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黄輪雑貨本店 新館

琥珀暁 第5部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

    • 2998
    • 2999
    • 3000
    • 3001
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    • 3010
    • 3011
    • 3012
    • 3013
      
    神様たちの話、第261話。
    オルトラ突破戦。

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    2.
     帝国本軍の通達によって、西山間部基地に駐留する兵士の中から200名、そしてスオミ王国とイスタス王国から召集された兵士300人が、オルトラ王国封鎖線の突破部隊として結成された。
    「いいか、今回の目的はオルトラ王国の封鎖線を解くことにある。こちらに実力を行使する準備があることを示唆した上で、話し合いを行うものとする。もしもそれで折り合いが付かないようであれば、遠慮はいらん。斬り殺してでも突破し、封鎖線を破壊せよ」
     将軍の命令を受け、部隊全軍に緊張が走る。
    「ずいぶん極端な、と驚く者もいるだろうが、昨今は情勢も緊迫している。ここで帝国の結束が乱れることがあれば、さらなる危機を招きかねない。それを鑑みれば、決して過敏な措置ではない。そのことを理解した上で行動せよ。以上だ」
     兵士たちのざわめきがまだ収まらないまま、突破部隊は進攻を開始した。

     西山間部基地を発って一週間ほどが経ち、西山間部軍はオルトラ王国の封鎖線まで接近した。
     大量の軍勢を目にし、明らかに動揺した様子を見せる封鎖線内のオルトラ王国軍兵士たちに、将軍が通達を行う。
    「我々は帝国西山間部方面監視基地の者だ! お前たちは帝国の了承を得ず街道および町の封鎖を行い、帝国の公益を損なっている! 即刻封鎖を解除し、道を開けろ!」
    「……」
     が、王国軍は何も答えず、槍や弓を構える。それを見て、将軍が再度通達する。
    「もう一度言うぞ! 道を開けろ! さもなくば我々は貴様らに危害を加えてでも、封鎖を突破する! 痛い目を見たくなければ、さっさと従え!」
    「……」
     再度威圧を受けても、王国軍は何も答えず、構えも解かない。しびれを切らしたらしく、将軍は背後の部下に命じる。
    「もう構ってられん! とっとと突破するぞッ!」
    「り、了解です!」
     怒り任せの命令を受け、部下たちは慌てて武器を構え、封鎖線に向かって進行し始めた。当然、王国軍は武器を向けつつも、後退し始める。
    「ふん、腰抜けどもめ! まあいい、このまま押し込んでしまえ!」
     自然と西山間部軍は王国軍を追う形となり、勢いに乗って奥へ、奥へと突き進んで行く。そうなってくると、当初戸惑い気味だった西山間部軍兵士たちも、調子に乗り出す。
    「い……行け行け、やっちまえ!」
    「おっ、おう!」
     やがて西山間部軍のほとんどが封鎖線を越え、陣地内のあちこちに入り込む。これに気を良くし、将軍は号令を発しようとした。
    「よし、このまま内部をかき回し、て……」
     が、その言葉が途中で詰まる。
     何故ならこの時、彼ののどに矢が刺さり、その出口を塞いでしまっていたからだ。

