将校に殴る、蹴るの暴行を散々受け、気絶したらしい。

     もう一度目を覚ました時、フィリップは牢に放り込まれていた。
    「うっ、……く」
     痛む体を無理やりに起こし、彼は鉄格子によろよろとしがみついた。
    「僕は……、僕は許さないぞ……! 人の暮らしより、国民の安全より、自分勝手にドンパチやる方が好きなのか、お前らーッ!」
     その叫びに、すぐ兵士たちが駆けつける。
     フィリップはもう一度、体中が紫色になるまで殴りつけられた。



     これがフィリップ・モダス――後のフィッボ・モダス帝が立身しようと決意した、その契機である。
    白猫夢・帝憶抄 4
    »»  2012.08.22.
    麒麟を巡る話、第78話。
    鉄の悪魔、六度目の降臨。

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    5.
     フィリップは傷だらけのまま、基地の外に放り出された。
     正確に言えば、粗忽な兵士たちが気絶した彼を死んだものと勘違いし、ゴミと一緒に山へ捨てたのである。
    「ひゅー、ひゅ、っー……」
     放り出されてから数時間後、どうにか息を吹き返したものの、そのまま放置されれば死ぬのは明らかだった。
     しかしフィリップには、既に指一本動かすだけの気力も、体力も残っていない。
    (こんな……、こんな死に方……!)
     奇跡的に戻った意識が、刻一刻と薄まっていく。
    (僕の人生って……、一体……、なん……だったん……だ……)
     腫れ上がった目から、血と一緒に涙が流れてくる。
     フィリップは今度こそ、死を覚悟した。

     その時だった。
    「お前はここで死ぬべき器ではない」
     瀕死の彼に、話しかける者がいる。
    「ひゅーっ……」
     言葉を返そうとしたが、どうやら肺かのどに穴が開いているらしい。声はただの風音となって、口から出てきた。
     それでも、そのフードを深く被った男は、フィリップの意思を察したようだった。
    「私は御子に仕える命を受けた者。そう、お前こそが次代の御子となるべき器なのだ」
     彼が何を言っているのかはさっぱり分からなかったが、それでもフィリップは、口からひゅーひゅーと弱々しい声を出し、助けを乞う。
    「お前に力を与えよう。この世を動かし、意のままに操れるだけの力を」
     フードの男が、フィリップの額に掌を押し付けた。



    「……!」
     鳥の鳴き声で、フィリップは目を覚ました。
    「あ……れ?」
     昨夜の出来事が、脳裏に蘇ってくる。
    「ここは……、天国?」
    「そうではない。現世だ」
     傍らに立っていたあのフードの男が、フィリップの独り言に答えた。
    「うわっ!? ……あ、と、あなたは、昨夜の?」
    「そうだ」
    「あなたが、僕を助けてくれたの?」
    「正確には違う。お前自身の力を増幅し、その結果、お前はお前自身の力で、己の傷を治したのだ」
    「……? どう言うこと?」
     男の言うことが分からず、フィリップは首を傾げる。
    「立てるか?」
     フィリップの問いに対し、男はそう返した。
    「え? ……うん、普通に立てるよ」
    「兵士らにあれだけ暴行を受けた体でも、か?」
    「あれ? そう言えば……」
     フィリップは自分の体を確かめてみる。服はボロボロになっているが、体にはあざ一つ付いていない。
    「人間には自然治癒力と言う力が備わっている。多少の怪我でも、放っておけば数日で治ってしまうのは、その力によるものだ。だが普通の人間であれば肉が裂け、骨が折れるようなダメージまで治癒できる力は持っていない。
     お前はその限界を、大きく凌駕しているのだ」
    「僕が? まさか! だって僕は、ただの鉱夫見習いだよ?」
     否定するフィリップに対し、男は突然、フィリップの腕を取った。
    「な、なに?」
    「良く見てみるがいい、己の腕を」
    「え……?」
     言われるがまま、フィリップは自分の腕を観察する。
    「……あれ?」
     鉱山で働いていたし、元々それなりに筋肉は付いていた。
     しかし今、男に掴まれているその腕は、昨日とはまるで筋肉の量、そして付き方が違って見える。
    「これって……?」
    「もう一度言う。お前の力は飛躍的に増幅されているのだ。昨日までのお前とは、まったくの別人と思え」
    「って言われても」
     ぼんやりとした返事をしたフィリップの手を放し、男は近くの木を指差した。
    「殴ってみろ。全力でだ。それですべてが分かる」
    「えー……、痛そうなんだけど」
     文句を言いながらも、フィリップは拳を固め、木の前に立ってみる。
     自分でも信じられないほど腕にみなぎっていた力を、試してみたくなったからだ。
    「じゃあ、……えいっ!」
     フィリップは言われた通りに、木の幹を殴りつける。
     次の瞬間――ベキベキと木の裂ける音とともに、フィリップの拳が木の反対側に突き抜けていた。
    「なっ、……えええっ!?」
    「分かっただろう。お前は既に、昨日までのお前ではないのだ。
     お前は御子――乱れしこの世を真に治める使命を負った、この世にただ一人の存在なのだ」
    白猫夢・帝憶抄 5
    »»  2012.08.24.
    麒麟を巡る話、第79話。
    怒りの戦場。

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    6.
     フィリップの村でガス爆発事故が起こった、その翌日の夜――。
    「整備を急げ! 明日には前線へ、物資を運び出さねばならんのだ!」
    「了解です!」
     フィリップが暴行を受けたこの基地では、再び起こると目されている戦争に向け、準備が進められていた。
     彼らの頭には鉱村での爆発のことなど、既に欠片も残っていない。

     だから――この襲撃が一体何の理由で行われたか、誰も分からなかった。
    「……ん?」
     どこかから悲鳴が聞こえ、作業の手が止まる。
    「今のは?」
     誰ともなく問いかけられたが、そこへ「答え」の方からやって来た。
    「そんなに戦争したいのか、あんたら」
    「え?」
     バキバキと音を立て、鉄製の扉が引きちぎられる。
    「なっ……!?」
    「そんなに戦争したいのかって聞いてるんだ! どうなんだ、答えろッ!」
     入ってきた兎獣人の少年――フィリップを見て、兵士たちは武器を取り、バタバタと彼の周りに散開する。
    「何者だ!?」
    「ロージュマーブルの刺客か!?」
    「それともプラティノアールの……?」
     口々に兵士たちが素性を尋ねてくるが、フィリップが「そうだ」と答えられるものは、一つとして無かった。
    「僕を覚えていないのか? 僕たちを、覚えていないと言うのか?」
     フィリップの問いに対しても、彼らは呆れた反応を見せた。
    「なに……?」
    「誰だ?」
    「会ったことが?」
     きょとんとする彼らの中には、フィリップを殴りつけた者もいる。
     それでも覚えがない様子の彼らを見て、いよいよフィリップは怒り出した。
    「そんなに戦争がしたいんだな。自国の僕たちが生きるか死ぬかの目に遭ってるってのに、あんたらはそんなことも気にせず、隣の国と戦うことばかりに活き活きしてるのか。
     じゃあ、やってやるよ……! 僕一人と、お前らとでだッ!」
     そう叫び、フィリップは徒手空拳のまま、兵士の一人に駆け寄る。
    「む……!」
     兵士は腰に佩いていた短剣を抜きかけたが、その前にフィリップの拳が彼の顎を捉える。
    「はが……っ」
     一撃で顎と首の骨が粉砕され、兵士の歯が4分の3近く、床や壁に飛び散る。そして兵士自身も殴られた衝撃でくるくると二回転し、床へと倒れ込む。
     その首はさらに180度曲がり、彼は自分の背中を見つめる形となって息絶えた。
    「な、なんて馬鹿力だ!?」
    「くそッ! これならどうだッ!」
     他の兵士が小銃をフィリップに向け、引き金を引く。
     ところがその瞬間――。
    「ごばっ……」
     いつの間にかぐにゃりと曲げられていた銃身に弾が詰まり、腔発(こうはつ)する。腰に抱え込む形で構えていたため、散乱した小銃の部品が彼の腹を貫通し、拳大の大穴を開けた。
    「……ば、馬鹿な」
     10秒も経たないうちに2人が惨殺され、兵士たちは戦慄した。
    「どうした!? やらないのか!? これがあんたらの望みだったんだろ……!?」
    「ひっ……」

     フィリップの村が突如として消滅したように、その基地もフィリップが乗り込んでから1時間余りで、呆気なく壊滅した。



    「……」
     あちこちで火の手が上がり、燃え落ちる基地を背にして、フィリップは立ち尽くしていた。
    「気は済んだか」
     と、あのフードの男がいつの間にか、彼の傍らに立っていた。
    「……済んだよ。……いや、やっぱりまだ、モヤモヤしてるかも。いや、してる。
     だってこんなことをしても、父さんも母さんも妹たちも、友達も帰って来ないんだもの。怒りを無茶苦茶にぶちまけただけだよ、こんなの」
    「しかし迂遠(うえん)ながらも、原因の一つは潰したわけだ」
    「原因だって?」
     尋ねたフィリップに、フードの男はこう答える。
    「そもそも、お前たちが暗い穴倉の奥底で鉱石を掘っていたのは誰のためだ? 石を掘らず、地上で草や牛を相手にしていれば、此度の事故など起こるはずも無かった。違うか?」
    「……違わない、ね」
    「石を欲したのは誰だ? お前たちだったか? お前たちはあの石ころを食べていたのか?」
    「それも違う。欲したのは、王様だ。戦費を稼ぐために、僕たちに何十年も採掘することを強いていたんだ。
     ……そうか、そう言うことか。分かったよ。王様が戦争やりたいって言わなけりゃ、僕たちは鉱夫なんてやってなかったんだな」
     フィリップは振り返り、燃える基地に足を向けた。
    「どこへ行く?」
    「まだ燃えてない装備があるかも知れない。それを、取りに行く」
    「それを使って、何をする?」
    「王様がそんなに戦争したいんなら、僕が相手になってやる。
     そして――王様を倒す。僕がその上に立つんだ」
     フードの男はそれを聞くと、こう返した。
    「よろしい。ではお前はこれより、御子たる証となる名を名乗るのだ。
     お前の名は、これよりフィッボだ」

     これがフィリップ少年とフードの男、アロイス・クサーラ卿との出会いだった。
    白猫夢・帝憶抄 6
    »»  2012.08.25.
    麒麟を巡る話、第80話。
    夢は悪夢となって。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     フィリップ改め、フィッボ・モダスと名乗るようになった彼は、王からの圧政で苦しめられてきた村々を回り、反王国の同志を集めた。
     3つの村を――それも自分の村と同じように、崩壊した廃村である――回ったところで集まったのはたった200人だったが、フィッボにとってはそれで十分だった。
     何故なら彼自身が一騎当千、いや、一騎当万、当十万と言うべき、恐ろしいほどの実力を備えていたからである。



     そして3年後、グリサルジャン王国の中心、カプラス城。
    「わ、わしが悪かった! わしの負けだ! だから、だからどうか、命だけは……」
    「お前の欲で、どれだけの人間が犠牲になってきたと思ってるんだ!」
     フィッボは泣きわめく国王に向け、剣を投げ付ける。
    「誰がお前など助けるかッ! 死んで詫びろーッ!」
    「ぐぎゃああ……っ」
     剣は国王の胸を貫通し、玉座へ磔(はりつけ)にした。
    「……終わった」
     そうつぶやいた彼に、彼の背後に立っていた者たちが応える。
    「おめでとうございます、陛下」
    「これで長い戦いにも、終止符が打たれましたな」
     既にこの頃、彼に従う者たちは当初の100倍、2万人となっていた。
    「そうだな」
     フィッボは玉座に突き刺さったままの剣を抜き、国王の死骸を傍らに放り捨て、まだ血の滴るその椅子に座った。
    「本日を以て、グリサルジャン王国は我がモダス帝国の傘下に入った。
     今後は国号をグリソモダス帝国とし、新たな歴史を紡ぐこととしよう」
     その宣言に、側近たちは城が揺れんばかりの、喜びの声を上げた。

     フィッボが新たな国王となり、帝国領内にはしばしの平和が訪れるかと思われた。
     フィッボは危険な鉱山採掘のいくつかに対して閉鎖を指示すると共に、代わりの産業として、酪農を推進しようとした。
     これにより、フィッボが望んでいた通りの平和が訪れると思われたが――。
    「そうか……。どうにかして、和平の道を探れないものか」
     隣国であるロージュマーブル王国の兵士が、国境付近で度々目撃されるようになったのである。
     フィッボは旧王国下でも穏健派として知られており、この頃既に側近の一人となっていたシャルル・ロガン卿に、この件を相談した。
    「難しいところではありますな。いくらこちらの内情が変わったとは言え、土地の質が変わったわけではありませんからな。
     彼奴らの目的は依然として、北にある鉱山にあります故」
    「鉱山か。となると……、そうだな」
     フィッボはこんなことを提案した。
    「鉱山の採掘権は、すべてロージュマーブルや、ついでにプラティノアールにもくれてやっても良いのではないか?」
    「な、なんと!?」
    「落ち着け、シャルル。その代わりにだ、産出されたものに関しては、そうだな……、我々と向こうで3対7くらいで折半するよう、提案してみてはどうだろうか?」
    「しかしそれだと、強欲な相手方が納得するかどうか。よしんば合意したとして、その取り決めを守るような連中とも思えませんが……」
    「そこも対策は考えている」
     フィッボは自分を指差し、こう言ってのけた。
    「もし取り決めを無視し、向こうが独占するようなことがあれば、私が懲らしめにかかる。我が国内であるから、それは容易だ。
     それに2ヶ国へ打診するのは、『もし片方が断った際、もう片方の丸儲けになるかも知れない』、それを予想させるためだ」
    「なるほど、向こう2つも仲の悪さは折り紙つきですからな。左様な提案をすれば、両者とも出張って来ざるを得ない、と」
    「そう言うことだ。では早速、割譲できそうな鉱山を視察に行くとしよう」

     フィッボはロガン卿を伴い、鉱山地帯の村へと向かった。
    「とは言え、旧王国時代に比べれば操業率は大幅に下がっているはずだ。私も元は鉱夫だったからな、あの暗さと汚さと苦しさは身に染みて知っている。
     今は恐らく、牧歌的な風景が広がっていることだろう」
     フィッボはロガン卿にそう予想を聞かせ、微笑んだ。
     しかし――村に着いた途端、その予想は砕け散った。
    「な、なんだ、これは!?」
     村には牧草や家畜どころか、人の姿すら見えない。
     それどころか元々村があったはずの場所には、露天掘りを行ったと思われる、人工的な大穴が空いている。
    「これは……、採掘を!? 何故だっ!?」
     フィッボは穴に駆け寄り、大声を上げた。
    「これはどう言うことだ!? 誰かいないのか!?」
     しかし、何の声も返っては来ない。
    「ここは確かに、私が酪農を行うよう指示したはず! 決して、採掘を推進せよなどとは命じていないはずだ!」
     と、穴の底の方から、のそ……、と人が現れた。
    「おい、そこの君! これは一体、誰の指示で行っているのだ!?」
     穴の底にいた鉱夫は、疲れ切った声でこう返した。
    「誰って……、フィッボ・モダス皇帝陛下ですよ。側近のクサーラ卿から直々に、そう聞かされましてね。
     なんでも村人総出で、とにかく掘って掘って掘りまくるようにって。まったく、ようやく穴掘りから解放されるかと思ったら、とんだ君主様でさ」
    白猫夢・帝憶抄 7
    »»  2012.08.26.
    麒麟を巡る話、第81話。
    それはまるで、地獄巡りのように。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
    「どう言うことだ、アロイスッ!」
     フィッボは大慌てで城に戻り、アロイスを詰問した。
    「私は鉱山採掘をやめるよう、全面的に通達を出したはずだ! それが今しがた視察に行ってみれば、やめているどころか、以前にも増して阿漕な採掘を行っているではないか!?
     しかもそれを指示したのは私の名を騙った、他ならぬお前だと言う! どう言うことなのか、説明してもらおうか……!」
     これに対し、アロイスは感情のまったくこもらない声で、こう返した。
    「戦争には莫大な戦費がかかる。酪農などと言った産業では到底、賄うことはできない。
     お前は金を稼ぐ術を分かっていないようだからな。私が手配しておいた」
    「何を言っているんだ!? 戦争はもう……」
    「現在、ロージュマーブル王国からの牽制が強まっている傾向にある。戦争状態になるのは明白だ。そのため戦費を集め、備えねばならんのだ。
     とは言え今現在、装備は既に十分な数が集まっている。兵士の徴用も終わっている。後はフィッボ、お前が宣戦布告を行うだけだが……」
     と、そこへ伝令がやって来た。
    「宣戦布告の旨、ロージュマーブルが受諾しました」
    「なっ……」
     青ざめ、よろめきかけるフィッボに、アロイスは冷たい口調で命令した。
    「さあ、戦うのだフィッボ。お前はこの世界を統べる御子なのだから」

     2度目の戦いは、フィッボにとって苦痛以外の何物でもなかった。
     無理矢理に徴兵されてきた兵士からは常に怨嗟と怒りに満ちた視線を向けられていたし、豊富な軍事物資もすべて、人民の生活基盤を犠牲にして得たものである。
     国民の血を吸い取ったかのような陣営をたのみにすることなど、心優しいフィッボにはできようはずもない。彼はロージュマーブルとの戦いの半分以上を、単騎で戦い通した。
     それは以前にも増して孤独で、誰からも喜ばれることも、称賛されることもない、これまで以上に恨みと悲しみと疲労感しか残らない、悲惨な結果だけが待つ戦いとなった。

     それでも――双月暦529年、彼はロージュマーブル王国を陥落させ、国号をグリスロージュと変えて、戦いを終わらせた。
     彼の心はこの頃既に、形容する言葉が無いほどに真っ暗な、希望の光を失った状態に堕ちていた。
    「ご苦労だった、フィッボ」
     そんな憔悴しきった彼に一片の労いも見せることなく、アロイスはこう命じる。
    「次はプラティノアール王国だ。既に戦費の蓄えを始めている。徴兵も、元ロージュマーブルの領地より大々的に行っている。3ヶ月もあれば、次の戦いを始められるだろう」
    「……アロイス……、君は何を、考えているんだ……!」
     体の奥から搾り出すようにフィッボは声を上げ、そう問いかける。
     だがアロイスからは、淡々と、しかし心ある人間とは到底思えないような、そんな答えが返ってくるばかりだった。
    「言うまでもないことだ。お前を世界の王にする。それだけだ」



    「流石にね」
     基盤を修繕し終え、フィッボはそれを灯りの中に戻す。
    「それ以上戦うのは、私には無理だったよ。それ以上に戦い、恨みを一身にぶつけられては、私はとても正気を保ってはいられなかっただろう」
    「だから、クサーラ卿を暗殺しようと?」
    「そうだ。だが前にも言った通り6度も試みたわけだが、一度として成功することは無かった。
     とは言え、そのまま絶望に圧されて己を殺すことも、私には耐えられない恐怖だった。だから10年、亡命の機会を待っていたのだ。
     ……さてと、点くかな?」
     フィッボは灯りの蓋を閉じ、スイッチを入れる。
     灯りは以前と同じように、ぽわ……、と温かい光を発した。
    「よし、直ったみたいだ。……シュウヤ君、後は私が番をしておこうか?」
    「いや……、大丈夫っス。フィッボさんの方こそ、寝ていてくださいよ。途中で代わってもらったなんてロガン卿が知ったら、オレ、大目玉食らっちゃいますし」
    「はは……、それもそうか。では朝まで、話に付き合ってもらうとしようかな。実はね」
     フィッボは兎耳をコリコリとかきながら、申し訳なさそうにこう続けた。
    「ここ数年、2時間以上寝られたことが無いんだ。夢にいつも、悪魔が出てくるものだから」
    「……そう、スか」
    「だから今夜はもう寝られそうにないし、話し相手になってくれるかな」
    「ええ、オレで良ければ。……って言うか、オレ以外にいないスね」
    「はは、そうだった。じゃあ、シュウヤ君。君の話を聞かせてもらおうかな」
    「オレの? うーん、そうっスねー……、じゃあオレのお袋の話でも」
    「君のお母さん?」
    「ええ。セイナ・コウって知ってますかね?」
    「聞いたことがあるが、……うん? 君の名字もコウだったが、まさか?」
    「ええ、そのまさかです」
     その後は朝まで、秋也は自分の母の英雄譚をフィッボに聞かせていた。

    「……」
     そして話の間中――馬車の縁に、アルトの兎耳がそっと立てられていたことには、二人は気付いていなかった。

    白猫夢・帝憶抄 終
    白猫夢・帝憶抄 8
    »»  2012.08.27.
    麒麟を巡る話、第82話。
    城の混乱、街の混乱。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     フィッボが城を抜けて既に半月が経過し、カプラス城内はいよいよ、混乱を極めていた。
    「まだ決裁のサインがいただけてないのですが……」
    「対プラティノアール前線基地より、敵方の斥候が多数確認されているとの報告が……」
    「民衆より、次回配給を早めてほしいとの嘆願書が……」
     本来なら皇帝、もしくはその側近が対応すべき事案が日に日に溜まっていく一方で、その処理はまったく進んでいない。
     何故なら活動のすべてを、フィッボ捜索に費やしているからだ。
    「そんなことはどうでもいい! 放っておけ! 大事なのはフィッボを見つけ、玉座に連れ戻すことだ!」
    「いや、しかしですね、このままでは我が国の運営に……」
     そしてアロイスに意見しようとする者がいれば――。
    「放っておけと言っているのが分からんのか、この木偶めが!」
    「げぼ……っ」
     容赦なく、アロイスに殺される。
    「……ひどいものだ」
    「ああ。まったくだ」
     その混乱を傍で眺める者たちは、密かに亡命を企てるようになった。
    「陛下も逃げたのだから、我々が逃げても咎められはせん、……な?」
    「そうだな。それは然り、と言える」
    「これ以上ここに留まれば、いつあんな風になっても……」
     彼らは今この瞬間にまた一人、頭を吹き飛ばされるのを見て、震えたため息を漏らした。



     一方、秋也たちの旅は順調に進んでいた。
    「とうとう国境前に来たな」
    「ですな。にしても余程、大臣やら将軍やらの連中は混乱をきたしていると見える」
     アルトの言葉に、秋也が反応する。
    「追ってこないからか?」
    「それもあるが、もういっこ目に付くのは、この辺りの雰囲気さ。
     こないだ俺たちがここを通りかかった時には非戦闘民、いわゆる一般人が普通に生活してるのは結構目にしてたけれっども、今は全然いやしない。
     その代わり、家やら店やらはメチャクチャになってる。盗みなり家探しなりされた感じだ。ってことは、街の奴らはとっくの昔にどっか遠く、敵に襲われないようなところに逃げたってことになる。
     メチャクチャにしたのはこっち側の兵士か、それか侵入してきた向こうの兵士かも知れないが、どうしてそんなことをするのか、あるいはできたのか?
     こっち側がやった場合であれば物資の補給が無いのか、持ってる物資では間に合わないほど攻撃を受けてるから独断専行で徴発したか、そのどっちかだ。
     向こう側であれば当然略奪目的だろうが、そんなことがこれだけの範囲でできるとなれば、よほどこっち側の警備がザルになってるってことになる。
     どっちにしてもこれだけ荒れてるってことは、既に末端への対応ができないほど混乱をきたしてるってことになるわけだ。俺たちが初めてここを通った、つまり陛下が城内にいらっしゃり、統治が曲がりなりにもできてた時には、ここは普通の街だったんだからな」
    「なるほどな……」
     街の惨状を目にし、フィッボは沈痛な表情を浮かべている。
    「どうあがいても、私は人民を不幸にしていると言うことか」
    「そうなりますな」
     にべもなくそう返したアルトに、秋也は苦い表情で返す。
    「そんな言い方すんなよ……。フィッボさんが気にしてないと思ってんのか?」
    「一々御大の肩を持つようだけどな、シュウヤ。御大が何をどう思っていようと、事実は一つなんだぜ?
     何万人もの人間が犠牲になったその上に、偉そうにふんぞり返ってたって言うその事実は、何をどう言い繕ったって変わらないんだからな」
    「……」
     アルトの辛辣極まりない言葉に、誰も何も言わない。
    「皆様方、俺のことを心底嫌な奴だと思ってるでしょうけれっども、事実は事実なんですぜ?
     俺としちゃ、今でも御大に何らかのけじめを付けてほしいと思ってるんですがね」
    「……だから、ソレを今からしに行くんだろうが。お前こそ、何度同じコトをフィッボさんに言わせれば気が済むんだ?」
    「何度でもさ。それこそ、地獄の果てまでも追いかけて、延々そのお耳に唱えてやりたいくらいにな。これっくらいじゃ全然、御大の秀麗なるその頭にゃ、ちっとも入ってないみたいだし」
     この言葉に、秋也の頭の中は煮えくり返った。
    白猫夢・跳境抄 1
    »»  2012.08.29.
    麒麟を巡る話、第83話。
    癇に障るキーパーソン。

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    2.
    「貴様……!」
     サンデルが憤った声を漏らしたが、秋也はそれ以上に怒っていた。
    「いい加減にしやがれよ、アルト……! なんでお前にソコまで言われなきゃならない? そんなに嫌なのかよ、フィッボさんが」
    「『そうだ』ってそれこそ、何度も言ったはずだがねぇ? 何回言えば分かるんだ、バカかお前?」
    「バカはお前だ!」
     気が付いた時には、秋也の拳がアルトに向かって伸びていた。
     だがアルトはそれを見越していたらしく、がっちりと秋也の拳を受け止める。
    「っつ……、痛えなぁ」
    「もうお前、一人で帰れよ! そんなにこの仕事が嫌ならな!」
    「仕事は仕事だ。ちゃんとやるさ。依頼人から断られない限りはな。
     ですよね、フィッボ殿?」
    「……ああ。その通りだ」
     これだけ非難され、罵倒されても、フィッボはアルトの首を切ろうとはしない。
     それが奇異なものに感じられ、秋也は叫ぶ。
    「どうして言われるままにするんですか、フィッボさん!?」
    「声が大きいぜ、シュウヤ。お前さんこそ、仕事してる自覚あんのか?」
    「お前よりはマシだろ!? 仕事だって言うなら、なんで依頼人をバカにするようなコトばっかり言うんだ!?」
    「依頼内容に『自分をバカにしてはいけない』とは明言されてないからな」
    「だったら『バカにしろ』とも言ってないだろ!?」
    「もういい、いいんだ、シュウヤ君」
     と、フィッボが顔を蒼くしつつ、秋也を制した。
    「フィッボさん……」
    「君の気持ちはありがたい。だが、この仕事には彼の力が必要だ。ここで離れられては、この先の道のりは非常に困難なものになる」
    「……」
    「だ、そうだ。その上で何か反論があるってんなら聞かせてもらおうか、シュウヤ」
    「……ねえよ」
     秋也はギリギリと歯噛みしたが、それ以上何も言わなかった。

     アルトの剣呑な振る舞いには辟易していた一同だったが、それでも彼の洞察力と判断力に助けられることは多かった。
     国境を越えようとするこの時にも、その力は遺憾なく発揮された。
    「どうすれば皆に知られず、越えることができるだろうか?」
     つい先程まで、散々ひどく罵倒されたことも気にしていないような素振りで、フィッボはアルトに尋ねる。
    「そうですな、一つの要因として『兵士らが我々に注視するか否か』が鍵になりますでしょう。もし注意を向けられないほど事態が混乱していれば、事は簡単に済みます。そのまま通ったとして、何の問題も起きない。
     ですが生憎、そこまで混乱してはいないようですな。この真っ昼間っから疲れ切った顔こそしているものの、ちゃんと立番している者が2名。詰所にも多数の兵士が見えます。
     となればあえて混乱させ、その隙に乗じて越えるしかありませんな」
     アルトは馬車の床に一枚の紙を広げ、ちょいちょいと線や丸を描く。
    「これが簡単な、国境周辺の略図です。この線が国境、真ん中の大小の四角がそれぞれ、関所と詰所です。で、我々はここ、この丸印のところにいます。
     何かあれば、兵士たちは詰所から出張り、そちらに向かう。そう指示されているでしょうから。特に壁の向こう側、敵国側で何らかの動きがあれば、過敏に反応せざるを得ない。
     と、こう来れば結論は自明であります。即ち」
     アルトは地図の、丸印が描かれている側と、国境を挟んで反対の位置に×印を描いた。
    「この辺りで何らかの異常が発生すれば、兵士は総出でここへ向かうわけです。
     そこで我々が行う行動は、まずこの中の一人が、兵士たちに気付かれぬよう壁を越え、向こうで騒ぎを起こす。
     そうすれば当然、兵士たちはそちらに向かう。その間に馬車が関所を強行突破して抜け、騒ぎを起こした役を回収し、そのまま逃走。これで解決です」
    「聞くけどさ、アルト」
     と、ここで秋也が質問する。
    「その、壁の向こうに行って騒ぐのは、誰がやるんだ?」
    「消去法で考えてみろよ、シュウヤ。
     まず、ノヴァ嬢にこんな危ないことはさせられない。大柄で騒々しいサンデル氏では、こそっとやるのはまず無理。そして軍人とは言え、ロガン卿はあまり荒事に慣れていない。
     勿論フィッボの御大にそんなことをさせては本末転倒。万が一身柄を回収できなければ、すべてが水の泡だ。
     となれば、やるのは俺かシュウヤ、お前さんかになるわけだ」
    「……じゃあ、オレがやるよ。身軽だし、馬車を動かすのはアンタの方がうまいからな」
    「決まりだな。じゃあもうちょっと細かく、作戦を立てていくとするか」
    白猫夢・跳境抄 2
    »»  2012.08.30.
    麒麟を巡る話、第84話。
    小銃相手の白兵戦。

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    3.
     アルトの立てた作戦は、次の通り。
     まず、秋也が鉤縄(かぎなわ:一端に鉤爪が付いた縄ばしごである)を使って壁を越え、そこで爆竹を使って騒ぎを起こす。遠くから聞けば銃の発砲音に良く似ているため、兵士たちは敵の襲撃と勘違いし、そこへ押しかける。
     その隙にアルトが馬車を動かし、守りの薄くなった関所を強行突破。後は秋也のいるところまで駆け、彼を回収して遠くへ逃げ去る、と言うものである。

     秋也は爆竹を風呂敷に包んで背負い、兵士たちの目が届かない辺りにまで、壁伝いに南下する。
    「ココでいいかな。……よっと」
     秋也は鉤縄をくるくると回し、壁の上端を目がけて投げつける。一度も使ったことのない道具ではあったが、思いの外簡単に、鉤は壁の向こう側に食い込んだ。
    (ムカつくけど、アイツの言うとおりかもな。やってみれば、案外できるもんなんだな)
     3メートルほどの高さをよじ登り、秋也は周囲を見渡す。
    (プラティノアール兵の姿は無いな。グリスロージュ側も、こっちにはいないっぽい)
    鉤爪を外し、今度は登ってきた辺りに食い込ませて、そっと降りる。
    「……ふう。で、後はコレか」
     秋也は背負っていた風呂敷を開き、爆竹を取り出そうとした。
     ところが――。
    「ん?」
     秋也の前方に数ヶ所、不自然に盛り上がった草むらがいくつか確認できる。それが動いたように見え、秋也は瞬きした。
    「気のせい……」
     と、その草むらががばっと翻り、その下からは――。
    「……じゃなかった」
     小銃を背負ったプラティノアールの兵士たちが、続々と現れた。

    「んー」
     アルトが懐中時計を確認し、低く唸る。
    「遅い、……か?」
     尋ねたロガン卿に、アルトは無言でうなずく。
    「あの、何か、その、あったのでしょうか」
     不安げな表情を浮かべたノヴァに、アルトは肩をすくめる。
    「それか、まだ壁のこっち側でまごついてるかのどっちかですな。どちらにせよ、まだ動くのは早計と……」
     そう言いかけたところで、パン、パンと破裂音が聞こえてきた。
    「おっ、ちゃんと向こうへ行けたようですな。……ん?」
     アルトはにやりと笑いかけ、その顔を途中で強張らせる。
    「どうした?」
    「俺があいつに持たせた爆竹は、3、4回くらい音が鳴って終わりのはずなんですがねぇ」
     そうつぶやく間にも、破裂音は立て続けに響いてくる。
    「うん? だが何度も鳴っているな」
     サンデルのとぼけた反応に、アルトは軽く舌打ちする。
    「あのですな、大尉殿。3つだけ鳴る量を渡したんですから、結果は3つだけ鳴らなきゃおかしいわけですよ」
    「そんなことは分かっている。だが現実にそれ以上鳴っているのなら、多く渡し過ぎたのだろう」
    「よしんば俺が多めに渡したとして、シュウヤだってバカじゃあない。あんまり多めにパンパン鳴らしてたら、兵士に位置を気取られるでしょうが。
     4個目以降の音は、じゃあ爆竹じゃないってことですよ」
    「つまり?」
     アルトは、今度ははっきり聞こえるくらいの舌打ちを漏らした。
    「シュウヤが危険だってことです! 銃撃されてんですよ、向こうで!
     さあ、こうしちゃいられない! 飛ばしますぜ!」
     そう叫ぶなり、アルトは勢いよく手綱を引っ張った。

     どうやら、秋也はグリスロージュの兵と間違われたらしい。
    「撃て、撃て、撃てーッ!」
     突如現れたプラティノアールの銃士たちに散々、追い回されていた。
    「おわっ、ちょ、やべ、わ、わ、わっ」
     幸い、彼らの持っている小銃は連発可能なリボルバー式ではなく、一発ずつ装填・排莢するボルトアクション式だったため、銃弾が立て続けに飛んでくることは無かったが、それでも8名で横2列に構えられ、代わる代わる掃射されては、応戦などできるはずもない。
     秋也は己の運動神経と直感を最大限に発揮し、銃弾をギリギリで避けようと飛び回るが、体のあちこちに、火箸を叩きつけられたような痛みが走っている。どうやら何発かはかわし切れず、かすっているらしい。
    「痛てえなあぁ、くそっ!」
     と、そのうちに弾が切れたらしく、銃士たちからの攻撃が止まる。そして、その機を逃す秋也ではない。
    「よっしゃ!」
     前列の一人が弾込めに一瞬手間取ったその隙を突き、秋也は間合いを詰める。
    「おりゃあッ!」
     迫ってきた秋也に兵士が気付き、顔を上げかけたが、秋也はその顔に向かって、力一杯に頭突きを食らわせた。
    「ふが、が、ばっ」
     兵士の口と鼻から鈍い声と血が漏れ、そのまま倒れ込む。
    「しまっ……」
     前列の残り3人が小銃を向けようとしたが、秋也の方が一瞬早い。
    「だーッ!」
    「うぐっ!?」「ぎゃっ!?」「うわ、わっ!?」
     これも力一杯に踏み込み、3人を押し潰すようにタックルして弾く。
    「貴様ああッ!」
     そのうちに後列の兵士たちが、弾を装填し終えたらしく、小銃を構える。
     だが秋也は倒れ込んだ一人を持ち上げ、盾にする。
    「撃つなっつーの、一々かわすのしんどいんだから」
    「う……ぬ」
     秋也は前方の兵士と、後方遠くから迫ってくるグリスロージュの兵士とを交互に見つつ、馬車が来るのを待った。
    (早く来てくれ、アルト!)
     と――後方の兵士たちの、さらに後ろから、馬車が飛び出してくるのが確認できた。
    白猫夢・跳境抄 3
    »»  2012.08.31.
    麒麟を巡る話、第85話。
    冷徹な判断。

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    4.
    「よっしゃ……!」
     秋也は危険が去りつつあると安堵し、ほっと溜息を漏らした。
    「おーい、こっちだ! 早く来てくれ!」
     秋也は関所を強行突破し、猛烈な勢いで駆けてくる馬車に、空いていた左手を振った。

     だが――次の瞬間、秋也は馬車が、予想もしていない動きをするのを目にした。
    「……え……?」
     馬車はこちらに向かうことなく、街道を勢いよく突っ走っていく。
    「え、ちょ、おい?」
     秋也は呆気にとられ、抱えていた兵士を放り出し、そちらに走る。
     だが馬車の速度に、人間が追いつけるはずも無い。
    「な、なんだよ、それ? ま、待てよ。待てって」
     秋也と馬車との距離は、みるみるうちに、絶望的なほどに開いていく。
    「待てって、おい、アルト? おい、待てって、おい……」
     秋也のつぶやきが聞こえるはずも無い。
     馬車はさらに速度を上げ、大森林地帯、ローバーウォードへと入っていった。
    「お、おい……」
     秋也の額、背中、そして尻尾に、冷たい汗が滴る。
    「そ、……え、……な、……なんで? なんでだ?」
     秋也の頭に混乱が満ちる。
    「……どうなってんだ。
     どうなってんだよ? おい?
     どうなってんだよおおおおォーッ!?」
     秋也はその混乱と怒りとを、口から吐き出した。

     そしてその、一瞬後。
     秋也は自分の腹部に、熱く、暴力的な勢いを感じた。
    「ごほ……っ、……えっ?」
     振り向こうと、秋也は反転しかける。
     だが、体が思うように動かず、秋也はばたりと倒れる。
    (う、撃た、れ……、た?)
     秋也の意識が、急速に遠のく。
     完全に切れてしまう直前、猛々しい破裂音が自分を挟むように、前後の両方向から聞こえた気がした。



    「何故だ!? 何故シュウヤ君を見捨てる、アルト君!?」
    「戻るんだ! 早く戻って助けなければ……!」
     騒ぎ立てるロガン卿やフィッボに背を向けたまま、アルトは淡々とこう返した。
    「見たでしょう? シュウヤの周りに、あっちからもこっちからも兵士がわんさか寄ってきてるのが。
     あんな状況で助けに行けば、我々も蜂の巣でさ。1人を助けるために全員死ぬか。それとも1人を見捨てて5人が助かるか。
     簡単な算数です。論じる必要がおありで?」
    「うっ……」
    「……」
     冷徹なアルトの意見に、ロガン卿もフィッボも、何も言い返せない。
    「そんな、ひどい……」
     ただ一人、ノヴァだけが反論したが、それも弱々しく、アルトに簡単にあしらわれるようなものだった。
    「これは皇帝陛下の御身を第一に慮っての決断です。どうかそれをお忘れなきよう。……これも戦争ですからな。犠牲は付き物にございます」
    「き……、貴様があいつを行かせたのではないかっ! それを『犠牲』の一言で片付けるなど、なんと、……なんと鬼畜な!」
     うめくように、サンデルも反論する。しかしそれも、アルトは鼻であしらう。
    「言葉遊びをするつもりはありませんが、シュウヤは自分から『行く』と言ったのです。彼も覚悟の上でしょう。
     それとも大尉殿、あなたは剣林弾雨のあの状況の中、無傷で助けに行けると言う自信がおありで? それは俺の力を以てしても、不可能だと言わざるを得ませんぜ」
    「……ぐ……」
     誰一人、アルトに何も反論できないまま、馬車はローバーウォードの中へと入っていった。
    「さあ、皆様方。気持ちを切り替えていただかねば。
     我々がここで白旗を上げたとて、この交戦区域の真っ只中では無意味同然。ここを越えなければ、亡命できたとは言えません。心して、臨んでくださらないと」
    「……ああ」
    「……分かった」
     心中に重苦しいものを抱えながらも、ロガン卿たちはそれきり、秋也について何も言わなかった。



    (……う……)
     風を感じ、秋也は目を覚ました。
     辺りは既に、夜になっている。
    「……っ、痛て」
     左脇腹に鋭い痛みを感じ、秋也はそこに手を当てる。
    「……? 傷、……はあるけど」
     銃創と思われる傷はあるが、既に塞がっている。
    「オレは……一体?」
     何が起こったのか分からず、秋也は辺りを見回す。
     と――。
    「まだ寝てなさいな、秋也。まだ、動く時じゃないわ」
    「え?」
     どこからか声が聞こえる。
     聞いた覚えのある、飄々とした、しかしどこか温かいものを帯びた女の声だ。
    「私はあなたを、ちゃんと見守ってあげてるから」
     とん、と頭を小突かれる。
     秋也の意識は、そこで再び途切れた。

    白猫夢・跳境抄 終
    白猫夢・跳境抄 4
    »»  2012.09.01.
    麒麟を巡る話、第86話。
    怪しい異邦人。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     フィッボたちがプラティノアール領内に侵入してから約一日半後、ローバーウォード森林地帯東側の、開けた場所にて。
     灯りを手にした兵士たちが集まり、上官の将校からの指示を仰いでいた。
    「引き続き厳戒態勢! あの所属不明の馬車を見つけた者には褒賞が出るそうよ!」
    「了解です!」
     前日昼頃に西側から森へ侵入し、そのまま中を突っ切ってきたあの馬車は、何故か東側の出口に、一向に現れる様子が無かった。
     プラティノアール軍はまだ森の中にいるか、馬車を捨て近隣へ徒歩にて散開したと考え、夜通しの捜索作戦を展開していた。
    「灯りが足りないわね……。もっと無いの?」
    「あ、それなんですが」
     と、将校の元に伝令が走ってくる。
    「『卿』から直々のお達しで、後1時間以内には設置型火術灯、500基が送られてくるそうです」
    「そうなの?」
     将校は目を丸くし、彼を称賛する。
    「流石に卿か。二手、三手先を読んで手配を済ませてるってわけね」
     この国内においてただ「卿」とだけ、尊敬を込めて呼ばれる人間は一人しかいない。件の名宰相、ハーミット卿のことである。
    「これで捜索しやすくなるわね。
     ……ん?」
     と、彼女は森の端から、かさ……、と何かがこすれる音を聞き付け、白い兎耳をピコ、と揺らす。
    「誰?」
     背負っていた小銃を構え、森の奥に向かって声をかける。
    「待った待った、撃たないでくれ。敵じゃないから、オレ」
     そう声が返り、続いて疲弊しきった顔の、全身泥だらけの猫獣人が両手を挙げて現れた。
    「名前を言いなさい。それから所属も。民間人、……じゃないわよね。その、剣」
    「コレは刀だ。央南の武器だよ。オレはどっちかって言えば民間人だ。
     名前はシュウヤ・コウ。央南の剣士だ」
     言ってから、その猫獣人はしまったと言う顔をした。
     厳戒態勢下で剣士を名乗るような、ましてや武器を持った人間が怪しく見えないわけがないからである。
     当然、彼は四方八方から小銃を突き付けられ、連行されることとなった。