    「ぃよぉし、命中である!」
     敵将軍を射り、ミェーチは拳を振り上げてはしゃぐ。一方、傍らにいたシェロは、冷静に命令を下す。
    「これで敵の指揮系統は崩れた! 後は残った奴らを追い回せ!」
    「御意!」
     命令に従い、ミェーチ軍団の者たちが蜂起する。
    「う、うわっ、うわっ、うわあ!?」
    「よ、横、右っ、敵が!?」
    「左からも出たぞ!?」
     敵陣奥まで意気揚々と深入りしていた西山間部軍は一転、窮地に陥る。
    「閣下、ご命令を! ……閣下? か、閣下!?」
    「し、死んでる!? うわあああ!?」
    「ど、どうすんの、どうすんのこれ!?」
     命令を下す人間がいなくなり、西山間部軍は散り散りに逃げ始めた。その状況を確認し、シェロが再度命令する。
    「いいか、逃げるヤツは無理に追うな! 向かってくるヤツだけ相手しろ! 降参したら捕まえろ!」
    「了解!」
     つい先程まで追う立場だった西山間部軍は、あっさり追われる立場へと逆転する。
    「うおおおらああああッ!」
    「いい気になってんじゃねえぞゴラあああッ!」
    「俺たちをなめんじゃねええええッ!」
     自分たちより一回り、二回りも体格が違う、熊獣人や虎獣人の集団に追い回され、短耳ばかりの西山間部軍は血相を変え、ほうほうの体で逃げ回る。
    「ひっ、ひえっ、ひえあああ……」
    「ちょっ、まっ、だめっ」
    「ちょ、調子に乗るな、……ひいいいっ!」
     普段は帝国の威を笠に着、いばっていたであろう彼らは、今はみっともなく追い回される標的でしかなかった。



     こうして会敵から1時間も経たずに、西山間部軍は散り散りになって壊滅した。
     彼らを率いた将軍は、前述の通り死亡。500名の兵士もその半数が王国軍およびミェーチ軍団に拿捕され、残り半分も帝国本軍からの報復・処罰を恐れ、逃亡。帝国は惨敗を喫する形となった。
     そして当然、帝国に対して一方的に勝利したと言うこの事実を、単なる出来事として放っておくエリザではなく――ミェーチ軍団に命じて、この戦果を大々的に喧伝させた。
    琥珀暁・狐謀伝 2
    »»  2019.10.21.
    神様たちの話、第262話。
    揺れる西山間部。

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    3.
    「なんたることだ!」
     帰投した兵士からの報告ではなく、街の巷説で情況を知らされたこともあり、帝国軍本営は苦々しい顔を揃えていた。
    「500名からなる大部隊があっけなく全滅したばかりか、あられもないうわさとして早くも広まっているとは」
    「そのうわさだが、どうやら敵方が流しているらしい」
    「敵……か。海外人どもめ!」
     一人が忌々しげにうなったところで、情報収集をした将軍が首を横に振る。
    「いや、あのミェーチ軍団のようだ」
    「と言うと、沿岸部を追い出された、あの?」
    「うむ。確かにならず者集団と化した彼奴らにとって、帝国軍――の手先でしかないが――に勝利したと言う事実は、格好の宣伝材料となろう。既に西山間部では、帝国に対する信用が揺らいでいるとの報告も寄せられている」
    「このまま看過すれば、スオミやイスタスも反帝国に転ずるやも、……と言うところか」
     この一言に、将軍たちは揃って顔を見合わせた。
    「そんなことがあっては、帝国が土台から揺らぎかねんぞ」
    「然り。沿岸部はともかく、山間部の半分をも奪われるとなっては……」
    「大勢がひっくり返ってしまう! 全土を支配し、覇権を握っていた我々が一転、追われる立場となってしまうだろう」
    「それは……まずい」
    「であるな」
     もう一度顔を見合わせ、将軍たちは一様にため息を漏らす。
    「どうすべきであろうか」
    「このまま放っては置けん。まずはミェーチ軍団を殲滅し、西山間部の動揺を鎮めねば」
    「当然である。……だが」
     と、先程の将軍が手を挙げる。
    「不穏なうわさも耳にしている」
    「と言うと?」
    「彼奴ら、どうやら豪族ども全員と結託し、連合を組んでいると言うのだ」
    「なに……!?」
     これを聞いて、円卓に着く全員に衝撃が走った。
    「有り得ん! 唯我独尊の輩ばかりの豪族が、他の勢力と、ましてや沿岸部の奴らと手を組んだと言うのか!?」
    「し、しかしそう考えれば、今回の惨敗も説明が付く。豪族と軍団が結託してオルトラなど3ヶ国を襲撃して占拠し、反帝国に仕立てたとすれば」
    「なるほど、封鎖線内に引き寄せてから挟撃、と言うような策もできるわけか。小賢しい奴らめ」
    「それだけでは無い。さらに軍団の奴ら、海外人とも手を組んでいると言うのだ」
    「馬鹿な!」
     この報告に、卓はまた揺れた。
    「そんな、彼奴らにとって都合のいいことばかりが起きてたまるものか!」
    「だが、聞いた話によれば、軍団の副団長は元々、海外人であったとか」
    「なに……!? それが事実であれば、つながりがあると言うわけか」
    「いや待て」
     と、一人が手を挙げる。
    「わしの持っている情報によれば、その副団長――ナイトマンとか言うそうだが――元々は確かに海外人の使節団だか遠征隊だかに在籍していたそうであるが、諍いを起こして放逐されたとも聞いておる。ほれ、沿岸部の一件が……」
    「ふむ、ミェーチがノルド王国から離反したと言う、あの件か。そう言う経緯は確かに聞き及んでいる。……となると」
    「海外人と手を組んだと言うその情報は、流石に嘘であろう。そのナイトマンが戦勝の勢いに乗るべく、欺瞞(ぎまん)工作を仕掛けたのだろうな」
    「しかし、万一本当につながっていたとしたら」
    「相手は200、300の小勢ではなく、1000を超える大軍勢と言うことになる。であればうかつな攻めは……」
    「逆にこちらを危うくする、と言うわけか」
    「この局面に来てさらなる敗北は、それこそ帝国の威光を地に墜とすことになる。慎重にならねば」
    「うぬぬ……」
     自分たちの危機的状況が仄見える中、軍本営の意見は錯綜し、次の手を打ちあぐねてしまっていた。



     だが――事態はさらに、彼らにとって悪い方向に進展しようとしていた。
     まだ敗北のショックから立ち直れないでいた西山間部基地を、ミェーチ軍団と豪族の連合軍が襲撃したのである。
    琥珀暁・狐謀伝 3
    »»  2019.10.22.
    神様たちの話、第263話。
    西山間部基地襲撃。

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    4.
    「敵襲! 敵襲!」
     まだ空気も温まらぬ早朝から、西山間部基地は緊張に包まれていた。
    「北北西の方角より、多数の獣人が出現しました! 恐らく本営より通達のあった、ミェーチ軍団と豪族らの連合軍と思われます!」
    「何ぃ!?」
     報告を受け、基地司令は青ざめる。
    「数は!?」
    「500を超えているものと」
    「500か……。現状で対処し切れん数ではないか。よし、迎撃だ!」
    「了解です!」
     大慌てで迎撃準備を整える中、司令は机に貼られた近隣地図を――例によって、ハンが見れば「なんだ、この落書きは?」と嘆きそうな程度のものでしかないが――確認しつつ、深呼吸する。
    (落ち着け……落ち着け……、そう、そうだ、相手の動きを見極めねば。
     本営からの通達では、敵は恐らくオルトラ王国まで版図を拡げているだろうとのことだったな。近隣に陣を張ったと言う報告は無かった。と言うことは、奴らはオルトラ王国からスオミ、イスタスを一気に通過し、ここまで突っ切ってきたのだろう。となれば、相当の疲労があるはず。しっかり陣形を固めて押し返せば、容易に撃退し得るだろう)
     そう判断し、積極策を採って迎え撃とうとしたが――。
    「左翼側が撃破されそうです!」
    「右翼側、敵勢を抑え切れません!」
    「至急、増員願います!」
     疲労困憊と思われていた連合軍は、微塵もそんな様子を見せず、元気一杯に防衛線を押し潰してきたのである。
    (な……何故だ!? いくら体格で上回る奴らとは言え、どう考えても、敵陣を強行突破してきたばかりの動きでは、……そうか、しまった!)
     司令室で報告を受けていた司令は、再度地図に目をやり、重大な事実に気付く。
    (平時であれば、属国から敵の動きを知らせに来る手筈になっている。だが先のオルトラ防衛線突破作戦で、スオミもイスタスも人員を150名ずつ、手持ちの半分も送った上、それがすべて戻って来ていないのだ! 通常の半分の人員では、その通知体制がまともに機能しているはずが無い!
     であれば、彼奴らは敵陣で休養を取れる間も、余裕綽々でゆっくり進軍する間も十分にあったと言うわけか。迎撃ではなく、防御を固めて本国の応援を呼ぶべきだった。……くそッ!)
     司令の判断ミスは、すぐさま迎撃戦の情況に影響する。
    「防衛線、突破されました!」
    「現在、基地城壁が攻撃されています!」
    「攻勢を抑え切れません! 閣下、ご指示を!」
    「う……ううっ」
     司令は頭を抱え、絶望的な結末を迎えることを覚悟した。