     秋也はすぐ近くの野営地にて、先程の将校から取り調べを受けていた。
    「名前は、シュウヤ・コウ。522年生まれで、現在19歳。央南の、えーと……」
    「黄州の黄海出身です」
    「あ、そうそう、コウカイね。……で」
     将校は秋也の刀をチラ、と見て、それについて尋ねてくる。
    「その剣を」
    「刀です」
    「ああ、ごめんなさい、刀だったわね。その刀だけど、装備しているが兵士ではない、と」
    「はい。央南の剣術一派、焔流の免許皆伝の剣士なので、その証明として帯刀しています」
    「めんきょかいでん、って言うと……?」
    「えーと、何て言ったらいいかな……、その、ソコで一定の鍛錬を修めて、ひとかどの剣士になった証、……って感じです」
    「ふーん……? 良く分からないけど、まあ、言うなればその団体で公式に認められた剣士、って感じかしら。
     じゃあ、剣の腕は確かと言うわけね。……ん?」
     と、将校が怪訝な表情になる。
    「……コウさん?」
    「はい」
    「あなた、半月……、いえ、3週間前くらいかしら。
     どこにいたのかしら」
    「え」
     3週間前と言えば、秋也がアルトやロガン卿らと共に煉瓦の運搬を行い、ローバーウォードを越えた頃である。
    「えーと、その、……この国にいました」
     答えを濁そうとするが、将校にあっさり看破された。
    「この国の、ここからすぐ西にあるローバーウォードに、よね」
    「う」
    「3週間前、グリスロージュの兵士らと思われる一行が、馬車と荷車とでローバーウォードを強行突破したんだけど、その際に兵士たちが6名殉死、15名が重軽傷を負ったの。
     それでね? そのうちの何名かが『異国風の猫獣人で、若い剣士にやられた』と報告しているのよ。
     もしかして、あなた?」
    「いや、そんな、まさか」
     何とかごまかそうとしたが、将校はさらに畳み掛ける。
    「それから2日前の昼に、グリスロージュとの国境付近に潜伏していた斥候分隊が、これも同じように『壁を乗り越えて来た猫獣人の、異国風の剣士が我々に気付き、応戦してきた』と報告しているの。
     ねえ、コウさん? 央南出身の、剣士のあなたがこの辺りをウロウロしていて、それでこの件と無関係だなんて、そっちの方が嘘じゃないかしら」
    「う……」
     秋也は自分が非常にまずい立場にいることを察し、冷や汗を流した。
    白猫夢・銃聖抄 1
    »»  2012.09.03.
    麒麟を巡る話、第87話。
    銃聖、現る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     その時だった。
    「アルピナ、ちょっと入るわよ」
     尋問のため締め切っていたテントの外から、女性の声が入ってくる。
    「えっ? 司令? ですか? どうして、……あ、いえ、少々お待ちください」
     アルピナと呼ばれた将校は慌てて立ち上がり、テントの封を解く。
     開かれたテントの出入り口から、青い髪のエルフが入ってきた。
    「ゴメンね。ちょっと確認したいコトがあったから。
     ちょっと席、外してもらっていい?」
    「えっ?」
     アルピナは一瞬秋也に向き直り、それからもう一度、司令に顔を向ける。
    「今、彼を尋問して……」
    「うん、ソレなんだけど。彼について、確認したいコトがあるのよ」
    「は、はあ……?」
     困った顔になりながらも、アルピナは敬礼し、テントの外へと出る。
    「では確認が終わりますまで、わたしはここで待機しています」
    「ゴメンねー」
     司令は後ろ手にテントを閉め、今までアルピナが使っていた椅子に座る。
    「さっきの子から、簡単に報告を受けてたのよ。異国風の猫獣人で、コウって名乗る不審者がいるって。
     で、さ。ちょっと聞きたいんだけど」
     そう言うなり、司令は手帳を取り出し、そこに「黄」と書きつけた。
    「コウって、この字?」
    「え? ええ、そうです」
     まさか故郷から遠く離れたこの地で央南語を見るとは思わず、秋也は面食らう。
     その間に司令は、机に置いたままの書類を確認する。
    「コレが調書ね。……あ、やっぱり! コウカイの出身ね」
    「はい。ご存じなんですか?」
    「ええ、昔住んでたコトがあるの。……で、もう一つ聞きたいんだけど」
     そこで秋也は、彼女が何を聞こうとしているのかを察した。
    「もしかしてセイナ・コウのコトですか?」
    「……! うん、そう、ソレも! もしかしてアンタ」
    「はい。セイナ・コウはオレの母です」
     それを聞いた司令は、嬉しそうな顔をした。
    「ホント!? うわぁ、そうなんだ!」
     司令は秋也の手を取り、にっこりと笑う。
    「そっかー、もう20年くらい経ってるのよね、アタシが央南を出てから」
    「はあ、……えっと」
    「ああ、自己紹介が遅れたわね。
     アタシはリスト・チェスター。現在はプラティノアール王国軍中将で、西部方面司令の任に就いてるわ」
    「そ、そうですか」
     と、リスト司令はコホンと咳をし、真面目な顔に戻る。
    「そうね、アンタがホントにセイナの息子さんなのか、確認させてもらうわね。確認できたら、釈放を約束するわ」
    「ど、ども」
    「まず、……そうね、セイナの持ってる刀。名前は?」
    「『晴空刀 蒼天』です。でも今はあんまり使ってません。道場の床の間に飾ってます」
    「あ、そうなんだ。じゃあ次、セイナの妹、つまりアンタの叔母さんの名前は?」
    「明奈です。今は旦那さんと一緒に、黄商会の代表と棋士とをやってます」
    「へぇ、結婚したのね。……ってまあ、セイナがするくらいだから、するわよね。
     じゃあ3つ目。その、メイナのコトなんだけど」
     と、リスト司令は一瞬、不安げな表情を見せる。
    「彼女、……こんなの、持ってなかった?」
     と言って彼女が取り出したのは、表面に「月」と彫られ、そこに金が流し込まれた、黒い碁石だった。
    「ああ、何か見覚えあります。白いのでしたけど。確か対(つい)で作って、大切な友達に贈ったって、……あ」
     秋也は思わず立ち上がり、その碁石を指差した。
    「じゃあソレが、叔母さんのと対になってるヤツなんですね?」
    「そうね、きっとソレ。……そっか、まだ大事に持っててくれてるのね」
     リスト司令は秋也から顔をそむけ、ぐす、と鼻を鳴らす。
    「ちょっとだけゴメンね。この歳になってくると、こーゆーのに結構弱くって」
    「あ、はあ」
     そう言われたものの、青年期の長い長耳のため、秋也の目にはリスト司令は、まだ20代後半くらいにしか見えない。
    (つっても母さんと交流があったんなら、ソレなりの歳だよな)
     少し間を置き、リスト司令が秋也の方に向き直る。彼女はわずかに赤くなった目を細め、にっこりと微笑んで見せた。
    「間違いないわね。セイナの息子なのね、ホントに。
     うん、それじゃ釈放するわ。……と言いたいところだけど」
     リスト司令は外に待機しているアルピナに声をかけた。
    「アルピナ、入ってきて。相談したいコトがあるから」
    「了解しました」
    白猫夢・銃聖抄 2
    »»  2012.09.04.
    麒麟を巡る話、第88話。
    秋也の釈明。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「ソレにしても、シュウヤ君。アンタ、ホントに運がいいわよ?」
    「え?」
     リスト司令は両手を挙げ、にっと笑って見せる。
    「偶然アタシが『たまにはアルピナの顔を見に行くついでに軍事物資運んであげよっと』って気紛れ起こさなかったら、アンタは今みたいに、両手ぷらぷらさせられない状態になってただろうし。
     こっちの兵士を何人もブッ飛ばしておいた身でその待遇なんて、本来なら破格って言っていいくらいなのよ」
    「すんません……」
     謝る秋也に対し、リストはもう一度、真面目な顔を見せる。
    「まあ、ソレについてだけど、このまま釈放は無理。アタシたちもメンツと服務責任があるし、そうでなくてもアンタにはもう一つ、疑惑があるしね」
    「疑惑、って言うと」
     リスト司令の代わりに、アルピナが答える。
    「3週間前、あなたはグリスロージュの兵士と思わしき人間と同行していたわよね? そして一昨日も、あなたはグリスロージュとの国境を強行突破した馬車に声をかけ、しかしそのまま走り去られて立ち往生する姿を、我々が確認しているわ。
     その二つから導き出され、あなたに現在向けられている疑惑は、即ち――あなたはもしかしてグリスロージュ軍の関係者、あるいはスパイなのでは、と言う疑惑よ」
    「ち、違います!」
     秋也は慌てて、ソレを否定した。しかし先程まで笑顔を見せてくれていたリスト司令は、硬い表情で尋ねてくる。
    「違うなら、なんでアンタはグリスロージュのヤツらと一緒にいたの? ソコ、詳しく話してほしいのよ」
    「あ、はい」
     秋也は西方へは本来、単なる旅を目的として訪れたこと、そして初めに訪れた港町、ブリックロードでアルトやロガン卿らと出会い、煉瓦運びに付き合ったこと(白猫については話がややこしくなりそうなので伏せておいた)、そのままフィッボから直々に亡命幇助の依頼を受け、それで国境まで来たが、馬車に置いて行かれてしまったことを話した。
     話を聞き終えたリスト司令とアルピナは、揃って胡散臭いものを見るような顔を向けてきた。
    「……シュウヤ君。ソレ、どこまでがホント?」
    「全部です」
    「いや、でもさー、ムチャクチャにも程があるわよ。特にモダス帝から直々に依頼を受けるなんて、帝国に入って2日、3日のヤツに起こる出来事じゃないわよ?」
    「でも、本当なんです。フィッボ……、モダス帝はずっと、亡命を助けてくれる異邦人を探していたと言っていました」
    「ソレが、ここ10年? まあ、確かにモダス帝はロージュマーブル陥落以後、目立った動きをしていないのは事実だけど。
     うーん……」
     と、ここでアルピナが口を開く。
    「もし仮にコウさんの話が本当だった場合、我々が現在捜索している正体不明の馬車には、モダス帝が乗っていると言うことになりますね」
    「多分、そうです」
    「とすると、これは非常に政治的な問題に発展する可能性があります」
    「そうね。……話が、本当ならだけど」
     と、またもテントの外から声が入ってくる。
    「レデル少佐、こちらにいらっしゃいますか?」
    「ええ、いるわよ。どうしたの?」
     アルピナがテントを開けると、そこには半ば興奮した様子の、蒼ざめた顔の兵士が立っていた。
    「目下捜索中の馬車、森林北東部にて発見されました!」
    「見つかったの!?」
    「はい。しかし報告によれば」
     兵士は現場の状況を、その蒼い顔で報告した。
    「馬車は左前輪および後輪が損傷し、走行不能になっておりました。
     また、敵兵士と思われる者がその付近で、血まみれになって倒れており、現在こちらへ搬送中です。
     しかし、どうやら自決を試みようとしたらしく、瀕死の状態にあるとのことです」
    「な……!?」
     秋也はこの衝撃的な報告を聞き、思わず立ち上がっていた。
    「そ、その兵士って、どんな? 見た目とか、分かりますか?」
    「うん?」
     尋ねられた兵士は、怪訝な顔を秋也に向ける。
    「関係者以外に教えるわけにはいかん」
     にべもなく断る兵士に、リスト司令がぺら、と手を振る。
    「ああ、いいのよ。教えてあげて」
    「よろしいのですか?」
    「関係者っぽいし」
    「了解しました。
     筋骨隆々の短耳で、グリスロージュ兵卒では一般的と見られる薬缶刈りの頭をしており、見た目は30代の半ばとのことです」
    「……サンデルさん!」
     この報告に、秋也も顔を蒼くした。
    白猫夢・銃聖抄 3
    »»  2012.09.05.
    麒麟を巡る話、第89話。
    次世代技術。

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    4.
     間もなく野営地にその、瀕死の兵士が運ばれてきた。
    「……」
     秋也の予想通り、それはサンデル・マーニュ大尉だった。
    「腹部にナイフを突き立てた状態で発見されました。
     ためらい傷と見られるものが数点あり、また発見された際、『介錯を頼む』と何度もつぶやいていたと言う報告から、自決を試みたものと思われます」
     軍医がそう報告しつつ、サンデルに治療術をかける。
    「助かるんですか?」
     秋也にそう尋ねられ、軍医は渋い顔を返す。
    「半々、と言うところでしょう。何度もためらったらしく、致命傷となる刺突を加えたのがかなり遅くになってから、と言うのが幸いしたか、まだ息はあります。
     しかし普通の人間は腹に深い傷を負えば、長時間生きているのは、まず不可能ですからね」
    「そう……、ですか」
     ベッドに横たわっているサンデルの顔には、ほとんど血の気が見られない。今にも死の淵へ転がり込んでいきそうな、青白い顔をしていた。
    「そしてなお悪いことに、この容態まで進行しては、残念ながら私の腕とこの環境では応急処置が精一杯です。首都に送り、十分な治療を受けさせなければ、一両日中に死亡するでしょう」
    「ソレはまずいわね」
     と、リスト司令がつぶやく。
    「馬車には馬が付き物だけど、現場に馬はいなかった。と言うコトは、馬車に乗っていた他の人間は、馬に乗ってさらに進んでいる、と言うコトになるわ。
     その行方が分からないと、こちらとしても対応できないわ」
    「行方は多分……、むぐ」
     言いかけた秋也の口を、アルピナが塞ぐ。
    「早急に、彼を応答が可能な状態まで回復させなければいけませんね」
    「ま、ソレも運が良かったって言っていいわね」
     そう言って、リスト司令は軍医や、外に立たせていた兵士に指示を送った。
    「アンタはコイツを移送可能な状態にしといて。アンタらも手伝ってあげて。それからアンタは車に給油しといて。
     で、シュウヤ君。それからアルピナ」
    「はい」
    「アンタたちはアタシと一緒に、『車』に乗りなさい。もう馬車と重要参考人は見つかったから、後は撤収するだけでしょ?」

     車、と聞いて、秋也は馬車を想像していた。
     ところがリスト司令に連れられて見た「それ」には、馬は一頭もつながれていない。
    「あの、チェスターさん」
    「なに?」
    「馬は?」
    「いらないのよ、コレ」
     そう返し、リスト司令は楽しそうに笑う。
    「まだ実験段階なんだけど、きっとコレは、次世代の足になるでしょうね」
     アルピナはその「車」からジグザグに曲がった棒を取り出し、車の後ろにしゃがみ込む。
    「ありがと、アルピナ」
    「いえ、お気遣いなく」
     アルピナは棒を車体後方に空いた穴に挿し、ぐるぐると回す。
     そのうちにパン、パンと軽い破裂音が続き、やがてドドド……、と重いものに変わった。
    「コレって……、なんです?」
     何をしているのか分からず、秋也はリスト司令に尋ねた。
    「エンジン動かしたのよ。……って言ってもエンジンって何か、って言われたらアタシも答えにくいけど。
     簡単に言うと、油で動く馬、の心臓みたいなもんね」
    「油で動く馬の心臓?」
     説明されても、秋也には何が何だか分からない。
     と、いつの間にか車の前方、ハンドルの付いた席に座っていたアルピナが声をかける。
    「準備整いました」
    「じゃ、乗りましょ」
     リスト司令は秋也に手招きしつつ、後部座席に乗り込む。秋也もそれに続き、リスト司令の横に座った。
    「なんだっけ、サンデルさん? も運ばれてきたわね。ありがと、みんな」
     兵士が横一列に並び、敬礼したところで、リストは皆に軽く手を振る。
    「じゃあ、出発して頂戴」
    「了解しました」
     アルピナはレバーや床のスイッチをあれこれと操作し、車を発進させた。
     その速さに、秋也は目を丸くする。
    「すげえ速い……」
    「アンタも名前を聞いてるかも知れないけど、ウチにはハーミット卿って言う、すごくアタマいい総理大臣がいるのよ。
     で、卿はココ15年くらい、あっちこっちから武勲を立てた軍人とか、すごい発明をした研究者だとか、とにかく人を集めてたの。アタシもその一人。
     その一人にカール・スタッガートっておっさんがいて――金火狐にいたとか自慢してたわね――そいつがコレを造ったのよ。馬使うよりはるかに速い、機械仕掛けのクルマ。今はまだ実地試験中で10台くらいしかないけど、いずれは軍用に正規採用されて、量産されるコトになるでしょうね」
     車は最高速に達し、勢いよく街道を走り抜ける。
     そのうちに、東の方から朝日が差してきた。
    「……すげえな……!」
     秋也はぞくぞくとするものを感じていた。
     と言っても、寒気や恐怖などではない。それは一言では形容しがたい、希望と期待に満ち溢れた感情だった。
    白猫夢・銃聖抄 4
    »»  2012.09.06.
    麒麟を巡る話、第90話。
    リスト司令の寄宿舎。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     秋也たちを乗せた車は10時間ほどで――2頭立ての馬車であれば休み休み進んで、2日かかる距離である――プラティノアール王国の首都、シルバーレイクに到着した。

     リスト司令の私邸で待たされていた秋也とアルピナのところに、リスト司令が戻ってきた。
    「サンデルさんは軍の病院に移送したわ。何とか命が保って助かったわね。元々タフだったみたいだし。
     今は容体も安定してきてるらしいわ。多分、助かるわね」
    「良かった……」
     ほっと一息つく秋也に、アルピナがピン、と人差し指を立てて見せる。
    「コウさん、あなたは本当に兵士とか、軍関係者ではないみたいね。油断しすぎよ。
     あなたがモダス帝のことを口走りそうになって、すごく焦ったわ」
    「え?」
    「もしあそこであなたがうっかり秘密の暴露をしてしまっていたら、わたしたちはあなたを拘束しなきゃならなくなるところだったのよ?
     状況が落ち着くまで、あなたは何もしゃべらない方がいいわ」
    「すみません、気を付けます」
     ぺこりと頭を下げる秋也に、アルピナはクス、と笑みを返した。
    「な、なんですか?」
    「司令から『縛返し』の話を聞いていたけど、あなたがその、息子さんなのよね」

    「縛返し」と言うのは秋也の母、黄晴奈の異名の一つである。
     とある戦争で敵に捕まり、その本拠に連れ去られたことがあったのだが、彼女はそこから脱出し、逆に敵を一網打尽にしてしまったことから、その呼び名が付いた。

    「ええ、まあ」
    「じゃあもしかして、わたしたちに捕まっておいて、実は王国で大乱闘しようなんて考えてたり?」
    「いやいやいやいや、無いですって」
     ぷるぷると頭を横に振る秋也を見て、アルピナも、リスト司令も大笑いする。
    「あはは……、面白い子ね。からかい甲斐があるわ」
    「え、え?」
     秋也が戸惑っている間に、リスト司令とアルピナは短く会話を交わす。
    「じゃあ、伝えておいて頂戴」
    「分かりました」
     アルピナが部屋を出たところで、リスト司令は秋也に向き直る。
    「しばらくは、アタシん家で生活するといいわ。外にはなるべく出ないようにね」
    「分かりました」
    「部屋は……、2階の空いてるトコなら適当に使っていいわよ」
    「はあ」
    「つっても勝手なんか分かんないだろうし、簡単に案内するわ。付いてきて」
     リスト司令は私邸のあちこちを回り、秋也に紹介した。
    「3階はアタシの部屋と屋上だけ。許可なくアタシの部屋に入ったらおしおきするわよ。
     2階は寄宿舎みたいなもんになってるわ。今は4人入ってる」
    「寄宿舎?」
    「アタシが直々に銃士としての指導をしてる、選抜メンバーの寄宿舎よ。
     ちなみにさっきのアルピナも、アタシの教え子。一番射撃がうまいから、機会があったら腕前見せてもらいなさい。
     ちなみにさっき、アルピナが何もしゃべるなっつってたけど、寄宿舎の子とは話していいわよ、普通に。ただし、グリスロージュ関係は絶対にしゃべんないでね。ややこしくなるし。
     で、1階は食堂と書斎と応接室があるわ。ま、アタシの方からあっちこっち出向くコトが多いから、応接室はほとんど使ってないけどね。
     地下はただの倉庫。つっても火薬とか銃弾とか、ソレの製造機とかあるけど、アンタはあんまり用が無いと思うわ」
     秋也は空き部屋を一つ宛がわれ、数日をそこで過ごすことになった。

     そしてこの間にも、秋也の親しみやすさが発揮され――。
    「ただいまー、……ってあれ?」
     2日後、リスト司令が私邸に戻ってきた際、彼女は丁度、秋也と訓練生たちがカードゲームに興じているところに出くわした。
    「いつの間に、そんなに仲良くなったの?」
    「ええ、色々話してたら、まあ、こんな感じで」
    「……アンタのお父さんもお母さんもそんなにじゃなかったけど、アンタ人一倍、人懐っこいのね」
    「良く言われます」
     リスト司令の言葉に、秋也は苦笑して返した。
    白猫夢・銃聖抄 5
    »»  2012.09.07.
    麒麟を巡る話、第91話。
    訓練生の猫獣人は……。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     リスト司令の訓練生らと仲良くなったついでに、秋也は彼らの訓練にも――射撃練習こそしないつもりではあるが――参加することになった。
    「ずっと部屋の中じゃ、体が鈍るからな」
    「そだねー」
     訓練生は4人で、一人を除いて全員が兎獣人である。
     ちなみに兎獣人と言う種族は、ほとんど西方大陸にしかいない。彼らは一つの場所に留まること、家族や親類と共に暮らすことを強く好み、余程の変わり者か何らかの事情が無い限り旅や放浪、転居を好まないためである。
     また、体格的に男女とも小柄な者が多く、ここにいる者も秋也と歳が近い割に、秋也よりも頭一つ、二つ分小さい。
     その二つの理由から秋也は目立っていたし――そして訓練生の残り一人、猫獣人の女の子とは、自然と目線が合うことが多かった。
    「いーち、にーい、さーん、し」
     運動着に着替え、準備運動を始めたのだが、そこでも彼女と身長が釣り合うのが秋也だけだったので、自然に二人一組になる。
    「もうちょい、もうちょい押して、ぐーって」
    「こうか?」
    「そ、そ」
     その、淡い緑髪に黒い毛並みの彼女は、秋也に背中を押してもらいながら前屈しつつ、こうつぶやいた。
    「同じくらいの歳であたしより背が高い子に会うの、シュウヤくんが初めてかも」
    「そうなのか?」
    「学校でも、ほとんど『兎』ばっかりだったし。そりゃ裸耳(短耳と長耳の総称)とか猫耳の子も少しはいたけど、こっちに入るまでは身長、全然変わんなかったしね。子供だったし」
    「そっか、そうなるよな」
     今度は秋也が、彼女に背中を押してもらいながら前屈する。
    「ねえ、シュウヤくんって身長いくつくらい?」
    「171センチだよ。オレの故郷じゃ高めだったけど、央中とかじゃチビだよ」
    「じゃあこっちでもおっきいね。こっちの人は、150センチがふつーくらいだもん」
    「そうなのか。そう言や確かに、オレの知り合いもちっこかったな。アルピナさんも」
    「アルピナさんは平均よりは背、高いよ。ちょこっとだけど。152か3くらいだったかな」
     続いて腕を互いに伸ばしあう。
    「名前、何て言ったっけ」
    「ベル」
    「あ、そうだそうだ。ベルちゃんって、結構筋肉あるんだな」
    「だって小銃とか構えるんだし、そりゃ付くよー。女の子っぽくないでしょ、あはは……」
    「んなコトないと思うけどなー。オレの母さんもかなり、筋肉付いてたし」
    「そうなの?」
     最後に小さく跳躍して準備運動を終え、全員で庭を軽く走る。
    「シュウヤくんのお母さんも、剣士さんだっけ」
    「ああ。10代半ばくらいからずーっと、剣士やってる」
    「今でも?」
    「今でも。すげー強くて、まだオレ、勝ったコト無いんだよ」
    「へぇー……。あ、あたしも――ちょっと違うけど――パパに勝ったことないんだよね。銃とかじゃなくて囲碁の話だけど」
    「え、囲碁?」
     央南のテーブルゲームの話になるとは思わず、秋也の足が鈍る。
    「おい、そこ!」
    「あ、すんませーん」
     もう一度走り出し、ベルに追いついたところで、秋也は詳しく尋ねる。
    「囲碁って、白と黒の石を置き合う、あの囲碁?」
    「うん、それ。若い頃に覚えて、今でもずっと打ってるの。あ、って言うかね、あたしも勝てないけど、今まで誰もパパを負かした人、いないんだ」
    「そんなに強いのか……。叔母さんだったらどうかなぁ」
    「叔母さん?」
    「央南で棋士やってる人だから、相手になるかも」
    「へぇー。じゃあさ、機会があったら一度さ、話してみてよ。でもパパ忙しいから、そっちに行くって言うのはできないかもだけど」
    「そっか。お父さん、何してる人なの?」
     何の気なしにそう聞いた途端、並んで走っていた他の訓練生が一斉に噴き出した。
    「ぷ、あはは……」
    「そっか、シュウヤは外国のヤツだもんな」
    「知らないよな、そりゃ」
    「え? え?」
     丁度走り終わったところで、ベルが答えようとしてくれた。
    「あのね、あたしの名前なんだけど……」「あ」
     と、訓練生が一斉に立ち止まり、ビシ、と敬礼する。
    「え?」
    「シュウヤ、礼だ、礼!」
     そう急かされ、秋也も慌てて、今しがた私邸の庭に入ってきた、黒いフロックコートを羽織った金髪の、黒眼鏡をかけた長耳に向かって敬礼する。
     するとその長耳はクスっと笑い、敬礼を返してくれた。
    「楽にしたまえ。僕は軍人じゃないから、略式で結構だよ」
    「はい、ありがとうございます」
     訓練生たちは敬礼を解き、ぺこりと頭を下げた。
     長耳はもう一度挨拶を返し、続いて秋也に声をかけた。
    「で、シュウヤ君は君かい?」
    「あ、はい」
    「ちょっと話があるんだ。中で話そう」
     そう言って踵を返しかけ、そして戻す。
    「おっと、自己紹介が遅れて申し訳ない。
     僕はプラティノアール王国総理大臣、ネロ・ハーミットだ」

    白猫夢・銃聖抄 終
    白猫夢・銃聖抄 6
    »»  2012.09.08.
    麒麟を巡る話、第92話。
    西方で最も忙しい男。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     応接間に移った秋也とハーミット卿は、そこで改めて挨拶を交わした。
    「シュウヤ・コウです。央南の剣士です」
    「ネロ・ハーミットだ。この国の総理大臣をしてる。すまないね、運動してたのに」
    「いえ、そんな……。
     それで、オレに話って言うのは一体、なんでしょうか?」
     秋也に尋ねられるが、ハーミット卿は肩をすくめて返す。
    「なに、そんなにかしこまるほど重要な話でもないんだ。いくつか確認したいことがあった、ってだけさ。
     それこそ、囲碁でも打ちながら話すような、他愛もないことさ」
     そう答えつつ、ハーミット卿は手にしていたかばんから板と、箱を2つ取り出す。
    「これに関しては、ほとんど中毒でね。君、打てるかな?」
     ハーミット卿が取り出したのは、碁盤と碁石だった。
    「あ、はい。一応、それなりには」
    「それはいい。君の叔母さんから教わったのかな」
    「え? ええ、何度か」
    「僕も君の叔母さんやお母さん、それからお父さんとも何度か打ったことがある。グラッドさんとも一回あったかな」
    「ご存知なんですか?」
    「ああ。昔、色々とお世話になったからね。
     その関係からなんだ、チェスターさんを王国に招いたのは。当時から兵士としても、指揮官としても相当の資質と経験を有していたからね。だから司令職も通常以上の働きをしてくれるだろうと、そう踏んだんだ。その点、僕の眼に間違いは無かったようだ。
     さてと、ハンデをあげよう。僕は白を使うよ。君は黒を。10目置いていい」
     卿に言われるまま、秋也は先手となる黒い碁石を握り、10ヶ所に設置する。
    「よろしくお願いします」
    「よろしく」
     たがいに頭を下げ、そこで秋也は、卿の両目が青と黒のオッドアイであることに気付いた。
     その右目にはまる黒目は、恐ろしいほどに色が無い。失明しているような感じでは無いが、まるで底の見えない井戸のような、その異様な輝度の低さに、秋也はぶる、とわずかに身震いした。
    (……あれ? でも)
     秋也は以前に、似たようなものを見たような覚えもあった。
    「まあ、君に聞きたいことって言うのがね」
     秋也の様子には触れず、卿はパチ、パチと石を打ちながら、話を切り出す。
    「チェスターさんからも伺ったことなんだけど、君はグリスロージュの関係者、それも皇帝絡みの重要人物だと、そう聞いたんだ。これは間違いないかな」
    「ありません。オレはモダス帝直々に、依頼を受けました」
     秋也も応戦しつつ、質問に答える。
    「その依頼内容は、彼の亡命を手助けすること。これも間違いなしかい?」
    「はい」
    「そしてその途中、国境を越える際に、馬車に乗って脱出するはずが見捨てられ、一人で森を踏破する羽目になった。そうだね?」
    「はい」
    「今現在、軍の病院に搬送されているグリスロージュ兵と思われる人物も、君は知っている」
    「ええ」
     のんびりと話をしている反面、既に盤上は激戦の様子を呈していた。
     いや――正確に言えば、早くも秋也の劣勢が仄見える状態にあった。
    「うー……ん」
    「その兵士の素性も、君は良く知っているらしいね」
    「ええ」
    「詳しく聞かせてもらえるかな?」
    「はい。名前はサンデル・マーニュ。階級は大尉で、シャルル・ロガン少将と言う人の側近をされてました。
     すごく忠誠心が強くて、血気盛んな人です。ロガン卿が私邸で、えーと……、グリスロージュの参謀の、クサーラ卿に襲われた時も、一人で乗り込んで撃退したそうです。
     で、そのままロガン卿とその娘さんと一緒に、オレたちのところまで馬車で来てくれたんです」
    「ふむ。その馬車は、ローバーウォード北東部で見つかったって言う、その馬車かな」
    「自分の眼で確認はしてませんが……、多分そうです」
    「あまり意味は無いとは思うけど、後で確認してもらうかも知れないね。
     それで、そのマーニュ大尉って人なんだけど、今朝方意識が戻ったそうだよ」
    「本当ですか!?」
     上ずった声で尋ねた秋也に、卿はクスっと笑って返した。
    「ああ。ただ、軽く錯乱状態になっていたそうだ。
     自分が助かったことを知るや否や、『敵国の情けは受けん!』とか何とか叫んで窓から飛び降りようとしたけど、病室が3階なのを知った途端にしゃがみ込んだんで、その隙に拘束され、今はベッドにくくり付けられてるらしいよ」
    「そ、そうスか」
    「関係者だって言う君が一緒に来てくれれば、彼も平静を取り戻すだろう。
     丁度勝負も決したことだし、今度はそこに行こう」
     卿の言う通り、盤上の決着はほぼ付いていた。
    (……うわぁ、強ええ)
     秋也の惨敗である。
    白猫夢・黒宰抄 1
    »»  2012.09.10.
    麒麟を巡る話、第93話。
    サンデルの証言。

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    2.
     秋也とハーミット卿は軍の病院へ向かい、そこでサンデルと面会した。
    「……お前、……シュウヤか!?」
    「はい。無事で何よりです、サンデルさん」
    「ぶ、無事なものか! こうして敵国の施しを受けるなど、どっ、どれほどの屈辱であるか!」
     わめくサンデルに対し、卿はやんわりと言葉をかける。
    「それは認識の違いと言うものです、マーニュ大尉。
     我々は貴官を素晴らしい武士(もののふ)と見なしたからこそ、僭越ながら手厚い看護を施させていただいた次第です。
     敵方ながら非常に尊敬すべき美徳を有していらっしゃると聞き及んでおります。尊敬の気持ちに、敵も味方もありますまい」
    「む、む? 貴様は……?」
     ほめちぎられ、サンデルは顔を赤くする。
    「これは申し遅れました。私はネロ・ハーミット。不肖の身ながら、この国の総理大臣を務めさせていただいている者です」
    「な、……何と!? 貴君があの、ハーミット卿でございましたか!? こ、これはとんだご無礼を、……う、痛たた」
     頭を下げようとし、苦悶の表情を浮かべて腹を押さえるサンデルに、卿は手を振る。
    「あ、いやいや、楽になさってください。
     それよりも大尉、私がここへ来たのは、極めて政治的で、非常に大きな問題を検討するためです。察していただけますね?」
    「……う、ぬ。……シュウヤ、お前が話したのか?」
    「あ、……はい」
     サンデルは表情を一転させ、秋也を叱咤しようとする。
    「不敬とは思わんのか! 陛下の身を案じれば……」「案じればこそ、です」
     そこで卿が口を挟む。
    「既に越境し、モダス陛下は故郷から追われる身となっています。その上さらに、我々からも追われることとなれば、如何に陛下が超人的能力を持っていたとしても、生き延びるのは至難の業。
     そこでシュウヤ君から、何とか陛下らを保護してはもらえまいかと嘆願されたのです」
     卿にひょいひょいと方便を述べられ、サンデルはまたも態度を一転させた。
    「さ、左様であったか! すまぬシュウヤ、お前は誠の忠義者だ!」
    「はは……」
     卿の口車と、それに簡単に乗せられるサンデルに、秋也は苦笑いをするしかなかった。

     二人は素直になったサンデルから、秋也を残した後に起こったことを聞き出した。
    「我々はあの後、すぐにローバーウォードに突入した。多少の襲撃は覚悟していたし、実際に受けた。
     そのためか、馬車はひどく損傷してな。もうすぐ抜けられるかと言う辺りで、走行不能になってしまった。トッドの奴は当初、わざと道のない北東へ進んで敵の襲撃を迂回するつもりだと言っていたが、馬車が壊れてしまってはそうは行かん。
     やむなく無事だった馬に乗って森を抜けることにしたのだが、5人で2頭の馬に乗ることはできん。誰か一人がその場に残らなくてはならなくなり、吾輩が名乗り出たのだ。いや、名乗り出たと言うよりは、結果的に吾輩が選ばれたようなものだが」
    「ふむ」
     話を聞き終え、卿は首を傾げる。
    「変ですね」
    「なに?」
    「確かに通常時より、ローバーウォード周辺には兵士を巡回させるよう、司令に命じていました。
     しかし3週間前、……いや、もう一ヶ月前にもなりますか、あの森を強行突破した一軍がおり、そのために警備網が破壊されてしまったため、殉職者の回収と体勢の立て直しおよびその強化を図る目的で、我が軍は森の中から撤収していたはずなのですが」
    「何ですと? しかし実際に襲撃を……」
    「それは本当に、我々の兵隊でしたか?」
    「何を仰るか!」
     サンデルはフンと鼻を鳴らし、卿の疑問を否定する。
    「装備には貴国の紋章が付いておりましたし、鎧兜などもそれでした! 見間違えようはありませんぞ!?」
    「逆に言えば、あなた方は紋章と装備が無ければ、我が国の人間かそうでないか、見分けが付かないと言うことになりますね」
    「う、ぬう」
    「重ねて申し上げますが、あなた方が森へ侵入した際、我が国側の兵士全員が森の中から引き上げていたのです。それは間違いなく徹底されていたはずですし、その命令を無視して無闇に危険へ身を投じるような粗忽者は、まずありません。
     よって断言しますが――それは我々の兵隊ではありません。別の者です」
    「ば、馬鹿な……!? それではあれは、単なる野盗だったと? 非常に苦戦していたのですが」
    「その点については、一つの仮説があります。
     警備網が破壊されるよりもう少し前、こんなことがありました――我々は街道を飛ばす、恐らくはマチェレ王国籍であろう馬車を捕捉しようとしたことがあります。
     しかし途中で馬車を見失い、やむなく捜索を打ち切りました」
    「うん? それは恐らく、……いや」
     口をつぐみかけたサンデルを、卿がたしなめる。
    「私にはある程度のことは、予測が付いております。それは恐らく、あなた方が依頼されたものだろうと見ているのですが、お間違いないですか?」
    「……仰る通りです。吾輩の上官である、ある人物」「ロガン卿ですね」「う、……ええ、ロガン卿がマチェレ王国にて、依頼したものです」
    「手配された人物はすべて、『酒跳亭』の人間ですね?」
    「え? ええ、確かそんな名前だったと」
    「やはり、そうでしたか」
     これを受けて、卿はため息をついた。
    白猫夢・黒宰抄 2
    »»  2012.09.11.
    麒麟を巡る話、第94話。
    名宰相は名探偵。

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    3.
    「やはり?」
    「どう言うことっスか?」
     話の流れが見えない秋也とサンデルは、同時に卿へ尋ねる。
    「恐らく、筋書きはこうでしょう。
     どこからかモダス陛下が亡命をそれとなく企てていたことを聞き、あるいは予測したその組織は、何らかの口実を付けてグリスロージュ帝国に侵入。帝室政府高官ないし皇帝の側近、それも陛下にごく近しい者の信頼を得て、そして陛下から直々に、その亡命幇助の依頼を受けられるよう、そう謀っていたのでしょう。
     そしてその2つの要素を、いっぺんにクリアできる目算もあったでしょうね。元々からロガン卿は、かねてより陛下から依頼を受けるに値する人材を探すよう命じられていたと聞きますし、その作戦行動は過去数年間に、何度か実施されていたでしょうからね。
     組織にとっては、予測も対策もしやすかったと思います」
    「な、なんと!?」
    「そして組織の一員であるアルト・トッドレール氏は亡命計画に加担しつつ、仲間をローバーウォードに忍ばせていた。もしも計画実行時に邪魔者が増えた際、それを消すために、です」
    「それがシュウヤであり、吾輩であったと……!?」
    「そうです。そして危険はまだ去っていません。
     現在まだ、ロガン卿父娘は陛下と、そのトッドレール氏と同道しているでしょうが、陛下ただ一人を誘拐するにあたって、その両名が邪魔ではないとは、私には判じられません」
    「……ま、まさか!」
    「ええ。二人は今非常に、危険な事態にあると言えるでしょう。早急にトッドレール氏およびその一味を探さねばなりません。
     でなければこの王国に野ざらしの死体が2つ、増えることになります」
    「そんな……!」
     真っ青になる秋也とサンデルに、今度は卿は、にこっと笑って見せた。
    「しかし幸いにも、我々には彼に対し2つのアドバンテージ、優位性があります。
     一つは、シュウヤ君とマーニュ大尉が生きていること。トッドレール氏はこの犯罪が露見しているなどとは、まったく思っていないでしょう。その油断は我々にとって、非常に役立ちます。
     もう一つは私がこれまで王国発展のために何を計画・推進してきたか、トッドレール氏が知らないことです」



    「まだ着かないのか、トッド君……?」
    「ええ、念のために迂回しております故」
     プラティノアール北部、鉱山にほど近い田舎道を、アルトたちは元々馬車につないでいた馬に乗って進んでいた。
    「あの襲撃をまた受けたいとあらば、ブリック―マーブル街道へ戻っても構いませんが」
    「いや……、それは御免蒙る」
     一方の馬にはロガン卿父娘、そしてもう一方にはアルトとフィッボが乗っている。
    「……」
     ノヴァは真っ青な顔で、ロガン卿の背中に体を預けている。馬車で連日強行したことと、数日前にプラティノアール兵――に偽装した「酒跳亭」一味――から襲撃を受けたこととで、疲労が相当溜まっているのだ。
    (しかし……。ここで『娘を休ませたい』などと言い出せば、トッド君はにべもなく『じゃあそこいらで死んどいてくれますか』と言ってのけるだろう。
     あの襲撃があった際、ほとんど単身で場を凌いでくれたサンデルに対しても、平然とそう言い放って見捨てたからな。
     ……まったく、腕は確かに立つが、なんと心無い男であったか! どうも私は、陛下からの長年の指令を全うしようと、焦り過ぎたらしい。よりによってこんな男を引き入れてしまうとは!)
     と、心中で散々毒づいた相手が馬を止める。
    「どうした、トッド君?」
    「ん、いえね。こりゃあ一体何でしょうかね、と」
     アルトはそう言って、地面を指差す。
    「うん? ……何だろうか?」
     地面には鉄製の、H型に延ばされた棒が地面に半ば埋め込まれる形で、延々と続いている。
    「恐らくは、ハーミット卿に関係するものではないかな」
     これを見たフィッボが、首を傾げながら答えようとする。
    「卿は世界中から研究者を呼び、様々な開発を行っていると聞く。恐らくこれも……」「まあいいです。どうでもいい。大事なのは安全に越えることですな」「……」
     アルトはフィッボの返答を遮り、馬を進めようとした。
     と、また馬を止める。
    「ありゃー、これは手間取りそうだ」
    「なに? ……!」
     アルトたちの前方に、プラティノアールの紋章を胸に付けた、鎧兜の男たちが現れた。
    白猫夢・黒宰抄 3
    »»  2012.09.12.
    麒麟を巡る話、第95話。
    スチーム・ロコモーション。

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    4.
    「これはいけませんな」
     アルトは飄々とした口ぶりでそう言い放つ。
    「ぐ、ぬ……」
     一方、ロガン卿は冷や汗をかいている。この状況を打破しようと考えを巡らせるが、まともに突破できそうな案は思い付かない。
     それを見越したらしく、アルトがささやく。
    「正面突破はまず無理でしょうな。戦力がありません。陛下はお役に立ってくれそうもなし」
    「い、いや、致し方なければ、私も……」
    「分からん人ですな。あなたに万一何かあれば、困るのは俺と閣下なんですぜ?」
    「……ああ」
    「と言って、引き返すのもあまり良くないでしょう。これ以上はノヴァ嬢に、負担をかけさせられませんからね」
    「そうだな」
    「となると手は一つ。降参しかありません」
     そう言ってアルトは馬を進めながら、正面の男たちに声をかける。
    「降参します。抵抗しません。お助けください」
    「……」
     だが、相手は小銃を構え出す。
    「おおっと、どうやら助けてもくれないようだ」
    「ど、どうするんだ!?」
     尋ねたフィッボに、アルトは舌打ちしつつ、こう返した。
    「逃げるしかありませんな。残念ながら閣下らは見捨てます」
    「ふ、ふざけるな!」
     叫んだフィッボに、アルトはもう一度舌打ちした。
    「ふざけてなんかいませんぜ。あの二人は役にゃ立ちません。囮になってもらいましょう」
     そう返し、アルトは一瞬、兵士風の男たちに目配せし、手綱を引いた。
    「さあ、しっかりお捕まりくださ……」
     と、その時だった。

     先程アルトが捨て置いた、正体の分からない鉄骨から、カタ、カタ……、と規則的な音が響いてくる。
    「……なんだ?」
     うろたえていたロガン卿らも、兵士風の男たちも、その音に気付く。
     やがて音は段々と大きく、強くなり――。
    「お、おい!?」
    「なんだ、ありゃあ!?」
     程なくして、巨大な鉄の塊が轟音と白煙を立て、その場に到着した。
    「予想が当たったようで何よりだね」
     鉄塊に牽引されてきた車の中から、これもまた、飄々とした声が聞こえてくる。
    「そこの野盗、そこまでだよ。君たちの目論見はすべてこの僕が見破っている。
     おとなしく投降すれば、命くらいは助けてやらなくもない」
     その声に続いて、小銃を抱えたプラティノアール兵たちがぞろぞろと降りてくる。
    「げっ……!?」
    「ほ、本物!?」
     ロガン卿らに兵士と思われていた男たちは、一斉に顔を蒼ざめさせる。
    「さあ、どうする?」
     車からハーミット卿が顔を出し、そう尋ねる。
    「あ、危ないっスよ!? オレが行きますから!」
     その後ろから、秋也が慌てて彼の袖を引くのが、アルトには確認できた。
    「……な、なんだとぉッ!? シュウヤ!? てめえ、い、生きてやがったのかッ!?」
     元々から下品じみていたアルトの言葉遣いが、さらに悪く変わる。
    「そーだよ――お前に裏切られて死にかけたけど、ばっちり生きてんだよ、このクソ野郎がッ!」
     秋也も車から降り、刀を抜いた。
    「できるだけ人は斬りたくなかったけど、お前は別だッ!
     お前はこのオレが、直々に叩っ斬ってやる!」
    「……へっへ……」
     アルトは怒りとも、笑いともとれる表情を浮かべていたが、やがてこう返した。
    「てめー如きにできんのか? あ? 人ひとり殺したこともねー癖して、いっちょ前な口利きやがるな、え?
     そして相変わらず、ろくに考えもできねーアホのままと来てやがる。俺を良く見ろよ、シュウヤ、それからプラティノアールのボンクラ兵士共」
     アルトは自分の背後に座り、呆然としているフィッボを指差す。
    「こいつの生殺与奪の権利は今、俺が握ってるんだぜ?
     ここで俺を撃ち殺すのは簡単だろうが、お前らの持ってる小銃――『チェスターライフルMk.4』だよな?――の威力なら俺の体を貫通して、この大事な大事な皇帝陛下サマのご玉体にまで、弾がめり込んじまうぜ?」
    「そうなんスか?」
     尋ねた秋也に、プラティノアール兵たちは一様に苦い顔を返す。どうやらアルトの言う通りらしい。
    「じゃあ、オレが行ってやるよ」
    「だからてめーはアホタレなんだ! 何度言やあ分かるんだ、え、おい?」
     アルトはナイフを取り出し、フィッボの首に当てる。
    「このボンクラ大王は今、俺がちょっと揺するだけでコロっと死ぬんだぜ?」
    「……」
    「それ以上近寄ってみろや? 俺はひょいっと、このクズ野郎の眉間にナイフ、刺し込んじまうぞ?」
    「……」
    「ほれ、どーした? おい、来てみろって。ほれ、ほれ、ほれ!
     できねーよなぁ? 俺にとっちゃこんな生ゴミなんかどーだっていいが、お前らにゃ大事な大事な国賓サマだもんなぁ!?」
    「……ト」
     と、ずっとアルトの背後で押し黙っていたフィッボが、ぼそ、と何かをつぶやく。
    「あん?」
    「……アルト。君は、一つ、大きな、考え違いを、犯しているよ」
     次の瞬間――アルトが嘲笑いながらひらひらと見せつけていたそのナイフが、アルトの首に突き刺さっていた。
    白猫夢・黒宰抄 4
    »»  2012.09.13.
    麒麟を巡る話、第96話。
    怒りの皇帝。

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    5.
    「ひゅ……っ!?」
     何かを叫んだらしいが、ひゅうひゅうと言う風音だけがその場に鈍く響く。
    「君を登用し、罵詈雑言にも黙してきたのは、君が有用な存在だったからだ。
     だが私に害を成そうと言うのなら、君に義理立てする理由はどこにもない。ましてや、己の身が危険にさらされてなお、怯えている私ではない」
     アルトの首にナイフを突き立てたまま、フィッボは馬から降りた。
    「ひゅー、ひゅー……!?」
    「残念だな。その血の量では、どうやら頸動脈は切れていないらしい。気管に穴を空けただけのようだ」
     アルトはナイフを抜き、己の首を確かめる。
    「ひゅ、ひゅー、……ひゅっ!」
     何を言ったのかは分からなかったが、アルトは馬の手綱を引き、その場から逃げだした。
    「待て!」
    「逃がすか!」
     一人になったアルトに、プラティノアール兵は集中砲火を浴びせる。
     だが何発かは当たり、アルトや馬の体から血しぶきが上がったものの、アルトはそのまま、逃げ去ってしまった。
     そしていつの間にか「酒跳亭」の一味も姿を消しており、その場に残ったのは秋也たちとフィッボ、そしてロガン父娘だけとなった。
    「危険は去ったようですね、モダス陛下」
     と、ハーミット卿が車から降りてくる。
    「そのようだ。察するにあなたは、ハーミット卿とお見受けするが」
    「ええ、ご明察です」
     ハーミット卿とフィッボは固く握手を交わし、フィッボが頭を下げた。
    「貴君の慧眼であれば、私の窮状と本意は察していただけていることと思う。どうか、匿ってはもらえないだろうか?」
    「喜んで承ります、陛下」
     一方、まだ馬に乗ったまま硬直していたロガン父娘に、秋也が声をかけた。
    「あの、ロガン卿。大丈夫ですか?」
    「……お、おお」
     ロガン卿はぱちぱちと目をしばたたかせ、秋也に応える。
    「シュウヤ君、生きていたのか!」
    「ええ、色々ありましたが。サンデルさんも無事です」
    「……そうか!」
     ロガン卿は馬から降り、秋也をがば、と抱きしめてきた。
    「きょ、卿?」
    「君にはとても済まないことをした……! 謝って許されるものでは無いが、せめて謝意だけは受けてくれまいか?」
    「いいですって、そんな堅いコト」
     秋也はロガン卿から離れ、にかっと笑って見せた。
    「こうして全部丸く収まったんです。もうその辺、なあなあでいいじゃないスか」
    「恩に着る……!」