     ところが――。
    「司令! そ、その、妙なことが」
    「こ、今度は何だ!?」
    「敵が突然、撤退しました」
    「……は?」
     司令は顔を上げ、尋ね返す。
    「敵がどうしたと?」
    「引き返しました。あわや城壁を乗り越えてくるかと言う状況だったのですが、突然慌てたような様子で、逃げ出しまして」
    「ど、……どう言うことだ?」
     司令は慌てて窓の外に身を乗り出し、基地の外を確認する。伝令が伝えた通り、連合軍はこの時既に、元来た方角の彼方へと走り去っていた。
    「……わ、わけが分からん」
     こうして――特に西山間部軍側が戦果を上げた要素も無く、基地防衛戦は終息してしまった。



     この結果を報告され、軍本営はまたも、揃って首をかしげていた。
    「一体何があったのだ?」
    「分からん。どうにか属国に調査させたが、彼奴らは大慌てでオルトラ王国へ引き返したとしか」
    「ううむ……?」
     明確な回答が無いため、この話題は自然に途切れる。
    「ところで、西山間部基地の被害状況は?」
    「人的被害は約200名だ。先のオルトラ突破失敗の被害と合わせれば、基地の人員は最早半分以下、500を切った状況にある。基地自体も壁や城門の損傷が激しい。大掛かりな修復を要するだろう」
    「となると、基地としての機能は難しいな。この状況でまた襲撃されようものなら……」
    「次は守り切れんだろう。そして基地が陥落すれば、帝国の支配は届かなくなる。彼奴らは悠然とスオミ、イスタスを口説き、自軍に引き入れるだろう」
    「早急に対処せねば。帝国本軍より人員を送り、基地修復と防衛力強化を急がせよ」
    「御意」
     と、ある将軍の元に一人、兵士がやって来る。
    「どうした? ……ふむ、……ふむ、……ははあ、なるほど。そう言うことであったか」
     兵士に耳打ちされ、その将軍はニヤリと笑った。
    「なんだ?」
    「彼奴らがいきなり逃げ出した原因が判明したのだ」
     そう返しつつ、将軍はまた、ニヤリと笑った。
    琥珀暁・狐謀伝 4
    »»  2019.10.23.
    神様たちの話、第264話。
    嘘か真か、そのうわさ。