     こうして秋也が西方に着いた途端に見舞われた一連の事件に、一応の幕が引かれた。
     フィッボ・モダス帝は無事にプラティノアール王国に保護され、亡命を遂げた。また、ロガン父娘もフィッボと共に保護され、ハーミット卿の私邸で過ごすことになった。
     なお、アルトおよび「酒跳亭」一味はその後、プラティノアール兵によって散々捜索されたものの、発見することはできなかった。
     恐らくはマチェレ王国に舞い戻ったものと見られるが、現状では国境を越えての拿捕・処罰はできず、これはマチェレ王国との政治的交渉に委ねられることとなった。

    「と言っても、十中八九『黒』になるだろうね。引き渡しに応じてくれるだろう」
     ハーミット卿はそうつぶやき、碁石をパチ、と打つ。
    「そうなんスか? ……まあ、そりゃそうっスよね。あんな胡散臭い連中が自分の国ん中にいたら、そりゃいい気はしないでしょうし」
     秋也も応じる形で、碁石を打って返す。
    「そう言うことさ。マチェレ王国にとっても、国家転覆を企てるようなならず者なんて、置いておきたくないだろうからね。『処分したい』って申し出るところがあれば、喜んで引き渡してくれるさ」
     ちなみに秋也も拘束を解かれ、自由の身になったのだが、リスト寄宿舎の訓練生と仲良くなったこともあり、また、ハーミット卿やリスト司令をはじめとして、秋也の母と縁のある者たちが引き留めたため、しばらくこの国に逗留することにしたのだ。
     そのため今は、リスト寄宿舎でハーミット卿と後日談を話しつつ、囲碁に興じている。
    「……投了っス」
    「ありがとう」
     今局もハーミット卿の圧勝で終わったところで、彼はこんな提案をしてきた。
    「そうだ、君も今夜、家に来ないかい?」
    「え?」
    「マーニュ大尉も回復したし、しばらくうちで預かることにしたんだ。で、彼の快気祝いとモダス陛下らの来訪祝いも兼ねて、家でちょこっと、パーティでもしようかなってね」
    「いいっスね」
     二つ返事で快諾し、秋也はハーミット卿の屋敷を訪れることになった。
    白猫夢・黒宰抄 5
    »»  2012.09.14.
    麒麟を巡る話、第97話。
    大団円の祝賀パーティ。

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    6.
     ハーミット卿の屋敷は、秋也が思っていたより大分、小ぢんまりとしていた。
    (リストさんのとこより大きいのかなと思ってたけど、そんなでもないな。普通の家よりは確かに大きいけど)
     と、屋敷の中から杖を突いたサンデルが現れ、秋也を出迎えてくれた。
    「おお、シュウヤ! 待っていたぞ!」
    「どもっス、サンデルさん。もう歩けるんですね」
    「おう。まだ多少、腹の奥がぴりぴりするがな。
     いやまったく、卿の慈悲深さには感謝せねばならん。敵兵である吾輩を助けてくれたばかりか、これほど厚遇してくれるとは! あの悪魔参謀とは雲泥の差だ」
    「比べちゃ失礼っスよ、あんなのと」
    「違いない、わははは……」
     ひとしきり笑ったところで、二人は屋敷に入った。
    「あら、シュウヤ君。おつかれさま」
     屋敷のエントランスですぐ、アルピナとリスト司令の二人に出会う。
    「どもっス」
    「みんな、彼がさっき言ってたシュウヤ・コウよ」
     リスト司令は自分の周りにいた、元訓練生らしき将校らに秋也を紹介する。
    「へぇー」
    「背、高いですね」
    「でも童顔」
     珍しいものを見るかのように囲まれ、秋也は戸惑う。
    「あ、あの、えーと」
    「その辺にしときなさい、みんな。後でゆっくり話せばいいんだから」
    「はーい」
     将校らから解放されたところで、今度はロガン卿とノヴァに会う。
    「人気者だな、シュウヤ君」
    「はは……」
    「あ、あの」
     ノヴァが秋也の前に立ち、顔を真っ赤にしてぼそぼそとつぶやく。
    「この度は、えっと、あの、本当に、その、ありがとうございます」
    「いえ、そんな。当然のコトをしてただけですから」
    「……シュウヤ君」
     と、ロガン卿が真面目な顔になり、秋也に耳打ちする。
    「君さえ良ければどうだね? 娘と交際しても構わんが……」
    「え、ちょ」
     秋也は目を白黒させながら、やんわりとはぐらかした。
    「オレはまだ修行中の身ですし、そんな、その、まだ早いって言うか」
    「……ふ、はははは……」
     秋也の慌てる様を見たロガン卿は、また表情を崩す。
    「まあ、交際云々は冗談としても、仲良くはしてやってくれ」
    「あ、はい、それは勿論」
     小さくぺこ、と頭を下げたところで、秋也は背中をトントンと叩かれた。
    「シュウヤくんだよね? 来てたんだ」
    「え?」
     振り返ると、そこにはリスト寄宿舎で出会った猫獣人、ベルが立っていた。
    「あ、ベルちゃん。君も来てたんだ」
    「来てたんだって言うか」
     ベルは呆れた顔をし、続いて合点が行ったような表情になる。
    「ああ、そっか。話の途中でパパに呼ばれたんだっけ」
    「へ?」
     そこで、ハーミット卿の声が居間から聞こえてくる。
    「皆様、ようこそお集まりいただきました。ただいまより、フィッボ・モダス皇帝陛下の御来訪を祝しまして、ささやかながら祝宴を催させていただきます」
     ベルは秋也の手を引き、居間に連れていく。
    「あれがパパとママ」
    「アレ? ……アレ!?」
     ベルが示した先には、居間の中央で杯を掲げるハーミット卿と、その傍らに杖を突いて立つ、ベルよりも深い色の緑髪に黒い毛並みの、猫獣人の女性がいた。
    「名前もちゃんと教えて無かったよね。あたし、ベル・ハーミット。ここはあたしん家なの」
    「そ、そっか」
     意外な事実を聞き、秋也は驚くしかなかった。

     パーティには30人ほどが集まり、各々心行くまで楽しんだ。
     ちなみにフィッボが亡命したことは既に、周知の事実となっている。これはハーミット卿の政治戦略でもあり、「現在のグリスロージュは誤った方向に進んでいる。国際的に制裁を加えるべきだ」とするプラティノアールの主張の一環として、フィッボ亡命を国内外に喧伝しているのだ。
    (そりゃ王様やら皇帝が逃げ出すような国なんて聞いたら、相当ひどい国なんだってみんな思うだろうしな)
     そして秋也はそのフィッボ亡命を手助けし、さらにアルト一味の計画を露見させるきっかけを持ってきた、この事件にとっての重要人物である。
     秋也はパーティの第二の主役として、引っ張りだこになっていた。
    白猫夢・黒宰抄 6
    »»  2012.09.15.
    麒麟を巡る話、第98話。
    自分はどこに?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     パーティも終わり、秋也はベルと共に、リスト寄宿舎への帰路を歩いていた。
    「人気者だったねー、シュウヤくん」
    「参ったよ、マジで」
     暦は既に12月に入っており、街にはうっすらと靄(もや)がかかっている。
    「はー」
     ベルがマフラー越しに、ふーっと息を吐く。
    「今日はすごく寒いよね。息、真っ白」
    「だなぁ。……ぷっ、ふふ」
    「どしたの?」
    「耳」
     ベルの猫耳は寒さのためか、耳当てを付けていてもなお、プルプルと震えている。ベルは顔を赤くして、両耳を手でぽふっと押さえる。
    「ああん、もお! ……シュウヤくんだってプルプルじゃない」
    「へへ……」
     同じ猫獣人だからか、二人は妙に馬が合った。
    「そう言やさ、ベルちゃん」
    「ん?」
    「親父さん、すごく偉くて賢いのに、なんで寄宿舎に?」
    「どう言う意味?」
    「いや、ベルちゃんもそう言う方に進まないのかなって」
    「あー」
     ベルは肩をすくめ、こう返す。
    「あたし、目以外はママ似だから。
     大臣やれるほど頭良くないし、それに魔力高かったのと運動神経いいのと、目がすごくいいから、士官候補ってことでリストさんのところに行ってるの」
    「そうなんだ。……目以外って?」
    「ママ、目が悪いのよ。若い時に病気したんだって。
     でも魔力はすごく高くて、昔は魔術兵だったらしいわ。どこかの将軍だったみたいなことも言ってたけど、それは多分ウソかも。
     リストさんだって将軍級になったの30代の時なのに、ママの話が本当だと、10代終わりくらいで将軍やってたことになるもん。流石にウソだよ、そんなの」
    「ふーん……?」
    「ねえ、シュウヤくん。あたしばっかり話してて、ちょっと疲れちゃった。君の話、してくれない?」
     そう問われ、秋也は考え込む。
    「えー、……と。そうだなぁ、じゃあ、オレの母さんの」「じゃなくて」
     ベルはぎゅっと、秋也の手を握る。
    「君の、お話」
    「ぅえ? えー、えーと、うーん」
    「例えばさ、夢とかある?」
     ベルに助け船を出され、秋也はぽつぽつと答える。
    「一応、ある。母さんみたいなすごい剣士になりたいなって」
    「お母さん、ねぇ」
     ベルはビシ、と秋也の鼻に指を置く。
    「君、もしかしてマザコンさん?」
    「ふぇ?」
    「お母さんの話ばっかりじゃない。そんなんじゃ君、一生お母さんの影に悩むことになるんじゃない?」
    「……それは、……確かに」
     秋也の脳裏に、焔流の免許皆伝試験で見た、若い頃の晴奈の姿が浮かぶ。
    (ベルちゃんの言う通りだよな。オレの人生、何かにつけて母さんが関わってくる)
    「ねえ、シュウヤくん。君、しばらくこっちにいるんだよね?」
     ベルにそう確認され、秋也はうなずく。
    「ああ。1ヶ月か、2ヶ月くらいは」
    「もっと居といた方がいいんじゃないかなって、あたし思うんだけど」
    「え?」
    「気分の切り替えよ、切り替え! ここにお母さんはいないんだし、シュウヤくんは『英雄セイナの息子』じゃなくて『シュウヤくん』として、自分づくりしてみたらどう?
     なんなら、半年くらいさ」
    「いや、そんなに長居したら流石にチェスターさんも……」
    「別にいいと思うわよ。大抵部屋、空いてるし。あたしからお願いしてみる」
    「え、いや、でも君にそんなの頼むなんて」
    「じゃ、明日二人で頼みに行こ? ね、決定!」
    「えー……」
     そしてベルはにこっと笑い、こう続けた。
    「だってあたし、シュウヤくんともっともっと仲良くなりたいし」
    「えっ?」
    「あ、もう着いちゃった」
     ベルはたた……、と駆け出し、秋也に手を振る。
    「あー寒かった! 早く入ろ、シュウヤくん!」
    「おっ、おう」
     秋也は慌てて、ベルに付いて行った。



     その夜――。
    《や、シュウヤ。久しぶり》
     あの白猫の夢を、秋也は見た。
    「またアンタか……。今度は何の用だ?」
    《なに、簡単なコトさ。第二段階終了ってコトを、キミに確認させたくってね》
    「第二段階だと? まだ何かやれって言うのか?」
    《ああ。皇帝亡命事件でキミは、とても大きな信用を得た。その国の、実質上の最高権力者からもね。
     ソレが一番、重要だったんだ》
    「最高権力者……? ハーミットさんのコトか?」
    《そう、ソレだ。彼に悠々と近付ける。ソレが最も重要だったんだ。キミは良くやったよ》
    「ハーミットさんと仲良くなれ、ってコトか?」
     と、そう尋ねた途端、白猫の顔に険が浮かぶ。
    《ダレがそんなコトしろって言った?》
    「えっ?」
    《違うよ、まるで違う! そうじゃない! そんなコトされてたまるもんか!
     ボクが頼みたいのはだよ、シュウヤ》
     白猫は表情を変える。
     それは悪辣そのものの、残酷じみたものを感じさせる笑みだった。
    《殺してほしいのさ、彼を》

    白猫夢・黒宰抄 終
    白猫夢・黒宰抄 7
    »»  2012.09.16.

    麒麟の話、第2話。
    夢世界の預言者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     戦いに敗れ、ボクは封印された。

     何故タイカさんは殺さなかったのか? 彼は何も言わなかったが、理由は大体分かってる。
     魔力が欲しかったからだ。ボクの、彼を凌駕するほどの、膨大な魔力が。
     事実、ボクがその中に封じられた超々巨大魔法陣――「システム」は、ボクの体を核として魔力を集め、そしてタイカさんの元へ送っていた。
     そしてそれが、「黒い悪魔」の不死身伝説につながったワケだ。
     どれだけ滅茶苦茶に攻撃を受けても、何事も無かったかのように復活、回復できるだけの魔術と、その起動を可能にする量の魔力が、いつでも送られてるワケだし。
     死ぬワケが無いんだ。

     と言っても。
     その「システム」も万全じゃないらしかった。
     あまりに重篤なダメージを受けてしまうと、魔力供給が追っつかないらしい。
     その一例が、黒白戦争時代――実際に中央で戦争したのと、その前後の何やかやあった時代のコトだ――タイカさんがナンクンの人形に仕掛けられた罠にかかり、「バニッシャー」でどてっ腹をブチ抜かれた時だ。
     アレは本気でヤバかったんだろう。やむなくタイカさんは、「システム」の維持に使っていた魔力の一部を自分に回した。
     ソレでその場は切り抜けられたんだけど、……その代わりに、彼にとっては面白くないコトになったワケだ。
    「システム」の維持が1ランク下がり、そのために、ボクの意識だけがよみがえった。



     目覚めたところで、ボクはある人に出会った。
     その人は、面白いコトをしていた。
     自分の子孫に色々と助言を与え、導こうとしていたんだ。いわゆる霊夢(れいむ)――有益なコトを伝えてくれる、いい夢――を見させているつもりらしかった。
     彼女は幽霊だった。とっくの昔に体は死んでしまっていたけど、元々かなり腕のいい魔術師で、彼女のお師匠からその方法を教わったらしく、その魂は死後も健在なまま。
     それはボクも、ある意味で同じだった。体は死んだも同然――厳密に言えば死んでないけど、動けないし動かせないんじゃ、死んでるのと同じだろ――だけど、その心、魂は自由に動ける。
     ボクと彼女は、すぐに意気投合した。
     ボクも彼女と同じように、人の夢に出て、色々助言をしたくなったんだ。



     でも、勘違いしないでほしい。
     ボクはボクのために、霊夢を見させているんだ。

    白猫夢・麒麟抄 2

    2012.07.22.[Edit]
    麒麟の話、第2話。夢世界の預言者。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 戦いに敗れ、ボクは封印された。 何故タイカさんは殺さなかったのか? 彼は何も言わなかったが、理由は大体分かってる。 魔力が欲しかったからだ。ボクの、彼を凌駕するほどの、膨大な魔力が。 事実、ボクがその中に封じられた超々巨大魔法陣――「システム」は、ボクの体を核として魔力を集め、そしてタイカさんの元へ送っていた。 そしてそれ...

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    麒麟を巡る話、第51話。
    白猫との出会い。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    《く、ふふっ》
     目の前に立つ白い「猫」は、秋也を見て笑っている。
    「なっ、……誰だ、あんた!?」
     慌てて飛び起きる秋也に、「猫」はさらに笑い転げる。
    《くふっ、くふ、くふふ……。いや、いや。そんなに慌てなくていいよ、シュウヤ》
    「あ……? オレを、知ってるのか?」
    《ああ、知ってるよ。四ヶ月、テンコちゃんのトコで頑張ってたコトも、一度は試験に落ちたけど、ちゃんと合格できたってコトもね》
    「……?」
     得体の知れない相手に、秋也は一歩退いて警戒する。
    《そんなに怪しがらなくてもいいんだってば。
     ボクはね、シュウヤ。キミにいいコトを教えるために来たんだよ》
    「なんだって?」
     猫獣人はクスクス笑いながら近寄り、秋也の鼻先へピンと、人差し指を差して見せた。
    《キミを英雄にしてあげる》
    「英雄? ……だと?」
    《そう、英雄。キミのお母さんのような、世界に名を轟かせる、そんな英雄に》
    「……ワケ分かんね」
     秋也はこれが夢なのだろうと、うっすらとではあるが感じていた。
    「頬でもつねるか。こんなワケ分からん夢、見てても面白くないし」
    《えい》
     と、それを聞いた「猫」の方から、秋也の猫耳をぎりぎりとつねってきた。
    「あいでででででっ、やめっ、やめろっ!」
    《どう? 目、覚めるかい?》
    「……ぐっ」
    「猫」から手を離され、秋也はじんじんと痛む猫耳をさすっていたが、一向に夢から覚める様子は無い。
    《ボクの見せる夢は、コレくらいじゃ覚めないのさ。
     さあ、シュウヤ。真面目にボクの話をお聞き。キミにとってすごく耳寄りな、いい話なんだからね》
    「……分かったよ」
     秋也は諦め、その場に座り込んだ。
    「その前にさ、ちょっと聞きたいんだけど」
    《何をかな?》
    「あんた、名前は何て言うんだ? オレの名前を呼ばれるばっかりじゃ、不公平だろ? そっちも教えてくれるのが筋じゃないのか?」
    《分かってないなぁ、シュウヤ》
     秋也の問いに、「猫」はやれやれと言いたげに肩をすくめ、首を振って見せた。
    《キミはボクに対して、何もできない。この時点で公平じゃ、無いよね? まさかボクがキミの言うコト、聞くとでも?》
    「な……」
    《相手によっちゃ公平に接してくれるだろうけど、残念ながらボクは公平主義がキライなんだ。
     だからさ、シュウヤ。ボクはキミにアレコレ言って聞かせるけど、キミが何か言ったって、ボクが全うに、当然至極に答えるだなんて、思わないでよ?》
    「……」
     話の通じない相手と悟り、秋也は口をつぐむしかなかった。
     秋也が黙り込んだところで、「猫」は話を続けた。
    《まあ、ボクについては呼びたいように呼べばいい。白猫とでも、銀猫とでもさ。
     ソレよりも本題だけど、キミ、コレから予定はある? 西方に行って、何かしようって思ってる?》
    「いや……、特には、何も」
     まだ憮然とするものを感じてはいたが、秋也はとりあえず話に応じた。
    《そりゃいい。なら尚更、ボクの言うコトに従った方がいい。
     キミが到着する港は西方の玄関口、ブリックロードってトコなんだけど、ソコである仕事をやってくれるヤツを募集してるんだ》
    「ある仕事?」
    《簡単に言えば、運び屋さ。そいつらに声をかけて、ソレに付いていくんだ。
     ま、最初は断られるだろうけどね。でも諦めず、『自分を使ってほしい』って頼み込むんだ》
    「なんで? オレがなんでそんなコト、しなきゃならないんだ?」
     当然湧いた、秋也のその疑問に対し、白猫はフン、と鼻を鳴らした。
    《二度も言わせるなよ、シュウヤ。ボクがキミの質問に答える義務も、キミが質問する権利も、ボクは認めないよ。
     とにかくやるんだ、シュウヤ。分かった?》
    「いや、そんなムチャクチャな話……」《わ、か、っ、た!? そう聞いてるんだよ、ボクが!》
     あまりにも剣呑で、かつ、有無を言わせないその剣幕に、秋也はうなずくしかなかった。
    「……分かったよ。やるだけやるよ、やれって言うなら」
    《よろしい。
     ではいい旅を、シュウヤ》
    白猫がそう言った瞬間、秋也の意識は途切れ――。

    「……ん、がっ?」
     船室のベッドから、転がり落ちていた。

    白猫夢・起点抄 1

    2012.07.23.[Edit]
    麒麟を巡る話、第51話。白猫との出会い。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.《く、ふふっ》 目の前に立つ白い「猫」は、秋也を見て笑っている。「なっ、……誰だ、あんた!?」 慌てて飛び起きる秋也に、「猫」はさらに笑い転げる。《くふっ、くふ、くふふ……。いや、いや。そんなに慌てなくていいよ、シュウヤ》「あ……? オレを、知ってるのか?」《ああ、知ってるよ。四ヶ月、テンコちゃんのトコで頑張ってたコトも、...

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    麒麟を巡る話、第52話。
    煉瓦造りの港町。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     秋也を乗せて央南、黄海の街を発った船は、それから一ヶ月ほどで西方の玄関口と言われる港町、ブリックロードに到着した。

    「なんか……、潮の香りに混じって……」
     港に降り立った秋也の鼻が、海の雰囲気ともう一つ、土の焼ける匂いを感じ取る。
    「……ああ、だから『ブリックロード(煉瓦道)』か」
     辺りを軽く見まわし、秋也はその匂いの正体と、街の名前の由来に気付いた。
     各所に煉瓦で作られた建築物が立ち並び、また、港を行き交う積荷やコンテナにも、煉瓦が山積みになっている。
     さらに港から街に向かう道のあちこちに、もうもうと煙を吐き出す煉瓦工場が立ち並んでおり、秋也の歩いているその道にまでも、煉瓦が敷き詰められている。
     どこを見渡しても、赤褐色の無い場所は無かった。
    「煉瓦の一大産地なんだな」
     秋也は一休みしようと、これまた煉瓦がびっしりと並べられた広場の一角にある椅子に――勿論、煉瓦造りである――座り込む。
    「流石に食べ物まで煉瓦、……なんてあるワケないか」
     そんな風に冗談を一人、こぼしていると――。
    「あるぜ」
    「えっ」
     横に座り込んだ茶色い耳の、赤毛の兎獣人が――その色合いは、まさに煉瓦である――ニヤリと笑って応じてきた。
     ちなみに西方は、人口の九割以上が兎獣人で構成されている。秋也のような猫獣人や、中央大陸では平均的に分布して見られる短耳・長耳も、ここでは少数派である。
    「ほら、あの炉端焼き」
    「え? アレ? ……マジで煉瓦、食ってんのか?」
     尋ねた秋也に、兎獣人はゲラゲラと笑い転げる。
    「いや、いや、俺の央中語のヒアリングが悪かったな、ごめんごめん。
     煉瓦を食うんじゃなくて、熱した煉瓦の上で焼いたのを食ってるんだ。鉄板焼きならぬ煉瓦焼きだな」
    「ああ、そっか、そうだよな。……ビックリしたぜ」
    「ところでお兄ちゃん、旅の人かい? ここいらにゃいない耳と顔をしてるが」
     気さくに尋ねてきた兎獣人に、秋也も笑って返す。
    「ああ、そうなんだ。まだこっちに着いたばかりで、あんまり西方語も良く解ってないんだけど……」
    「簡単さ。ちょっと気取ってしゃべってりゃ、そのうちペラペラさ」
     そう言いながらポーズを取って見せる兎獣人に、秋也はクスクスと笑う。
    「はは……、こうかな?」
     秋也も真似して、ポーズを取ってみる。
    「あはは、そうそう、それそれ」
    「こう?」
    「いや、こう」
    「こうか」
    「こんな風に」
    「こうっ」
    「それそれ、ぎゃははは……」
    「あはははは……」
     基本的にのんきな秋也は、兎獣人と一緒に笑い転げていた。



     ひとしきり笑ったところで兎獣人と別れた秋也は、白猫に会った夢のことを思い出していた。
    (運び屋、……ねぇ)
     それらしいものが無いかあちこち見て回るが、一向に見付からない。
     そこで秋也は、天狐から教わった「類推思考」に頼ってみることにした。
    (運び屋ってコトだから、当然、モノを運ぶワケだ。港町、……いや、煉瓦造りの街から運ぶモノって言えば、やっぱり煉瓦なワケで。
     逆に言えば、煉瓦を運んでるヤツの中に、いわゆる『運び屋』関係もいるんじゃねーかな……?)
     そう考え、秋也は港に戻ろうとした。
     と――まさにその、港の方角から、煉瓦を積んだ荷車がやって来る。そして荷車はそのまま、秋也の横を通り過ぎて行った。
    「……付いて行ってみるかな」
     秋也はゴトゴトと音を立て、往来を突っ切っていく荷車の後を追いかけることにした。
     荷車は街のあちこちで止まり、その都度街の者と会話を交わし、煉瓦を売っている。どうやら普通の周り売りらしい。
    (ありゃ、ハズレかな)
     そう思いつつも、他に当ても無いため、秋也は後を追いかける。
     すると積荷が半分になった辺りで、いかつい姿の短耳二人が煉瓦売りに近付いてきた。

    「おい、そこの」
     黒髪の、中年手前くらいの短耳が、やや横柄な態度で煉瓦売りを呼び止める。
    「へえ、なんでやしょ」
    「その煉瓦、いくらだ?」
     と、今度は頭を丸めた方の、相方よりは大分賢そうな、壮年の短耳が尋ねる。
    「キロ売りで、25キューです」
    「後、どれくらい残っている?」
    「ええと……、大体、50個くらいは」
    「他には無いのか?」
    「倉庫にはあと、300個か、もうちょっとはありやすよ」
    「あるだけ買う。いくらになる?」
    「あるだけ? え、本当に?」
    「我々が嘘を付くと言うのか!」
     憤慨する黒髪に、煉瓦売りは「ひゃ」と短い悲鳴を上げ、兎耳を震わせる。
    「こら、威嚇するな。……いや、失敬、失敬。
     我々の国で建築のため、少しばかり大量に買い付けを命じられてな。少なくとも1000個以上、できるようなら買えるだけ買い付けてくるようにと仰せつかっていてな」
    「はあ……、なるほど。えーと、じゃあ、わしの知り合いにも頼んで、煉瓦をご用意させていただきますですが、どうでやしょ?」
    「うむ、助かる。では今から頼めるか?」
    「はい、喜んで! あ、どこに運びやしょ?」
    「街外れに、我々の仲間が集まっているところがある。『シャルル・ロガンから託った』と言えば応じてくれる」
    「はい、承りました! じゃ、早速!」
     そう言うなり煉瓦売りは、ゴトゴトと荷車を引っ張って走り去っていった。

    白猫夢・起点抄 2

    2012.07.24.[Edit]
    麒麟を巡る話、第52話。煉瓦造りの港町。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 秋也を乗せて央南、黄海の街を発った船は、それから一ヶ月ほどで西方の玄関口と言われる港町、ブリックロードに到着した。「なんか……、潮の香りに混じって……」 港に降り立った秋也の鼻が、海の雰囲気ともう一つ、土の焼ける匂いを感じ取る。「……ああ、だから『ブリックロード(煉瓦道)』か」 辺りを軽く見まわし、秋也はその匂いの正体と...

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    麒麟を巡る話、第53話。
    真面目将軍とワイン漬けマスター。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「あんなじいさんに頼んで本当に大丈夫でしょうか、閣下?」
     煉瓦売りが見えなくなったところで、黒髪の方の短耳がそうこぼす。
    「心配あるまい。私が見たところ、質は悪くなさそうだった。仮にあの翁とそのツテから1000個集められるとして、2万5千くらいとなれば予算よりは大分安く上がる。
     他の班もそろそろ、買い付けを終えるところだろう。後は帝国に、確実に運ぶ方法を考えるだけだ」
    (帝国?)
     隠れて様子を伺っていた秋也は、その穏やかならぬ単語を聞き、猫耳をピク、と揺らす。
    「それなら先程、それ関係を請け負う奴らがたむろする場所を見つけています。多少柄は悪いようですが、如何せん、あの街道を突破することを考えれば……」
    「多少気の荒い方が集まった方が乗り切れるやも、か。
     よし、そこに向かうとしよう。案内を頼む、サンデル」
    「御意」
     二人は並んで、その場を後にする。
     秋也もこっそり、二人の後を付いて行くことにした。

     シャルル・ロガンと名乗っていた短耳、そしてサンデルと呼ばれていた短耳二人は、寂れた裏通りに入る。
    「ここか?」
    「情報によれば」
     二人は店の看板が半分朽ちた酒場の前で立ち止まり、中を覗き込む。
    「……ふむ」
     どうやら誰かがいたらしく、そのまま二人は中に入った。
     秋也も店の入り口にそっと立ち、中の様子を覗き見る。
    「失礼。私はグリスロージュ帝国の将軍、シャルル・ロガンと言う者だ。貴君らに頼みたいことがあって参った次第である」
    「あ~……?」
     いかにも場末の酒場に似合いそうな、酒に浸かったならず者たちが、ふらふらと顔を上げる。
    「貴君らには、帝国までの荷運びをやってもらいたい。報酬は弾むが、請け負ってくれるか?」
    「グリスロージュ帝国、ってぇ、……あの……、西方三国を喰ってるって言う……」
     誰かがつぶやいたその言葉に、ロガン卿は小さくうなずく。
    「如何にも。我々側の言葉で言えば、その三国を平和裏に統合、統一せんとする正統なる国家である。
     それ故、我が国は今まさに飛ぶ鳥を落とす勢い、日に日に勢力圏を拡大しつつある強大な国家であり、その分報酬の払いも非常に良いものであることを約束する」
    「……ちょっとぉ、……聞くっけどさぁ~」
     カウンターに突っ伏していた、白毛に銀のピアスをごてごてと付けた、あまり真っ当な生き方をしていなさそうな店主らしき兎獣人が、のろのろと真っ赤な顔を上げる。
    「陸路で行く気かぃ~……? それともぉ……、海路でかぃ~……?」
    「……陸路の予定だ」
    「あはぁ、やっぱりなぁ~……」
     それを聞いた店主は、ゲラゲラと笑い出した。
    「いひ、ひっひっひ……、最近の帝国さんはよぉ~……、とてもじゃないがぁ~……、船なんか出せやぁしないもんなぁ~……」
    「我々を愚弄するかっ!」
     サンデルが猛るが、ロガン卿はそれを無言で手を払い、制する。
    「耳が痛い限りであるな。その様子であれば、我々の窮状も察していただけよう」
    「おう、おう、おぅ~……」
     店主は兎耳をふらふらと揺らしながらうなずき、こう返す。
    「なんだっけぇ~……、あの、あれ、あれだ、……あ~、プラティノアール王国からのよぉ~……、海上封鎖をまともに受けちまってよぉ~……、物資供給が全っ然できないってよぉ~……、うわさになってるよなぁ~……」
    「その通りだ。それ故、陸路での物資運搬が現在、我々の生命線となっているのだ。
     ここからが依頼内容となるのだが、よろしいか?」
    「よろしい、よろしいよぉ~」
     店主はこくり、こくりと、うたた寝をするかのようにうなずく。
    「……本当によろしいか?」
    「よろしくともぉ~」
     ロガン卿は苦い顔をし、一瞬黙り込んだが、やがて口を開いた。
    「現在、我々は軍事物資をブリックロード他、このマチェレ王国各所より買い付け、集積しているところだ。
     その軍事物資を我々の帝国、グリスロージュの首都、カプラスランドまで運搬してほしい」
    「はぁ~……、なるほどねぇ~……」
     そう応じてはきたが、店主は半分ほど酒の残った瓶を撫でるばかりで、それ以上答えない。
     たまりかねたらしく、サンデルが声を荒げてきた。
    「どうなんだ!? やるのか、やらないのか!?」
    「……もういっこぉ、……聞くっけどよぉ~」
     と、店主は瓶に残っていた酒を呷りながら質問する。
    「このマチェレ王国からよぉ~……、将軍さんらのグリスロージュ帝国までよぉ~……、行くってぇなるとよぉ~……。
     途中で絶対にさぁ~……、あの、あれだ、あそこ、あの街道をよぉ~……、通らなくちゃならないよねぇ~……?」
    「……っ」
    「やっぱりだねぇ~……」
     店主はふらふらとした足取りで立ち上がり、壁に貼ってある地図をへろへろと指差した。
    「西方三国だった時代からさぁ~……、この北の方の山はよぉ~……、険しすぎて荷物なんか運べないしよぉ~……、となると道って言やぁ、このぉ~……」
     そして店主が指差した地名を見た二人は、揃って顔をしかめた。
    「プラティノアール王国の領地を横断してるよぉ~……、『ブリック―マーブル街道』をさぁ~……、突っ切っていかなきゃならなくなるよねぇ~……」

    白猫夢・起点抄 3

    2012.07.25.[Edit]
    麒麟を巡る話、第53話。真面目将軍とワイン漬けマスター。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「あんなじいさんに頼んで本当に大丈夫でしょうか、閣下?」 煉瓦売りが見えなくなったところで、黒髪の方の短耳がそうこぼす。「心配あるまい。私が見たところ、質は悪くなさそうだった。仮にあの翁とそのツテから1000個集められるとして、2万5千くらいとなれば予算よりは大分安く上がる。 他の班もそろそろ、買い付...

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    麒麟を巡る話、第54話。
    危険な荷運び。

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    4.
     店主の指摘に、ロガン卿もサンデルも苦い顔をして黙り込む。
    「おやあ~……? まさかあんた方よぉ~……、しれーっとそれ、黙って依頼しようなんてぇ~……、思ってたりしたのかなぁ~……?」
    「い、いや、それは……」
     取り繕おうとするサンデルを制し、ロガン卿が弁解する。
    「貴君の言う通り、確かに我々はあえてその件に触れなかった。
     と言うのも、道と事情に詳しい貴君らであればそのルートには触れず、別のルートを紹介してくれるのではないかと期待したからだ」
    「モノは言いようだねぇ~……」
    「しかし残念ながら、貴君らもブリック―マーブル街道以外のルートは存じておらんようだな」
    「そりゃあまあ、ねぇ~……。我々は自由と平和と煉瓦の焼ける香りと、ちょっとばかしのお金とワインをこよなく愛する、健全なマチェレ国民だもんなぁ~……」
    「堕落と言うのだ、それは!」
     サンデルが猛るが、店主は意に介さない。
    「そりゃあまあ、毎日戦争でお忙しい帝国民さんらにとっちゃあよぉ~……、俺たちの暮らしはそりゃもう、怠惰なもんだと思うんだろうけれっどもよぉ~……。
     しかしだよ、薬缶みたいな髪形のお兄さんよぉ~……。毎日酒が飲めて、毎日働こうと思えば働き口がいくらでもある、こーんないい街によぉ~……、そんなキナ臭くて堅っ苦しい主義主張なんぞ、持ち込むのが野暮ってもんだろぉ~……?」
    「ふざけるなッ、誰が薬缶だ、誰が!」
     今にも頭から湯気を噴き出しそうなサンデルを、ロガン卿がたしなめる。
    「その辺にしておけ。我々は国民性の是非を討議しに来たわけでは無いのだ。
     話を戻すが、やはりブリック―マーブルを通るしか無いわけだな」
    「そうなるねぇ~……」
    「では、不可能だろうか? 街道を通り、かつ、軍事物資を帝国に届ける、と言う計画を実行するのは」
    「難しいねぇ~……。なにせプラティノアール王国じゃ、あっちこっちに兵隊さんらが網を張ってるもんねぇ~……。何が何でも帝国さんをとっちめてやろうってお国だしさぁ~……、間違いなく襲われるねぇ~……」
    「そうか……。分かった、邪魔したな」
     そう言って、ロガン卿は酒場を去ろうとした。
     が――。
    「ああ、ちょっと待ちなぁ~……、ロガンの旦那さんよぉ~……」
    「うん?」
    「難しいって言ったが、無理とは言ってないよぉ~……」
    「ほう」
     返しかけた踵を戻し、ロガン卿は詳しく尋ねる。
    「何か策があるのか?」
    「まあ、100%襲われるってのから、50%くらいにはできるかなってのがねぇ~……」
    「と言うと?」
    「簡単だよ、囮を使うのさぁ~……」
    「確かに偽の荷車を用意し二手に分かれれば、物資を取られる危険は半分になるのが道理だ。だが相手の軍勢もそう、少なくない。両方を襲われることもあるではないか」
    「そうだろうねぇ~……。一つ拿捕して、その後でもう一つ、似たような奴らを見つけたら、拿捕しようって思うだろうねぇ~……」
    「なんだ、馬鹿馬鹿しい!」
     吐き捨てるようにそう言ったサンデルに、店主がにやあっと笑いかける。
    「でもさぁ~……、二つ拿捕して、王国軍さんがそいつらを連行したらさぁ~……、街道はガラ空きになるんじゃないかなぁ~……?
     いくらなんでも怪しいのが一個、二個通り過ぎた後、さらにもう一個来るなんてよぉ~……、思いもしないんじゃないかなぁ~……」
    「なるほど。二重に囮を仕掛け、それに手を取られた隙を突き、本命を行かせるわけだな。
     となると、大分人手が必要になりそうだが……」
    「50人は用意できるよぉ~……。一人当たり、一日2600キューでぇ~……、危険手当と死亡補償としてぇ~……、それぞれ20000、80000でぇ~……、どうかなぁ~……?」
    「……手当に関しては、その額で構わん。しかしカプラスランドまでは、早くとも2週間を要する道のりとなる。50人雇うとなれば、総額200万キュー近くになってしまう。もう少し、安くはなるまいか?」
    「嫌って言うなら、ウチは手を引かしてもらうよぉ~……。
     ウチだって抱えてる人材にさぁ~……、もしものことがあったら困るんだからさぁ~……。支払いはちゃんとしてもらわないとねぇ~……」
     店主の要求に、ロガン卿はしばらく渋い顔を向けていたが、やがて折れた。
    「……分かった。その額で頼もう」
    「毎度ありぃ~……」

    白猫夢・起点抄 4

    2012.07.26.[Edit]
    麒麟を巡る話、第54話。危険な荷運び。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 店主の指摘に、ロガン卿もサンデルも苦い顔をして黙り込む。「おやあ~……? まさかあんた方よぉ~……、しれーっとそれ、黙って依頼しようなんてぇ~……、思ってたりしたのかなぁ~……?」「い、いや、それは……」 取り繕おうとするサンデルを制し、ロガン卿が弁解する。「貴君の言う通り、確かに我々はあえてその件に触れなかった。 と言うのも...

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    麒麟を巡る話、第55話。
    破落戸バー。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ロガン卿らが酒場を出て行ってすぐ、秋也はその店に飛び込んだ。
    「すまない、失礼するぜ!」
    「あ~……?」
     カウンターに突っ伏す寸前だった店主が、のろのろと顔を上げる。
    「なんだ、今日は客の多い日だなぁ~……?」
    「客って言うか、何ていうか、ええと、……まあ、いいや。
     おっちゃん、さっき仕事受けたよな?」
    「あ~……、受けたけども、それがどうしたぁ~……?」
    「オレ、その仕事に雇ってくれないか?」
    「はぁ~……?」
     頼み込んできた秋也の顔を見て、店主は黙り込んだ。
    「……」
    「な、頼むよ。ほら、なんだ、その、金に困って……」「ないよねぇ~……」
     店主は棚から新しい酒瓶を出し、栓を抜きながらこう返す。
    「お兄ちゃん、身なりが綺麗すぎるよぉ~……。金に困ってたら、そんな格好してないよぉ~……」
    「あ、じゃあ、その、この国の仕事に触れてみて、見聞をさ」「ないよねぇ~……」
     と、この方便も嘘だと看破される。
    「お兄ちゃん、どう見ても真っ当なタイプの人だよねぇ~……。そんな真面目くんがさぁ~……、わざわざこーんな裏通りの小汚い店に入ってさぁ~……、見聞深めたいなんて話、ないよぉ~……」
    「えーと、じゃあ、……えー」
    「帰った方がいいよぉ~……。今ならさぁ~……、そのかばんくらいで許してあげるからさぁ~……」
    「……なんだって?」
     秋也の問いに店主が答える代わりに、店のあちこちから小汚い兎獣人たちが数名、割れた酒瓶や短刀を手にして現れた。
    「君が悪いんだよぉ~……? こーんな店に、一人で入って来るなんてさぁ~……」
     店主はそう言うなり、空になっていた酒瓶を、秋也目がけて投げ付けてきた。
    「わ、っと!?」
     飛んできた酒瓶をすれすれでかわすと同時に、近くまで迫っていた兎獣人2人が短刀を腰だめに構え、秋也の胴を狙ってくる。
    「ひひひ、金だ金だぁ~!」
    「金が自分から飛び込んできやがった、へへへへ……!」
     が、秋也は肩にかけていたかばんをぐるんと振り回し、片方の兎獣人の顔に叩き付ける。
    「ふえっ!?」
    「だーれが……、こんなところでやられるかってんだ!」
     動きの止まった兎獣人の足を、秋也はぱしっと乾いた音を立てて蹴り払う。
    「おわあ!?」
     倒れこんだ兎獣人を飛び越し、もう一人の方にもかばんを叩き付け、続いて平手を胸に入れる。
    「ぬへっ!?」
     べちんと痛々しげな音と共に、兎獣人は床に倒れ込む。
     その間に、新たな兎獣人が3名、秋也に向かってくるが――。
    「うらあっ! ……て、あれ?」「こっちだよ、マヌケ」
     酒瓶を振り下ろした兎獣人のすぐ後ろに回った秋也は、相手の背中を平手で叩く。
    「ほ、ほあー!?」
     兎獣人は酒瓶を落とし、背中を押さえて悶絶する。
     一瞬のうちに倒れた仲間を見て唖然とする残り2人にも、秋也は左と右、それぞれの手で平手を食らわせ、吹っ飛ばした。
    「ふぎゃー!?」「いてえー!?」
     あっと言う間に5人が倒され、赤ら顔の店主も目を丸くする。
    「な、なんちゅう早業だぁ」
    「どうだ? もう他にはいないのか?」
    「……う、うーん。残念だけどもぉ、……いないんだよね」
     もごもごとつぶやきながら、店主はそろそろと屈み、カウンターの下に隠れようとしている。
     と、膝立ちになった辺りで突然、本物の兎のようにぴょんと飛び跳ねた。
    「……と思ったら来た! アルト来た! これで勝てる! やっちゃって、アルト!」
    「は?」
     いつの間にか入り口に立っていた赤毛の兎獣人が、怪訝な顔を向けてくる。
    「あれ、あんた……?」
     秋也が問いかけるのをさえぎり、店主がわめく。
    「そいつ、うちの奴らをボコボコにしちゃったんだよぉ! 目一杯ブッ飛ばしちゃってぇ~!」
    「つってもなぁ」
     アルトと呼ばれた兎獣人は、困った顔を秋也に向けてきた。
    「さっき一緒に楽しく露店メシ食った奴を殴るなんて、俺の性にゃ合わないぜ。あんただって殴られんの、嫌だろ?」
    「そりゃ、まあ」
     そう答えた秋也に、アルトは肩をすくめた。
    「それより飲むか? 店主はアホだけど仕事はちゃんとする奴だから、酒もうまいぜ」
    「ああ、そっちの方が断然いいよ」
     そう応答し、秋也とアルトは同時に笑った。

    白猫夢・起点抄 5

    2012.07.27.[Edit]
    麒麟を巡る話、第55話。破落戸バー。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. ロガン卿らが酒場を出て行ってすぐ、秋也はその店に飛び込んだ。「すまない、失礼するぜ!」「あ~……?」 カウンターに突っ伏す寸前だった店主が、のろのろと顔を上げる。「なんだ、今日は客の多い日だなぁ~……?」「客って言うか、何ていうか、ええと、……まあ、いいや。 おっちゃん、さっき仕事受けたよな?」「あ~……、受けたけども、それが...

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    麒麟を巡る話、第56話。
    パスポーター・トッド。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「大体、そりゃマスターが悪いんだよ。入ってきた客をいきなり襲う店があるかっつの」
     アルトの叱責に、店主はもごもごと弁解する。
    「いやさぁ、『人を見たら金袋と思え』ってさぁ~、じいちゃんから教わったからねぇ~」
    「捨てっちまえよ、そんな教え」
     二人のやり取りに、秋也は思わず噴き出す。
    「ぷ、くく……」
    「すまないな、本当。こいつ、礼儀と倫理観ってもんがアルコールで蒸発しちまってんだ。だから酔っぱらったまま店に立つし、一見の客をいきなり襲ったりもするし。
     ま、それに慣れさえすりゃ、タダみたいな値段で酒は飲み放題だし、話も色々融通してくれっから。残念ながらあえて美点を無理くり挙げるとすれば、そこだけになるんだけれっども」
    「ひっどいなぁ~」
    「否定できるもんならしてみろよ、まったく。こんな滅茶苦茶な店、世界中でここだけだっつーの」
     そう悪態をついたところで、アルトは話題を変える。
    「っと、それで……、えっと、シュウヤだっけ。
     何でまた、運び屋なんかやりたいんだ? 5対1で圧勝できるような実力があるんなら、他にいくらでも働く口なんかあるだろうに」
    「まあ、その、色々事情がさ」
    「その事情、聞かせてくんねえかな。どうしても教えたくないってんなら、そりゃ、無理には聞かないけどさ」
    「うーん……、信じてもらえるかどうか」
     そう前置きし、秋也は夢の中で白猫に会い、運び屋をやるよう指示されていたことを説明した。
    「……白猫、か。となるとそりゃ、『白猫の夢』ってことなのか?」
    「『白猫の夢』……。そっか、……そうなのかも知れない」



     夢の中に白い猫獣人が現れて預言を与え、この夢を見た者は幸せになれると言ううわさは、この双月暦6世紀頃には既に広く知られており、秋也もこのうわさは何度か耳にしていた。
     ちなみに彼の母、黄晴奈もこの夢を見た一人と言われている。



    「もしそれがマジで『白猫の夢』だってんなら、従わない手は無いだろ」
     そう言うとアルトは、店主にこう提案した。
    「マスター、こいつから運び屋やりたいって言ってんだから、やらせりゃいいだろ」
    「いや、でもさぁ~、西方人じゃないってのはちょっとねぇ~」
    「別に構やしないだろ、依頼人からしたら。仕事やるんなら、それが兎だろうが猫だろうが、問題ないわけだし。
     ま、それにさ。こいつを雇うんなら、俺も一緒に行ってやるぜ?」
     そう言ってアルトは、パチ、とウインクを店主に送る。
    「……あ、え、ホントに?」
     アルトの言葉に、店主は顔をほころばせて見せる。
    「いやいやいや、あんたが来てくれるならそりゃもう、どんな条件だって呑んじゃうよぉ~!
     よし決めた、シュウヤくん、君採用! よろしくちゃん!」
    「なんだよ、よろしくちゃんって……。
     まあいい、とりあえずそう言うことになった。改めて自己紹介させてもらうぜ。
     俺の名前はアルト・トッドレール。何でも屋だ」
    「何でも屋?」
     そう尋ねた秋也に、店主が代わりに答える。
    「西方じゃあ、彼を知らない人なんていないよぉ~。
     パン屋から煉瓦焼き、博打の代打ちから用心棒、果ては弁護士、魔術師まで一通りこなしてみせる、まさに天才!
     彼に頼んだ仕事がこれまで失敗に終わったことなんて、一回も無いんだよぉ~」
    「そりゃ言い過ぎさ、俺だって多少はしくじったりもする」
     そう前置きしつつも、アルトは続いてこう言ってのけた。
    「つっても、ここ数年はヘマやった覚えは無いけれっどもな。俺と一緒にいれば、怖いもんなしだぜ?
     ま、そう言うわけだ。よろしく頼むぜ、シュウヤ」
    「ああ。よろしく、アルト」
     秋也とアルトは酒の入ったグラスを交わし、乾杯した。



     この、西方に来てすぐ就いた、何と言うことの無さそうに感じた仕事が、大変な冒険の起点になるとは――のんきな秋也に、分かるはずも無かった。

    白猫夢・起点抄 終

    白猫夢・起点抄 6

    2012.07.28.[Edit]
    麒麟を巡る話、第56話。パスポーター・トッド。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「大体、そりゃマスターが悪いんだよ。入ってきた客をいきなり襲う店があるかっつの」 アルトの叱責に、店主はもごもごと弁解する。「いやさぁ、『人を見たら金袋と思え』ってさぁ~、じいちゃんから教わったからねぇ~」「捨てっちまえよ、そんな教え」 二人のやり取りに、秋也は思わず噴き出す。「ぷ、くく……」「すまないな、本当。...

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    麒麟を巡る話、第57話。
    西方史のお勉強。

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    1.
     秋也はあのワイン漬けの店主に指示された通りに、アルトと共にブリックロードの郊外へと向かっていた。
    「なあ、アルト」
    「ん?」
     その道中、秋也はいくつかの質問をぶつけてみた。
    「実を言うとオレ、これから会う奴らのコト、隠れて見てたんだ。ワケありそうだなーと思って」
    「ふーん……? それが、何か気になることでも?」
    「ああ。『帝国』の人間だって名乗ってたけど、……正直、いい印象が無いなって。
     オレ、中央の人間だからさ、『帝』を名乗るタイプってあんまり、その、何と言うか、胡散臭いって言うか」
     これを聞いたアルトは、うんうんとうなずいて返した。
    「なるほどな。ま、確かに西方でも『帝国』なんて名乗る輩がまともじゃあないのは、昔っからの通説さぁ。
     確かにいわゆる『双月暦』以前、帝国を名乗るのはちょこちょこいたそうだけれっども、然るにその僭称(せんしょう)は自らを『乱暴者の総大将である』と名乗ってるようなもんだ。
     例えば紀元前1~2世紀頃にゃあフェルミナ帝国なんてのがあったらしいが、歴史書の多くははっきり『愚君の連鎖であった』と評してるし、さらに遡ること100年、紀元前3世紀以前にもトネール帝国なんつうのもあったらしいが、これもまた歴代揃ってバカ殿揃いと言われてる。
     そもそも俺に言わせてもらえば、『中央政府』を打ち立てた天帝なんてのもおバカ一族さ。そりゃま、こっちの皇帝に比べりゃ最初の方だけは多少はいいことしたっぽいが、末期が悲惨に過ぎらぁ。
     最後の皇帝なんかあれやこれや無茶振りしまくった挙句に、部下に逆ギレされて殺されちまったんだろ?」
    「らしいな。詳しくは知らないけど」
    「確か8代目……、オーバル? ……違うな、オーヴェルだっけか。まあいいや、名前なんてどうでも。
     ともかく俺たちからしても、今のこのご時世に『帝国』なんて名乗るような奴らは胡散臭く感じてるのさ。だけれっどもその分、性質はかなり悪そうって評判もある。
     元々、西方の南西には3つの王国があってな。プラティノアール、ロージュマーブル、それからグリサルジャンって王国が、3つだ。この三国、とにかく仲が悪くってな。ちょくちょく戦争したり、しなかったり、と思ったらいつの間にかまたやってたり、ってな具合だったんだけれっども。
     そもそもそんだけ戦争が長続きできて、かつ、長続きさせた理由が、この三国が三国とも、希少な金属の産出地だったってことにある。銀や銅、白金や、最近じゃニッケルなんかの鉱床も見付かったんだが、そんなのがこの三国の北にある山脈を横断する形で、ながーく連なっててな。それを寄越せ、嫌だ、じゃあ奪うぞってんで、ちっとも仲良くなんかしなかったんだ、これが。
     で、希少金属の産地だから金はある。だもんで三国とも金に飽かせて兵隊やら武器やらじゃんじゃん買い込んで戦争しっぱなし、……だったんだけれっども、ここ十数年で事情が大きく変わってきた。それが、『グリスロージュ帝国』って奴さ。
     まずそいつらは一番西にあったグリサルジャン王国を陥落させ、そこで帝国を名乗った。そっからガンガン東に侵攻して、10年くらい前にロージュマーブル王国の領地を全部奪い取り、現在の国名に呼び方を変えた。
     今は隣国となったプラティノアール王国と戦ってる最中らしいんだが、これはどうも、うまく行ってないらしい」
    「ああ、ちょっと聞いたけど、王国側から海上封鎖されてるらしいな」
    「らしいな。その他にも王国側は、他の国と陸続きになってる利点を活かして色々と条約やら条項やらを結んで、帝国を西方の中で村八分にしようとしてるらしいぜ。
     その中心人物である王国の宰相がまた、変わった奴らしくてな……」
     と、そこまで話したところで二人は郊外の、それらしい人間がたむろしている場所に到着した。

    白猫夢・荷運抄 1

    2012.07.30.[Edit]
    麒麟を巡る話、第57話。西方史のお勉強。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 秋也はあのワイン漬けの店主に指示された通りに、アルトと共にブリックロードの郊外へと向かっていた。「なあ、アルト」「ん?」 その道中、秋也はいくつかの質問をぶつけてみた。「実を言うとオレ、これから会う奴らのコト、隠れて見てたんだ。ワケありそうだなーと思って」「ふーん……? それが、何か気になることでも?」「ああ。『帝国...

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    麒麟を巡る話、第58話。
    仁に篤き帝国将軍。

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    2.
     いかにも軍人風の人間が集まっている、その中心に立っている人物に、秋也たちは声をかけた。
    「ロガン卿ですね?」
    「いかにも。貴君らは?」
     ここまで聞いてきた物騒なうわさとは裏腹に、ロガン卿はやんわりとした物腰で応じてきた。
    「『酒跳亭』から派遣されました、シュウヤ・コウと……」
    「アルト・トッドレールです」
     アルトがそう名乗った途端、場がざわめく。
    「トッドレール?」
    「ってあの……」
    「『何でも屋』トッドか?」
     そしてロガン卿の横に立っていたあのジャーヘッド(薬缶刈り)のサンデルが顔色を変え、アルトに歩み寄ってきた。
    「貴君があの『何でも屋』トッドであるか?」
    「で、ありますねぇ」
    「いや、これは会えて重畳と言うもの! 吾輩も評判はかねがね聞いている! その、よければ握手など……」
     そう申し出たサンデルに対し、アルトはぷい、と苦い顔をロガン卿に向けて見せる。
    「おやー、これは私めの勘違いでしたかな」
    「うん?」
    「私ゃ運び屋として呼ばれたと思ってたんですがねぇ? 大スターの舞台俳優として呼ばれたつもりは微塵もありませんで、ちっとばかし衣装を間違えてしまったようだ」
    「……失敬した」
     ロガン卿も苦虫を噛むような顔を見せ、サンデルの頭をはたく。
    「あいてっ」
    「帝国軍人ともあろう者が、浮ついた態度を執るな! まったく、情けない。
     ……本題に入ろう。我々はここ、マチェレ王国より我らがグリスロージュ帝国まで、軍事物資を運搬する予定を立てている。しかし今現在、海路による輸送は諸事情により……」
    「存じております、閣下。陸路でしか行けないと言うことも、その陸路とはブリック―マーブル街道一本しかないと言うことも。
     その先の、詳しい運搬方法をお聞かせ願いたい」
     アルトに急かされ、ロガン卿はもう一度苦い顔をする。
    「……コホン。では、作戦についてだが。
     既に現在、3輌の馬車を帝国に向けて走らせている。勿論これは、囮だ。そしてさらに1輌の囮を走らせ、これを敵には本命と思わせる。
     そして敵の警戒が先の4輌に向けられたところで、本物の本命、即ち我々の馬車を送る。首尾よく行けば、これで軍事物資を帝国首都まで無事、運搬できるであろう」
    「あの、質問いいですか?」
     と、ここで秋也が手を挙げる。
    「なんだ?」
    「囮の4輌は、どうなるんです?」
    「どうなる、とは?」
    「敵国に捕まるってコトになるんですよね? じゃあもしかしたら、命の危険だってあるんじゃ……」
    「何を分かり切ったことを!」
     その問いを、サンデルが鼻で笑う。
    「いいか、今は戦争の最中だ! 多少の犠牲など、あって然るべきではないか! 甘ったるいことを抜かすな!」
    「……」
     その回答に秋也が憮然とするのと同時に、ロガン卿が「馬鹿者!」とサンデルを一喝した。
    「それではあの鼻持ちならぬ、人でなしの参謀と一緒ではないか! お前は一般人と戦闘員の区別も付かんのかッ!?」
    「あ、いや、そんなつもりでは……」
    「いいか!? 我々は高潔たる帝国軍人であり、また、そうあるよう努力すべき義務があるのだ!」
    「……申し訳ありません、閣下! 軽率な発言でありました!」
     サンデルは顔を真っ赤にし、深々と頭を下げて謝罪した。
    「分かればいい。以後、気を付けるように」
    「はいっ」
    「……ゴホン。話の腰を折ったな。
     今述べたように、我々は軍人として高潔であるつもりであるし、相応に誇りも持っている。それと同様、敵国といえどもプラティノアールの兵もまた、不義非道の輩ではない。拿捕した相手が一般人と分かれば、彼奴らは即刻解放し、強制帰国させるであろう。その点については、安心していいはずだ。
     とは言えそれはあくまで、一般人の場合だ。軍同士、兵隊同士とあれば、サンデルの言う通りになる。戦争の最中であるし、敵国の人間である我々が領地内に入ってきたとなれば、彼奴らから攻撃を受けても文句は言えん。
     つまりこの本命、帝国軍人が守りを固める本隊に就くのは貴君らにとって、最も危険であると言える」
    「ま、その分」
     ここまでじっと話を聞いていたアルトがにやあっと笑い、胸の前に親指と人差し指で輪を作ってこう尋ねる。
    「危険手当なんかは、ちっとくらいは多めに出してもらえるんでしょう?」
    「……元よりそのつもりであるし、何より、貴君に手を貸してもらえるとあれば、もっと弾んで然るべきだろう。
     とは言え現在、軍の出納部門にはそう余裕は与えられておらん。今回の作戦で割り当てられていた予算は既に赤字が出ているからな。これで失敗すれば、まず報酬は無いものと思っていてほしい」
    「逆に大成功しちまえば、きっちりボーナスまで払ってもらえる。そう期待してますぜ」
     アルトはもう一度、にやっと笑って見せた。

    白猫夢・荷運抄 2

    2012.07.31.[Edit]
    麒麟を巡る話、第58話。仁に篤き帝国将軍。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. いかにも軍人風の人間が集まっている、その中心に立っている人物に、秋也たちは声をかけた。「ロガン卿ですね?」「いかにも。貴君らは?」 ここまで聞いてきた物騒なうわさとは裏腹に、ロガン卿はやんわりとした物腰で応じてきた。「『酒跳亭』から派遣されました、シュウヤ・コウと……」「アルト・トッドレールです」 アルトがそう名乗...

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    麒麟を巡る話、第59話。
    輸送作戦の開始。

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    3.
     マチェレ王国の出国手続きを終え、いよいよ秋也たちが就く本隊はブリック―マーブル街道を西へと進み始めた。
    「どーよ?」
     国境を越えてから15分ほどして、御者台に座って手綱を握っていたアルトが、横に並んで座っていた秋也に尋ねる。
    「ん?」
    「剣士って言ってたけど、戦場に出た経験は無いんだろ?」
    「ああ」
    「こうして漠然と敵に狙われる気分、初めて味わったんじゃないかって、さ」
    「そうだな……、まあ……」
     秋也は辺りを見回すが、特に危険な様子やその兆候は見付からない。
    「実感が無い、ってのが正直な感想だな」
    「だろうな。まだ、マークされてもいないからな」
     馬車は前述の作戦に加え、より目を付けられないようにと、一般の荷馬車風に擬装されていたし、秋也たちもいかにも平穏な農民が好みそうなポンチョと帽子を被っている。
    「このまま平穏無事に……、って行く可能性って、どれくらいだろ」
    「俺の見立てじゃあ、半分以下ってところだな」
    「半分以下?」
     不安がる秋也に対し、アルトはその論拠を聞かせる。
    「まず偽々作戦が無い場合を考えるとな。こうやってカモフラージュするってのは、通常の戦闘においても、よく使われてる戦術、作戦なわけだ。それだけに成果はあるし、一方で見破るテクニックも少なくない。だからこれ単体だと、成功確率は良くて7割弱ってところだ。
     で、マスターが嬉々として立てた偽々作戦だけれっども、俺の予想と勘から言わせてもらえば、あんまりなーって感じはあるんだ」
    「あんまり?」
    「今回みたいな、落とし穴を避けた先にもういっこ落とし穴を作っとく、なんて戦術も結構昔からあるし、効果も高い。その点で言うと、擬装作戦と同じなんだよな。だから7割かけるの7割で、5割を切る計算になる。
     でさ、昨日言いかけてた話になるんだけれっども、何年か前に新しくプラティノアール王国の宰相になった奴ってのが、とんでもない切れ者だってうわさがあるんだ。
     その宰相閣下さんが、こんな古典的な戦法の重ね合わせを見抜けないようなマヌケとは、俺にゃ到底思えないんだよな」
    「つってもさ、その宰相って、まあ、宰相だからさ、相当忙しいんだろ? 流石にこんな細かい末端の動きにまで目を配るなんてコト、できないんじゃないか?」
    「それも一理、だな。
     ただ、俺たちが加担してるこれは、敵国のやってる『軍事行動』だ。それを今まさに戦時中って言うこの時、見抜けない司令官がいるかよって話になってくる。
     もしいたとして、それは明らかな防衛の穴だぜ。聡明な宰相閣下さんであれば、そんなマヌケの首を挿げ替えるくらいのことはやってのけると、俺はそう思うがねぇ……?」
    「……」
     アルトの見解を聞き、秋也は不安を覚える。
    「……どーよ?」
    「なにが?」
     秋也のそんな顔をニヤニヤと眺めながら、アルトが再度尋ねてきた。
    「不安になってきたんじゃないか?」
    「そりゃ、……まあ、な」

     アルトに軽く脅されたものの、作戦開始からの数日間は実にのどかな旅となった。
     その間に秋也は――ある意味、剣術の腕以上にこの才能は、彼にとってかけがえのない特長と言えるかも知れない――ロガン卿やサンデル、その他この本隊に付随していた帝国の兵士たちと親しくなることができた。
    「なるほど、貴君は央南の出なのか。道理で顔つきが違うはずだ」
    「ええ、みたいですね。将軍も短耳ですけど、生まれはこちらなんですか?」
     秋也にそう問われ、ロガン卿は「うむ」とうなずく。
    「私もサンデルも、実を言えば央北系の三世なのだ。家系も歳も違うが、似た点が多くてな。その縁からか、何度も共に行動しておる」
    「そうなんですか」
     と、ここでサンデルも話に加わる。
    「実を申せば我々二人とも、元はグリサルジャン王国の兵だったのだが、敗戦後、帝国に登用されたのだ。帝国との戦争時、そこそこ程度にはいい働きをしたと評価されてな」
    「お前の場合はそこそこだろう。私はもう少しばかりは活躍したぞ」
    「ははは、閣下には敵いませんなぁ」
    「ふっふふ……」
     会った当初は彼らに対し、取っ付きにくい印象を覚えていた秋也だったが、こうして寝食を共にするうち、案外大らかで性根の清々しい者たちと分かり、打ち解けることができた。



     そのため――後にプラティノアール王国の兵たちによって襲撃された際、秋也は彼らに対し、最初は深い嫌悪感を抱くことになる。

    白猫夢・荷運抄 3

    2012.08.01.[Edit]
    麒麟を巡る話、第59話。輸送作戦の開始。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. マチェレ王国の出国手続きを終え、いよいよ秋也たちが就く本隊はブリック―マーブル街道を西へと進み始めた。「どーよ?」 国境を越えてから15分ほどして、御者台に座って手綱を握っていたアルトが、横に並んで座っていた秋也に尋ねる。「ん?」「剣士って言ってたけど、戦場に出た経験は無いんだろ?」「ああ」「こうして漠然と敵に狙われ...

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    麒麟を巡る話、第60話。
    難所への突入。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     街道を進んでから、10日以上が経過した。
    「今日もいーい天気だなぁ」
     この日も馬車の操縦はアルトに任され、秋也はその横に座っていた。
    「だなぁ。本日も異状なし、か。……囮のみんな、どうしてるんでしょうね?」
     振り返ってそう尋ねた秋也に、ロガン卿がこう返す。
    「首尾よく――我々にとっての意味であるが――進んでいれば、恐らくは既に捕まり、そして数日程度の拘留後、マチェレ王国に送還されているだろう。
     しかしそれに関して、気になることもある」
    「って言うと?」
     秋也の問いに、アルトが代わりに答える。
    「この街道、基本はバーンと抜けた一本道なんだけれっども、最近行き来した痕跡が少ない、……ってことですね?」
    「左様」
    「ん……?」
     首をかしげる秋也とサンデルに、アルトが詳しく説明する。
    「俺たちの前には、囮が4輌進んでた。そんなら途中まで、そいつらの轍なり一旦停止して食事にしたりしたって言う痕跡が、4輌分以上なきゃおかしいはずだろ?
     だけれっどもよ、ここまでの行程でその痕跡は――王国内の奴らが使ったことを加味しても――少な過ぎるんだよ。俺の見立てじゃあ1輌か、2輌分しか無かったんだ」
    「私も同意見だ。これではまるで、我々以外に利用していないようではないか、と」
    「囮が行ったはず、……なのに?」
    「逆だな。囮はこの道を進んでない、……いや、進めなかったんだ。それも恐らく、出発から3日か4日、ともかく入国してすぐくらいで止まってる」
    「……つまり、もう既に捕まった、と?」
    「そう考えるのが筋だが、そうなるとおかしいことが一個出てくる」
     アルトはそこで、目だけを動かして辺りを見渡した。
    「おかしいコトって?」
    「シュウヤ、お前さんはもうちょっと自分に目を向けた方がいいぜ。
     つまりだ、俺たちがなんで捕まりもせず、ここまで来られたのかってことだよ」
     そう言っているうちに、馬車は薄暗い森の中に入っていく。
    「そして幸か不幸か、この街道は今までは概ね拓けた場所を通っていたが、この一ヶ所――プラティノアール王国西部に広がる大森林地帯、ローバーウォードだけは迂回するにも広過ぎるってんで、こうしてど真ん中を突っ切るしかないってわけだ」
     アルトの説明を、ロガン卿が継ぐ。
    「軍事的言い換えをするとすれば、これまでは交地、即ち非常に見渡しの良い地形が続いたわけであり、敵が密かに狙う、あるいは襲ってくるには不都合なところばかりだった。
     だがこの場所は明らかに泛地(はんち)。見通しが悪く、かつ険阻であり、人間がいくらでも潜み、待ち構えていられる場所だ。
     そろそろ警戒しておけ――私が敵将であるなら、ここは敵を仕留めるに持って来いの場所だ」
     その言葉に、秋也も、他の兵士たちも、そろそろと武器を手に取りだした。

     鬱蒼(うっそう)とした森の中を、馬車はゆっくりと進んでいく。
    「アルト、……もういっこ聞いていいか?」
    「なんだ?」
    「さっきの話だけど、なんで囮はすぐ捕まえた癖に、俺たちは泳がされたんだ?」
    「理由は2つだな」
     アルトは手綱を忙しなく動かし、馬を逸らせないように努めながら、その質問に答える。
    「一つは、囮は無抵抗だったからすぐ捕まえられたんだろうが、武装した俺たちはそうは行かないだろう、って言う敵さんの判断だろうよ。だから、捕まえやすいところまで進めさせたってとこだろうな。
     もう一つは、俺たちの疲労を待ってたんだろう。元気一杯に応戦してこられちゃ、そりゃあ面倒だけれっども、こうして緊張しっぱなしの状態で何日も泳がされりゃ、体力・気力共に削られる。それにここはもう、帝国との国境間近だ。どうしたって気は逸る。だがその分、注意力はガンガン散っていくからな。
     ロガン閣下と同じく、俺が敵将だったらこの森は、楽に落とせるポイントだと……」
     その説明の途中で――アルトは突然パン、と手綱を弾く。当然、馬車を曳いていた馬は驚き、前脚をぐい、と挙げる。
     それとほぼ同時に、馬の脚元の地面が乾いた破裂音と共に、ほんのわずかに爆ぜた。
    「……!」
    「敵襲! 敵襲! 11時上方に敵兵あり!」
     アルトはそれまでの飄々とした声色をガラリと変え、大声で叫んだ。
    「何……!」
    「馬が狙われている! 迎撃求む!」
     アルトの声が馬車内に響き、兵士たちは銃を手にして後方から飛び出す。
    「11時上方了解!」
    「撃て、撃てッ!」
     兵士たちは銃身の長い小銃(ライフル)を構え、アルトの指示した方向に向かって弾を撃ち込む。
     パン、パンと立て続けに音がこだまする中で、アルトが秋也の服を引っ張ってきた。
    「3時、9時方向両面から敵が来る! シュウヤは9時側に回り込め!」
    「お、……おう!」
     呆気にとられかけていた秋也だったが、アルトの指示を何とか呑み込み、刀を抜いて馬車の左側に走る。
    「……!」
     と、森の奥から剣や銃を持った兵士たちが多数、駆け込んでくる。
     言葉で伝えられた際にはぼんやり気味な反応を返した秋也だったが、兵士を目で確認した瞬間、元来好戦的な秋也は、自分の成すべきことを把握する。
    「うりゃああッ!」
     考えるより先に体が、彼らの方へと向かっていった。

    白猫夢・荷運抄 4

    2012.08.02.[Edit]
    麒麟を巡る話、第60話。難所への突入。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 街道を進んでから、10日以上が経過した。「今日もいーい天気だなぁ」 この日も馬車の操縦はアルトに任され、秋也はその横に座っていた。「だなぁ。本日も異状なし、か。……囮のみんな、どうしてるんでしょうね?」 振り返ってそう尋ねた秋也に、ロガン卿がこう返す。「首尾よく――我々にとっての意味であるが――進んでいれば、恐らくは既に捕...

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    麒麟を巡る話、第61話。
    秋也、臨場。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     秋也の前に現れた兵士は3名。うち2名が剣を手にしていたが、その奥に小銃を手にした兵士が構えている。
     それを見て、秋也は舌打ちする。と言っても不得手に感じたとか、面倒な相手であると思ったとかではない。
    (ココでも銃かよ、ったく……!)
     剣士の秋也としては、己の活躍を奪う銃と言う存在が疎ましかったのである。
    「でやーっ!」
     剣を持った兵士たち2名が、同時に秋也を襲う。
     しかしその技量は到底、焔流の免許皆伝を得た剣士を相手にするには不足していた。
    「甘めえよッ!」
     相手の剣を紙一重ですいすいとかわし、秋也は彼らの背後に回り込む。それを見た銃士は銃を構え、秋也に狙いを定めてきたが――。
    「『火閃』!」
     目の前で火柱が上がり、狙う相手が視界から消える。
    「……っ!?」
    「どこだ!?」
     剣士たちの目にも、秋也の姿は映らない。
     と、次の瞬間――。
    「うぐっ!?」「ぎゃっ!?」
     ゴツ、と硬いもの同士がぶつかり合う鈍い音と共に、剣を持った兵士二人が折り重なるように倒れる。
     秋也が彼らの背後に回り、その頭を兜ごと、押し付け合うようにぶつけさせたのだ。
    「……!」
     再び現れた秋也を目にした銃士は、慌ててもう一度照準を合わせようとする。
     が、秋也はそれに構わず、銃士に向かって突っ込んだ。
    「卑怯者よろしく遠くから狙うんなら、ソレもアリだろーけどな」
     銃身よりも短い間合いに踏み込まれ、銃士は攻撃の術を失う。
    「近接戦じゃ、まだこっちが上だな」
     秋也は銃士の顔面に、思い切り正拳をぶつけた。

     王国兵たちが完全に気を失ったのを確認し、秋也は馬車に戻ってきた。
     丁度他の兵士も敵を撃退したらしく、ぞろぞろと戻ってくる。
    「首尾は?」
     そう尋ねたロガン卿に対し、兵士たちは口々に報告を返す。
    「11時方向の敵、全滅しました!」
    「3時方向の敵、撤退!」
     それを受けて秋也も、同様に返す。
    「えーと、9時方向の敵、全滅です」
    「よろしい。被害は?」
    「ありません」
    「馬もみんな、無事ですぜ」
     アルトがそう返したところで、サンデルがぎょろ、と彼を睨む。
    「お前……、戦っていたか?」
    「いいえ。馬が死なないように采配はしてましたがね」
    「……そうか。……しかし」
    「必要でやしょ?」
     しれっとそう返されては、サンデルはうなるしかない。
    「……うむ」
    「では出発だ」
     ロガン卿の号令に従い、秋也たちは手早く馬車に乗り込み、輸送を再開した。
     と、馬車が走り出してまもなく、秋也は前方に、血まみれで倒れている王国兵を見つけた。
    「……死んでますね」
    「やむを得んことだ。戦闘であったからな」
     そう返すロガン卿に対し、サンデルは秋也に向かって憮然とした顔をする。
    「何だ、お前はもしかして、相手を殺さなかったのか?」
    「え、……ええ。気絶はさせましたが」
    「それでも剣士か、情けない!」
    「……」
     黙り込む秋也に、ロガン卿がこう尋ねる。
    「相手は戦闘不能にしたか?」
    「はい。剣は折りましたし、銃も真っ二つにしておきました」
    「ならば構わん。意識が戻ったところで、どうにもできまい。何が何でも殺さねばならんとは、誰も定めておらんのだからな。
     戦時中の兵士と言うのはとかく、正気や常識を無くしていく稼業だ。とは言え、人を殺して当たり前だとは、……兵士の統括者たる将軍の地位にいるとは言え、私は堂々と口にはしたくない。
     やむを得ないことではあるのは、十二分に承知しているつもりではあるがな」
    「閣下、それでは相手が減りません」
     そう反論したサンデルに、ロガン卿は苦い顔を向けた。
    「相手も同じ人間ではないか。彼らにも家族はいよう。殺せばその分、恨んでくる人間の数が増える。
     綺麗ごとを言っているのは百も承知だが、私は、お前たちに無用な恨みなど背負ってほしくは無いのだ。サンデル、お前はどうか分からんが、私は恨まれて平然としてはおれん」
    「……仰ることはよく解りますが、……しかし」
    「そもそも、敵を全滅させれば、確かにそれは勝利と言えるが、相手が『参った』と言っても、それもまた、勝利と言えよう? 実際、我々の祖国は滅びはしたが、我々は死んではおらんわけであるし。
     一人残らず殺せ、などと言うのは愚か者か外道、もしくはあの人でなし参謀だけだ」
    「む……」
     まだ少し、わだかまりのある表情を浮かべてはいたが、よほどその参謀を嫌っているらしい。サンデルはそれ以上、反論しなかった。

    白猫夢・荷運抄 5

    2012.08.03.[Edit]
    麒麟を巡る話、第61話。秋也、臨場。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 秋也の前に現れた兵士は3名。うち2名が剣を手にしていたが、その奥に小銃を手にした兵士が構えている。 それを見て、秋也は舌打ちする。と言っても不得手に感じたとか、面倒な相手であると思ったとかではない。(ココでも銃かよ、ったく……!) 剣士の秋也としては、己の活躍を奪う銃と言う存在が疎ましかったのである。「でやーっ!」 剣を...

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    麒麟を巡る話、第62話。
    無事、帝国領へ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     結局秋也たちは、ローバーウォード森林地帯において3回、プラティノアール王国からの襲撃を受けた。
     しかしそのどれもを、帝国側に一人の死者も出すことなく撃退して見せ、彼らは見事に国境の門を叩いた。
    「おお……、閣下! ご無事でしたか!」
     門を開け、向こう側にいた兵士たちが一斉に飛び出し、出迎える。
    「あれから二ヶ月も経ち、我々はどれだけ閣下らの無事をお祈りしたことか!」
    「よい、よい。労いの言葉をかけてくれるのは嬉しいが、実のところはあまり、期待はされておらなんだろう?
     あ、いや、諸君らの本心を疑うわけでは無い。軍本営の意向が、恐らくはそうであろう、と言うことを言いたかったのだ」
    「……仰る通りです。中には『参謀閣下が厄介払いをしたのではないか』とまでうそぶく者も」
    「かかか……、ならば一泡吹かせられようと言うもの。私にとっては大戦果であるな。
     済まないが諸君、我々は死線をいくらか潜って疲れた。少しばかり、ここで休ませてはもらえんだろうか?」
     ロガン卿の要請に、門番たちは敬礼で返した。
    「了解であります、閣下。すぐに寝床を用意致します」
    「うむ」
     と、ロガン卿と門番が話している間、秋也は門の内と外とをきょろきょろ見返していた。
    「どうした?」
    「いや、国境って言ってたけど、向こうの……、プラティノアール側の兵士はいないんだなって」
    「そりゃま、この国境はグリスロージュ側が勝手に延ばしたもんだからな。国境って言うより、前線基地って考えた方がいい」
    「……? なら尚更、兵士がいないなんて」
    「今現在の、事実上の交戦区域、かつプラティノアール側の国境線はあの森と、そこを出た辺りなんだよ。
     普段だったらあの森に入る前に何やかやと襲撃されてるだろうが、ま、今回に限っては相手方が、俺たちを森の中に誘導するために人払いしてたんだろうよ。今頃はさぞ、悔しがってるだろうけどな。
     そんでも、この作戦は一度きりさ――また同じことやろうとしたら、今度は間違いなく集中砲火を喰らってハイおしまい、だろうしな」
     そんなことを話しているうちに、どうやら寝床の準備が整ったらしい。
    「おい、二人とも! いつまで門前でくっちゃべっているんだ!? 早くこっちに来い!」
     サンデルがいつものようにフンフンと鼻を鳴らしながら、二人に手を振ってきた。



     さらに4日後。
     秋也たちはグリスロージュ帝国の首都、カプラスランドに到着した。
    「なんか……、本当にこっちは、戦時中なんだって感じがするな」
     街行く人々の顔に穏やかな色は見えず、どことなく苦しそうにすら見える。
    「やっぱり海上封鎖とか、そう言うのが効いてるのかな」
    「それもある。鉱産資源と森林資源を除けば、我が国は豊かとは言い難い。海上封鎖により貿易が止まって以降、食糧難の傾向が出始めている。既に配給制の話も、あちこちから出ている状況にある。
     そして、それに関連して起こっている問題が、政府側の士気低下だ。……部外者である貴君らにはあまり多くは話せないが、今現在、帝政政府および軍本営は、皇帝派と参謀派に分かれていてな」
    「俺は多少、聞き及んでますぜ。皇帝陛下は民意優先派、参謀は戦争断行派なんでしょ?」
    「左様。……これ以上のことは、今は私の口からは言えんな」
     それを受け、アルトが代わりに解説する。
    「要するに今、帝国は戦争やめて休戦してほしいって言ってる国民の意見を尊重したいって派と、勝つまで戦争をやめるわけには行かないって言う参謀殿に追従する派に分かれてるんだ。
     で、閣下は前者ですよね?」
    「その論調で言えば、前者と言うことになる」
     立場上からか、ロガン卿は婉曲な言い方をしている。
    「普通に考えりゃ、王様、皇帝様の意見が絶対、……なはずなんだけれっども。
     ところが現在、帝国軍の実権を握ってるのは参謀殿なんだ。皇帝さんがどうも、参謀に反発できてないんだってさ。って言うのも、元々は……」「トッド君」
     と、ロガン卿が苦い顔を向けてきた。
    「情報通の貴君であれば、この街でそんな話をすればどうなるか、知らぬわけではなかろう?」
    「……ですやね。いや、これは失敬」
     アルトはそう返し、肩をすくめて見せた。

    白猫夢・荷運抄 6

    2012.08.04.[Edit]
    麒麟を巡る話、第62話。無事、帝国領へ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 結局秋也たちは、ローバーウォード森林地帯において3回、プラティノアール王国からの襲撃を受けた。 しかしそのどれもを、帝国側に一人の死者も出すことなく撃退して見せ、彼らは見事に国境の門を叩いた。「おお……、閣下! ご無事でしたか!」 門を開け、向こう側にいた兵士たちが一斉に飛び出し、出迎える。「あれから二ヶ月も経ち、我...

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    麒麟を巡る話、第63話。
    フードの参謀。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     中途半端なところで話を切られたため、秋也には何が何だか、良く分からないことばかりだったが――。
    「遠路、大儀であった」
     その本人に会ったところで、秋也はこの国の実情を何となくながらも把握した。
     見事に指令を達成して見せたロガン卿らと秋也、そしてアルトは帝国軍参謀、アロイス・クサーラ卿から直々に呼び出され、一応の褒賞を受けた。
     と言っても――。
    「此度の任務を達成したこと、誠に喜ばしいことと、陛下も仰られている。
     よってシャルル・ロガン少将、貴君には50万キュー、その補佐を行ったサンデル・マーニュ大尉には10万キュー、それから……、補佐をしたそこの二名、そして随行した兵士たちにはそれぞれ、5千キューを授ける」
     分厚いフードを深々と被っているため表情こそ見えないが、アロイスの態度と棒読みに近い、抑揚のない労いの言葉は明らかに、ロガン卿らを疎ましく思っているようだった。
    「参謀閣下」
     と、ロガン卿が口を開く。
    「失礼ながら申し上げます。ここの両名、並びに兵士たち全員が此度の任務において、少なからず重要な働きを見せました。敵の襲撃を立て続けに受け、さらにはそれをすべて撃退して見せたのですぞ。
     それだけの成果をたった5千で評価するとは、これを兵士らが聞けば士気を大きく下げることと思われますが……」
    「そうか」
     するとアロイスは、盆に載せていた金貨をすべて、床にこぼして見せた。
    「……っ」
    「では褒賞は無かったこととする。払わなければ、評判も立つまい」
    「ぐぐ、ぐっ……!」
     この態度に、サンデルは顔を真っ赤にする。
     一方、ロガン卿は非難をやめない。
    「参謀閣下。あなたは虫が付くから、枯れるからと言う理由で、見事な桜をわざわざ切り倒す方のようですな」
    「うん?」
    「兵士を、いや、人を管理するのが異様に下手くそだと言うことです。なるほど、帝国拡大に20年もかかるわけだ。いやいや、大した仕事っぷりには頭が下がりますな」
    「……」
     ロガン卿は踵を返し、アロイスに背を向ける。
    「ご忠告致そう、参謀閣下。この私めを本営から遠ざけようとすればするほど民意は、そして兵士の心は、あなたから離れていくでしょうな。
     何しろ私は皇帝陛下の懐刀であり、軍本営でもそれなりの重鎮ですからな」
    「……」
     ロガン卿は何も言い返さないアロイスに目もくれず、秋也らに声をかけた。
    「行くぞ。褒賞については、改めて私から出そう。5千などと言うはした金ではなく」
    「ありがとうございます、ロガン閣下。頼りになるお方でいらっしゃる」
     アルトはチラ、とアロイスを一瞥してから、そう答えた。



    「しっかし……、実際にクサーラ卿を目にしましたけれっども」
     アルトはビールをぐい、と呷り、アロイスに対する感想を述べた。
    「何て言うか、本気で心ってもんが無さ気な感じでしたねぇ。そのくせ、閣下に敵意丸出しでしたし。ありゃ、嫌われて然るべきお方だ」
    「左様、左様」
     アロイスの前から立ち去った後、ロガン卿は秋也たちを自分の屋敷に招待し、今回の作戦成功を祝う宴席を催してくれた。
     その途上で兵士らから聞かされ、また、市民たちの態度で知ったことだが、シャルル・ロガン少将と言う人物は、帝国内でも相当に地位が高く、かつ、人民から慕われる将軍であるようだった。
     ロガン卿の私邸で開かれたこの会一つ取っても、それが良く分かる。宴席に出された酒や料理は近所の店から厚意で持ち寄られたものであるし、その会場となった庭もまた、相当な広さを誇っている。
     さらには軍人とは到底見えない、単なる市民らも数多く参加しており、秋也はロガン卿の人気に驚くばかりだった。
    「ロガン卿、本当に慕われてるんスねぇ」
    「そりゃ、帝国領から敵陣を突っ切って物資を運ぶなんて超危険な任務、やりたがる兵士がわんさかいるわけですな」
    「ソレ、気になってたんですが……」
     と、秋也はリンゴジュース――自分がさほど強くない性質と分かっているので、酒は飲んでいない――を片手に、こんな質問をぶつけた。
    「どうしてコレほど人気と地位のあるロガン卿が、あんな危険な任務に? その、例えば……、ですけど、サンデルさんに頼むとかは……」
    「うむ。敵兵に狙われる危険がなく、平坦な道のりであり、また、あの屑参謀が絡んでいなければ、私は確かに、サンデルに任せていたであろう。
     だが残念ながら、それらの条件がすべて揃っていたのでな。特にあの参謀の冷血たるや、真冬の鉄の如しだ。
     状況如何によっては極めて非人道的手段を講じねばならなくなるような此度の任務、彼奴の好きにさせてはどれほどの被害を生むか分からなんだし、とても人任せにはできなかったのだ」
    「なるほど、さすが閣下。仁の塊のようなお方だ」
     感心するアルトの背後で、顔を真っ赤にしたサンデルが泣いている。
    「うう、ひっく、何と……、何と心優しきお方であることか!
     ひっく、……不肖、このサンデル・マーニュ、ぐすっ、地の果てだろうと天の彼方であろうとお供いたしますぞ、ひっく、……ヒック」
     その顔の赤さが感情の昂ぶりから来たものなのか、それとも酒のせいなのかは、良く分からなかった。

    白猫夢・荷運抄 7

    2012.08.05.[Edit]
    麒麟を巡る話、第63話。フードの参謀。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 中途半端なところで話を切られたため、秋也には何が何だか、良く分からないことばかりだったが――。「遠路、大儀であった」 その本人に会ったところで、秋也はこの国の実情を何となくながらも把握した。 見事に指令を達成して見せたロガン卿らと秋也、そしてアルトは帝国軍参謀、アロイス・クサーラ卿から直々に呼び出され、一応の褒賞を受け...

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    麒麟を巡る話、第64話。
    ロガン卿からの依頼。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     祝宴も終わり、秋也とアルトはそのまま、ロガン卿の屋敷に泊まることになった。
     夜も遅く、宿が取れないことも理由の一つではあったが、最も大きな理由は――。
    「すまんな、引き留めてしまって」
    「あ、いえ」
    「こんな豪華なお屋敷に泊まらせていただけるってんなら、いくらでも」
     ロガン卿が、二人と折り入って話がしたいと切り出したからだ。
     ちなみに屋敷には普段から、ロガン卿と彼の娘しかおらず、使用人なども必要最低限、屋敷に通う形で雇っているため、夜も更けた現在、屋敷内にはこの3人の他に人の姿は無い。
    「それで何でやしょ、話と言うのは」
    「うむ。……まず、トッド君。貴君は西方のあちこちで活躍を収める、『パスポーター』の異名を取る男と聞いている」
    「まあ、そうらしいですな」
    「そしてシュウヤ君。君も相当の手練れであり、そして何より、仁愛の精神を持った剣士であると、私は見受けしている」
    「どもっス」
     そこでロガン卿は一旦、言葉を切る。
    「……どこに間諜が紛れているか分からぬ昨今、落ち着いてこんな話ができるのは、私の屋敷くらいのものでな。そのため、こうして引き留めた。
     話と言うのは他でもない、今現在、我々が隣国と戦っている、その件に関してのことだ。貴君らは少なからず、私の本懐、本意を知っていてくれているものと、そう思っている」
    「ええ」
     アルトはコク、とうなずいて見せる。秋也も声は出さずに、同様にうなずいた。
    「当初は在野の、ごくごく小規模な私軍であったモダス中隊が我々の祖国、グリサルジャンを陥落させ、グリソモダス帝国を築いたのは、双月暦526年のこと。
     そして隣国であったロージュマーブルを陥落させ、国号をグリスロージュと変えたのがわずか3年後の、529年のことだ。
     それほどまでにフィッボ・モダス皇帝陛下の軍勢は、いや、陛下ご本人は、強かったのだ。一個の軍を率いる将としても、単騎の兵士としてもだ。
     だが、それ以降から急に、帝国の進軍は鈍る。これは対外的・対内的の両面に、理由があるのだ」
    「対外的……、にはプラティノアールの名宰相、ハーミット卿の存在ですね?」
     そう尋ねたアルトに、ロガン卿は短くうなずいて返す。
    「うむ。そのハーミット卿が突如、プラティノアールの宰相として名を馳せて以降、我が国は国際的に孤立の一途を辿ることとなった。
     海上封鎖による貿易停止、西方数ヶ国にわたる商取引の凍結措置の指示および誘導、市場における帝国産品に対する大々的なバッシング――微に入り細に入り、ハーミット卿は軍事力ではなく、政治力と経済制裁によって我々を攻撃してきた。
     その効果は年を経るごとに強まっている。かつては飛ぶ鳥を落とす勢いを誇った我が国は、このまま看過しては早晩、立ち枯れようと言うところまで来ている。
     そしてもう一つ、対内的に帝国がその歩を止めてしまっている原因。それはトッド君、君が以前に言いかけていた通り、陛下と参謀とで、意見の強い相違が生じているためだ。
     経済的状況から鑑みればこれ以上の戦争続行はすべきではないし、この数十年で最も長きに渡る戦争状態によって、臣民の心は荒んでいる。陛下をはじめとする帝室政府要人の半数以上は戦争をただちに止め、プラティノアールと和平交渉すべきであると考えている。
     だが一方で、これほど政治的・市場的圧力をかけられた状態で、こちらから休戦を申し出てはメンツに関わる、西方中から安く見られると言い張る者も少なくない。参謀を中心として、この主張が強い勢力を保ち続けている。
     それ故に、戦争を直ちに止めるわけにも行かず、かと言って戦況を優勢にできる手立ても見出せないままに、ダラダラと戦争が続いているのだ」
    「……政治的な話は、どうにも耳がイライラしちまうもんでしてね」
     と、アルトが兎耳をコリコリとかきながら尋ねる。
    「結局のところ、閣下は俺たちに何を頼みたいんで? それをお聞かせ願いたい」
    「頼みと言うのは、他でもない」
     ロガン卿はここで、頭を下げた。
    「陛下に会い、依頼を受けてはもらえんだろうか」
    「依頼? それは陛下御自らの、と言うことで?」
    「そうだ。陛下は現在の、閉塞した状況を打開できる人間を密かに募集されていたのだ。
     そう、軍に属さず、かつ、『ある極秘任務』を遂行できるに足る能力を持つ人材を」
    「なるほど、合点が行きましたぜ」
     アルトはそう言って、にやっと笑う。
    「いくらなんでも、皇帝陛下の懐刀とまで名乗るようなお方が、あんな些末の任務に関わるとは――いくら仁に篤いお方とは言え――不可解でしたからねぇ。
     そしてそのお眼鏡に、俺とシュウヤとが適ったわけですな?」
    「そう言うことだ。……引き受けてもらえんか」
     しばらくの沈黙が三人の間に流れた後、アルトが口を開く。
    「聞くだけ聞いてみましょうか。それでもいいでしょうかね?」
    「構わん。口外さえしなければ」
    「シュウヤ、お前さんはどうする?」
     アルトに問われ、秋也も答える。
    「ロガン卿に頼み込まれて、嫌だなんて言えません。右に同じです」
    「……恩に着る」



     こうして秋也とアルトはグリスロージュ帝国最大の人物、フィッボ・モダス帝に会うこととなった。

    白猫夢・荷運抄 終

    白猫夢・荷運抄 8

    2012.08.06.[Edit]
    麒麟を巡る話、第64話。ロガン卿からの依頼。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 祝宴も終わり、秋也とアルトはそのまま、ロガン卿の屋敷に泊まることになった。 夜も遅く、宿が取れないことも理由の一つではあったが、最も大きな理由は――。「すまんな、引き留めてしまって」「あ、いえ」「こんな豪華なお屋敷に泊まらせていただけるってんなら、いくらでも」 ロガン卿が、二人と折り入って話がしたいと切り出したか...

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    麒麟を巡る話、第65話。
    白い猫、白い夢、白い兎。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ロガン卿の屋敷に泊まった、その夜のこと。
    《よくやったよ、シュウヤ。まずは第一段階突破だ》
     秋也はまた、夢の中であの白い猫獣人と会っていた。
    「第一段階? まだ、この先があるのか?」
    《キミは本当にバカなんだね》
    「は?」
    《今はまだ、帝国の中に入ったってだけじゃないか。コレからもっともっと、活躍していかなきゃいけないだろ?》
    「ああ、まあ、そうだよな」
     秋也の反応に、白猫は口をとがらせる。
    《何か不満でもあるって言うの?》
    「無いって言えば無いけどさ」
    《無いならいいだろ?
     で、次だ。キミた、……キミは明日、帝国のトップ、皇帝に会うコトになるワケだ。で、その席で皇帝から、こう依頼される。『プラティノアール王国に亡命する、その手助けをして欲しい』ってね》
    「ぼ、亡命? なんで……?」
    《ソコまで一々ボクに説明させるなよ。皇帝の方から説明してくれるし、ソレで把握しな》
    「……えーと、……白猫?」
     白猫の話に引っかかるものを感じ、秋也は質問する。
    《なんだよ?》
    「何で、そんなコトが分かるんだ?」
    《って言うと?》
    「オレが皇帝に会うのも、ソコで依頼を聞くのも、明日の話だろ? なんで皇帝が依頼する内容を、アンタが知ってるんだ?」
    《ああ、そんなコトか。簡単さ》
     白猫は右手の人差し指と中指とで、自分の両目を指差す。
    《ボクには未来が見えるのさ。だからこの先何が起こるかなんて、レストランのメニューを見るが如し、なんだよ》
    「予知能力、……ってヤツか」
    《そう言うコトさ。
     話を戻すけど、シュウヤ。キミはこの依頼を受け、王国に向かうんだ。皇帝の護衛としてね》
    「またあの森や街道を戻るコトになるのか。しんどいなぁ……」
    《ナニ言ってんだ、剣士のクセに。ちゃんとやるんだよ、シュウヤ》
    「ああ、やるよ。その方がいいんだろ?」
    《そう。ボクの言う通りにすればこの後の人生、万事うまく行くんだからね。
     間違っても途中でやめたり、逆らったりなんてしないようにね》
     威圧的にそう言い放つ白猫に、秋也は何となく、嫌なものを感じていた。
    (なんでオレが、コイツの言うコト聞かなきゃいけないんだ……?)
    《分かったかい、シュウヤ?》
     白猫が再度、尋ねてくる。
    「……分かってるよ。アンタの言う通りにするさ」
     そこで、秋也の夢は途切れた。



     そして、まだ鶏鳴も聞こえないくらいの、霧深い早朝。
     秋也とアルトはロガン卿に連れられ、街の北にある皇帝の居城、カプラス城を訪ねた。
    「まだ旅の疲れも取れきらぬ身であるのに、こんな時間に貴君らを連れ回すこと、誠に申し訳なく思う」
    「いえ、そんな」
    「これくらい早ければ参謀派も皇帝派も、まだ眠ってらっしゃるでしょうからね。致し方ないことです」
    「うむ……」
     三人は城の中庭に進み、そこで足を止める。
    「しばし待っていてくれ。もうすぐいらっしゃるはずだ」
    「皇帝陛下が、ですな」
    「うむ」
     既に季節は秋から冬へと差し掛かる頃であり、三人の吐く息は白い。
    「寒み……」
     秋也は思わず、そうつぶやく。
    「すまんな。屋敷に戻り次第、温かいものを用意させよう」
    「あ、すみません」
    「いや」
     と、どこからか声がかけられる。
    「流石に早過ぎた。だから今、用意しておいたよ」
     秋也たちが振り向くと、そこには所々紫色のメッシュが入った銀髪に、白い毛並みの兎耳と尻尾の、質素だが品のある服を着た若い兎獣人の男が、湯気の立つマグカップが4つ乗った盆を手にして立っているのが見えた。
    「陛下! 申し訳ございません、お気を遣わせてしまい……」
    「いや、いや。謝るのは私の方だ。ここの冬が突き刺すような寒気を伴うのは、何年も住んで知っているはずなのに、こんな無礼をしてしまった。
     そう言うわけだから、これはおわびだ。ささ、飲んでくれたまえ」
     そう返し、兎獣人――フィッボ・モダス帝はにこっと微笑みながら、盆を差し出した。

    白猫夢・飾帝抄 1

    2012.08.08.[Edit]
    麒麟を巡る話、第65話。白い猫、白い夢、白い兎。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ロガン卿の屋敷に泊まった、その夜のこと。《よくやったよ、シュウヤ。まずは第一段階突破だ》 秋也はまた、夢の中であの白い猫獣人と会っていた。「第一段階? まだ、この先があるのか?」《キミは本当にバカなんだね》「は?」《今はまだ、帝国の中に入ったってだけじゃないか。コレからもっともっと、活躍していかなきゃいけな...

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    麒麟を巡る話、第66話。
    帝国の政治対立。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ほかほかと湯気の立つホットミルクを手にしながら、モダス帝は話を切り出した。
    「ロガンから聞いたと思うが、今この国、いや、この城内は極めて不安定な状態にある。理由はたった一つ、我々の中で内輪もめをしているからだ。
     長年私を支えてきてくれた参謀、アロイス・クサーラが、頑として停戦に納得せず、勝つまで続けると主張し続けているのだ」
    「しかし陛下、その件について、俺には納得致しかねる点がいくつかあるんですがね」
    「何をかな」
     尋ねたモダス帝に対し、アルトはまったく畏れる気配もなく、率直に聞く。
    「若輩者ですけれっども、陛下のご活躍についてはかねがね、聞き及んでおりますもので。
     たった200人余りのモダス中隊を率い、蹶起からわずか3年でグリサルジャン王国を陥落させたのを皮切りに、あちこちの戦で連戦連勝。
     古代より争いの絶えなかったこの西方南部三国のうち二国を統一することに成功しちまった、まさに人間業とは思えぬ大躍進、偉業の数々を打ち立てたお人だ。
     それが何故、この10年の間ずっと、くすぶっていらっしゃるんで? 陛下ほどのお力があれば、かのハーミット卿の手練手管など、仕掛けられる前に打ち砕けたたはず。
     その10年、いや、それ以上昔にロージュマーブルを陥としたと言うのに、なぜそのまま、プラティノアール侵攻まで進めなかったのか?
     俺が一番気になってるのは、そこなんでさ」
     この問いに、モダス帝は苦い顔を向ける。
    「……今は皇帝と名乗ってはいるが、私は元々、一介の、学も術も持たぬ一村民だった。それに、数多くの戦を通して幾度となく血に濡れてきた身だ。
     その身の上でこんな綺麗ごとを口にするなど、道理を知らぬ愚か者だと、誹りを免れないだろうが――私はこれ以上、血を見たくない。私の地位を固めるために人が死ぬのは、それが敵であろうと味方であろうと、最早私にとってはこれ以上ない苦痛、責苦なのだ。
     だから私は10年前、矛を収め、剣を捨てようとした。『三国すべてを掌握する必要はないはずだ。二国を治めるだけで十分であるし、この現状で良しとしよう』、……と、これ以上の戦争を起こさぬことを提案したのだ。
     しかしその提案は、アロイスに却下された。その後アロイスは、独断で兵を動かしてプラティノアールへ侵攻し、無理矢理に開戦へと持ち込んだ」
     モダス帝はぐい、と一息にホットミルクを飲み干し、話を続けた。
    「しかし、それこそがアロイスの犯した、帝国にとって最大の失敗だったのだ……!
     ハーミット卿はそれを口実に西方諸国の同情を集め、瞬く間に様々な協定・条約を結んだ。そのすべてが帝国の貿易網を破壊するものであり、結果、帝国の財産はこの10年の経済封鎖により、いよいよもって尽き始めた。
     だが、それでも――私は平和を訴え続けてきたし、アロイスもまた、独断専行によって戦争を継続させてきた。恥ずべきことだが、今や軍の半分以上は私の統率から事実上、外れている。『腑抜けになった皇帝をこれ以上、奉ってなどいられない』と言うことなのだろう」
    「失礼ながら陛下」
     と、アルトが話をさえぎる。
    「それは質問にお答えいただいたのではなく、組織内のごたごたを説明されているだけのように思えます。俺とこのシュウヤは、政治学の講釈や実例を聞きに来たわけではありません」
    「む……」
    「はっきりお尋ね申し上げましょう。
     陛下――そう、元は平民の出にせよ、今はこの帝国で最もお偉い、『皇帝陛下』ともあろうお方が、何故、その勝手ばかりする参謀を更迭してしまわれないのか?
     それが一番手っ取り早いじゃありませんか? こんなことは、ちょっと政治をかじった若造にすら思い付く話でしょう?」
    「……」
     この質問に、モダス帝は黙り込む。
    「それとも……、あのクサーラ卿を更迭してはまずい理由がおありで?」
    「……」
     モダス帝はマグカップを静かに盆の上に置き、それからぼそっと、こう尋ね返した。
    「君たちは、悪魔、と言うものを信じるか?」

    白猫夢・飾帝抄 2

    2012.08.09.[Edit]
    麒麟を巡る話、第66話。帝国の政治対立。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. ほかほかと湯気の立つホットミルクを手にしながら、モダス帝は話を切り出した。「ロガンから聞いたと思うが、今この国、いや、この城内は極めて不安定な状態にある。理由はたった一つ、我々の中で内輪もめをしているからだ。 長年私を支えてきてくれた参謀、アロイス・クサーラが、頑として停戦に納得せず、勝つまで続けると主張し続けてい...

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    麒麟を巡る話、第67話。
    悪魔は今も。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「え、悪魔……?」
     この問いに、秋也は面食らう。アルトも同様らしく、怪訝な顔を見せている。
    「悪魔ですって?」
    「そう。いくら殺しても死なない。跡形もなく死骸を消し飛ばしても、いつの間にか背後に立っている。そんな、悪魔だ。
     その存在を、信じるか?」
    「それは、……物語や、演劇なんかの話で?」
    「現実において、だ」
    「いや、……お尋ねいただいてこんな返答は不躾かとは思いますが、……常識とは思えません。もしそんなのを真面目に信じている者があれば、嘲笑うところでさ」
    「だろうな」
     アルトの返答に、モダス帝は寂しげな笑みを見せた。
     が、秋也の返答はまったく逆だった。
    「いる……、でしょうね。オレの知り合いにもそう名乗ってる、金毛九尾の魔術師が一人いますし、そうとしか思えない剣士を相手に戦ったコトもあります。
     いてもおかしくないと、オレは思います」
    「……そうか」
     秋也の答えに、モダス帝は今度は、ほっとした顔になる。
    「詳しく聞いてみたいところだが、……信じてくれるならば、先を話すことにしよう。
     単刀直入に言おう。アロイス・クサーラは悪魔だ。それこそ何度殺そうとも蘇り、粉微塵にしようとも復活する、思い出すだけでも身の毛がよだつ、世にもおぞましき存在だ」
    「仰る意味が分かりかねます。それは比喩ですか? それとも本当に、実行されたお話で?」
    「後者だ。私は実際に6度もアロイスを暗殺しようと企て、そしてそのすべてが失敗に終わったのだ。
     確かに私のこの手で、奴を谷底へ突き落とし、頭を斧ではね、廃坑にありったけの火薬を詰め、そこに閉じ込めて爆破し、……とにかく、ただの人間ならばまず間違いなく死ぬはずの方法で、奴を6度も葬った。
     だが結果は、諸君の知っての通りだ。その都度、奴は何事も無かったかのように復活してきた。そして6回目の暗殺が失敗に終わったその時、私の心は折れてしまった。最早あいつを殺すことはできないと、心に深々と刻まれてしまったのだ。
     それから10年――私は最早、西方南部を牛耳る器ではない、お飾りの皇帝となってしまったのだ」
    「なるほど。にわかには信じられませんが、その話が本当であれば、確かにこれはどうしようもない存在だ。
     ……となると我々に頼みたいこととは、どうやら7度目の暗殺などでは無いようですな」
    「ああ。それは君たちを無駄死にさせるようなものだ。そんなことは、到底頼めない。
     かと言って、従軍して戦争を勝利に導け、とも言えない。それは結局、アロイスの思うつぼだ。仮に勝利し西方南部を統一しようものなら、奴は今度は、西方全土を征服する計画を嬉々として練るだろうからな」
    「ふむ。結局、問題の根っこはクサーラ卿にあるわけだ。しかし卿本人をどうこうするのは、我々にゃ不可能。そしてこれ以上、卿の言いなりになるのも嫌だ、と。
     となると……、残る策は陛下、あなたが隣国に亡命し、卿を一人残して悪者にしてしまおう、と言うところですか」
    「……明察だ。そう、その通りだ。既に私の身は、ただのお飾りでしかない。政治運営の主幹は、アロイスが握っている。私がいなくとも、帝国にとっては何の問題も無いのだ。
     勿論、身勝手な話であることは重々承知している。だがこれ以上、『私のために』などと口実を付けられて戦争を起こされ、その結果数多くの死者を出すのは――改めて言うが――耐え難い苦痛なのだ」
    「なるほど。御自分で仰った通り、身勝手ですな」
     アルトは侮蔑的な目を、モダス帝に向ける。
    「実情はどうあれ、この国の代表者、第一の人間として今までふんぞり返ってきたあなたが、亡命を選ぶんですか。あなたを慕ってきた人々を置いてけぼりにして。
     そりゃ、とんだ無責任じゃあないですかねぇ?」
    「……百も承知だ」
    「だったら、もっといい方法があるじゃないですか。あなたが一人、責任を取って死ねばいい。わざわざお隣さんのとこに押しかけて、迷惑をかけることは無いでしょう?」
    「トッド君!」
     ロガン卿が声を荒げるが、モダス帝はそれを制する。
    「そう考えるのはもっともだ。至極、当然の話だろう。だが考え方によっては、死ぬ方が身勝手ではないのか?」
    「って言うと?」
    「私が死ねば、それ以降はもう私には、何の手出しもできない。すべてがアロイスの掌中に収まることとなる。そうなればどれほど、おぞましき結果となるか!」
    「ですから、そりゃ亡命しても一緒で……」
    「だが亡命しプラティノアールの力を借りれば、今よりももっと、アロイスを討てる可能性は高まるのではないか? 私はそう思っているのだ」
    「……ふむ」
     一瞬の間を置き、アルトは頭を下げた。
    「なるほどなるほど、亡命案が首尾よく行けば、あの聡明なハーミット卿から知恵を借りることもできるわけだ。ご自分一人で挑むよりは、まだ可能性が模索できる。
     いやいや、その考えには至りませんで。これは御見それいたしました」
    「無論、アロイスを討伐した暁には皇帝として復権し、元通りに私が帝国を治め、己の責務を全うすることを約束しよう。
     あくまでこれは、アロイス討伐のための亡命なのだ。死んでしまっては、この策を実行することができない」
    「ええ、ええ、十分に承知致しております、陛下」
     アルトはもう一度、頭を下げて見せた。

    白猫夢・飾帝抄 3

    2012.08.10.[Edit]
    麒麟を巡る話、第67話。悪魔は今も。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「え、悪魔……?」 この問いに、秋也は面食らう。アルトも同様らしく、怪訝な顔を見せている。「悪魔ですって?」「そう。いくら殺しても死なない。跡形もなく死骸を消し飛ばしても、いつの間にか背後に立っている。そんな、悪魔だ。 その存在を、信じるか?」「それは、……物語や、演劇なんかの話で?」「現実において、だ」「いや、……お尋ねいた...

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    麒麟を巡る話、第68話。
    亡命計画の下準備。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     モダス帝からの依頼を引き受けた秋也とアルトは、ロガン卿と共に亡命の計画を立てることとなった。
    「まず、どうやって出国させるかですな」
    「うむ。その点については、私に案がある。
     トッド君、君の着ているジャケットやキャスケット帽は、西方における一般的な若者の服装と言える。それに似たものを陛下に、お召しになってもらおうと考えているのだ」
    「変装させて、一般人に紛れさせて出国させよう、ってコトですか」
    「そうだ。それにシュウヤ君とトッド君、君たちは元々、この国の人間ではない。用事が済んでそそくさと出国したとしても、それには何ら不審なところは無いわけだ。
     だからそれに紛れれば、より容易に出国できるかと考えている」
    「となると、陛下の身柄は俺とシュウヤとで預かる。閣下とはここでお別れ、と言うことになりますね」
    「そうなる。勿論、報酬は前金で支払うつもりだ」
    「そりゃどうも。
     では、陛下はいつ来られるんで?」
    「それも手筈を整えている。明後日、陛下は側近を伴い鹿狩りに出られる。私も勿論、そこに随行する。
     山際の森近くで催されるため、獲物を追って森に分け入ることも良くある。そこで……」
    「俺とシュウヤとが森に潜み、そこにやって来る陛下と落ち合って、そこから連れ出すと言うわけですな」
     計画がまとまり、秋也たちはその準備に向かった。

     アルトの手際は、実に鮮やかなものだった。
     自分が今着ているものと似たような服を揃え、髪の色をごまかすためのかつらを作り、さらにその合間に、狩場の下見まで済ませてしまった。
     秋也はこの間、アルトの荷物持ちしかやることが無かった。
    「アルト、あんた本当に、何でもできるんだな」
    「簡単さぁ。やろうと思えば大体、何だってできるもんさ。
    『できない』って言ってる奴の多くは、できないんじゃなくて『しない』ってだけだ。何だかんだ理由を付けてな」
    「そんなもんかな」
    「そんなもんさ。とは言え、俺にもできないことはある」
     それを聞いて、秋也は意外に思った。
    「って言うと?」
    「俺の場合、広く浅くだからな。どんな技術でも、本職として長年やってる奴にゃ敵わない。
     例えばシュウヤ、お前さんと俺とが戦ったとして、俺は多分、すぐ負けちまうだろうな。杖術と剣術にも多少の心得はあるけれっども、結局は我流だし。真面目に修行してきたお前さんのそれとじゃ、どうしたって見劣りするのさ。
     ……はは、だから俺は『何でも屋』なのさ。どの道でも、一流になれなかったんだから」
    「そっか。……いや、だとしてもさ、『何でも屋』としては一流じゃないか? ずっと、しくじったコトないんだろ?」
    「それも逆に言えば」
     アルトは己を嘲るように、こう返した。
    「二流の腕で成功する程度の仕事しか受けてないってことさ。俺は結局、半端者だよ」
    「……」
     秋也の頭には、返す言葉が浮かばない。
     と、その様子を見たアルトが顔をくしゃ、と歪ませて大笑いした。
    「うひゃひゃ……、謙遜だよ、謙遜。マジになるなって」
    「あ、お、おう」
     と、そんな風に話をしていたところに――。
    「あ、あのぅ」
     部屋の外から、少女の声がかけられた。
    「ん? ……あ、ども」
    「おっと、少しばかり騒々しかったようで」
    「い、いえ。大丈夫です。……えっと、お邪魔します」
     入ってきたのはロガン卿の一人娘の短耳、ノヴァだった。
    「父から、その、お二人を持て成すようにと、託ったので、……えっと、お昼ごはんを」
    「おりょ? そりゃ、ありがたい」
     アルトはテーブルに広げていた服や地図を片付け、ノヴァが持ってきた料理を、これも手際よく並べ始めた。
    「ありがとう、お嬢さん」
    「い、いえ。そ、それじゃわたしは……」
     立ち去ろうとするノヴァに、アルトは声をかける。
    「良ければ可愛いご令嬢とご一緒に席を囲みたいのですが、御相席いただいてもよろしいでしょうか?」
    「ひぇえ!?」
     ノヴァは顔を真っ赤にし、後ずさる。
    「……あ、いや。ご迷惑であれば、無理には」
    「い、いえいえ! か、構いません! 持って来ます!」
     ノヴァはバタバタと慌てた足取りで、自分の分を取りに向かった。

    白猫夢・飾帝抄 4

    2012.08.11.[Edit]
    麒麟を巡る話、第68話。亡命計画の下準備。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. モダス帝からの依頼を引き受けた秋也とアルトは、ロガン卿と共に亡命の計画を立てることとなった。「まず、どうやって出国させるかですな」「うむ。その点については、私に案がある。 トッド君、君の着ているジャケットやキャスケット帽は、西方における一般的な若者の服装と言える。それに似たものを陛下に、お召しになってもらおうと考...

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    麒麟を巡る話、第69話。
    箱入り娘の口説き方。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     後にロガン卿から聞いた話だが、ノヴァは大分、人見知りする性格とのことだった。
     実際、秋也たちと共に食事を取ることになった、この時の彼女は、食事を始めてからずっとうつむいていた。
    「あの……?」
     ずっと顔を合わせない彼女に不安を感じ、秋也が声をかけた。
    「ひゃ、……はい! な、な、何でしょうかっ」
    「何か、……その、気に障ったのかな」
    「えっ?」
     ようやく顔を挙げた彼女に、秋也はこう尋ねる。
    「オレたちの方、全然見てくれないなと思って。何かしたかな、って」
    「い、いえ、そんなこと。あの、えっと、……あまり、わたし、その、家の人以外と、話をしないのです。その、あまり家からも、出ませんし」
    「そりゃ、勿体無いことだ」
     と、アルトが口を開く。
    「こんな可憐な方が、多感な時期に、まるで籠の中のカナリアの如く、家の中でじっとされているとは。まさか、お父上から外に出るなと言い付けられているとか?」
    「いえ、そんなことは、全然……。ただわたしが、人付き合いをしない、と言うか、その、慣れない、だけで」
    「ほうほう」
     するとアルトは、ひょいとノヴァの側に寄り、甘い笑顔を作って見せる。
    「重ね重ね勿体無いことだ。折角、青春を謳歌する自由のある今、己の心をぐいぐいと広げることのできる、二度と訪れぬこの時期に、黙々と家で過ごしてその機会を逃すなど!
     そう、昔の偉人も仰っているでしょう、『人の出会いは不可思議で心躍るもの』と。人と人が出会い、心通わせること。それはどれほど奇跡に満ち、そして美しいことであるか!」
     歯の浮くような台詞を並べ立て出したアルトに、秋也は唖然とする。
    (こいつ……、そうだろうなとは薄々思ってたけど、軟派だなぁ)
    「え、あ、……そう、ですね、はい」
     対するノヴァも、まったくこの方面の経験が無いのだろう。何ら訝しく思うことなく、それどころか顔を紅潮させ、感動しているように見える。
     その間にもアルトは、美辞麗句を並べ立ててノヴァを口説く。
    「どうでしょう、お嬢さん。物は試しです。一度我々と一緒に、外へ遊びに出てみる、と言うのは如何でしょうか? きっと素敵な思い出になるはずです」
    「え、でも、……ええと」
     多少逡巡した様子を見せたものの、アルトの言葉に相当、刺激を受けたらしい。
    「……では、少し、だけ」
     その言葉を引き出させたアルトに、秋也はただただ感心するばかりだった。
    (こいつ、詐欺師もできるんじゃねーか?)

     秋也とアルトはノヴァを伴って、もう一度外出した。
     しかしその途中から、秋也はそれとなく、アルトが彼女と二人きりになりたいと思っていることを察し、適当に口実を作って離れた。
    (……いいのかなぁ。まあ、そりゃ、誰も『ロガン卿の娘を口説くな』なんて言っちゃいないけどさ。
     でも明日、オレたちは陛下を連れて逃げるんだぞ? そんな時に、後ろ髪引かれるようなコト、していいのかって思うんだけどなぁ……)
     そんなことをぼんやり考えながら、秋也はロガン卿の屋敷に戻った。



     秋也が戻ってから2時間ほど遅れて、アルトたちも戻ってきた。
    「……」
     ノヴァを見てみると、彼女は顔を真っ赤にし、ぼんやりとだが、しかし喜んでいるような表情を浮かべている。相当、アルトとのデートに感動したようだった。
     半ば浮いているかのような足取りで彼女が離れたところで、秋也は小声でアルトに詰問した。
    「おい、アルト」
    「ん?」
    「いいのかよ、こんな時に」
    「こんな時だからだよ」
     アルトはさして乱れてもいない襟を、勿体ぶった仕草で直して見せながら、くるりと背を向けてその場から立ち去ろうとする。

     その間際――。
    「……本当に……には感謝しなきゃな……」
    「え?」
     アルトが何かをつぶやいたのが聞こえ、秋也は聞き返す。
    「何か言ったか?」
    「……何でもない」
     アルトは秋也に背を向けたまま手を振って、廊下の奥へと消えた。

    白猫夢・飾帝抄 終

    白猫夢・飾帝抄 5

    2012.08.12.[Edit]
    麒麟を巡る話、第69話。箱入り娘の口説き方。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 後にロガン卿から聞いた話だが、ノヴァは大分、人見知りする性格とのことだった。 実際、秋也たちと共に食事を取ることになった、この時の彼女は、食事を始めてからずっとうつむいていた。「あの……?」 ずっと顔を合わせない彼女に不安を感じ、秋也が声をかけた。「ひゃ、……はい! な、な、何でしょうかっ」「何か、……その、気に障っ...

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    麒麟を巡る話、第70話。
    賢帝の逐電。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     モダス帝の亡命作戦、決行当日。
     この日は冬先にしては穏やかで暖かい天気となり、絶好の狩り日和と言えた。
    「……」
     が、皇帝をはじめとして、随行している側近らの顔色は優れない。
     その理由は、経済事情が差し迫りつつあるこの時期に遊興へと出向く皇帝の行動を訝しがっていること、そしてあの冷酷な参謀、アロイスが同行していたからだ。
    「フィッボ。こんなことをしている場合ではないはずだ。すぐに戻れ」
     そのアロイスが、まったく敬意を表さない、高圧的な命令口調でモダス帝に尋ねる。
    「私はそうは思わない。それともアロイス、君は部屋に閉じこもって延々と平行線をたどる会議を催す方が、国民にとって有益だと思っているのか?」
    「少なくとも敵ではなく、単なる獣に対して弓を射るのは無為でしかあるまい」
    「ははは……、何も鹿を狩るだけが目的と言うわけでは無い。たまには場所と趣向を変えて、皆と意見交換をしたいと言うだけだ。
     私はそちらの方が、まだ有意義になると考えている」
     モダス帝の言葉を、アロイスはにべもなく否定した。
    「そんな道理は存在しない。早急に、執務に戻るのだ」
     しかしモダス帝はそれを無視し、背負っていた弓を構える。
    「分かった、分かった。そんな苦言は終わらせてから、ゆっくりと聞こうじゃないか」
    「……」
     この様子を、側近の輪から一歩退いた形で眺めていたロガン卿は、内心冷や冷やしていた。
    (今日が計画の実行日だと言うのに、陛下からどうも、緊張感を感じない。まさか、このまま本当に狩りだけをして、そのまま城に帰ってしまうつもりではあるまいな?
     ……いやいや、それは無いか。陛下が現状を疎んじているのも、体勢を立て直してクサーラ卿と対峙しようと決意されたのも、嘘やごまかしではない、現実のことだ。
     となれば、あの気の無い様子は演技、……と見るしかないか)
     そのうちに、一行は狩場に到着した。
    「さて、と。それでは諸君、腕比べと行こうか」
    「そうですな……、ここまで来て政治議論は無粋と言うもの」
    「どうせなら楽しむとしましょうか」
     側近らの大半は軍人であり、それなりに狩りを楽しむ気風も趣向もある。
    「陛下、それでは私はあちらを狙って……」
     と、一人が山際に特に近い森を指差すと、モダス帝は「あ」と声を上げた。
    「しまったな、私もそこを狙っていたのだが」
    「あ、そうでしたか。ではお譲りいたします」
    「ありがとう、助かる」
     その言動に、ロガン卿はほっとした。
    (作戦の実行地点に固執された、……のならば、陛下はやる気だろう。
     ならば私は、私に課せられた役割を全うするとしよう)

     仕留めた鹿を運ぶなどの理由から、狩りは二人一組で行われることになっている。そしてモダス帝がその相手に、アロイスではなくロガン卿を選ぶのも、かねてから「自分は陛下の懐刀だ」とロガン卿が言っている通り、当然と言えた。
    「……これで、こちら側の準備は整ったわけだ」
     二人きりになり、森の中深くに分け入ったところで、モダス帝が口を開く。
    「ええ。後のことは、お任せください」
    「頼んだ。……だがシャルル」
     モダス帝は真剣な顔を、ロガン卿に向けた。
    「今回の計画は、あくまで帝国のために、即ち帝国に住まう善良なる臣民のために行うことだ。
     私の努力を、無駄にはしてくれるな」
    「と言うと?」
    「首尾よくアロイスを討つことに成功し、私が帝国に戻って来た時。お前がいなくては、何の意味も無いのだからな。
     決して、己の命を賭すような真似はしないでくれ」
    「……承知致しました」
     ロガン卿は深々と、頭を下げた。
     と、そこに忍び寄る者たちが現れる。
    「どうも……」
     その二人が秋也たちであることを確認し、ロガン卿とモダス帝は小さく手を振った。
    「ああ、ありがとう。
     ではトッド君、コウ君。君たちに私の命を預けるとしよう」

    白猫夢・離国抄 1

    2012.08.14.[Edit]
    麒麟を巡る話、第70話。賢帝の逐電。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. モダス帝の亡命作戦、決行当日。 この日は冬先にしては穏やかで暖かい天気となり、絶好の狩り日和と言えた。「……」 が、皇帝をはじめとして、随行している側近らの顔色は優れない。 その理由は、経済事情が差し迫りつつあるこの時期に遊興へと出向く皇帝の行動を訝しがっていること、そしてあの冷酷な参謀、アロイスが同行していたからだ。「...

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    麒麟を巡る話、第71話。
    皇帝逃しの偽装。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     狩りの開始から4時間が経ち、側近たちのほとんどが出発地点へと戻ってきた。
    「ほう、これは中々大きな……」
    「いやいや、貴君の獲物も相当ですぞ」
    「皆、今回は大勝と言えるな」
     口々に猟果を褒め合っているところに、アロイスの重々しい声が飛んでくる。
    「フィッボはまだ戻らないのか?」
    「……え?」
     それを受け、側近たちはきょろきょろと、辺りを見回す。
    「いません、……な?」
    「ロガン卿も見当たらない」
    「まだ戻っていない、……にしては遅い」
    「まさか……」
     側近たちの顔から、喜びの笑みが消える。
    「探せ」
     そしてアロイスも、焦りのにじんだ声を投げつける。
    「探すのだ! 何かあってからでは遅いぞ!」
     側近とアロイスは慌てて、モダス帝が向かっていった森へと駆け込んだ。

     そしてすぐに、ロガン卿の方は見つかった。
     しかし彼は木の根元に倒れ、気を失っていると言う、尋常ならざる状態で発見された。
    「ロガン卿、しっかりしろ!」
    「そ、その顔は!?」
     ロガン卿は頭から血を流しており、左こめかみには黒々としたあざが付いている。
    「う、ぬ……」
     助け起こされ、口に気付けのアルコールを含ませられたところで、ようやく目を覚ます。
    「いたた……、どう、した?」
    「それはこちらの台詞だ!」
    「一体何があったのだ!? 陛下はどこに!?」
     ロガン卿はぼんやりとした顔を向け、ぼそぼそとこう返した。
    「そう言えば……、熊が現れて……」
    「熊?」
    「この時期に? ……いや、冬眠にはまだ大分早いか」
     ロガン卿の言った通り、彼が頭部に受けた傷は、確かに熊の爪痕にも見える。
    「私は陛下を守ろうと……、だが……、殴られて……」
    「何と言うことだ……」
    「さ、探すのだ! 陛下の身に何かあっては!」
     側近たちは慌てて、周囲に散る。
     だが――夜までかけても、モダス帝を見付けることはできなかった。



     城に戻り、手当てを受け終えたロガン卿は、そそくさと自分の屋敷に戻った。
    「お、お、お父様!? そ、その顔は……!」
     迎えるなり顔を蒼ざめさせた娘、ノヴァに、ロガン卿はにこっと笑いかけた。
    「心配するな、大丈夫だ。……まだ痛むが。
     それよりも、……まあ、敷地内とは言え、外でできる話ではない。中で話そう」
    「え? あ、はい」
     屋敷の中に入り、がっちりと玄関を施錠したところで、ロガン卿は小声でこう話した。
    「お前にだけ、事の顛末を伝えよう。お前ならみだりに、他人に話したりはしないだろうからな」
    「な、何を、ですか?」
    「表向き……、には。陛下は本日の狩りの途中、熊に襲われ行方不明と言うことになっている。明日も、そして恐らくは明後日以降も大々的に山林へ兵を放ち、捜索が行われるだろう」
    「へ、陛下が……!? ああ、なんと言うこと……!」
     ノヴァは口を押さえ、顔をさらに蒼くする。
     と、ロガン卿は自分の胸の前でぱた、と手を振った。
    「表向きには、だ。兵士も陛下の側近らも、真相は知らん」
    「……と言いますと?」
    「真相は私と陛下、そして昨日まで家にいたあの二人だけが知っている」
    「アルトさんと、シュウヤさんがですか?」
    「そうだ。二人は陛下を伴い、既に帝国を出ているはずだ」
    「……え? えっ? えええっ!?」
     きょとんとしていたノヴァの顔が、再度蒼ざめる。
    「ま、ま、まさか? そ、そんな、嘘でしょう?」
    「いや、本当の話だ。陛下はプラティノアールに亡命したのだ」
    「そんな……」
     くら、とノヴァの頭が後ろへ落ちかける。
     それを支えつつ、ロガン卿は話を続けた。
    「熊に襲われたと擬装するため、トッド君にわざと殴りつけられ、シュウヤ君の刀で傷を作ってもらった。この頭の包帯は、それだ。
     そして陛下は変装し、トッド君らと共に国境へ向かったはずだ。昼前に起こったことであるし、今はもう、カプラスランドから遠く離れているだろう」
    「……あ! で、では、わたしが昨日見た、服や地図は」
    「恐らく変装用の服と、プラティノアール王国首都、シルバーレイクまでの道のりを記した地図だろう」
     話を聞き終え、ノヴァの顔色はほとんど、白に近くなっている。
    「そんな……、陛下はこの国を、み、見捨てたと……」
    「そうではない。あの逆臣にして悪魔たるクサーラ卿を討つための、苦渋の決断なのだ」
    「どう言うことですか?」
     ノヴァが尋ね返した、その時だった。

     玄関からバン、と言う破裂音が轟いた。

    白猫夢・離国抄 2

    2012.08.15.[Edit]
    麒麟を巡る話、第71話。皇帝逃しの偽装。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 狩りの開始から4時間が経ち、側近たちのほとんどが出発地点へと戻ってきた。「ほう、これは中々大きな……」「いやいや、貴君の獲物も相当ですぞ」「皆、今回は大勝と言えるな」 口々に猟果を褒め合っているところに、アロイスの重々しい声が飛んでくる。「フィッボはまだ戻らないのか?」「……え?」 それを受け、側近たちはきょろきょろと...

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    麒麟を巡る話、第72話。
    悪魔参謀の襲撃。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「なっ……!?」
     ロガン卿は娘を居間に残し、慌てて玄関へと向かう。
     堅く施錠したはずの玄関には、大穴が空いていた。
    「何をするのだ、クサーラ卿!?」
     多数の兵士を背にしたアロイスが、破壊された玄関から入ってくる。
    「事実確認を行うぞ、ロガン少将」
    「事実? 一体何の話だ?」
     とぼけては見せたが、ロガン卿の内心は凍りそうなほど、恐怖で冷え切っていた。
    「お前は熊に襲われて気絶したためフィッボを見失ったと、そう言ったな?」
    「……そうだ」
    「だが不可解な点が2つある。
     冬眠前の、餌を探し回っているであろう熊に襲われながら、何故お前は生きているのだ? 餌として巣に運ばれていないのは、何故だ?」
    「野獣の考えなぞ知らん。壮年の身であるし、美味そうには見えなかったのだろう」
    「そして熊に襲われ、傷を負ったとお前はそう言っていたが、四足で歩いているはずの熊に襲われたにしては、傷口には土や泥の類が付いていなかった。
     そもそも周囲には、熊が通ったであろう形跡は何も無かった。爪痕も、毛も、足跡すらも無い。さらにはお前を襲い、付着したであろうはずの血も無かった。そこに熊がいたと言う形跡は、何一つ存在しなかったのだ。
     まさかお前は、翼を生やした熊にでも襲われたとでも言うまいな?」
    「そ、れは……」
     答えに詰まるロガン卿に、アロイスはさらに詰め寄る。
    「真相を話すのだ、ロガン少将。お前の説明では、状況の整合性が付かない。
     答えろ。お前は何を仕組んだ? フィッボはどこにいる? 何が狙いだ?」
    「くっ……」
     ロガン卿は弁解を諦め、屋敷の中に引き返そうとした。
     だが――。
    「答えろ、と言っているのだ!」
     ガキン、と硬いバネが弾かれたような音を立て、突如、アロイスが跳躍する。
    「う、おっ、……おおおっ!?」
     まるで砲撃でも受けたかのように、ロガン卿の眼前に大穴が空く。
     その大穴からアロイスが、床板がバキバキと音を立てて割れる音を立てながら這い上がってくる。
    「次は貴様を狙う。死にたくなければ答えるのだ」
    「……どの道、私を生かしておく気は無かろう!?」
     ロガン卿は腰に佩いていた剣を抜き、アロイスに斬りかかった。
    「せやあああッ!」
     勢いよく振り下ろされた剣が、アロイスの頭頂部に叩き付けられる。
     だが剣はぽっきりと、叩き付けた部分から折れてしまった。
    「なっ、……馬鹿な!?」
    「死にたいようだな、ロガン少将。ならば望み通り……!」
     アロイスは体勢を低く取り、ロガン卿に襲い掛かってきた。

     と、その時――。
    「閣下あああああッ!」
     ぎち……、と音を立て、アロイスの頭部に槍がめり込んだ。
    「グ、ガ、カッ……!?」
     アロイスは飛んできた槍の勢いを抑え切れず、穴の中に転がり落ちる。
     だがすぐに体勢を整え――るつもりだったのだろう。穴から這い出たところで、アロイスのはいていた具足から、ガキンとバネの弾ける音が響く。
     どうやら、玄関や床を破壊した時と同じ技を仕掛けたものの、槍に邪魔されて発動のタイミングがずれ、今になって発動したらしい。
    「シマッ、……アアアァァ~ッ!」
     金気走ったようなアロイスの声が、空遠くへ伸びていく。
     アロイスは、今度は屋敷の二階部分を吹き飛ばして、どこかへすっ飛んで行った。
    「はあっ、はあっ、……閣下! ご無事でございますか!」
     どこからか、野太い男の声が飛んでくる。
    「サンデル! お前か!?」
    「おお、閣下! 良かった、間に合いましたか!」
     武装したサンデルが、屋敷の中に飛び込んで来た。
    「助かった、礼を言うぞ!」
    「ありがたき幸せ! ……と、話している場合ではないですぞ! 既に屋敷は取り囲まれております!」
     サンデルが息せき切ってそう伝えたものの、外にいた兵士たちは、揃って困った顔を並べている。
     どうやら兵士たちはアロイスが無理矢理に引っ張ってきたらしく、ロガン卿らに襲いかかるようなことはしてこない。
    「……諸君!」
     それを察知したロガン卿が、屋敷の外に出てこう叫んだ。
    「私は諸君らに詫びねばならん! 私は、陛下の亡命を手配したのだ!」
    「……!?」
     これを聞いて、兵士たちは一様に目を丸くする。
    「だがこれだけは誓おう! 陛下の、そして私の本意はあの悪魔、アロイス・クサーラ卿の討伐にあるのだ!
     諸君、そのままそこで静観していてくれんか!? 私も今、国を抜ける! 陛下をお助けするためにだ!」
    「……」
     兵士たちは、今度はきょろ、と辺りを見回す。
     そしてどうやら、動かなければならない理由――即ち、自分たちを大恩あるロガン卿にけしかけさせたアロイスの姿が無いことを確認したらしく、全員が無言でうなずいた。
    「感謝する!」
     ロガン卿は屋敷内に引き返し、ぐったりしているノヴァを抱きかかえる。
    「お前も連れて行く! じっとしていろ!」
    「はっ、はい」
     ロガン父娘は屋敷の外に出る。
     と、待機していたサンデルが敬礼し、こう申し出た。
    「吾輩もお供いたします!」
    「……感謝するぞ、サンデル」
     三人は直立不動し、敬礼した兵士たちを横目に、屋敷から逃げ去った。

    白猫夢・離国抄 3

    2012.08.16.[Edit]
    麒麟を巡る話、第72話。悪魔参謀の襲撃。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「なっ……!?」 ロガン卿は娘を居間に残し、慌てて玄関へと向かう。 堅く施錠したはずの玄関には、大穴が空いていた。「何をするのだ、クサーラ卿!?」 多数の兵士を背にしたアロイスが、破壊された玄関から入ってくる。「事実確認を行うぞ、ロガン少将」「事実? 一体何の話だ?」 とぼけては見せたが、ロガン卿の内心は凍りそうなほど...

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    麒麟を巡る話、第73話。
    長い長い一日。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ロガン卿ら三人は大急ぎで街を抜け、郊外まで進んだ。
    「この先に、軍の詰所がある。馬車を借りれるか、聞いて来よう」
    「危険では……? 既に、軍全体に閣下を拿捕せよとの通達が出ておりますし」
     そう尋ねたサンデルに、ロガン卿は首を横に振る。
    「私が相手であれば、融通も利くだろう。ここで待っていてくれ」
     そう言ってロガン卿は娘を背から下ろし、詰所に歩いて行った。
    「……あ、あのぅ」
     と、ノヴァが恐る恐る、サンデルに顔を向ける。
    「何でしょうか」
    「ど、どうして、マーニュさんは、その、あんな危険な目に遭ってまで、父を助けてくれたのですか? その、父を捕まえろと言う、通達が出ていると言っていたのに」
    「言うまでもないことです。吾輩をはじめとして、この国の兵士のほとんど大半と言っていいくらいの人間が、閣下には恩義がある。
     閣下の尽力が無ければ、吾輩ら兵士の3分の1は、あの憎きクサーラ卿の無謀・無策によって、とっくに土の中にいたでしょうからな」
    「そ、そうですか」
     話しているうちに、ロガン卿が馬車に乗って戻って来た。
    「借りることができた。さあ、乗ってくれ」

     馬車を駆り、逃亡から1時間後には、三人は街の灯がうっすらと見えるくらいの距離まで離れることができた。
    「……済まなかった」
     と、ロガン卿が唐突に口を開く。
    「計画通りであれば、事態が急変するまでに、少なくとも1週間かそこらは猶予があったはずであり、我々に危害が加えられることは無かったはずだったのだが。
     まさかクサーラ卿に、擬装を見破られるとは」
    「済んだことです。お気になさらぬよう。
     ……と、もしやすると陛下たちも同じ道を進んでいるやも知れませんな」
    「そうだな。首尾よく拾えれば良いのだが」
     と、そう話していた矢先に、ノヴァが「あ」と声を上げた。
    「どうした?」
    「あっ、いえ、あの、多分見間違い……」
    「何と見間違えたのかな、ノヴァ?」
     ロガン卿が優しい口調でそう尋ねると、ノヴァは顔を赤らめながら、ぼそ、とつぶやく。
    「あの、アルトさん、に、その、似た方がいた、ように、えっと、でも」
    「アルト? ……トッド君か?」
     ノヴァが小さくうなずくのも確認せず、ロガン卿は馬車を止めて飛び降りる。
    「そこにいるのは、もしや……?」
     街道をわずかに外れ、毛布を胸の辺りにかけて、木の根元に寝転がっていた兎獣人に声をかける。
    「おや、その声は」
     兎獣人は顔を挙げ、ロガン卿に応答する。
    「やはり閣下でございましたか。察するに、早くも露見したと言うところでしょうか」
    「流石の慧眼であるな。その通りだ」
     アルトはひょいと立ち上がり、キャスケット帽を被って街道へと歩み寄る。
    「となると、ここでグズグズはしていられないようですな。
     陛下とシュウヤを起こしてきます。二人とも安全のため、奥で休んでもらっていたもので」
    「助かる」
     アルトは森の奥に入り、少しして秋也とモダス帝を伴って戻ってきた。
     モダス帝は目をこすりながら、ロガン卿に声をかける。
    「やあ、シャルル。しばらくぶりだな」
    「朝に別れたばかりでしょう」
     苦い顔を向けたロガン卿に、モダス帝はクスクスと笑って見せた。
    「そうだった。しかし君にとっては、もう何日も経った気分ではないか?」
    「仰る通りですな。まったく大変な一日でしたよ」
    「それは悪かった。君をなるべく危険には晒すまいとしたのだが、裏目になったようだ。
     こうなったら素直に頼むしかない。シャルル、一緒に来てくれるか?」
    「ええ、こちらこそよろしくお願いいたします。ただ、2人ばかり増えてしまいましたが」
    「旅のお供は多い方が楽しいもんですぜ」
     と、アルトが口を挟む。
    「よろしくお願いいたします、ロガン卿、そしてノヴァお嬢様」
     優雅に頭を下げたアルトに、ロガン卿は怪訝な目を向ける。
    「トッド君?」
    「なんでしょう?」
    「まさか……、手は付けておらんだろうな?」
    「まさかまさか。そうでしょう?」
     そう言っておいて、アルトはノヴァに笑顔を向ける。ところがそれを見たノヴァは、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
     初心過ぎる反応を返されたアルトは、慌ててロガン卿に弁解する。
    「……いやいや、本当に手を付けてなどおりません。ただ少しばかり、シュウヤを交えて話をしたくらいで。
     そうでしょう、ね、お嬢様?」
    「えっ、あっ、は、はい」
     ぶんぶんと頭を振る娘と冷や汗を浮かべるアルトとを交互に見比べ、ロガン卿ははあ、とため息を漏らした。
    「……信じることにしよう。だがトッド君、私は君を陛下の護衛として雇ったのだと言うことは、忘れないでもらいたい」
    「勿論ですとも。さ、さ、早く馬車に乗りましょう」
     アルトはそそくさと馬車に乗り、手綱を握って見せる。
    「シュウヤ、またお前さんに手伝ってもらいたいんだが、構わないか?」
    「ああ、いいよ」
     三々五々、馬車に乗り込む面々を、その一歩後ろで眺めつつ、秋也も馬車に向かう。
    「……まったく、行きも帰りもとんだ旅になりそうだな」
     秋也が小さくつぶやいたその言葉は、誰にも聞かれなかった。

    白猫夢・離国抄 終

    白猫夢・離国抄 4

    2012.08.17.[Edit]
    麒麟を巡る話、第73話。長い長い一日。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ロガン卿ら三人は大急ぎで街を抜け、郊外まで進んだ。「この先に、軍の詰所がある。馬車を借りれるか、聞いて来よう」「危険では……? 既に、軍全体に閣下を拿捕せよとの通達が出ておりますし」 そう尋ねたサンデルに、ロガン卿は首を横に振る。「私が相手であれば、融通も利くだろう。ここで待っていてくれ」 そう言ってロガン卿は娘を背か...

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    麒麟を巡る話、第74話。
    混乱する城内。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     モダス帝の失踪と、それに帝国の重鎮であるロガン卿が関与していた事実を受け、カプラス城内は大騒ぎになっていた。
    「まさかロガン卿が、こんな大それたことを企てるとは……」
    「陛下は果たしてご無事なのだろうか」
     側近らが集まり今後の対応、即ち誰がこの国を、皇帝に代行して引っ張っていくかを論じる場が立てられたが、誰も彼もがそれを口に出そうとしない。
    「……」
     会議の中心に座りながらまだ何も発言しない参謀アロイスが、その役割を担うであろうことは十中八九明らかだったからである。
    「……」
    「あの、クサーラ卿」
     会議が進展しないので、ようやく一人が声をかける。
    「なんだッ!?」
    「あっ、いや、……何でもござぃません」
     が、まるで吠えるように返事を返され、二の句が継げなくなる。
    「……卿!」
     と、意を決したらしい他の者が、負けじと強い口調で尋ねる。
    「なんだと聞いている!」
    「このままでは埒が明きません! どうか卿、あなたが陛下の代行を務める形で、当面の統治を行っていただけませんか?」
    「……」
     が、アロイスは答えない。
    「あの……?」
    「クサーラ卿?」
    「如何でしょうか?」
     側近らが何度か尋ね返すと、彼は唐突に立ち上がり、依然きつい口調のまま尋ね返してきた。
    「お前たちはフィッボがもう既にいないものとして、今後の統治を考えているのか?」
    「え? いや、ですからいない間は、と……」
    「フィッボはすぐ戻る! いいや、連れ戻すのだ! あのなんら道理の分かっていない無知蒙昧の逆臣、シャルル・ロガンの手からな!
     こんな会議などのんびりやっている場合ではない! いいか、すぐにフィッボ奪還の部隊を結成するのだ! 一日、一時間でも早く、フィッボをこの国の玉座に戻すのだ!」
    「い、いや、ですから。勿論奪還するにしても、その間は空位なわけですから」
     会議を進めようとした側近に、突然アロイスは歩み寄る。
    「分からんのかッ!」
    「え、あの、きょ」
     次の瞬間――その側近が、椅子ごと姿を消す。
    「!?」
    「ひっ……!」
     一瞬間を置いて、ぐちゃ、と何かが壁に叩きつけられる水っぽい音が、室内に鈍く響く。
    「何度も言わせるな……! 早急に、連れ戻すのだ!」
     そう叫び、アロイスは場を後にする。
    「うう……」
    「なんと、恐ろしい……」
     壁に頭からぶつけられ、下半身だけになった同僚の、血まみれの姿を見た側近らは、一様に顔を青ざめさせた。

     フィッボ・モダス帝の失踪したその日から、カプラス城内の雰囲気は悪しきものに変わった。
     アロイスの狂気じみた捜索が始まるとともに、いつ何時彼の機嫌を損ね、人の姿から血の詰まった肉塊へと変えられるかと言う物理的・直接的恐怖が、城内を覆っていた。
     そんな状況では、まともな政治運営すらできるわけがない。城内の、そして帝国の情勢は、さらに悪化の一途をたどった。



     一方、こちらはそんな事情など全く知る由もない秋也たち一行。
    「……ってなわけで、今も3世は生きているとのたまう教授らが絶えることはない、と言うわけでございます」
     馬車の中では、追われていることなど微塵も感じさせない陽気な口調で、アルトが面白おかしく話を聞かせている。
    「へぇ……。何と言うか、その……、不思議な、感じのお話ですね」
    「なるほど、大富豪の失踪と隠し財産のうわさ、であるか。確かにロマンめいたものを感じずにはいられんな」
     素直に感動した様子のロガン父娘に対し、御者台に座る秋也とサンデルは、懐疑的な意見を返す。
    「吾輩には眉唾としか思えんがなぁ」
    「まあ、オレもどっちかって言えば同意見っスねぇ。陛下はどうお考えでしょう?」
     秋也がそう水を向け、モダス帝はくすくすと笑って返す。
    「そうだな、私も現実主義者だから、そう信じられる話ではない。しかし実際、君は『ミッドランドの悪魔』に出会ったのだろう?」
    「え? ええ、まあ」
    「私の記憶が確かならば、ミッドランドはニコル3世が造成した街のはずだ。そしてその悪魔も、元々3世の別荘だった屋敷の地下に封印されていたのだろう?
     ならば他の、3世が造った街のどこかに、悪魔ではないにしろ、何かしらが封印されていてもおかしくはない。
     夢のある考えをするなら、それも有りだろう?」
    「なるほど、一理あるっスね」
    「ふむぅ……、確かに」
     二人が感心したところで、モダス帝が肩をすくめて見せる。
    「ああ、そうだ。言おう、言おうと思ってうっかりしていたが。
     旅の間だけで構わんから、どうか私のことは敬称ではなく、気楽にフィッボと呼んでもらえないだろうか?」
    「え、いや……」
    「繰り返し言うようだが、私は元々、在野の平民なのだ。そんな男が『帝』だの『陛下』だの祭り上げられるのは、正直落ち着かない。
     それに旅の間、そんな勿体つけた呼び方をしているのが周りに聞こえたら、問題の種になりかねん。極力、同僚・同輩として接してくれ」
     そこでアルトがくるりと顔を向け、こう答えてきた。
    「了解であります。ではこの旅の間は、単純にフィッボ君と」
    「ああ、そうしてくれ」
     モダス帝――フィッボは嬉しそうにうなずいた。

    白猫夢・帝憶抄 1

    2012.08.19.[Edit]
    麒麟を巡る話、第74話。混乱する城内。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. モダス帝の失踪と、それに帝国の重鎮であるロガン卿が関与していた事実を受け、カプラス城内は大騒ぎになっていた。「まさかロガン卿が、こんな大それたことを企てるとは……」「陛下は果たしてご無事なのだろうか」 側近らが集まり今後の対応、即ち誰がこの国を、皇帝に代行して引っ張っていくかを論じる場が立てられたが、誰も彼もがそれを口...

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    麒麟を巡る話、第75話。
    慇懃無礼。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     秋也たちの旅は、その往路の時にも増して危険なものであるはずだったが、どうやら帝都における混乱が、そのまま地方の軍事・警察配備にも響いているらしい。
     街をいくつか抜ける合間に、何度も軍や警吏とすれ違ったが、彼らは――皇帝のフィッボが間近で、にこやかに笑いかけても――むすっとした顔で素通りするばかりであった。
    「こうなると、私が皇帝だったことすら怪しいものだな」
     そううそぶくフィッボに、ロガン卿は苦い顔を返す。
    「いやいや、陛下、……もとい、フィッボ様は確かにその、『それ』であります」
    「……そうだな。そうであった」
     笑いながらそうつぶやいたフィッボに対し、御者台に座るアルトは、彼には顔を向けずに皮肉を返した。
    「のんきな御方ですな。重責から解放され、いささか能天気になったと見える」
    「トッド君!」
     ロガン卿がたしなめようとしたが、フィッボはそれを制する。
    「いや、アルト君の言う通りだ。少し気楽に過ぎたよ」
    「いえいえ、俺の言うことなど御気になさらぬよう。何しろ在野の、破落戸(ごろつき)同然の身でありますので」
    「……」
     アルトが嫌味なほど卑屈な態度を執ってくるため、馬車内の空気に険が差す。
     その空気を嫌った秋也は、つい大声を出してしまう。
    「おい、アルト!」
    「なんだよ?」
    「何か気に食わないって言うなら、はっきり言ったらどうだ?」
    「は?」
     アルトは、今度はきっちり秋也の方をにらんで答える。
    「すると何かい、お前さん。やんごとなきこの御方に『私めは貴方様のこれこれこう言うところが鼻持ちならんのであります』と真正面から言ってのけろ、とでも言うのかい?」
    「……貴様ッ!」
     次の瞬間――サンデルがアルトの襟を引っ張り、御者台から引きずり下ろした。
    「……っ、なんです大尉殿?」
    「無礼千万にも程があるだろうが! 陛下がこれほど心を砕いてくださっていると言うのに、何故貴様は一々癇に障る物言いばかりするのだ!」
    「だから、その質問に対してはさっきと同じ答えですよ。分からん御方ですな」
     アルトはくしゃくしゃにされた襟を正し、サンデルに背を向けた。
    「……~ッ」
    「もういい、サンデル」
     顔を真っ赤にして憤るサンデルを、ロガン卿がなだめる。
    「彼は彼なりに、何かしら思うところがあるのだろう。そしてそれは、口に出せばここにいる全員の気を害するものであり、故に思慮深い彼は言わんのだろう」
    「そう思っていただいて結構です、閣下」
     アルトはチラ、とロガン卿に目を向け、これだけ言って寝転んでしまった。
    「俺はしばらく休みます。お気遣いは無用です」
    「分かった」
     そう返しつつ、ロガン卿は御者台に座り、小声で秋也に尋ねてきた。
    「もしやと思うが、まさかトッド君はカプラスランドからずっとフィッボ様に対し、あの剣呑な調子で応対していたのか?」
    「ええ、はい。変なんですよ、ずっと。いつものアイツらしくなくて」
    「確かにそれは言える。いや、この道中にしても、私や娘に話す際はいつもの、気さくな彼であった。
     陛下に対して何か、悪い印象を持っているようだな」
    「そう……、なんですかね。オレからしたら、フィッボさんもすごくいい人だと思うんスけど」
    「多少の語弊はあるが、私も同意見だ。
     私は今までフィッボ様を含め、3人の君主に仕えてきたが、その中でもフィッボ様は最も優れ、慈愛に満ちた主だと、私は胸を張って言える」
    「いや、そんなことは……」
     否定しかけたフィッボに対し、サンデルがぶるぶると首を振った。
    「ご謙遜を! 吾輩なぞが言えることではありませんが、フィッボ様は誠に、為政者の鑑たる御方と存じております!」
    「そうか、うん、……それはありがとう」
    「いやいや、勿体無きお言葉を……」
     フィッボが困った顔をする反面、サンデルは嬉しそうに笑う。
    「……」
     この会話を聞いていたのかいなかったのか、アルトはこの間ずっと、毛布を被って横になっていた。

    白猫夢・帝憶抄 2

    2012.08.20.[Edit]
    麒麟を巡る話、第75話。慇懃無礼。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 秋也たちの旅は、その往路の時にも増して危険なものであるはずだったが、どうやら帝都における混乱が、そのまま地方の軍事・警察配備にも響いているらしい。 街をいくつか抜ける合間に、何度も軍や警吏とすれ違ったが、彼らは――皇帝のフィッボが間近で、にこやかに笑いかけても――むすっとした顔で素通りするばかりであった。「こうなると、私が皇...

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    麒麟を巡る話、第76話。
    野宿の夜。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     いくら急ぎの旅とは言え、夜になっては馬車を満足に走らせることはできない。道の見通しが悪く、路面状況も非常に分かり辛いし、何より馬が怖がるためである。
     かと言って、宿を取って休むことも勿論できない。一般的な西方風の服装をしたアルトとフィッボ、ノヴァはともかく、いかにも軍人風のロガン卿とサンデルに加え、異国の剣士である秋也と言う奇妙な面子では、いくらなんでも目に付き過ぎるからだ。
     消去法的に一行は、野宿と言う休息方法を採ることになった。

    「すう……、すう……」
    「ぐう、ぐう……」
    「んごご……、んがっ……」
     幸いにして、馬車は大人6人がゆったり足を伸ばして寝転べることができるくらいには広い。秋也を一人、寝ずの番に立て、残りは馬車の中で寝息を立てている。
    「ふあ、……ああ」
     秋也は欠伸を噛み殺しながら、焚火替わりの「火術灯」――これも言わずと知れた、トポリーノ野外雑貨の人気商品である――をぼんやり眺めていた。
    (こうして落ち着いて考えてみると、とんでもないコトになってるんだよなぁ。一国の主を連れて、その国に追われる身になってるって……。
     成り行きでここまで、コトが大きくなるなんて)
     秋也は改めて、白猫に対する訝しい思いを抱いた。
    (白猫……、アイツは一体何なんだろう。どうしてもオレには、何か良からぬコトのために、アイツにいいようにされてるような気しかしないんだよな。
     そりゃ確かに未来は見えるんだろうさ。誰も予想してないような、こんな事態にオレをひょいと巻き込ませられるんだから。だからアイツの力は確かだ。ソレは、納得できる。
     納得できないのは、その意図だ。どうしてオレなんだ? なんでオレをこんなコトに巻き込ませたんだ? ソレが分からない。
     アイツは一体オレを、どうしたいんだろうか)
     そんなことを考えているうち、目の前に置いていた「火術灯」の光がぼや……、と薄くなる。
    「あれっ? ……おっかしいな」
     灯が弱くなった原因を調べようと、秋也は手袋をはめ、それを手に取る。
    「んー……? 燃料はまだ入ってるよな? 空気穴も塞がってないし。となると……」
     ぱか、と灯りの蓋を開け、中の様子を確かめる。
    「うーん……」
     しかし特におかしいと思うような点もなく、秋也はうなるしかない。
     と、秋也の背後からひょい、と手が伸びる。
    「ああ、なるほど」
    「フィッボさん?」
     秋也の背後に、いつの間にかフィッボが立っていた。
    (あれ……、いつ起きたんだろ?)
     秋也も――免許皆伝に成り立てとは言え――ひとかどの剣士であるし、気配の読み方もそれなりに知っている。
     ところがこの兎獣人の気配を、秋也は少しも察知することができなかった。
    「ほら、ここ。魔法陣の基板が入ってるが、割れてしまっている。寿命だな」
    「え、……じゃあもう壊れちゃったってコトっスか」
    「ああ。元々が軍の備品だから、荒い使い方をしていたのだろうね。……いや、でも」
     フィッボは基板を取り出し、目を凝らして調べる。
    「直せるんですか?」
    「応急処置くらいならできなくもなさそうだ。ちょっと、馬車の中の灯りを取ってくる」
     そう言うとフィッボは、ポンと飛び跳ねた。
    「……っ!」
     俊敏な秋也やアルトでも、はしごを使わなければ登れない程度には大きな馬車である。
     ところがフィッボは、音もなくその大きな馬車の中に飛び込み、そして静かに地面へ降り立ち、秋也のところへ戻ってきた。
    「随分……、身軽なんですね」
    「ああ。私は少しばかり、他人より身体能力が高いから。
     早めに直してしまおう。これが無いと、皆が凍えてしまうからな」
     そう言ってフィッボは秋也の横に腰を下ろし、灯りを修理し始めた。
    「最前線にいた時は、こうやって何度も基板を修繕したものさ。戦い始めた頃は、補給もままならない状況が度々あったからね」
    「そっか……、昔はフィッボさん、戦ってたんですよね」
    「ああ。今はもう、武器を手に取るのも嫌になってしまったが」
    「どうしてです? 何かあった、とか?」
     そう聞いた時、秋也は内心、しまったと思った。フィッボの顔が、ひどく曇ってしまったからだ。
    「あ、えと……、その、……言いたくなければ、今の、無しで」
    「いや、話しておこう。君に依頼した内容にも、関わってくることだし」
     フィッボはそう返し、基板をいじりながら、昔の話をしてくれた。

    白猫夢・帝憶抄 3

    2012.08.21.[Edit]
    麒麟を巡る話、第76話。野宿の夜。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. いくら急ぎの旅とは言え、夜になっては馬車を満足に走らせることはできない。道の見通しが悪く、路面状況も非常に分かり辛いし、何より馬が怖がるためである。 かと言って、宿を取って休むことも勿論できない。一般的な西方風の服装をしたアルトとフィッボ、ノヴァはともかく、いかにも軍人風のロガン卿とサンデルに加え、異国の剣士である秋也と...

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    麒麟を巡る話、第77話。
    鉱山事故と杜撰な対応。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     双月暦523年、西方南部三国の一つ、グリサルジャン王国の最北端の、今は無きとある村。
     いや――その村はその日、消滅したのだ。



    「はぁっ、はぁ……、げほっ、げほっ」
     元々はほんのりと紫を帯びた赤い髪は、所々が白く脱色してしまっている。数時間前まで彼の自慢だった濃い銀色の兎耳と尻尾にも、白い斑点がぽつぽつと浮かんでいる。
    「だ、誰か……、助けて……」
     彼はがくんと膝を着き、その場に倒れこんだ。
     結局はそれが彼、フィリップの命を救うことになった。何故なら村を滅ぼし、彼の髪や耳尾を脱色させた原因であるそのガスは、空気より軽いものだったからだ。

     フィリップと彼の父親、父親の友人、そして彼自身の友人の多くは、村の北にある鉱山で働く鉱夫だった。
     俗に「西方三国」と呼ばれる三ヶ国の北には、東西に延びる形で希少金属の鉱脈があり、彼らはその採掘を生業としていた。
     しかし鉱山採掘には、様々な危険が伴う。掘り進んだ穴が落盤し、生き埋めになる危険。溶岩帯や間欠泉を掘り当て、焼け死ぬ危険。突如現れたクレバスに落ちる危険。そして――ガスが発生する危険もある。
     その日、鉱夫たちが掘り当ててしまったものは、その中でも極めて悪性の高いガスだった。毒性の強さに加え、極めて可燃性の高いガスであったため、掘り当てた瞬間に起こった火花でガスは一挙に爆発。彼以外の鉱夫は全員この爆発と、それによって起こった落盤によって死亡した。
     フィリップはこの時偶然にも、石を運び出す作業の最中であったため、爆風に吹き飛ばされるだけで済んだが、悪夢はそれで終わりではなかった。それまで村の下に溜まっていたものの、安定した状態にあったガスが、鉱山での爆発によって次々に連鎖反応を起こし、爆発と噴出を繰り返したのだ。

    「……っ」
     彼が目を覚ました時には、地表に噴き出したガスははるか上空へ散り、中毒の危険は去っていた。
     しかし依然、地中のガスは燃え続けており――。
    「……嘘だ、こんなの……! 夢に……、夢に決まってるっ……」
     村があった場所は大きく陥没し、轟々と火柱を上げる地獄絵図と化していた。



     数時間後、フィリップを含め生き残った村の人間十数名は、騒ぎを聞き付けた王国軍によって救出・保護された。
     そこでフィリップは、肉親や友人が亡くなったこと、村が壊滅状態になったことを聞かされたが、さらに彼を打ちのめしたのが――。
    「なんですって……!?」
    「だから、言った通りだ。明日には全員、基地から退去してもらう」
    「そんな無茶な! まだ顔が真っ青な子もいるし、僕みたいに、大ケガしてる人だって……」
    「口答えするな! これも御国のためだ」
     なんと国王から軍を通じて、保護した翌日には村へ戻って採掘を再開するようにとの指示が下されたのだ。
     爆発により坑道は完全に塞がっているし、村も依然として火柱が上がったままである。採掘どころか、まともに生活すらできない状況であることを、彼は通知してきた将校に訴えたが――。
    「ああ、分かった分かった! もういい、とにかく帰れ!
     我々は近々また、ロージュマーブルと戦争せねばならんのだ! こんな下らんことにいつまでも関わらせるな!」
    「は……!?」
     自分たちの、生死に関わる問題を「下らん」と言い切られ、温厚なフィリップも流石に激昂した。
    「く、下らないですって……! あなたたち程じゃないにしろ、僕たちだって死ぬ危険があったこの事故を、下らないと、そう言うんですか!?」
    「口答えするのか、貴様ッ!」
     その後に何があったかフィリップは覚えていなかったが、どうやら将校に殴る、蹴るの暴行を散々受け、気絶したらしい。

     もう一度目を覚ました時、フィリップは牢に放り込まれていた。
    「うっ、……く」
     痛む体を無理やりに起こし、彼は鉄格子によろよろとしがみついた。
    「僕は……、僕は許さないぞ……! 人の暮らしより、国民の安全より、自分勝手にドンパチやる方が好きなのか、お前らーッ!」
     その叫びに、すぐ兵士たちが駆けつける。
     フィリップはもう一度、体中が紫色になるまで殴りつけられた。



     これがフィリップ・モダス――後のフィッボ・モダス帝が立身しようと決意した、その契機である。

    白猫夢・帝憶抄 4

    2012.08.22.[Edit]
    麒麟を巡る話、第77話。鉱山事故と杜撰な対応。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 双月暦523年、西方南部三国の一つ、グリサルジャン王国の最北端の、今は無きとある村。 いや――その村はその日、消滅したのだ。「はぁっ、はぁ……、げほっ、げほっ」 元々はほんのりと紫を帯びた赤い髪は、所々が白く脱色してしまっている。数時間前まで彼の自慢だった濃い銀色の兎耳と尻尾にも、白い斑点がぽつぽつと浮かんでいる...

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    麒麟を巡る話、第78話。
    鉄の悪魔、六度目の降臨。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     フィリップは傷だらけのまま、基地の外に放り出された。
     正確に言えば、粗忽な兵士たちが気絶した彼を死んだものと勘違いし、ゴミと一緒に山へ捨てたのである。
    「ひゅー、ひゅ、っー……」
     放り出されてから数時間後、どうにか息を吹き返したものの、そのまま放置されれば死ぬのは明らかだった。
     しかしフィリップには、既に指一本動かすだけの気力も、体力も残っていない。
    (こんな……、こんな死に方……!)
     奇跡的に戻った意識が、刻一刻と薄まっていく。
    (僕の人生って……、一体……、なん……だったん……だ……)
     腫れ上がった目から、血と一緒に涙が流れてくる。
     フィリップは今度こそ、死を覚悟した。

     その時だった。
    「お前はここで死ぬべき器ではない」
     瀕死の彼に、話しかける者がいる。
    「ひゅーっ……」
     言葉を返そうとしたが、どうやら肺かのどに穴が開いているらしい。声はただの風音となって、口から出てきた。
     それでも、そのフードを深く被った男は、フィリップの意思を察したようだった。
    「私は御子に仕える命を受けた者。そう、お前こそが次代の御子となるべき器なのだ」
     彼が何を言っているのかはさっぱり分からなかったが、それでもフィリップは、口からひゅーひゅーと弱々しい声を出し、助けを乞う。
    「お前に力を与えよう。この世を動かし、意のままに操れるだけの力を」
     フードの男が、フィリップの額に掌を押し付けた。



    「……!」
     鳥の鳴き声で、フィリップは目を覚ました。
    「あ……れ?」
     昨夜の出来事が、脳裏に蘇ってくる。
    「ここは……、天国?」
    「そうではない。現世だ」
     傍らに立っていたあのフードの男が、フィリップの独り言に答えた。
    「うわっ!? ……あ、と、あなたは、昨夜の?」
    「そうだ」
    「あなたが、僕を助けてくれたの?」
    「正確には違う。お前自身の力を増幅し、その結果、お前はお前自身の力で、己の傷を治したのだ」
    「……? どう言うこと?」
     男の言うことが分からず、フィリップは首を傾げる。
    「立てるか?」
     フィリップの問いに対し、男はそう返した。
    「え? ……うん、普通に立てるよ」
    「兵士らにあれだけ暴行を受けた体でも、か?」
    「あれ? そう言えば……」
     フィリップは自分の体を確かめてみる。服はボロボロになっているが、体にはあざ一つ付いていない。
    「人間には自然治癒力と言う力が備わっている。多少の怪我でも、放っておけば数日で治ってしまうのは、その力によるものだ。だが普通の人間であれば肉が裂け、骨が折れるようなダメージまで治癒できる力は持っていない。
     お前はその限界を、大きく凌駕しているのだ」
    「僕が? まさか! だって僕は、ただの鉱夫見習いだよ?」
     否定するフィリップに対し、男は突然、フィリップの腕を取った。
    「な、なに?」
    「良く見てみるがいい、己の腕を」
    「え……?」
     言われるがまま、フィリップは自分の腕を観察する。
    「……あれ?」
     鉱山で働いていたし、元々それなりに筋肉は付いていた。
     しかし今、男に掴まれているその腕は、昨日とはまるで筋肉の量、そして付き方が違って見える。
    「これって……?」
    「もう一度言う。お前の力は飛躍的に増幅されているのだ。昨日までのお前とは、まったくの別人と思え」
    「って言われても」
     ぼんやりとした返事をしたフィリップの手を放し、男は近くの木を指差した。
    「殴ってみろ。全力でだ。それですべてが分かる」
    「えー……、痛そうなんだけど」
     文句を言いながらも、フィリップは拳を固め、木の前に立ってみる。
     自分でも信じられないほど腕にみなぎっていた力を、試してみたくなったからだ。
    「じゃあ、……えいっ!」
     フィリップは言われた通りに、木の幹を殴りつける。
     次の瞬間――ベキベキと木の裂ける音とともに、フィリップの拳が木の反対側に突き抜けていた。
    「なっ、……えええっ!?」
    「分かっただろう。お前は既に、昨日までのお前ではないのだ。
     お前は御子――乱れしこの世を真に治める使命を負った、この世にただ一人の存在なのだ」

    白猫夢・帝憶抄 5

    2012.08.24.[Edit]
    麒麟を巡る話、第78話。鉄の悪魔、六度目の降臨。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. フィリップは傷だらけのまま、基地の外に放り出された。 正確に言えば、粗忽な兵士たちが気絶した彼を死んだものと勘違いし、ゴミと一緒に山へ捨てたのである。「ひゅー、ひゅ、っー……」 放り出されてから数時間後、どうにか息を吹き返したものの、そのまま放置されれば死ぬのは明らかだった。 しかしフィリップには、既に指一本...

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    麒麟を巡る話、第79話。
    怒りの戦場。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     フィリップの村でガス爆発事故が起こった、その翌日の夜――。
    「整備を急げ! 明日には前線へ、物資を運び出さねばならんのだ!」
    「了解です!」
     フィリップが暴行を受けたこの基地では、再び起こると目されている戦争に向け、準備が進められていた。
     彼らの頭には鉱村での爆発のことなど、既に欠片も残っていない。

     だから――この襲撃が一体何の理由で行われたか、誰も分からなかった。
    「……ん?」
     どこかから悲鳴が聞こえ、作業の手が止まる。
    「今のは?」
     誰ともなく問いかけられたが、そこへ「答え」の方からやって来た。
    「そんなに戦争したいのか、あんたら」
    「え?」
     バキバキと音を立て、鉄製の扉が引きちぎられる。
    「なっ……!?」
    「そんなに戦争したいのかって聞いてるんだ! どうなんだ、答えろッ!」
     入ってきた兎獣人の少年――フィリップを見て、兵士たちは武器を取り、バタバタと彼の周りに散開する。
    「何者だ!?」
    「ロージュマーブルの刺客か!?」
    「それともプラティノアールの……?」
     口々に兵士たちが素性を尋ねてくるが、フィリップが「そうだ」と答えられるものは、一つとして無かった。
    「僕を覚えていないのか? 僕たちを、覚えていないと言うのか?」
     フィリップの問いに対しても、彼らは呆れた反応を見せた。
    「なに……?」
    「誰だ?」
    「会ったことが?」
     きょとんとする彼らの中には、フィリップを殴りつけた者もいる。
     それでも覚えがない様子の彼らを見て、いよいよフィリップは怒り出した。
    「そんなに戦争がしたいんだな。自国の僕たちが生きるか死ぬかの目に遭ってるってのに、あんたらはそんなことも気にせず、隣の国と戦うことばかりに活き活きしてるのか。
     じゃあ、やってやるよ……! 僕一人と、お前らとでだッ!」
     そう叫び、フィリップは徒手空拳のまま、兵士の一人に駆け寄る。
    「む……!」
     兵士は腰に佩いていた短剣を抜きかけたが、その前にフィリップの拳が彼の顎を捉える。
    「はが……っ」
     一撃で顎と首の骨が粉砕され、兵士の歯が4分の3近く、床や壁に飛び散る。そして兵士自身も殴られた衝撃でくるくると二回転し、床へと倒れ込む。
     その首はさらに180度曲がり、彼は自分の背中を見つめる形となって息絶えた。
    「な、なんて馬鹿力だ!?」
    「くそッ! これならどうだッ!」
     他の兵士が小銃をフィリップに向け、引き金を引く。
     ところがその瞬間――。
    「ごばっ……」
     いつの間にかぐにゃりと曲げられていた銃身に弾が詰まり、腔発(こうはつ)する。腰に抱え込む形で構えていたため、散乱した小銃の部品が彼の腹を貫通し、拳大の大穴を開けた。
    「……ば、馬鹿な」
     10秒も経たないうちに2人が惨殺され、兵士たちは戦慄した。
    「どうした!? やらないのか!? これがあんたらの望みだったんだろ……!?」
    「ひっ……」

     フィリップの村が突如として消滅したように、その基地もフィリップが乗り込んでから1時間余りで、呆気なく壊滅した。



    「……」
     あちこちで火の手が上がり、燃え落ちる基地を背にして、フィリップは立ち尽くしていた。
    「気は済んだか」
     と、あのフードの男がいつの間にか、彼の傍らに立っていた。
    「……済んだよ。……いや、やっぱりまだ、モヤモヤしてるかも。いや、してる。
     だってこんなことをしても、父さんも母さんも妹たちも、友達も帰って来ないんだもの。怒りを無茶苦茶にぶちまけただけだよ、こんなの」
    「しかし迂遠(うえん)ながらも、原因の一つは潰したわけだ」
    「原因だって?」
     尋ねたフィリップに、フードの男はこう答える。
    「そもそも、お前たちが暗い穴倉の奥底で鉱石を掘っていたのは誰のためだ? 石を掘らず、地上で草や牛を相手にしていれば、此度の事故など起こるはずも無かった。違うか?」
    「……違わない、ね」
    「石を欲したのは誰だ? お前たちだったか? お前たちはあの石ころを食べていたのか?」
    「それも違う。欲したのは、王様だ。戦費を稼ぐために、僕たちに何十年も採掘することを強いていたんだ。
     ……そうか、そう言うことか。分かったよ。王様が戦争やりたいって言わなけりゃ、僕たちは鉱夫なんてやってなかったんだな」
     フィリップは振り返り、燃える基地に足を向けた。
    「どこへ行く?」
    「まだ燃えてない装備があるかも知れない。それを、取りに行く」
    「それを使って、何をする?」
    「王様がそんなに戦争したいんなら、僕が相手になってやる。
     そして――王様を倒す。僕がその上に立つんだ」
     フードの男はそれを聞くと、こう返した。
    「よろしい。ではお前はこれより、御子たる証となる名を名乗るのだ。
     お前の名は、これよりフィッボだ」

     これがフィリップ少年とフードの男、アロイス・クサーラ卿との出会いだった。

    白猫夢・帝憶抄 6

    2012.08.25.[Edit]
    麒麟を巡る話、第79話。怒りの戦場。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. フィリップの村でガス爆発事故が起こった、その翌日の夜――。「整備を急げ! 明日には前線へ、物資を運び出さねばならんのだ!」「了解です!」 フィリップが暴行を受けたこの基地では、再び起こると目されている戦争に向け、準備が進められていた。 彼らの頭には鉱村での爆発のことなど、既に欠片も残っていない。 だから――この襲撃が一体何...

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    麒麟を巡る話、第80話。
    夢は悪夢となって。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     フィリップ改め、フィッボ・モダスと名乗るようになった彼は、王からの圧政で苦しめられてきた村々を回り、反王国の同志を集めた。
     3つの村を――それも自分の村と同じように、崩壊した廃村である――回ったところで集まったのはたった200人だったが、フィッボにとってはそれで十分だった。
     何故なら彼自身が一騎当千、いや、一騎当万、当十万と言うべき、恐ろしいほどの実力を備えていたからである。



     そして3年後、グリサルジャン王国の中心、カプラス城。
    「わ、わしが悪かった! わしの負けだ! だから、だからどうか、命だけは……」
    「お前の欲で、どれだけの人間が犠牲になってきたと思ってるんだ!」
     フィッボは泣きわめく国王に向け、剣を投げ付ける。
    「誰がお前など助けるかッ! 死んで詫びろーッ!」
    「ぐぎゃああ……っ」
     剣は国王の胸を貫通し、玉座へ磔(はりつけ)にした。
    「……終わった」
     そうつぶやいた彼に、彼の背後に立っていた者たちが応える。
    「おめでとうございます、陛下」
    「これで長い戦いにも、終止符が打たれましたな」
     既にこの頃、彼に従う者たちは当初の100倍、2万人となっていた。
    「そうだな」
     フィッボは玉座に突き刺さったままの剣を抜き、国王の死骸を傍らに放り捨て、まだ血の滴るその椅子に座った。
    「本日を以て、グリサルジャン王国は我がモダス帝国の傘下に入った。
     今後は国号をグリソモダス帝国とし、新たな歴史を紡ぐこととしよう」
     その宣言に、側近たちは城が揺れんばかりの、喜びの声を上げた。

     フィッボが新たな国王となり、帝国領内にはしばしの平和が訪れるかと思われた。
     フィッボは危険な鉱山採掘のいくつかに対して閉鎖を指示すると共に、代わりの産業として、酪農を推進しようとした。
     これにより、フィッボが望んでいた通りの平和が訪れると思われたが――。
    「そうか……。どうにかして、和平の道を探れないものか」
     隣国であるロージュマーブル王国の兵士が、国境付近で度々目撃されるようになったのである。
     フィッボは旧王国下でも穏健派として知られており、この頃既に側近の一人となっていたシャルル・ロガン卿に、この件を相談した。
    「難しいところではありますな。いくらこちらの内情が変わったとは言え、土地の質が変わったわけではありませんからな。
     彼奴らの目的は依然として、北にある鉱山にあります故」
    「鉱山か。となると……、そうだな」
     フィッボはこんなことを提案した。
    「鉱山の採掘権は、すべてロージュマーブルや、ついでにプラティノアールにもくれてやっても良いのではないか?」
    「な、なんと!?」
    「落ち着け、シャルル。その代わりにだ、産出されたものに関しては、そうだな……、我々と向こうで3対7くらいで折半するよう、提案してみてはどうだろうか?」
    「しかしそれだと、強欲な相手方が納得するかどうか。よしんば合意したとして、その取り決めを守るような連中とも思えませんが……」
    「そこも対策は考えている」
     フィッボは自分を指差し、こう言ってのけた。
    「もし取り決めを無視し、向こうが独占するようなことがあれば、私が懲らしめにかかる。我が国内であるから、それは容易だ。
     それに2ヶ国へ打診するのは、『もし片方が断った際、もう片方の丸儲けになるかも知れない』、それを予想させるためだ」
    「なるほど、向こう2つも仲の悪さは折り紙つきですからな。左様な提案をすれば、両者とも出張って来ざるを得ない、と」
    「そう言うことだ。では早速、割譲できそうな鉱山を視察に行くとしよう」

     フィッボはロガン卿を伴い、鉱山地帯の村へと向かった。
    「とは言え、旧王国時代に比べれば操業率は大幅に下がっているはずだ。私も元は鉱夫だったからな、あの暗さと汚さと苦しさは身に染みて知っている。
     今は恐らく、牧歌的な風景が広がっていることだろう」
     フィッボはロガン卿にそう予想を聞かせ、微笑んだ。
     しかし――村に着いた途端、その予想は砕け散った。
    「な、なんだ、これは!?」
     村には牧草や家畜どころか、人の姿すら見えない。
     それどころか元々村があったはずの場所には、露天掘りを行ったと思われる、人工的な大穴が空いている。
    「これは……、採掘を!? 何故だっ!?」
     フィッボは穴に駆け寄り、大声を上げた。
    「これはどう言うことだ!? 誰かいないのか!?」
     しかし、何の声も返っては来ない。
    「ここは確かに、私が酪農を行うよう指示したはず! 決して、採掘を推進せよなどとは命じていないはずだ!」
     と、穴の底の方から、のそ……、と人が現れた。
    「おい、そこの君! これは一体、誰の指示で行っているのだ!?」
     穴の底にいた鉱夫は、疲れ切った声でこう返した。
    「誰って……、フィッボ・モダス皇帝陛下ですよ。側近のクサーラ卿から直々に、そう聞かされましてね。
     なんでも村人総出で、とにかく掘って掘って掘りまくるようにって。まったく、ようやく穴掘りから解放されるかと思ったら、とんだ君主様でさ」

    白猫夢・帝憶抄 7

    2012.08.26.[Edit]
    麒麟を巡る話、第80話。夢は悪夢となって。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. フィリップ改め、フィッボ・モダスと名乗るようになった彼は、王からの圧政で苦しめられてきた村々を回り、反王国の同志を集めた。 3つの村を――それも自分の村と同じように、崩壊した廃村である――回ったところで集まったのはたった200人だったが、フィッボにとってはそれで十分だった。 何故なら彼自身が一騎当千、いや、一騎当万、...

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    麒麟を巡る話、第81話。
    それはまるで、地獄巡りのように。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
    「どう言うことだ、アロイスッ!」
     フィッボは大慌てで城に戻り、アロイスを詰問した。
    「私は鉱山採掘をやめるよう、全面的に通達を出したはずだ! それが今しがた視察に行ってみれば、やめているどころか、以前にも増して阿漕な採掘を行っているではないか!?
     しかもそれを指示したのは私の名を騙った、他ならぬお前だと言う! どう言うことなのか、説明してもらおうか……!」
     これに対し、アロイスは感情のまったくこもらない声で、こう返した。
    「戦争には莫大な戦費がかかる。酪農などと言った産業では到底、賄うことはできない。
     お前は金を稼ぐ術を分かっていないようだからな。私が手配しておいた」
    「何を言っているんだ!? 戦争はもう……」
    「現在、ロージュマーブル王国からの牽制が強まっている傾向にある。戦争状態になるのは明白だ。そのため戦費を集め、備えねばならんのだ。
     とは言え今現在、装備は既に十分な数が集まっている。兵士の徴用も終わっている。後はフィッボ、お前が宣戦布告を行うだけだが……」
     と、そこへ伝令がやって来た。
    「宣戦布告の旨、ロージュマーブルが受諾しました」
    「なっ……」
     青ざめ、よろめきかけるフィッボに、アロイスは冷たい口調で命令した。
    「さあ、戦うのだフィッボ。お前はこの世界を統べる御子なのだから」

     2度目の戦いは、フィッボにとって苦痛以外の何物でもなかった。
     無理矢理に徴兵されてきた兵士からは常に怨嗟と怒りに満ちた視線を向けられていたし、豊富な軍事物資もすべて、人民の生活基盤を犠牲にして得たものである。
     国民の血を吸い取ったかのような陣営をたのみにすることなど、心優しいフィッボにはできようはずもない。彼はロージュマーブルとの戦いの半分以上を、単騎で戦い通した。
     それは以前にも増して孤独で、誰からも喜ばれることも、称賛されることもない、これまで以上に恨みと悲しみと疲労感しか残らない、悲惨な結果だけが待つ戦いとなった。

     それでも――双月暦529年、彼はロージュマーブル王国を陥落させ、国号をグリスロージュと変えて、戦いを終わらせた。
     彼の心はこの頃既に、形容する言葉が無いほどに真っ暗な、希望の光を失った状態に堕ちていた。
    「ご苦労だった、フィッボ」
     そんな憔悴しきった彼に一片の労いも見せることなく、アロイスはこう命じる。
    「次はプラティノアール王国だ。既に戦費の蓄えを始めている。徴兵も、元ロージュマーブルの領地より大々的に行っている。3ヶ月もあれば、次の戦いを始められるだろう」
    「……アロイス……、君は何を、考えているんだ……!」
     体の奥から搾り出すようにフィッボは声を上げ、そう問いかける。
     だがアロイスからは、淡々と、しかし心ある人間とは到底思えないような、そんな答えが返ってくるばかりだった。
    「言うまでもないことだ。お前を世界の王にする。それだけだ」



    「流石にね」
     基盤を修繕し終え、フィッボはそれを灯りの中に戻す。
    「それ以上戦うのは、私には無理だったよ。それ以上に戦い、恨みを一身にぶつけられては、私はとても正気を保ってはいられなかっただろう」
    「だから、クサーラ卿を暗殺しようと?」
    「そうだ。だが前にも言った通り6度も試みたわけだが、一度として成功することは無かった。
     とは言え、そのまま絶望に圧されて己を殺すことも、私には耐えられない恐怖だった。だから10年、亡命の機会を待っていたのだ。
     ……さてと、点くかな?」
     フィッボは灯りの蓋を閉じ、スイッチを入れる。
     灯りは以前と同じように、ぽわ……、と温かい光を発した。
    「よし、直ったみたいだ。……シュウヤ君、後は私が番をしておこうか?」
    「いや……、大丈夫っス。フィッボさんの方こそ、寝ていてくださいよ。途中で代わってもらったなんてロガン卿が知ったら、オレ、大目玉食らっちゃいますし」
    「はは……、それもそうか。では朝まで、話に付き合ってもらうとしようかな。実はね」
     フィッボは兎耳をコリコリとかきながら、申し訳なさそうにこう続けた。
    「ここ数年、2時間以上寝られたことが無いんだ。夢にいつも、悪魔が出てくるものだから」
    「……そう、スか」
    「だから今夜はもう寝られそうにないし、話し相手になってくれるかな」
    「ええ、オレで良ければ。……って言うか、オレ以外にいないスね」
    「はは、そうだった。じゃあ、シュウヤ君。君の話を聞かせてもらおうかな」
    「オレの? うーん、そうっスねー……、じゃあオレのお袋の話でも」
    「君のお母さん?」
    「ええ。セイナ・コウって知ってますかね?」
    「聞いたことがあるが、……うん? 君の名字もコウだったが、まさか?」
    「ええ、そのまさかです」
     その後は朝まで、秋也は自分の母の英雄譚をフィッボに聞かせていた。

    「……」
     そして話の間中――馬車の縁に、アルトの兎耳がそっと立てられていたことには、二人は気付いていなかった。

    白猫夢・帝憶抄 終

    白猫夢・帝憶抄 8

    2012.08.27.[Edit]
    麒麟を巡る話、第81話。それはまるで、地獄巡りのように。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8.「どう言うことだ、アロイスッ!」 フィッボは大慌てで城に戻り、アロイスを詰問した。「私は鉱山採掘をやめるよう、全面的に通達を出したはずだ! それが今しがた視察に行ってみれば、やめているどころか、以前にも増して阿漕な採掘を行っているではないか!? しかもそれを指示したのは私の名を騙った、他ならぬお前だと...

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    麒麟を巡る話、第82話。
    城の混乱、街の混乱。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     フィッボが城を抜けて既に半月が経過し、カプラス城内はいよいよ、混乱を極めていた。
    「まだ決裁のサインがいただけてないのですが……」
    「対プラティノアール前線基地より、敵方の斥候が多数確認されているとの報告が……」
    「民衆より、次回配給を早めてほしいとの嘆願書が……」
     本来なら皇帝、もしくはその側近が対応すべき事案が日に日に溜まっていく一方で、その処理はまったく進んでいない。
     何故なら活動のすべてを、フィッボ捜索に費やしているからだ。
    「そんなことはどうでもいい! 放っておけ! 大事なのはフィッボを見つけ、玉座に連れ戻すことだ!」
    「いや、しかしですね、このままでは我が国の運営に……」
     そしてアロイスに意見しようとする者がいれば――。
    「放っておけと言っているのが分からんのか、この木偶めが!」
    「げぼ……っ」
     容赦なく、アロイスに殺される。
    「……ひどいものだ」
    「ああ。まったくだ」
     その混乱を傍で眺める者たちは、密かに亡命を企てるようになった。
    「陛下も逃げたのだから、我々が逃げても咎められはせん、……な?」
    「そうだな。それは然り、と言える」
    「これ以上ここに留まれば、いつあんな風になっても……」
     彼らは今この瞬間にまた一人、頭を吹き飛ばされるのを見て、震えたため息を漏らした。



     一方、秋也たちの旅は順調に進んでいた。
    「とうとう国境前に来たな」
    「ですな。にしても余程、大臣やら将軍やらの連中は混乱をきたしていると見える」
     アルトの言葉に、秋也が反応する。
    「追ってこないからか?」
    「それもあるが、もういっこ目に付くのは、この辺りの雰囲気さ。
     こないだ俺たちがここを通りかかった時には非戦闘民、いわゆる一般人が普通に生活してるのは結構目にしてたけれっども、今は全然いやしない。
     その代わり、家やら店やらはメチャクチャになってる。盗みなり家探しなりされた感じだ。ってことは、街の奴らはとっくの昔にどっか遠く、敵に襲われないようなところに逃げたってことになる。
     メチャクチャにしたのはこっち側の兵士か、それか侵入してきた向こうの兵士かも知れないが、どうしてそんなことをするのか、あるいはできたのか?
     こっち側がやった場合であれば物資の補給が無いのか、持ってる物資では間に合わないほど攻撃を受けてるから独断専行で徴発したか、そのどっちかだ。
     向こう側であれば当然略奪目的だろうが、そんなことがこれだけの範囲でできるとなれば、よほどこっち側の警備がザルになってるってことになる。
     どっちにしてもこれだけ荒れてるってことは、既に末端への対応ができないほど混乱をきたしてるってことになるわけだ。俺たちが初めてここを通った、つまり陛下が城内にいらっしゃり、統治が曲がりなりにもできてた時には、ここは普通の街だったんだからな」
    「なるほどな……」
     街の惨状を目にし、フィッボは沈痛な表情を浮かべている。
    「どうあがいても、私は人民を不幸にしていると言うことか」
    「そうなりますな」
     にべもなくそう返したアルトに、秋也は苦い表情で返す。
    「そんな言い方すんなよ……。フィッボさんが気にしてないと思ってんのか?」
    「一々御大の肩を持つようだけどな、シュウヤ。御大が何をどう思っていようと、事実は一つなんだぜ?
     何万人もの人間が犠牲になったその上に、偉そうにふんぞり返ってたって言うその事実は、何をどう言い繕ったって変わらないんだからな」
    「……」
     アルトの辛辣極まりない言葉に、誰も何も言わない。
    「皆様方、俺のことを心底嫌な奴だと思ってるでしょうけれっども、事実は事実なんですぜ?
     俺としちゃ、今でも御大に何らかのけじめを付けてほしいと思ってるんですがね」
    「……だから、ソレを今からしに行くんだろうが。お前こそ、何度同じコトをフィッボさんに言わせれば気が済むんだ?」
    「何度でもさ。それこそ、地獄の果てまでも追いかけて、延々そのお耳に唱えてやりたいくらいにな。これっくらいじゃ全然、御大の秀麗なるその頭にゃ、ちっとも入ってないみたいだし」
     この言葉に、秋也の頭の中は煮えくり返った。

    白猫夢・跳境抄 1

    2012.08.29.[Edit]
    麒麟を巡る話、第82話。城の混乱、街の混乱。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. フィッボが城を抜けて既に半月が経過し、カプラス城内はいよいよ、混乱を極めていた。「まだ決裁のサインがいただけてないのですが……」「対プラティノアール前線基地より、敵方の斥候が多数確認されているとの報告が……」「民衆より、次回配給を早めてほしいとの嘆願書が……」 本来なら皇帝、もしくはその側近が対応すべき事案が日に日に...

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    麒麟を巡る話、第83話。
    癇に障るキーパーソン。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「貴様……!」
     サンデルが憤った声を漏らしたが、秋也はそれ以上に怒っていた。
    「いい加減にしやがれよ、アルト……! なんでお前にソコまで言われなきゃならない? そんなに嫌なのかよ、フィッボさんが」
    「『そうだ』ってそれこそ、何度も言ったはずだがねぇ? 何回言えば分かるんだ、バカかお前?」
    「バカはお前だ!」
     気が付いた時には、秋也の拳がアルトに向かって伸びていた。
     だがアルトはそれを見越していたらしく、がっちりと秋也の拳を受け止める。
    「っつ……、痛えなぁ」
    「もうお前、一人で帰れよ! そんなにこの仕事が嫌ならな!」
    「仕事は仕事だ。ちゃんとやるさ。依頼人から断られない限りはな。
     ですよね、フィッボ殿?」
    「……ああ。その通りだ」
     これだけ非難され、罵倒されても、フィッボはアルトの首を切ろうとはしない。
     それが奇異なものに感じられ、秋也は叫ぶ。
    「どうして言われるままにするんですか、フィッボさん!?」
    「声が大きいぜ、シュウヤ。お前さんこそ、仕事してる自覚あんのか?」
    「お前よりはマシだろ!? 仕事だって言うなら、なんで依頼人をバカにするようなコトばっかり言うんだ!?」
    「依頼内容に『自分をバカにしてはいけない』とは明言されてないからな」
    「だったら『バカにしろ』とも言ってないだろ!?」
    「もういい、いいんだ、シュウヤ君」
     と、フィッボが顔を蒼くしつつ、秋也を制した。
    「フィッボさん……」
    「君の気持ちはありがたい。だが、この仕事には彼の力が必要だ。ここで離れられては、この先の道のりは非常に困難なものになる」
    「……」
    「だ、そうだ。その上で何か反論があるってんなら聞かせてもらおうか、シュウヤ」
    「……ねえよ」
     秋也はギリギリと歯噛みしたが、それ以上何も言わなかった。

     アルトの剣呑な振る舞いには辟易していた一同だったが、それでも彼の洞察力と判断力に助けられることは多かった。
     国境を越えようとするこの時にも、その力は遺憾なく発揮された。
    「どうすれば皆に知られず、越えることができるだろうか?」
     つい先程まで、散々ひどく罵倒されたことも気にしていないような素振りで、フィッボはアルトに尋ねる。
    「そうですな、一つの要因として『兵士らが我々に注視するか否か』が鍵になりますでしょう。もし注意を向けられないほど事態が混乱していれば、事は簡単に済みます。そのまま通ったとして、何の問題も起きない。
     ですが生憎、そこまで混乱してはいないようですな。この真っ昼間っから疲れ切った顔こそしているものの、ちゃんと立番している者が2名。詰所にも多数の兵士が見えます。
     となればあえて混乱させ、その隙に乗じて越えるしかありませんな」
     アルトは馬車の床に一枚の紙を広げ、ちょいちょいと線や丸を描く。
    「これが簡単な、国境周辺の略図です。この線が国境、真ん中の大小の四角がそれぞれ、関所と詰所です。で、我々はここ、この丸印のところにいます。
     何かあれば、兵士たちは詰所から出張り、そちらに向かう。そう指示されているでしょうから。特に壁の向こう側、敵国側で何らかの動きがあれば、過敏に反応せざるを得ない。
     と、こう来れば結論は自明であります。即ち」
     アルトは地図の、丸印が描かれている側と、国境を挟んで反対の位置に×印を描いた。
    「この辺りで何らかの異常が発生すれば、兵士は総出でここへ向かうわけです。
     そこで我々が行う行動は、まずこの中の一人が、兵士たちに気付かれぬよう壁を越え、向こうで騒ぎを起こす。
     そうすれば当然、兵士たちはそちらに向かう。その間に馬車が関所を強行突破して抜け、騒ぎを起こした役を回収し、そのまま逃走。これで解決です」
    「聞くけどさ、アルト」
     と、ここで秋也が質問する。
    「その、壁の向こうに行って騒ぐのは、誰がやるんだ?」
    「消去法で考えてみろよ、シュウヤ。
     まず、ノヴァ嬢にこんな危ないことはさせられない。大柄で騒々しいサンデル氏では、こそっとやるのはまず無理。そして軍人とは言え、ロガン卿はあまり荒事に慣れていない。
     勿論フィッボの御大にそんなことをさせては本末転倒。万が一身柄を回収できなければ、すべてが水の泡だ。
     となれば、やるのは俺かシュウヤ、お前さんかになるわけだ」
    「……じゃあ、オレがやるよ。身軽だし、馬車を動かすのはアンタの方がうまいからな」
    「決まりだな。じゃあもうちょっと細かく、作戦を立てていくとするか」

    白猫夢・跳境抄 2

    2012.08.30.[Edit]
    麒麟を巡る話、第83話。癇に障るキーパーソン。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「貴様……!」 サンデルが憤った声を漏らしたが、秋也はそれ以上に怒っていた。「いい加減にしやがれよ、アルト……! なんでお前にソコまで言われなきゃならない? そんなに嫌なのかよ、フィッボさんが」「『そうだ』ってそれこそ、何度も言ったはずだがねぇ? 何回言えば分かるんだ、バカかお前?」「バカはお前だ!」 気が付いた時...

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    麒麟を巡る話、第84話。
    小銃相手の白兵戦。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     アルトの立てた作戦は、次の通り。
     まず、秋也が鉤縄(かぎなわ:一端に鉤爪が付いた縄ばしごである)を使って壁を越え、そこで爆竹を使って騒ぎを起こす。遠くから聞けば銃の発砲音に良く似ているため、兵士たちは敵の襲撃と勘違いし、そこへ押しかける。
     その隙にアルトが馬車を動かし、守りの薄くなった関所を強行突破。後は秋也のいるところまで駆け、彼を回収して遠くへ逃げ去る、と言うものである。

     秋也は爆竹を風呂敷に包んで背負い、兵士たちの目が届かない辺りにまで、壁伝いに南下する。
    「ココでいいかな。……よっと」
     秋也は鉤縄をくるくると回し、壁の上端を目がけて投げつける。一度も使ったことのない道具ではあったが、思いの外簡単に、鉤は壁の向こう側に食い込んだ。
    (ムカつくけど、アイツの言うとおりかもな。やってみれば、案外できるもんなんだな)
     3メートルほどの高さをよじ登り、秋也は周囲を見渡す。
    (プラティノアール兵の姿は無いな。グリスロージュ側も、こっちにはいないっぽい)
    鉤爪を外し、今度は登ってきた辺りに食い込ませて、そっと降りる。
    「……ふう。で、後はコレか」
     秋也は背負っていた風呂敷を開き、爆竹を取り出そうとした。
     ところが――。
    「ん?」
     秋也の前方に数ヶ所、不自然に盛り上がった草むらがいくつか確認できる。それが動いたように見え、秋也は瞬きした。
    「気のせい……」
     と、その草むらががばっと翻り、その下からは――。
    「……じゃなかった」
     小銃を背負ったプラティノアールの兵士たちが、続々と現れた。

    「んー」
     アルトが懐中時計を確認し、低く唸る。
    「遅い、……か?」
     尋ねたロガン卿に、アルトは無言でうなずく。
    「あの、何か、その、あったのでしょうか」
     不安げな表情を浮かべたノヴァに、アルトは肩をすくめる。
    「それか、まだ壁のこっち側でまごついてるかのどっちかですな。どちらにせよ、まだ動くのは早計と……」
     そう言いかけたところで、パン、パンと破裂音が聞こえてきた。
    「おっ、ちゃんと向こうへ行けたようですな。……ん?」
     アルトはにやりと笑いかけ、その顔を途中で強張らせる。
    「どうした?」
    「俺があいつに持たせた爆竹は、3、4回くらい音が鳴って終わりのはずなんですがねぇ」
     そうつぶやく間にも、破裂音は立て続けに響いてくる。
    「うん? だが何度も鳴っているな」
     サンデルのとぼけた反応に、アルトは軽く舌打ちする。
    「あのですな、大尉殿。3つだけ鳴る量を渡したんですから、結果は3つだけ鳴らなきゃおかしいわけですよ」
    「そんなことは分かっている。だが現実にそれ以上鳴っているのなら、多く渡し過ぎたのだろう」
    「よしんば俺が多めに渡したとして、シュウヤだってバカじゃあない。あんまり多めにパンパン鳴らしてたら、兵士に位置を気取られるでしょうが。
     4個目以降の音は、じゃあ爆竹じゃないってことですよ」
    「つまり?」
     アルトは、今度ははっきり聞こえるくらいの舌打ちを漏らした。
    「シュウヤが危険だってことです! 銃撃されてんですよ、向こうで!
     さあ、こうしちゃいられない! 飛ばしますぜ!」
     そう叫ぶなり、アルトは勢いよく手綱を引っ張った。

     どうやら、秋也はグリスロージュの兵と間違われたらしい。
    「撃て、撃て、撃てーッ!」
     突如現れたプラティノアールの銃士たちに散々、追い回されていた。
    「おわっ、ちょ、やべ、わ、わ、わっ」
     幸い、彼らの持っている小銃は連発可能なリボルバー式ではなく、一発ずつ装填・排莢するボルトアクション式だったため、銃弾が立て続けに飛んでくることは無かったが、それでも8名で横2列に構えられ、代わる代わる掃射されては、応戦などできるはずもない。
     秋也は己の運動神経と直感を最大限に発揮し、銃弾をギリギリで避けようと飛び回るが、体のあちこちに、火箸を叩きつけられたような痛みが走っている。どうやら何発かはかわし切れず、かすっているらしい。
    「痛てえなあぁ、くそっ!」
     と、そのうちに弾が切れたらしく、銃士たちからの攻撃が止まる。そして、その機を逃す秋也ではない。
    「よっしゃ!」
     前列の一人が弾込めに一瞬手間取ったその隙を突き、秋也は間合いを詰める。
    「おりゃあッ!」
     迫ってきた秋也に兵士が気付き、顔を上げかけたが、秋也はその顔に向かって、力一杯に頭突きを食らわせた。
    「ふが、が、ばっ」
     兵士の口と鼻から鈍い声と血が漏れ、そのまま倒れ込む。
    「しまっ……」
     前列の残り3人が小銃を向けようとしたが、秋也の方が一瞬早い。
    「だーッ!」
    「うぐっ!?」「ぎゃっ!?」「うわ、わっ!?」
     これも力一杯に踏み込み、3人を押し潰すようにタックルして弾く。
    「貴様ああッ!」
     そのうちに後列の兵士たちが、弾を装填し終えたらしく、小銃を構える。
     だが秋也は倒れ込んだ一人を持ち上げ、盾にする。
    「撃つなっつーの、一々かわすのしんどいんだから」
    「う……ぬ」
     秋也は前方の兵士と、後方遠くから迫ってくるグリスロージュの兵士とを交互に見つつ、馬車が来るのを待った。
    (早く来てくれ、アルト!)
     と――後方の兵士たちの、さらに後ろから、馬車が飛び出してくるのが確認できた。

    白猫夢・跳境抄 3

    2012.08.31.[Edit]
    麒麟を巡る話、第84話。小銃相手の白兵戦。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. アルトの立てた作戦は、次の通り。 まず、秋也が鉤縄(かぎなわ:一端に鉤爪が付いた縄ばしごである)を使って壁を越え、そこで爆竹を使って騒ぎを起こす。遠くから聞けば銃の発砲音に良く似ているため、兵士たちは敵の襲撃と勘違いし、そこへ押しかける。 その隙にアルトが馬車を動かし、守りの薄くなった関所を強行突破。後は秋也のい...

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    麒麟を巡る話、第85話。
    冷徹な判断。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「よっしゃ……!」
     秋也は危険が去りつつあると安堵し、ほっと溜息を漏らした。
    「おーい、こっちだ! 早く来てくれ!」
     秋也は関所を強行突破し、猛烈な勢いで駆けてくる馬車に、空いていた左手を振った。

     だが――次の瞬間、秋也は馬車が、予想もしていない動きをするのを目にした。
    「……え……?」
     馬車はこちらに向かうことなく、街道を勢いよく突っ走っていく。
    「え、ちょ、おい?」
     秋也は呆気にとられ、抱えていた兵士を放り出し、そちらに走る。
     だが馬車の速度に、人間が追いつけるはずも無い。
    「な、なんだよ、それ? ま、待てよ。待てって」
     秋也と馬車との距離は、みるみるうちに、絶望的なほどに開いていく。
    「待てって、おい、アルト? おい、待てって、おい……」
     秋也のつぶやきが聞こえるはずも無い。
     馬車はさらに速度を上げ、大森林地帯、ローバーウォードへと入っていった。
    「お、おい……」
     秋也の額、背中、そして尻尾に、冷たい汗が滴る。
    「そ、……え、……な、……なんで? なんでだ?」
     秋也の頭に混乱が満ちる。
    「……どうなってんだ。
     どうなってんだよ? おい?
     どうなってんだよおおおおォーッ!?」
     秋也はその混乱と怒りとを、口から吐き出した。

     そしてその、一瞬後。
     秋也は自分の腹部に、熱く、暴力的な勢いを感じた。
    「ごほ……っ、……えっ?」
     振り向こうと、秋也は反転しかける。
     だが、体が思うように動かず、秋也はばたりと倒れる。
    (う、撃た、れ……、た?)
     秋也の意識が、急速に遠のく。
     完全に切れてしまう直前、猛々しい破裂音が自分を挟むように、前後の両方向から聞こえた気がした。



    「何故だ!? 何故シュウヤ君を見捨てる、アルト君!?」
    「戻るんだ! 早く戻って助けなければ……!」
     騒ぎ立てるロガン卿やフィッボに背を向けたまま、アルトは淡々とこう返した。
    「見たでしょう? シュウヤの周りに、あっちからもこっちからも兵士がわんさか寄ってきてるのが。
     あんな状況で助けに行けば、我々も蜂の巣でさ。1人を助けるために全員死ぬか。それとも1人を見捨てて5人が助かるか。
     簡単な算数です。論じる必要がおありで?」
    「うっ……」
    「……」
     冷徹なアルトの意見に、ロガン卿もフィッボも、何も言い返せない。
    「そんな、ひどい……」
     ただ一人、ノヴァだけが反論したが、それも弱々しく、アルトに簡単にあしらわれるようなものだった。
    「これは皇帝陛下の御身を第一に慮っての決断です。どうかそれをお忘れなきよう。……これも戦争ですからな。犠牲は付き物にございます」
    「き……、貴様があいつを行かせたのではないかっ! それを『犠牲』の一言で片付けるなど、なんと、……なんと鬼畜な!」
     うめくように、サンデルも反論する。しかしそれも、アルトは鼻であしらう。
    「言葉遊びをするつもりはありませんが、シュウヤは自分から『行く』と言ったのです。彼も覚悟の上でしょう。
     それとも大尉殿、あなたは剣林弾雨のあの状況の中、無傷で助けに行けると言う自信がおありで? それは俺の力を以てしても、不可能だと言わざるを得ませんぜ」
    「……ぐ……」
     誰一人、アルトに何も反論できないまま、馬車はローバーウォードの中へと入っていった。
    「さあ、皆様方。気持ちを切り替えていただかねば。
     我々がここで白旗を上げたとて、この交戦区域の真っ只中では無意味同然。ここを越えなければ、亡命できたとは言えません。心して、臨んでくださらないと」
    「……ああ」
    「……分かった」
     心中に重苦しいものを抱えながらも、ロガン卿たちはそれきり、秋也について何も言わなかった。



    (……う……)
     風を感じ、秋也は目を覚ました。
     辺りは既に、夜になっている。
    「……っ、痛て」
     左脇腹に鋭い痛みを感じ、秋也はそこに手を当てる。
    「……? 傷、……はあるけど」
     銃創と思われる傷はあるが、既に塞がっている。
    「オレは……一体?」
     何が起こったのか分からず、秋也は辺りを見回す。
     と――。
    「まだ寝てなさいな、秋也。まだ、動く時じゃないわ」
    「え?」
     どこからか声が聞こえる。
     聞いた覚えのある、飄々とした、しかしどこか温かいものを帯びた女の声だ。
    「私はあなたを、ちゃんと見守ってあげてるから」
     とん、と頭を小突かれる。
     秋也の意識は、そこで再び途切れた。

    白猫夢・跳境抄 終

    白猫夢・跳境抄 4

    2012.09.01.[Edit]
    麒麟を巡る話、第85話。冷徹な判断。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「よっしゃ……!」 秋也は危険が去りつつあると安堵し、ほっと溜息を漏らした。「おーい、こっちだ! 早く来てくれ!」 秋也は関所を強行突破し、猛烈な勢いで駆けてくる馬車に、空いていた左手を振った。 だが――次の瞬間、秋也は馬車が、予想もしていない動きをするのを目にした。「……え……?」 馬車はこちらに向かうことなく、街道を勢いよく...

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    麒麟を巡る話、第86話。
    怪しい異邦人。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     フィッボたちがプラティノアール領内に侵入してから約一日半後、ローバーウォード森林地帯東側の、開けた場所にて。
     灯りを手にした兵士たちが集まり、上官の将校からの指示を仰いでいた。
    「引き続き厳戒態勢! あの所属不明の馬車を見つけた者には褒賞が出るそうよ!」
    「了解です!」
     前日昼頃に西側から森へ侵入し、そのまま中を突っ切ってきたあの馬車は、何故か東側の出口に、一向に現れる様子が無かった。
     プラティノアール軍はまだ森の中にいるか、馬車を捨て近隣へ徒歩にて散開したと考え、夜通しの捜索作戦を展開していた。
    「灯りが足りないわね……。もっと無いの?」
    「あ、それなんですが」
     と、将校の元に伝令が走ってくる。
    「『卿』から直々のお達しで、後1時間以内には設置型火術灯、500基が送られてくるそうです」
    「そうなの?」
     将校は目を丸くし、彼を称賛する。
    「流石に卿か。二手、三手先を読んで手配を済ませてるってわけね」
     この国内においてただ「卿」とだけ、尊敬を込めて呼ばれる人間は一人しかいない。件の名宰相、ハーミット卿のことである。
    「これで捜索しやすくなるわね。
     ……ん?」
     と、彼女は森の端から、かさ……、と何かがこすれる音を聞き付け、白い兎耳をピコ、と揺らす。
    「誰?」
     背負っていた小銃を構え、森の奥に向かって声をかける。
    「待った待った、撃たないでくれ。敵じゃないから、オレ」
     そう声が返り、続いて疲弊しきった顔の、全身泥だらけの猫獣人が両手を挙げて現れた。
    「名前を言いなさい。それから所属も。民間人、……じゃないわよね。その、剣」
    「コレは刀だ。央南の武器だよ。オレはどっちかって言えば民間人だ。
     名前はシュウヤ・コウ。央南の剣士だ」
     言ってから、その猫獣人はしまったと言う顔をした。
     厳戒態勢下で剣士を名乗るような、ましてや武器を持った人間が怪しく見えないわけがないからである。
     当然、彼は四方八方から小銃を突き付けられ、連行されることとなった。



     秋也はすぐ近くの野営地にて、先程の将校から取り調べを受けていた。
    「名前は、シュウヤ・コウ。522年生まれで、現在19歳。央南の、えーと……」
    「黄州の黄海出身です」
    「あ、そうそう、コウカイね。……で」
     将校は秋也の刀をチラ、と見て、それについて尋ねてくる。
    「その剣を」
    「刀です」
    「ああ、ごめんなさい、刀だったわね。その刀だけど、装備しているが兵士ではない、と」
    「はい。央南の剣術一派、焔流の免許皆伝の剣士なので、その証明として帯刀しています」
    「めんきょかいでん、って言うと……?」
    「えーと、何て言ったらいいかな……、その、ソコで一定の鍛錬を修めて、ひとかどの剣士になった証、……って感じです」
    「ふーん……? 良く分からないけど、まあ、言うなればその団体で公式に認められた剣士、って感じかしら。
     じゃあ、剣の腕は確かと言うわけね。……ん?」
     と、将校が怪訝な表情になる。
    「……コウさん?」
    「はい」
    「あなた、半月……、いえ、3週間前くらいかしら。
     どこにいたのかしら」
    「え」
     3週間前と言えば、秋也がアルトやロガン卿らと共に煉瓦の運搬を行い、ローバーウォードを越えた頃である。
    「えーと、その、……この国にいました」
     答えを濁そうとするが、将校にあっさり看破された。
    「この国の、ここからすぐ西にあるローバーウォードに、よね」
    「う」
    「3週間前、グリスロージュの兵士らと思われる一行が、馬車と荷車とでローバーウォードを強行突破したんだけど、その際に兵士たちが6名殉死、15名が重軽傷を負ったの。
     それでね? そのうちの何名かが『異国風の猫獣人で、若い剣士にやられた』と報告しているのよ。
     もしかして、あなた?」
    「いや、そんな、まさか」
     何とかごまかそうとしたが、将校はさらに畳み掛ける。
    「それから2日前の昼に、グリスロージュとの国境付近に潜伏していた斥候分隊が、これも同じように『壁を乗り越えて来た猫獣人の、異国風の剣士が我々に気付き、応戦してきた』と報告しているの。
     ねえ、コウさん? 央南出身の、剣士のあなたがこの辺りをウロウロしていて、それでこの件と無関係だなんて、そっちの方が嘘じゃないかしら」
    「う……」
     秋也は自分が非常にまずい立場にいることを察し、冷や汗を流した。

    白猫夢・銃聖抄 1

    2012.09.03.[Edit]
    麒麟を巡る話、第86話。怪しい異邦人。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. フィッボたちがプラティノアール領内に侵入してから約一日半後、ローバーウォード森林地帯東側の、開けた場所にて。 灯りを手にした兵士たちが集まり、上官の将校からの指示を仰いでいた。「引き続き厳戒態勢! あの所属不明の馬車を見つけた者には褒賞が出るそうよ!」「了解です!」 前日昼頃に西側から森へ侵入し、そのまま中を突っ切っ...

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    麒麟を巡る話、第87話。
    銃聖、現る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     その時だった。
    「アルピナ、ちょっと入るわよ」
     尋問のため締め切っていたテントの外から、女性の声が入ってくる。
    「えっ? 司令? ですか? どうして、……あ、いえ、少々お待ちください」
     アルピナと呼ばれた将校は慌てて立ち上がり、テントの封を解く。
     開かれたテントの出入り口から、青い髪のエルフが入ってきた。
    「ゴメンね。ちょっと確認したいコトがあったから。
     ちょっと席、外してもらっていい?」
    「えっ?」
     アルピナは一瞬秋也に向き直り、それからもう一度、司令に顔を向ける。
    「今、彼を尋問して……」
    「うん、ソレなんだけど。彼について、確認したいコトがあるのよ」
    「は、はあ……?」
     困った顔になりながらも、アルピナは敬礼し、テントの外へと出る。
    「では確認が終わりますまで、わたしはここで待機しています」
    「ゴメンねー」
     司令は後ろ手にテントを閉め、今までアルピナが使っていた椅子に座る。
    「さっきの子から、簡単に報告を受けてたのよ。異国風の猫獣人で、コウって名乗る不審者がいるって。
     で、さ。ちょっと聞きたいんだけど」
     そう言うなり、司令は手帳を取り出し、そこに「黄」と書きつけた。
    「コウって、この字?」
    「え? ええ、そうです」
     まさか故郷から遠く離れたこの地で央南語を見るとは思わず、秋也は面食らう。
     その間に司令は、机に置いたままの書類を確認する。
    「コレが調書ね。……あ、やっぱり! コウカイの出身ね」
    「はい。ご存じなんですか?」
    「ええ、昔住んでたコトがあるの。……で、もう一つ聞きたいんだけど」
     そこで秋也は、彼女が何を聞こうとしているのかを察した。
    「もしかしてセイナ・コウのコトですか?」
    「……! うん、そう、ソレも! もしかしてアンタ」
    「はい。セイナ・コウはオレの母です」
     それを聞いた司令は、嬉しそうな顔をした。
    「ホント!? うわぁ、そうなんだ!」
     司令は秋也の手を取り、にっこりと笑う。
    「そっかー、もう20年くらい経ってるのよね、アタシが央南を出てから」
    「はあ、……えっと」
    「ああ、自己紹介が遅れたわね。
     アタシはリスト・チェスター。現在はプラティノアール王国軍中将で、西部方面司令の任に就いてるわ」
    「そ、そうですか」
     と、リスト司令はコホンと咳をし、真面目な顔に戻る。
    「そうね、アンタがホントにセイナの息子さんなのか、確認させてもらうわね。確認できたら、釈放を約束するわ」
    「ど、ども」
    「まず、……そうね、セイナの持ってる刀。名前は?」
    「『晴空刀 蒼天』です。でも今はあんまり使ってません。道場の床の間に飾ってます」
    「あ、そうなんだ。じゃあ次、セイナの妹、つまりアンタの叔母さんの名前は?」
    「明奈です。今は旦那さんと一緒に、黄商会の代表と棋士とをやってます」
    「へぇ、結婚したのね。……ってまあ、セイナがするくらいだから、するわよね。
     じゃあ3つ目。その、メイナのコトなんだけど」
     と、リスト司令は一瞬、不安げな表情を見せる。
    「彼女、……こんなの、持ってなかった?」
     と言って彼女が取り出したのは、表面に「月」と彫られ、そこに金が流し込まれた、黒い碁石だった。
    「ああ、何か見覚えあります。白いのでしたけど。確か対(つい)で作って、大切な友達に贈ったって、……あ」
     秋也は思わず立ち上がり、その碁石を指差した。
    「じゃあソレが、叔母さんのと対になってるヤツなんですね?」
    「そうね、きっとソレ。……そっか、まだ大事に持っててくれてるのね」
     リスト司令は秋也から顔をそむけ、ぐす、と鼻を鳴らす。
    「ちょっとだけゴメンね。この歳になってくると、こーゆーのに結構弱くって」
    「あ、はあ」
     そう言われたものの、青年期の長い長耳のため、秋也の目にはリスト司令は、まだ20代後半くらいにしか見えない。
    (つっても母さんと交流があったんなら、ソレなりの歳だよな)
     少し間を置き、リスト司令が秋也の方に向き直る。彼女はわずかに赤くなった目を細め、にっこりと微笑んで見せた。
    「間違いないわね。セイナの息子なのね、ホントに。
     うん、それじゃ釈放するわ。……と言いたいところだけど」
     リスト司令は外に待機しているアルピナに声をかけた。
    「アルピナ、入ってきて。相談したいコトがあるから」
    「了解しました」

    白猫夢・銃聖抄 2

    2012.09.04.[Edit]
    麒麟を巡る話、第87話。銃聖、現る。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. その時だった。「アルピナ、ちょっと入るわよ」 尋問のため締め切っていたテントの外から、女性の声が入ってくる。「えっ? 司令? ですか? どうして、……あ、いえ、少々お待ちください」 アルピナと呼ばれた将校は慌てて立ち上がり、テントの封を解く。 開かれたテントの出入り口から、青い髪のエルフが入ってきた。「ゴメンね。ちょっと...

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    麒麟を巡る話、第88話。
    秋也の釈明。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「ソレにしても、シュウヤ君。アンタ、ホントに運がいいわよ?」
    「え?」
     リスト司令は両手を挙げ、にっと笑って見せる。
    「偶然アタシが『たまにはアルピナの顔を見に行くついでに軍事物資運んであげよっと』って気紛れ起こさなかったら、アンタは今みたいに、両手ぷらぷらさせられない状態になってただろうし。
     こっちの兵士を何人もブッ飛ばしておいた身でその待遇なんて、本来なら破格って言っていいくらいなのよ」
    「すんません……」
     謝る秋也に対し、リストはもう一度、真面目な顔を見せる。
    「まあ、ソレについてだけど、このまま釈放は無理。アタシたちもメンツと服務責任があるし、そうでなくてもアンタにはもう一つ、疑惑があるしね」
    「疑惑、って言うと」
     リスト司令の代わりに、アルピナが答える。
    「3週間前、あなたはグリスロージュの兵士と思わしき人間と同行していたわよね? そして一昨日も、あなたはグリスロージュとの国境を強行突破した馬車に声をかけ、しかしそのまま走り去られて立ち往生する姿を、我々が確認しているわ。
     その二つから導き出され、あなたに現在向けられている疑惑は、即ち――あなたはもしかしてグリスロージュ軍の関係者、あるいはスパイなのでは、と言う疑惑よ」
    「ち、違います!」
     秋也は慌てて、ソレを否定した。しかし先程まで笑顔を見せてくれていたリスト司令は、硬い表情で尋ねてくる。
    「違うなら、なんでアンタはグリスロージュのヤツらと一緒にいたの? ソコ、詳しく話してほしいのよ」
    「あ、はい」
     秋也は西方へは本来、単なる旅を目的として訪れたこと、そして初めに訪れた港町、ブリックロードでアルトやロガン卿らと出会い、煉瓦運びに付き合ったこと(白猫については話がややこしくなりそうなので伏せておいた)、そのままフィッボから直々に亡命幇助の依頼を受け、それで国境まで来たが、馬車に置いて行かれてしまったことを話した。
     話を聞き終えたリスト司令とアルピナは、揃って胡散臭いものを見るような顔を向けてきた。
    「……シュウヤ君。ソレ、どこまでがホント?」
    「全部です」
    「いや、でもさー、ムチャクチャにも程があるわよ。特にモダス帝から直々に依頼を受けるなんて、帝国に入って2日、3日のヤツに起こる出来事じゃないわよ?」
    「でも、本当なんです。フィッボ……、モダス帝はずっと、亡命を助けてくれる異邦人を探していたと言っていました」
    「ソレが、ここ10年? まあ、確かにモダス帝はロージュマーブル陥落以後、目立った動きをしていないのは事実だけど。
     うーん……」
     と、ここでアルピナが口を開く。
    「もし仮にコウさんの話が本当だった場合、我々が現在捜索している正体不明の馬車には、モダス帝が乗っていると言うことになりますね」
    「多分、そうです」
    「とすると、これは非常に政治的な問題に発展する可能性があります」
    「そうね。……話が、本当ならだけど」
     と、またもテントの外から声が入ってくる。
    「レデル少佐、こちらにいらっしゃいますか?」
    「ええ、いるわよ。どうしたの?」
     アルピナがテントを開けると、そこには半ば興奮した様子の、蒼ざめた顔の兵士が立っていた。
    「目下捜索中の馬車、森林北東部にて発見されました!」
    「見つかったの!?」
    「はい。しかし報告によれば」
     兵士は現場の状況を、その蒼い顔で報告した。
    「馬車は左前輪および後輪が損傷し、走行不能になっておりました。
     また、敵兵士と思われる者がその付近で、血まみれになって倒れており、現在こちらへ搬送中です。
     しかし、どうやら自決を試みようとしたらしく、瀕死の状態にあるとのことです」
    「な……!?」
     秋也はこの衝撃的な報告を聞き、思わず立ち上がっていた。
    「そ、その兵士って、どんな? 見た目とか、分かりますか?」
    「うん?」
     尋ねられた兵士は、怪訝な顔を秋也に向ける。
    「関係者以外に教えるわけにはいかん」
     にべもなく断る兵士に、リスト司令がぺら、と手を振る。
    「ああ、いいのよ。教えてあげて」
    「よろしいのですか?」
    「関係者っぽいし」
    「了解しました。
     筋骨隆々の短耳で、グリスロージュ兵卒では一般的と見られる薬缶刈りの頭をしており、見た目は30代の半ばとのことです」
    「……サンデルさん!」
     この報告に、秋也も顔を蒼くした。

    白猫夢・銃聖抄 3

    2012.09.05.[Edit]
    麒麟を巡る話、第88話。秋也の釈明。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「ソレにしても、シュウヤ君。アンタ、ホントに運がいいわよ?」「え?」 リスト司令は両手を挙げ、にっと笑って見せる。「偶然アタシが『たまにはアルピナの顔を見に行くついでに軍事物資運んであげよっと』って気紛れ起こさなかったら、アンタは今みたいに、両手ぷらぷらさせられない状態になってただろうし。 こっちの兵士を何人もブッ飛ばし...

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    麒麟を巡る話、第89話。
    次世代技術。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     間もなく野営地にその、瀕死の兵士が運ばれてきた。
    「……」
     秋也の予想通り、それはサンデル・マーニュ大尉だった。
    「腹部にナイフを突き立てた状態で発見されました。
     ためらい傷と見られるものが数点あり、また発見された際、『介錯を頼む』と何度もつぶやいていたと言う報告から、自決を試みたものと思われます」
     軍医がそう報告しつつ、サンデルに治療術をかける。
    「助かるんですか?」
     秋也にそう尋ねられ、軍医は渋い顔を返す。
    「半々、と言うところでしょう。何度もためらったらしく、致命傷となる刺突を加えたのがかなり遅くになってから、と言うのが幸いしたか、まだ息はあります。
     しかし普通の人間は腹に深い傷を負えば、長時間生きているのは、まず不可能ですからね」
    「そう……、ですか」
     ベッドに横たわっているサンデルの顔には、ほとんど血の気が見られない。今にも死の淵へ転がり込んでいきそうな、青白い顔をしていた。
    「そしてなお悪いことに、この容態まで進行しては、残念ながら私の腕とこの環境では応急処置が精一杯です。首都に送り、十分な治療を受けさせなければ、一両日中に死亡するでしょう」
    「ソレはまずいわね」
     と、リスト司令がつぶやく。
    「馬車には馬が付き物だけど、現場に馬はいなかった。と言うコトは、馬車に乗っていた他の人間は、馬に乗ってさらに進んでいる、と言うコトになるわ。
     その行方が分からないと、こちらとしても対応できないわ」
    「行方は多分……、むぐ」
     言いかけた秋也の口を、アルピナが塞ぐ。
    「早急に、彼を応答が可能な状態まで回復させなければいけませんね」
    「ま、ソレも運が良かったって言っていいわね」
     そう言って、リスト司令は軍医や、外に立たせていた兵士に指示を送った。
    「アンタはコイツを移送可能な状態にしといて。アンタらも手伝ってあげて。それからアンタは車に給油しといて。
     で、シュウヤ君。それからアルピナ」
    「はい」
    「アンタたちはアタシと一緒に、『車』に乗りなさい。もう馬車と重要参考人は見つかったから、後は撤収するだけでしょ?」

     車、と聞いて、秋也は馬車を想像していた。
     ところがリスト司令に連れられて見た「それ」には、馬は一頭もつながれていない。
    「あの、チェスターさん」
    「なに?」
    「馬は?」
    「いらないのよ、コレ」
     そう返し、リスト司令は楽しそうに笑う。
    「まだ実験段階なんだけど、きっとコレは、次世代の足になるでしょうね」
     アルピナはその「車」からジグザグに曲がった棒を取り出し、車の後ろにしゃがみ込む。
    「ありがと、アルピナ」
    「いえ、お気遣いなく」
     アルピナは棒を車体後方に空いた穴に挿し、ぐるぐると回す。
     そのうちにパン、パンと軽い破裂音が続き、やがてドドド……、と重いものに変わった。
    「コレって……、なんです?」
     何をしているのか分からず、秋也はリスト司令に尋ねた。
    「エンジン動かしたのよ。……って言ってもエンジンって何か、って言われたらアタシも答えにくいけど。
     簡単に言うと、油で動く馬、の心臓みたいなもんね」
    「油で動く馬の心臓?」
     説明されても、秋也には何が何だか分からない。
     と、いつの間にか車の前方、ハンドルの付いた席に座っていたアルピナが声をかける。
    「準備整いました」
    「じゃ、乗りましょ」
     リスト司令は秋也に手招きしつつ、後部座席に乗り込む。秋也もそれに続き、リスト司令の横に座った。
    「なんだっけ、サンデルさん? も運ばれてきたわね。ありがと、みんな」
     兵士が横一列に並び、敬礼したところで、リストは皆に軽く手を振る。
    「じゃあ、出発して頂戴」
    「了解しました」
     アルピナはレバーや床のスイッチをあれこれと操作し、車を発進させた。
     その速さに、秋也は目を丸くする。
    「すげえ速い……」
    「アンタも名前を聞いてるかも知れないけど、ウチにはハーミット卿って言う、すごくアタマいい総理大臣がいるのよ。
     で、卿はココ15年くらい、あっちこっちから武勲を立てた軍人とか、すごい発明をした研究者だとか、とにかく人を集めてたの。アタシもその一人。
     その一人にカール・スタッガートっておっさんがいて――金火狐にいたとか自慢してたわね――そいつがコレを造ったのよ。馬使うよりはるかに速い、機械仕掛けのクルマ。今はまだ実地試験中で10台くらいしかないけど、いずれは軍用に正規採用されて、量産されるコトになるでしょうね」
     車は最高速に達し、勢いよく街道を走り抜ける。
     そのうちに、東の方から朝日が差してきた。
    「……すげえな……!」
     秋也はぞくぞくとするものを感じていた。
     と言っても、寒気や恐怖などではない。それは一言では形容しがたい、希望と期待に満ち溢れた感情だった。

    白猫夢・銃聖抄 4

    2012.09.06.[Edit]
    麒麟を巡る話、第89話。次世代技術。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 間もなく野営地にその、瀕死の兵士が運ばれてきた。「……」 秋也の予想通り、それはサンデル・マーニュ大尉だった。「腹部にナイフを突き立てた状態で発見されました。 ためらい傷と見られるものが数点あり、また発見された際、『介錯を頼む』と何度もつぶやいていたと言う報告から、自決を試みたものと思われます」 軍医がそう報告しつつ、サ...

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    麒麟を巡る話、第90話。
    リスト司令の寄宿舎。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     秋也たちを乗せた車は10時間ほどで――2頭立ての馬車であれば休み休み進んで、2日かかる距離である――プラティノアール王国の首都、シルバーレイクに到着した。

     リスト司令の私邸で待たされていた秋也とアルピナのところに、リスト司令が戻ってきた。
    「サンデルさんは軍の病院に移送したわ。何とか命が保って助かったわね。元々タフだったみたいだし。
     今は容体も安定してきてるらしいわ。多分、助かるわね」
    「良かった……」
     ほっと一息つく秋也に、アルピナがピン、と人差し指を立てて見せる。
    「コウさん、あなたは本当に兵士とか、軍関係者ではないみたいね。油断しすぎよ。
     あなたがモダス帝のことを口走りそうになって、すごく焦ったわ」
    「え?」
    「もしあそこであなたがうっかり秘密の暴露をしてしまっていたら、わたしたちはあなたを拘束しなきゃならなくなるところだったのよ?
     状況が落ち着くまで、あなたは何もしゃべらない方がいいわ」
    「すみません、気を付けます」
     ぺこりと頭を下げる秋也に、アルピナはクス、と笑みを返した。
    「な、なんですか?」
    「司令から『縛返し』の話を聞いていたけど、あなたがその、息子さんなのよね」

    「縛返し」と言うのは秋也の母、黄晴奈の異名の一つである。
     とある戦争で敵に捕まり、その本拠に連れ去られたことがあったのだが、彼女はそこから脱出し、逆に敵を一網打尽にしてしまったことから、その呼び名が付いた。

    「ええ、まあ」
    「じゃあもしかして、わたしたちに捕まっておいて、実は王国で大乱闘しようなんて考えてたり?」
    「いやいやいやいや、無いですって」
     ぷるぷると頭を横に振る秋也を見て、アルピナも、リスト司令も大笑いする。
    「あはは……、面白い子ね。からかい甲斐があるわ」
    「え、え?」
     秋也が戸惑っている間に、リスト司令とアルピナは短く会話を交わす。
    「じゃあ、伝えておいて頂戴」
    「分かりました」
     アルピナが部屋を出たところで、リスト司令は秋也に向き直る。
    「しばらくは、アタシん家で生活するといいわ。外にはなるべく出ないようにね」
    「分かりました」
    「部屋は……、2階の空いてるトコなら適当に使っていいわよ」
    「はあ」
    「つっても勝手なんか分かんないだろうし、簡単に案内するわ。付いてきて」
     リスト司令は私邸のあちこちを回り、秋也に紹介した。
    「3階はアタシの部屋と屋上だけ。許可なくアタシの部屋に入ったらおしおきするわよ。
     2階は寄宿舎みたいなもんになってるわ。今は4人入ってる」
    「寄宿舎?」
    「アタシが直々に銃士としての指導をしてる、選抜メンバーの寄宿舎よ。
     ちなみにさっきのアルピナも、アタシの教え子。一番射撃がうまいから、機会があったら腕前見せてもらいなさい。
     ちなみにさっき、アルピナが何もしゃべるなっつってたけど、寄宿舎の子とは話していいわよ、普通に。ただし、グリスロージュ関係は絶対にしゃべんないでね。ややこしくなるし。
     で、1階は食堂と書斎と応接室があるわ。ま、アタシの方からあっちこっち出向くコトが多いから、応接室はほとんど使ってないけどね。
     地下はただの倉庫。つっても火薬とか銃弾とか、ソレの製造機とかあるけど、アンタはあんまり用が無いと思うわ」
     秋也は空き部屋を一つ宛がわれ、数日をそこで過ごすことになった。

     そしてこの間にも、秋也の親しみやすさが発揮され――。
    「ただいまー、……ってあれ?」
     2日後、リスト司令が私邸に戻ってきた際、彼女は丁度、秋也と訓練生たちがカードゲームに興じているところに出くわした。
    「いつの間に、そんなに仲良くなったの?」
    「ええ、色々話してたら、まあ、こんな感じで」
    「……アンタのお父さんもお母さんもそんなにじゃなかったけど、アンタ人一倍、人懐っこいのね」
    「良く言われます」
     リスト司令の言葉に、秋也は苦笑して返した。

    白猫夢・銃聖抄 5

    2012.09.07.[Edit]
    麒麟を巡る話、第90話。リスト司令の寄宿舎。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 秋也たちを乗せた車は10時間ほどで――2頭立ての馬車であれば休み休み進んで、2日かかる距離である――プラティノアール王国の首都、シルバーレイクに到着した。 リスト司令の私邸で待たされていた秋也とアルピナのところに、リスト司令が戻ってきた。「サンデルさんは軍の病院に移送したわ。何とか命が保って助かったわね。元々タフだ...

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    麒麟を巡る話、第91話。
    訓練生の猫獣人は……。

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    6.
     リスト司令の訓練生らと仲良くなったついでに、秋也は彼らの訓練にも――射撃練習こそしないつもりではあるが――参加することになった。
    「ずっと部屋の中じゃ、体が鈍るからな」
    「そだねー」
     訓練生は4人で、一人を除いて全員が兎獣人である。
     ちなみに兎獣人と言う種族は、ほとんど西方大陸にしかいない。彼らは一つの場所に留まること、家族や親類と共に暮らすことを強く好み、余程の変わり者か何らかの事情が無い限り旅や放浪、転居を好まないためである。
     また、体格的に男女とも小柄な者が多く、ここにいる者も秋也と歳が近い割に、秋也よりも頭一つ、二つ分小さい。
     その二つの理由から秋也は目立っていたし――そして訓練生の残り一人、猫獣人の女の子とは、自然と目線が合うことが多かった。
    「いーち、にーい、さーん、し」
     運動着に着替え、準備運動を始めたのだが、そこでも彼女と身長が釣り合うのが秋也だけだったので、自然に二人一組になる。
    「もうちょい、もうちょい押して、ぐーって」
    「こうか?」
    「そ、そ」
     その、淡い緑髪に黒い毛並みの彼女は、秋也に背中を押してもらいながら前屈しつつ、こうつぶやいた。
    「同じくらいの歳であたしより背が高い子に会うの、シュウヤくんが初めてかも」
    「そうなのか?」
    「学校でも、ほとんど『兎』ばっかりだったし。そりゃ裸耳(短耳と長耳の総称)とか猫耳の子も少しはいたけど、こっちに入るまでは身長、全然変わんなかったしね。子供だったし」
    「そっか、そうなるよな」
     今度は秋也が、彼女に背中を押してもらいながら前屈する。
    「ねえ、シュウヤくんって身長いくつくらい?」
    「171センチだよ。オレの故郷じゃ高めだったけど、央中とかじゃチビだよ」
    「じゃあこっちでもおっきいね。こっちの人は、150センチがふつーくらいだもん」
    「そうなのか。そう言や確かに、オレの知り合いもちっこかったな。アルピナさんも」
    「アルピナさんは平均よりは背、高いよ。ちょこっとだけど。152か3くらいだったかな」
     続いて腕を互いに伸ばしあう。
    「名前、何て言ったっけ」
    「ベル」
    「あ、そうだそうだ。ベルちゃんって、結構筋肉あるんだな」
    「だって小銃とか構えるんだし、そりゃ付くよー。女の子っぽくないでしょ、あはは……」
    「んなコトないと思うけどなー。オレの母さんもかなり、筋肉付いてたし」
    「そうなの?」
     最後に小さく跳躍して準備運動を終え、全員で庭を軽く走る。
    「シュウヤくんのお母さんも、剣士さんだっけ」
    「ああ。10代半ばくらいからずーっと、剣士やってる」
    「今でも?」
    「今でも。すげー強くて、まだオレ、勝ったコト無いんだよ」
    「へぇー……。あ、あたしも――ちょっと違うけど――パパに勝ったことないんだよね。銃とかじゃなくて囲碁の話だけど」
    「え、囲碁?」
     央南のテーブルゲームの話になるとは思わず、秋也の足が鈍る。
    「おい、そこ!」
    「あ、すんませーん」
     もう一度走り出し、ベルに追いついたところで、秋也は詳しく尋ねる。
    「囲碁って、白と黒の石を置き合う、あの囲碁?」
    「うん、それ。若い頃に覚えて、今でもずっと打ってるの。あ、って言うかね、あたしも勝てないけど、今まで誰もパパを負かした人、いないんだ」
    「そんなに強いのか……。叔母さんだったらどうかなぁ」
    「叔母さん?」
    「央南で棋士やってる人だから、相手になるかも」
    「へぇー。じゃあさ、機会があったら一度さ、話してみてよ。でもパパ忙しいから、そっちに行くって言うのはできないかもだけど」
    「そっか。お父さん、何してる人なの?」
     何の気なしにそう聞いた途端、並んで走っていた他の訓練生が一斉に噴き出した。
    「ぷ、あはは……」
    「そっか、シュウヤは外国のヤツだもんな」
    「知らないよな、そりゃ」
    「え? え?」
     丁度走り終わったところで、ベルが答えようとしてくれた。
    「あのね、あたしの名前なんだけど……」「あ」
     と、訓練生が一斉に立ち止まり、ビシ、と敬礼する。
    「え?」
    「シュウヤ、礼だ、礼!」
     そう急かされ、秋也も慌てて、今しがた私邸の庭に入ってきた、黒いフロックコートを羽織った金髪の、黒眼鏡をかけた長耳に向かって敬礼する。
     するとその長耳はクスっと笑い、敬礼を返してくれた。
    「楽にしたまえ。僕は軍人じゃないから、略式で結構だよ」
    「はい、ありがとうございます」
     訓練生たちは敬礼を解き、ぺこりと頭を下げた。
     長耳はもう一度挨拶を返し、続いて秋也に声をかけた。
    「で、シュウヤ君は君かい?」
    「あ、はい」
    「ちょっと話があるんだ。中で話そう」
     そう言って踵を返しかけ、そして戻す。
    「おっと、自己紹介が遅れて申し訳ない。
     僕はプラティノアール王国総理大臣、ネロ・ハーミットだ」

    白猫夢・銃聖抄 終

    白猫夢・銃聖抄 6

    2012.09.08.[Edit]
    麒麟を巡る話、第91話。訓練生の猫獣人は……。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. リスト司令の訓練生らと仲良くなったついでに、秋也は彼らの訓練にも――射撃練習こそしないつもりではあるが――参加することになった。「ずっと部屋の中じゃ、体が鈍るからな」「そだねー」 訓練生は4人で、一人を除いて全員が兎獣人である。 ちなみに兎獣人と言う種族は、ほとんど西方大陸にしかいない。彼らは一つの場所に留まること...

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    麒麟を巡る話、第92話。
    西方で最も忙しい男。

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    1.
     応接間に移った秋也とハーミット卿は、そこで改めて挨拶を交わした。
    「シュウヤ・コウです。央南の剣士です」
    「ネロ・ハーミットだ。この国の総理大臣をしてる。すまないね、運動してたのに」
    「いえ、そんな……。
     それで、オレに話って言うのは一体、なんでしょうか?」
     秋也に尋ねられるが、ハーミット卿は肩をすくめて返す。
    「なに、そんなにかしこまるほど重要な話でもないんだ。いくつか確認したいことがあった、ってだけさ。
     それこそ、囲碁でも打ちながら話すような、他愛もないことさ」
     そう答えつつ、ハーミット卿は手にしていたかばんから板と、箱を2つ取り出す。
    「これに関しては、ほとんど中毒でね。君、打てるかな?」
     ハーミット卿が取り出したのは、碁盤と碁石だった。
    「あ、はい。一応、それなりには」
    「それはいい。君の叔母さんから教わったのかな」
    「え? ええ、何度か」
    「僕も君の叔母さんやお母さん、それからお父さんとも何度か打ったことがある。グラッドさんとも一回あったかな」
    「ご存知なんですか?」
    「ああ。昔、色々とお世話になったからね。
     その関係からなんだ、チェスターさんを王国に招いたのは。当時から兵士としても、指揮官としても相当の資質と経験を有していたからね。だから司令職も通常以上の働きをしてくれるだろうと、そう踏んだんだ。その点、僕の眼に間違いは無かったようだ。
     さてと、ハンデをあげよう。僕は白を使うよ。君は黒を。10目置いていい」
     卿に言われるまま、秋也は先手となる黒い碁石を握り、10ヶ所に設置する。
    「よろしくお願いします」
    「よろしく」
     たがいに頭を下げ、そこで秋也は、卿の両目が青と黒のオッドアイであることに気付いた。
     その右目にはまる黒目は、恐ろしいほどに色が無い。失明しているような感じでは無いが、まるで底の見えない井戸のような、その異様な輝度の低さに、秋也はぶる、とわずかに身震いした。
    (……あれ? でも)
     秋也は以前に、似たようなものを見たような覚えもあった。
    「まあ、君に聞きたいことって言うのがね」
     秋也の様子には触れず、卿はパチ、パチと石を打ちながら、話を切り出す。
    「チェスターさんからも伺ったことなんだけど、君はグリスロージュの関係者、それも皇帝絡みの重要人物だと、そう聞いたんだ。これは間違いないかな」
    「ありません。オレはモダス帝直々に、依頼を受けました」
     秋也も応戦しつつ、質問に答える。
    「その依頼内容は、彼の亡命を手助けすること。これも間違いなしかい?」
    「はい」
    「そしてその途中、国境を越える際に、馬車に乗って脱出するはずが見捨てられ、一人で森を踏破する羽目になった。そうだね?」
    「はい」
    「今現在、軍の病院に搬送されているグリスロージュ兵と思われる人物も、君は知っている」
    「ええ」
     のんびりと話をしている反面、既に盤上は激戦の様子を呈していた。
     いや――正確に言えば、早くも秋也の劣勢が仄見える状態にあった。
    「うー……ん」
    「その兵士の素性も、君は良く知っているらしいね」
    「ええ」
    「詳しく聞かせてもらえるかな?」
    「はい。名前はサンデル・マーニュ。階級は大尉で、シャルル・ロガン少将と言う人の側近をされてました。
     すごく忠誠心が強くて、血気盛んな人です。ロガン卿が私邸で、えーと……、グリスロージュの参謀の、クサーラ卿に襲われた時も、一人で乗り込んで撃退したそうです。
     で、そのままロガン卿とその娘さんと一緒に、オレたちのところまで馬車で来てくれたんです」
    「ふむ。その馬車は、ローバーウォード北東部で見つかったって言う、その馬車かな」
    「自分の眼で確認はしてませんが……、多分そうです」
    「あまり意味は無いとは思うけど、後で確認してもらうかも知れないね。
     それで、そのマーニュ大尉って人なんだけど、今朝方意識が戻ったそうだよ」
    「本当ですか!?」
     上ずった声で尋ねた秋也に、卿はクスっと笑って返した。
    「ああ。ただ、軽く錯乱状態になっていたそうだ。
     自分が助かったことを知るや否や、『敵国の情けは受けん!』とか何とか叫んで窓から飛び降りようとしたけど、病室が3階なのを知った途端にしゃがみ込んだんで、その隙に拘束され、今はベッドにくくり付けられてるらしいよ」
    「そ、そうスか」
    「関係者だって言う君が一緒に来てくれれば、彼も平静を取り戻すだろう。
     丁度勝負も決したことだし、今度はそこに行こう」
     卿の言う通り、盤上の決着はほぼ付いていた。
    (……うわぁ、強ええ)
     秋也の惨敗である。

    白猫夢・黒宰抄 1

    2012.09.10.[Edit]
    麒麟を巡る話、第92話。西方で最も忙しい男。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 応接間に移った秋也とハーミット卿は、そこで改めて挨拶を交わした。「シュウヤ・コウです。央南の剣士です」「ネロ・ハーミットだ。この国の総理大臣をしてる。すまないね、運動してたのに」「いえ、そんな……。 それで、オレに話って言うのは一体、なんでしょうか?」 秋也に尋ねられるが、ハーミット卿は肩をすくめて返す。「なに、...

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    麒麟を巡る話、第93話。
    サンデルの証言。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     秋也とハーミット卿は軍の病院へ向かい、そこでサンデルと面会した。
    「……お前、……シュウヤか!?」
    「はい。無事で何よりです、サンデルさん」
    「ぶ、無事なものか! こうして敵国の施しを受けるなど、どっ、どれほどの屈辱であるか!」
     わめくサンデルに対し、卿はやんわりと言葉をかける。
    「それは認識の違いと言うものです、マーニュ大尉。
     我々は貴官を素晴らしい武士(もののふ)と見なしたからこそ、僭越ながら手厚い看護を施させていただいた次第です。
     敵方ながら非常に尊敬すべき美徳を有していらっしゃると聞き及んでおります。尊敬の気持ちに、敵も味方もありますまい」
    「む、む? 貴様は……?」
     ほめちぎられ、サンデルは顔を赤くする。
    「これは申し遅れました。私はネロ・ハーミット。不肖の身ながら、この国の総理大臣を務めさせていただいている者です」
    「な、……何と!? 貴君があの、ハーミット卿でございましたか!? こ、これはとんだご無礼を、……う、痛たた」
     頭を下げようとし、苦悶の表情を浮かべて腹を押さえるサンデルに、卿は手を振る。
    「あ、いやいや、楽になさってください。
     それよりも大尉、私がここへ来たのは、極めて政治的で、非常に大きな問題を検討するためです。察していただけますね?」
    「……う、ぬ。……シュウヤ、お前が話したのか?」
    「あ、……はい」
     サンデルは表情を一転させ、秋也を叱咤しようとする。
    「不敬とは思わんのか! 陛下の身を案じれば……」「案じればこそ、です」
     そこで卿が口を挟む。
    「既に越境し、モダス陛下は故郷から追われる身となっています。その上さらに、我々からも追われることとなれば、如何に陛下が超人的能力を持っていたとしても、生き延びるのは至難の業。
     そこでシュウヤ君から、何とか陛下らを保護してはもらえまいかと嘆願されたのです」
     卿にひょいひょいと方便を述べられ、サンデルはまたも態度を一転させた。
    「さ、左様であったか! すまぬシュウヤ、お前は誠の忠義者だ!」
    「はは……」
     卿の口車と、それに簡単に乗せられるサンデルに、秋也は苦笑いをするしかなかった。

     二人は素直になったサンデルから、秋也を残した後に起こったことを聞き出した。
    「我々はあの後、すぐにローバーウォードに突入した。多少の襲撃は覚悟していたし、実際に受けた。
     そのためか、馬車はひどく損傷してな。もうすぐ抜けられるかと言う辺りで、走行不能になってしまった。トッドの奴は当初、わざと道のない北東へ進んで敵の襲撃を迂回するつもりだと言っていたが、馬車が壊れてしまってはそうは行かん。
     やむなく無事だった馬に乗って森を抜けることにしたのだが、5人で2頭の馬に乗ることはできん。誰か一人がその場に残らなくてはならなくなり、吾輩が名乗り出たのだ。いや、名乗り出たと言うよりは、結果的に吾輩が選ばれたようなものだが」
    「ふむ」
     話を聞き終え、卿は首を傾げる。
    「変ですね」
    「なに?」
    「確かに通常時より、ローバーウォード周辺には兵士を巡回させるよう、司令に命じていました。
     しかし3週間前、……いや、もう一ヶ月前にもなりますか、あの森を強行突破した一軍がおり、そのために警備網が破壊されてしまったため、殉職者の回収と体勢の立て直しおよびその強化を図る目的で、我が軍は森の中から撤収していたはずなのですが」
    「何ですと? しかし実際に襲撃を……」
    「それは本当に、我々の兵隊でしたか?」
    「何を仰るか!」
     サンデルはフンと鼻を鳴らし、卿の疑問を否定する。
    「装備には貴国の紋章が付いておりましたし、鎧兜などもそれでした! 見間違えようはありませんぞ!?」
    「逆に言えば、あなた方は紋章と装備が無ければ、我が国の人間かそうでないか、見分けが付かないと言うことになりますね」
    「う、ぬう」
    「重ねて申し上げますが、あなた方が森へ侵入した際、我が国側の兵士全員が森の中から引き上げていたのです。それは間違いなく徹底されていたはずですし、その命令を無視して無闇に危険へ身を投じるような粗忽者は、まずありません。
     よって断言しますが――それは我々の兵隊ではありません。別の者です」
    「ば、馬鹿な……!? それではあれは、単なる野盗だったと? 非常に苦戦していたのですが」
    「その点については、一つの仮説があります。
     警備網が破壊されるよりもう少し前、こんなことがありました――我々は街道を飛ばす、恐らくはマチェレ王国籍であろう馬車を捕捉しようとしたことがあります。
     しかし途中で馬車を見失い、やむなく捜索を打ち切りました」
    「うん? それは恐らく、……いや」
     口をつぐみかけたサンデルを、卿がたしなめる。
    「私にはある程度のことは、予測が付いております。それは恐らく、あなた方が依頼されたものだろうと見ているのですが、お間違いないですか?」
    「……仰る通りです。吾輩の上官である、ある人物」「ロガン卿ですね」「う、……ええ、ロガン卿がマチェレ王国にて、依頼したものです」
    「手配された人物はすべて、『酒跳亭』の人間ですね?」
    「え? ええ、確かそんな名前だったと」
    「やはり、そうでしたか」
     これを受けて、卿はため息をついた。

    白猫夢・黒宰抄 2

    2012.09.11.[Edit]
    麒麟を巡る話、第93話。サンデルの証言。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 秋也とハーミット卿は軍の病院へ向かい、そこでサンデルと面会した。「……お前、……シュウヤか!?」「はい。無事で何よりです、サンデルさん」「ぶ、無事なものか! こうして敵国の施しを受けるなど、どっ、どれほどの屈辱であるか!」 わめくサンデルに対し、卿はやんわりと言葉をかける。「それは認識の違いと言うものです、マーニュ大尉...

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    麒麟を巡る話、第94話。
    名宰相は名探偵。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「やはり?」
    「どう言うことっスか?」
     話の流れが見えない秋也とサンデルは、同時に卿へ尋ねる。
    「恐らく、筋書きはこうでしょう。
     どこからかモダス陛下が亡命をそれとなく企てていたことを聞き、あるいは予測したその組織は、何らかの口実を付けてグリスロージュ帝国に侵入。帝室政府高官ないし皇帝の側近、それも陛下にごく近しい者の信頼を得て、そして陛下から直々に、その亡命幇助の依頼を受けられるよう、そう謀っていたのでしょう。
     そしてその2つの要素を、いっぺんにクリアできる目算もあったでしょうね。元々からロガン卿は、かねてより陛下から依頼を受けるに値する人材を探すよう命じられていたと聞きますし、その作戦行動は過去数年間に、何度か実施されていたでしょうからね。
     組織にとっては、予測も対策もしやすかったと思います」
    「な、なんと!?」
    「そして組織の一員であるアルト・トッドレール氏は亡命計画に加担しつつ、仲間をローバーウォードに忍ばせていた。もしも計画実行時に邪魔者が増えた際、それを消すために、です」
    「それがシュウヤであり、吾輩であったと……!?」
    「そうです。そして危険はまだ去っていません。
     現在まだ、ロガン卿父娘は陛下と、そのトッドレール氏と同道しているでしょうが、陛下ただ一人を誘拐するにあたって、その両名が邪魔ではないとは、私には判じられません」
    「……ま、まさか!」
    「ええ。二人は今非常に、危険な事態にあると言えるでしょう。早急にトッドレール氏およびその一味を探さねばなりません。
     でなければこの王国に野ざらしの死体が2つ、増えることになります」
    「そんな……!」
     真っ青になる秋也とサンデルに、今度は卿は、にこっと笑って見せた。
    「しかし幸いにも、我々には彼に対し2つのアドバンテージ、優位性があります。
     一つは、シュウヤ君とマーニュ大尉が生きていること。トッドレール氏はこの犯罪が露見しているなどとは、まったく思っていないでしょう。その油断は我々にとって、非常に役立ちます。
     もう一つは私がこれまで王国発展のために何を計画・推進してきたか、トッドレール氏が知らないことです」



    「まだ着かないのか、トッド君……?」
    「ええ、念のために迂回しております故」
     プラティノアール北部、鉱山にほど近い田舎道を、アルトたちは元々馬車につないでいた馬に乗って進んでいた。
    「あの襲撃をまた受けたいとあらば、ブリック―マーブル街道へ戻っても構いませんが」
    「いや……、それは御免蒙る」
     一方の馬にはロガン卿父娘、そしてもう一方にはアルトとフィッボが乗っている。
    「……」
     ノヴァは真っ青な顔で、ロガン卿の背中に体を預けている。馬車で連日強行したことと、数日前にプラティノアール兵――に偽装した「酒跳亭」一味――から襲撃を受けたこととで、疲労が相当溜まっているのだ。
    (しかし……。ここで『娘を休ませたい』などと言い出せば、トッド君はにべもなく『じゃあそこいらで死んどいてくれますか』と言ってのけるだろう。
     あの襲撃があった際、ほとんど単身で場を凌いでくれたサンデルに対しても、平然とそう言い放って見捨てたからな。
     ……まったく、腕は確かに立つが、なんと心無い男であったか! どうも私は、陛下からの長年の指令を全うしようと、焦り過ぎたらしい。よりによってこんな男を引き入れてしまうとは!)
     と、心中で散々毒づいた相手が馬を止める。
    「どうした、トッド君?」
    「ん、いえね。こりゃあ一体何でしょうかね、と」
     アルトはそう言って、地面を指差す。
    「うん? ……何だろうか?」
     地面には鉄製の、H型に延ばされた棒が地面に半ば埋め込まれる形で、延々と続いている。
    「恐らくは、ハーミット卿に関係するものではないかな」
     これを見たフィッボが、首を傾げながら答えようとする。
    「卿は世界中から研究者を呼び、様々な開発を行っていると聞く。恐らくこれも……」「まあいいです。どうでもいい。大事なのは安全に越えることですな」「……」
     アルトはフィッボの返答を遮り、馬を進めようとした。
     と、また馬を止める。
    「ありゃー、これは手間取りそうだ」
    「なに? ……!」
     アルトたちの前方に、プラティノアールの紋章を胸に付けた、鎧兜の男たちが現れた。

    白猫夢・黒宰抄 3

    2012.09.12.[Edit]
    麒麟を巡る話、第94話。名宰相は名探偵。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「やはり?」「どう言うことっスか?」 話の流れが見えない秋也とサンデルは、同時に卿へ尋ねる。「恐らく、筋書きはこうでしょう。 どこからかモダス陛下が亡命をそれとなく企てていたことを聞き、あるいは予測したその組織は、何らかの口実を付けてグリスロージュ帝国に侵入。帝室政府高官ないし皇帝の側近、それも陛下にごく近しい者の信...

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    麒麟を巡る話、第95話。
    スチーム・ロコモーション。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「これはいけませんな」
     アルトは飄々とした口ぶりでそう言い放つ。
    「ぐ、ぬ……」
     一方、ロガン卿は冷や汗をかいている。この状況を打破しようと考えを巡らせるが、まともに突破できそうな案は思い付かない。
     それを見越したらしく、アルトがささやく。
    「正面突破はまず無理でしょうな。戦力がありません。陛下はお役に立ってくれそうもなし」
    「い、いや、致し方なければ、私も……」
    「分からん人ですな。あなたに万一何かあれば、困るのは俺と閣下なんですぜ?」
    「……ああ」
    「と言って、引き返すのもあまり良くないでしょう。これ以上はノヴァ嬢に、負担をかけさせられませんからね」
    「そうだな」
    「となると手は一つ。降参しかありません」
     そう言ってアルトは馬を進めながら、正面の男たちに声をかける。
    「降参します。抵抗しません。お助けください」
    「……」
     だが、相手は小銃を構え出す。
    「おおっと、どうやら助けてもくれないようだ」
    「ど、どうするんだ!?」
     尋ねたフィッボに、アルトは舌打ちしつつ、こう返した。
    「逃げるしかありませんな。残念ながら閣下らは見捨てます」
    「ふ、ふざけるな!」
     叫んだフィッボに、アルトはもう一度舌打ちした。
    「ふざけてなんかいませんぜ。あの二人は役にゃ立ちません。囮になってもらいましょう」
     そう返し、アルトは一瞬、兵士風の男たちに目配せし、手綱を引いた。
    「さあ、しっかりお捕まりくださ……」
     と、その時だった。

     先程アルトが捨て置いた、正体の分からない鉄骨から、カタ、カタ……、と規則的な音が響いてくる。
    「……なんだ?」
     うろたえていたロガン卿らも、兵士風の男たちも、その音に気付く。
     やがて音は段々と大きく、強くなり――。
    「お、おい!?」
    「なんだ、ありゃあ!?」
     程なくして、巨大な鉄の塊が轟音と白煙を立て、その場に到着した。
    「予想が当たったようで何よりだね」
     鉄塊に牽引されてきた車の中から、これもまた、飄々とした声が聞こえてくる。
    「そこの野盗、そこまでだよ。君たちの目論見はすべてこの僕が見破っている。
     おとなしく投降すれば、命くらいは助けてやらなくもない」
     その声に続いて、小銃を抱えたプラティノアール兵たちがぞろぞろと降りてくる。
    「げっ……!?」
    「ほ、本物!?」
     ロガン卿らに兵士と思われていた男たちは、一斉に顔を蒼ざめさせる。
    「さあ、どうする?」
     車からハーミット卿が顔を出し、そう尋ねる。
    「あ、危ないっスよ!? オレが行きますから!」
     その後ろから、秋也が慌てて彼の袖を引くのが、アルトには確認できた。
    「……な、なんだとぉッ!? シュウヤ!? てめえ、い、生きてやがったのかッ!?」
     元々から下品じみていたアルトの言葉遣いが、さらに悪く変わる。
    「そーだよ――お前に裏切られて死にかけたけど、ばっちり生きてんだよ、このクソ野郎がッ!」
     秋也も車から降り、刀を抜いた。
    「できるだけ人は斬りたくなかったけど、お前は別だッ!
     お前はこのオレが、直々に叩っ斬ってやる!」
    「……へっへ……」
     アルトは怒りとも、笑いともとれる表情を浮かべていたが、やがてこう返した。
    「てめー如きにできんのか? あ? 人ひとり殺したこともねー癖して、いっちょ前な口利きやがるな、え?
     そして相変わらず、ろくに考えもできねーアホのままと来てやがる。俺を良く見ろよ、シュウヤ、それからプラティノアールのボンクラ兵士共」
     アルトは自分の背後に座り、呆然としているフィッボを指差す。
    「こいつの生殺与奪の権利は今、俺が握ってるんだぜ?
     ここで俺を撃ち殺すのは簡単だろうが、お前らの持ってる小銃――『チェスターライフルMk.4』だよな?――の威力なら俺の体を貫通して、この大事な大事な皇帝陛下サマのご玉体にまで、弾がめり込んじまうぜ?」
    「そうなんスか?」
     尋ねた秋也に、プラティノアール兵たちは一様に苦い顔を返す。どうやらアルトの言う通りらしい。
    「じゃあ、オレが行ってやるよ」
    「だからてめーはアホタレなんだ! 何度言やあ分かるんだ、え、おい?」
     アルトはナイフを取り出し、フィッボの首に当てる。
    「このボンクラ大王は今、俺がちょっと揺するだけでコロっと死ぬんだぜ?」
    「……」
    「それ以上近寄ってみろや? 俺はひょいっと、このクズ野郎の眉間にナイフ、刺し込んじまうぞ?」
    「……」
    「ほれ、どーした? おい、来てみろって。ほれ、ほれ、ほれ!
     できねーよなぁ? 俺にとっちゃこんな生ゴミなんかどーだっていいが、お前らにゃ大事な大事な国賓サマだもんなぁ!?」
    「……ト」
     と、ずっとアルトの背後で押し黙っていたフィッボが、ぼそ、と何かをつぶやく。
    「あん?」
    「……アルト。君は、一つ、大きな、考え違いを、犯しているよ」
     次の瞬間――アルトが嘲笑いながらひらひらと見せつけていたそのナイフが、アルトの首に突き刺さっていた。

    白猫夢・黒宰抄 4

    2012.09.13.[Edit]
    麒麟を巡る話、第95話。スチーム・ロコモーション。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「これはいけませんな」 アルトは飄々とした口ぶりでそう言い放つ。「ぐ、ぬ……」 一方、ロガン卿は冷や汗をかいている。この状況を打破しようと考えを巡らせるが、まともに突破できそうな案は思い付かない。 それを見越したらしく、アルトがささやく。「正面突破はまず無理でしょうな。戦力がありません。陛下はお役に立ってくれ...

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    麒麟を巡る話、第96話。
    怒りの皇帝。

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    5.
    「ひゅ……っ!?」
     何かを叫んだらしいが、ひゅうひゅうと言う風音だけがその場に鈍く響く。
    「君を登用し、罵詈雑言にも黙してきたのは、君が有用な存在だったからだ。
     だが私に害を成そうと言うのなら、君に義理立てする理由はどこにもない。ましてや、己の身が危険にさらされてなお、怯えている私ではない」
     アルトの首にナイフを突き立てたまま、フィッボは馬から降りた。
    「ひゅー、ひゅー……!?」
    「残念だな。その血の量では、どうやら頸動脈は切れていないらしい。気管に穴を空けただけのようだ」
     アルトはナイフを抜き、己の首を確かめる。
    「ひゅ、ひゅー、……ひゅっ!」
     何を言ったのかは分からなかったが、アルトは馬の手綱を引き、その場から逃げだした。
    「待て!」
    「逃がすか!」
     一人になったアルトに、プラティノアール兵は集中砲火を浴びせる。
     だが何発かは当たり、アルトや馬の体から血しぶきが上がったものの、アルトはそのまま、逃げ去ってしまった。
     そしていつの間にか「酒跳亭」の一味も姿を消しており、その場に残ったのは秋也たちとフィッボ、そしてロガン父娘だけとなった。
    「危険は去ったようですね、モダス陛下」
     と、ハーミット卿が車から降りてくる。
    「そのようだ。察するにあなたは、ハーミット卿とお見受けするが」
    「ええ、ご明察です」
     ハーミット卿とフィッボは固く握手を交わし、フィッボが頭を下げた。
    「貴君の慧眼であれば、私の窮状と本意は察していただけていることと思う。どうか、匿ってはもらえないだろうか?」
    「喜んで承ります、陛下」
     一方、まだ馬に乗ったまま硬直していたロガン父娘に、秋也が声をかけた。
    「あの、ロガン卿。大丈夫ですか?」
    「……お、おお」
     ロガン卿はぱちぱちと目をしばたたかせ、秋也に応える。
    「シュウヤ君、生きていたのか!」
    「ええ、色々ありましたが。サンデルさんも無事です」
    「……そうか!」
     ロガン卿は馬から降り、秋也をがば、と抱きしめてきた。
    「きょ、卿?」
    「君にはとても済まないことをした……! 謝って許されるものでは無いが、せめて謝意だけは受けてくれまいか?」
    「いいですって、そんな堅いコト」
     秋也はロガン卿から離れ、にかっと笑って見せた。
    「こうして全部丸く収まったんです。もうその辺、なあなあでいいじゃないスか」
    「恩に着る……!」



     こうして秋也が西方に着いた途端に見舞われた一連の事件に、一応の幕が引かれた。
     フィッボ・モダス帝は無事にプラティノアール王国に保護され、亡命を遂げた。また、ロガン父娘もフィッボと共に保護され、ハーミット卿の私邸で過ごすことになった。
     なお、アルトおよび「酒跳亭」一味はその後、プラティノアール兵によって散々捜索されたものの、発見することはできなかった。
     恐らくはマチェレ王国に舞い戻ったものと見られるが、現状では国境を越えての拿捕・処罰はできず、これはマチェレ王国との政治的交渉に委ねられることとなった。

    「と言っても、十中八九『黒』になるだろうね。引き渡しに応じてくれるだろう」
     ハーミット卿はそうつぶやき、碁石をパチ、と打つ。
    「そうなんスか? ……まあ、そりゃそうっスよね。あんな胡散臭い連中が自分の国ん中にいたら、そりゃいい気はしないでしょうし」
     秋也も応じる形で、碁石を打って返す。
    「そう言うことさ。マチェレ王国にとっても、国家転覆を企てるようなならず者なんて、置いておきたくないだろうからね。『処分したい』って申し出るところがあれば、喜んで引き渡してくれるさ」
     ちなみに秋也も拘束を解かれ、自由の身になったのだが、リスト寄宿舎の訓練生と仲良くなったこともあり、また、ハーミット卿やリスト司令をはじめとして、秋也の母と縁のある者たちが引き留めたため、しばらくこの国に逗留することにしたのだ。
     そのため今は、リスト寄宿舎でハーミット卿と後日談を話しつつ、囲碁に興じている。
    「……投了っス」
    「ありがとう」
     今局もハーミット卿の圧勝で終わったところで、彼はこんな提案をしてきた。
    「そうだ、君も今夜、家に来ないかい?」
    「え?」
    「マーニュ大尉も回復したし、しばらくうちで預かることにしたんだ。で、彼の快気祝いとモダス陛下らの来訪祝いも兼ねて、家でちょこっと、パーティでもしようかなってね」
    「いいっスね」
     二つ返事で快諾し、秋也はハーミット卿の屋敷を訪れることになった。

    白猫夢・黒宰抄 5

    2012.09.14.[Edit]
    麒麟を巡る話、第96話。怒りの皇帝。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「ひゅ……っ!?」 何かを叫んだらしいが、ひゅうひゅうと言う風音だけがその場に鈍く響く。「君を登用し、罵詈雑言にも黙してきたのは、君が有用な存在だったからだ。 だが私に害を成そうと言うのなら、君に義理立てする理由はどこにもない。ましてや、己の身が危険にさらされてなお、怯えている私ではない」 アルトの首にナイフを突き立てたま...

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    麒麟を巡る話、第97話。
    大団円の祝賀パーティ。

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    6.
     ハーミット卿の屋敷は、秋也が思っていたより大分、小ぢんまりとしていた。
    (リストさんのとこより大きいのかなと思ってたけど、そんなでもないな。普通の家よりは確かに大きいけど)
     と、屋敷の中から杖を突いたサンデルが現れ、秋也を出迎えてくれた。
    「おお、シュウヤ! 待っていたぞ!」
    「どもっス、サンデルさん。もう歩けるんですね」
    「おう。まだ多少、腹の奥がぴりぴりするがな。
     いやまったく、卿の慈悲深さには感謝せねばならん。敵兵である吾輩を助けてくれたばかりか、これほど厚遇してくれるとは! あの悪魔参謀とは雲泥の差だ」
    「比べちゃ失礼っスよ、あんなのと」
    「違いない、わははは……」
     ひとしきり笑ったところで、二人は屋敷に入った。
    「あら、シュウヤ君。おつかれさま」
     屋敷のエントランスですぐ、アルピナとリスト司令の二人に出会う。
    「どもっス」
    「みんな、彼がさっき言ってたシュウヤ・コウよ」
     リスト司令は自分の周りにいた、元訓練生らしき将校らに秋也を紹介する。
    「へぇー」
    「背、高いですね」
    「でも童顔」
     珍しいものを見るかのように囲まれ、秋也は戸惑う。
    「あ、あの、えーと」
    「その辺にしときなさい、みんな。後でゆっくり話せばいいんだから」
    「はーい」
     将校らから解放されたところで、今度はロガン卿とノヴァに会う。
    「人気者だな、シュウヤ君」
    「はは……」
    「あ、あの」
     ノヴァが秋也の前に立ち、顔を真っ赤にしてぼそぼそとつぶやく。
    「この度は、えっと、あの、本当に、その、ありがとうございます」
    「いえ、そんな。当然のコトをしてただけですから」
    「……シュウヤ君」
     と、ロガン卿が真面目な顔になり、秋也に耳打ちする。
    「君さえ良ければどうだね? 娘と交際しても構わんが……」
    「え、ちょ」
     秋也は目を白黒させながら、やんわりとはぐらかした。
    「オレはまだ修行中の身ですし、そんな、その、まだ早いって言うか」
    「……ふ、はははは……」
     秋也の慌てる様を見たロガン卿は、また表情を崩す。
    「まあ、交際云々は冗談としても、仲良くはしてやってくれ」
    「あ、はい、それは勿論」
     小さくぺこ、と頭を下げたところで、秋也は背中をトントンと叩かれた。
    「シュウヤくんだよね? 来てたんだ」
    「え?」
     振り返ると、そこにはリスト寄宿舎で出会った猫獣人、ベルが立っていた。
    「あ、ベルちゃん。君も来てたんだ」
    「来てたんだって言うか」
     ベルは呆れた顔をし、続いて合点が行ったような表情になる。
    「ああ、そっか。話の途中でパパに呼ばれたんだっけ」
    「へ?」
     そこで、ハーミット卿の声が居間から聞こえてくる。
    「皆様、ようこそお集まりいただきました。ただいまより、フィッボ・モダス皇帝陛下の御来訪を祝しまして、ささやかながら祝宴を催させていただきます」
     ベルは秋也の手を引き、居間に連れていく。
    「あれがパパとママ」
    「アレ? ……アレ!?」
     ベルが示した先には、居間の中央で杯を掲げるハーミット卿と、その傍らに杖を突いて立つ、ベルよりも深い色の緑髪に黒い毛並みの、猫獣人の女性がいた。
    「名前もちゃんと教えて無かったよね。あたし、ベル・ハーミット。ここはあたしん家なの」
    「そ、そっか」
     意外な事実を聞き、秋也は驚くしかなかった。

     パーティには30人ほどが集まり、各々心行くまで楽しんだ。
     ちなみにフィッボが亡命したことは既に、周知の事実となっている。これはハーミット卿の政治戦略でもあり、「現在のグリスロージュは誤った方向に進んでいる。国際的に制裁を加えるべきだ」とするプラティノアールの主張の一環として、フィッボ亡命を国内外に喧伝しているのだ。
    (そりゃ王様やら皇帝が逃げ出すような国なんて聞いたら、相当ひどい国なんだってみんな思うだろうしな)
     そして秋也はそのフィッボ亡命を手助けし、さらにアルト一味の計画を露見させるきっかけを持ってきた、この事件にとっての重要人物である。
     秋也はパーティの第二の主役として、引っ張りだこになっていた。

    白猫夢・黒宰抄 6

    2012.09.15.[Edit]
    麒麟を巡る話、第97話。大団円の祝賀パーティ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. ハーミット卿の屋敷は、秋也が思っていたより大分、小ぢんまりとしていた。(リストさんのとこより大きいのかなと思ってたけど、そんなでもないな。普通の家よりは確かに大きいけど) と、屋敷の中から杖を突いたサンデルが現れ、秋也を出迎えてくれた。「おお、シュウヤ! 待っていたぞ!」「どもっス、サンデルさん。もう歩けるん...

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    麒麟を巡る話、第98話。
    自分はどこに?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     パーティも終わり、秋也はベルと共に、リスト寄宿舎への帰路を歩いていた。
    「人気者だったねー、シュウヤくん」
    「参ったよ、マジで」
     暦は既に12月に入っており、街にはうっすらと靄(もや)がかかっている。
    「はー」
     ベルがマフラー越しに、ふーっと息を吐く。
    「今日はすごく寒いよね。息、真っ白」
    「だなぁ。……ぷっ、ふふ」
    「どしたの?」
    「耳」
     ベルの猫耳は寒さのためか、耳当てを付けていてもなお、プルプルと震えている。ベルは顔を赤くして、両耳を手でぽふっと押さえる。
    「ああん、もお! ……シュウヤくんだってプルプルじゃない」
    「へへ……」
     同じ猫獣人だからか、二人は妙に馬が合った。
    「そう言やさ、ベルちゃん」
    「ん?」
    「親父さん、すごく偉くて賢いのに、なんで寄宿舎に?」
    「どう言う意味?」
    「いや、ベルちゃんもそう言う方に進まないのかなって」
    「あー」
     ベルは肩をすくめ、こう返す。
    「あたし、目以外はママ似だから。
     大臣やれるほど頭良くないし、それに魔力高かったのと運動神経いいのと、目がすごくいいから、士官候補ってことでリストさんのところに行ってるの」
    「そうなんだ。……目以外って?」
    「ママ、目が悪いのよ。若い時に病気したんだって。
     でも魔力はすごく高くて、昔は魔術兵だったらしいわ。どこかの将軍だったみたいなことも言ってたけど、それは多分ウソかも。
     リストさんだって将軍級になったの30代の時なのに、ママの話が本当だと、10代終わりくらいで将軍やってたことになるもん。流石にウソだよ、そんなの」
    「ふーん……?」
    「ねえ、シュウヤくん。あたしばっかり話してて、ちょっと疲れちゃった。君の話、してくれない?」
     そう問われ、秋也は考え込む。
    「えー、……と。そうだなぁ、じゃあ、オレの母さんの」「じゃなくて」
     ベルはぎゅっと、秋也の手を握る。
    「君の、お話」
    「ぅえ? えー、えーと、うーん」
    「例えばさ、夢とかある?」
     ベルに助け船を出され、秋也はぽつぽつと答える。
    「一応、ある。母さんみたいなすごい剣士になりたいなって」
    「お母さん、ねぇ」
     ベルはビシ、と秋也の鼻に指を置く。
    「君、もしかしてマザコンさん?」
    「ふぇ?」
    「お母さんの話ばっかりじゃない。そんなんじゃ君、一生お母さんの影に悩むことになるんじゃない?」
    「……それは、……確かに」
     秋也の脳裏に、焔流の免許皆伝試験で見た、若い頃の晴奈の姿が浮かぶ。
    (ベルちゃんの言う通りだよな。オレの人生、何かにつけて母さんが関わってくる)
    「ねえ、シュウヤくん。君、しばらくこっちにいるんだよね?」
     ベルにそう確認され、秋也はうなずく。
    「ああ。1ヶ月か、2ヶ月くらいは」
    「もっと居といた方がいいんじゃないかなって、あたし思うんだけど」
    「え?」
    「気分の切り替えよ、切り替え! ここにお母さんはいないんだし、シュウヤくんは『英雄セイナの息子』じゃなくて『シュウヤくん』として、自分づくりしてみたらどう?
     なんなら、半年くらいさ」
    「いや、そんなに長居したら流石にチェスターさんも……」
    「別にいいと思うわよ。大抵部屋、空いてるし。あたしからお願いしてみる」
    「え、いや、でも君にそんなの頼むなんて」
    「じゃ、明日二人で頼みに行こ? ね、決定!」
    「えー……」
     そしてベルはにこっと笑い、こう続けた。
    「だってあたし、シュウヤくんともっともっと仲良くなりたいし」
    「えっ?」
    「あ、もう着いちゃった」
     ベルはたた……、と駆け出し、秋也に手を振る。
    「あー寒かった! 早く入ろ、シュウヤくん!」
    「おっ、おう」
     秋也は慌てて、ベルに付いて行った。



     その夜――。
    《や、シュウヤ。久しぶり》
     あの白猫の夢を、秋也は見た。
    「またアンタか……。今度は何の用だ?」
    《なに、簡単なコトさ。第二段階終了ってコトを、キミに確認させたくってね》
    「第二段階だと? まだ何かやれって言うのか?」
    《ああ。皇帝亡命事件でキミは、とても大きな信用を得た。その国の、実質上の最高権力者からもね。
     ソレが一番、重要だったんだ》
    「最高権力者……? ハーミットさんのコトか?」
    《そう、ソレだ。彼に悠々と近付ける。ソレが最も重要だったんだ。キミは良くやったよ》
    「ハーミットさんと仲良くなれ、ってコトか?」
     と、そう尋ねた途端、白猫の顔に険が浮かぶ。
    《ダレがそんなコトしろって言った?》
    「えっ?」
    《違うよ、まるで違う! そうじゃない! そんなコトされてたまるもんか!
     ボクが頼みたいのはだよ、シュウヤ》
     白猫は表情を変える。
     それは悪辣そのものの、残酷じみたものを感じさせる笑みだった。
    《殺してほしいのさ、彼を》

    白猫夢・黒宰抄 終

    白猫夢・黒宰抄 7

    2012.09.16.[Edit]
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