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    5.
    「原因?」
    「それは何だ?」
     尋ねられ、将軍は得意げに説明する。
    「先日、ミェーチ軍団が海外人とも結託していると言う情報があっただろう? それが欺瞞であったことが確定したのだ」
    「裏が取れたと?」
    「うむ。と言うのも、彼奴らが大慌てで逃げ出したのは、その海外人が西山間部へ進攻してきたからなのだ」
    「うん?」
    「遡上の理由は容易に想像が付く。海外人も版図を拡げんとしているのだろう。だが、それは軍団にとっては望まざる事態、であるからこそ大急ぎで戻ってきたのだ。大方、『軍団と海外人にはつながりがある』、『もしもの場合には海外人が助太刀してくれる』とでも吹聴して、属国を軍門に引き入れたのだろうからな」
    「なるほど、本当に海外人がやって来れば、その嘘が明らかになる。そうなれば属国も掌を返し、離反する。彼奴らにしてみれば、外来人の山間部遡上はどうあっても阻止しなければならぬ、と言うわけだ」
    「うむ。加えて、その嘘で豪族をも味方に付けていたらしい」
    「では、豪族も手を引こうとしている、と?」
    「確証は無いが、その気配はある。相当揉めている様子が、斥候により確認されているそうだ」
    「ほほう」
     相手の混乱を聞き、円卓に並ぶ顔が悪辣に歪む。
    「となれば、好機であるな」
    「左様。ここで軍団を仕留めさえすれば、豪族の連合も解消され、当座の危機は去る。無論、海外人の問題は残ってはいるが、どうにか面目も立つであろう」
    「でなければ今度こそ、我々は陛下に……」
    「それ以上は口にするな。……恐ろしいことだ」
    「うむ……」

     敵の不和を聞き付けた帝国軍本営は、確実に軍団を討つべく、帝国本国から新たに500名の兵士を西山間部基地に送り、基地の防衛能力を復活させるとともに、基地周辺の警戒態勢を強化し、軍団の再襲に備えた。
     そして程無く帝国軍本営は、一度北へ戻っていた敵勢力が、今度は軍団だけで南下し始めたとの情報を入手した。
    「軍団単騎で、か。察するに、豪族との関係が決裂したと見える」
    「いや、そうとも限らん。海外人の問題もあることであるし、豪族にとっても敵となる存在だ。豪族は北で、海外人を食い止めておるのやもな」
    「どちらにしても、今度は軍団のみ。こちらの1000名に比べれば、200の小勢だ。いざぶつかれば、容易に撃破できる」
    「加えて、退路は無しだ。逃げ帰ったところで、折り合いの悪くなった豪族か、あるいは海外人と戦う羽目になるであろうからな。南へ活路を開くしか、彼奴らに道は残されておらんのだ」
    「ふっふっふ……。ここまで散々、我々を愚弄してきたが、軍団の命運もここに尽きたと言うわけだ」



     双月暦では24年8月の頃、ミェーチ軍団はふたたび、西山間部基地を襲撃した。だが前述の通り、今度は豪族らを伴わない、200名程度の小勢であり――。
    「左翼、敵撤退を確認! 現在、追走しています!」
    「右翼側も現在、散り散りになった敵を追っています!」
    「よし、よし!」
     前回と打って変わって優勢であることを確信し、基地司令も血気盛んに命令を下している。
    「前回の雪辱を晴らすぞ! 全軍前進、一人残らず殲滅するのだ!」
    「了解であります!」
     号令を受け、基地の外に出ていた兵士は皆、勢い良く駆け出し、退却を始めたミェーチ軍団の後を追って行った。
    「ふふふ……、ははは、うわははははは! これで決着だッ!」
     側近数名と共に残った司令は、高笑いを上げつつ、勝利を確信した。

     が――。
    「……まだ戻らないのか?」
    「依然として、一人も、……です」
     司令の心に不安が忍び寄り、彼は思わず空を見上げる。
    「開戦からどれくらい経った?」
    「昼前には会敵していましたから、もう4、5時間は経っているものと」
     側近の言葉を受け、司令の背筋にぞわ、と怖気が走る。
    「おかしい……。いくら相手の逃げ足が早くとも、逃げられたなら逃げられたで、そろそろ帰投してくるはずだろう?」
    「その……はずですが」
    「……嫌な予感がしてきたのだが、俺の思い過ごしだろうか」
    「残念ながら、……私も同感です」
    琥珀暁・狐謀伝 5
    »»  2019.10.24.
    神様たちの話、第265話。
    とどめの欺瞞作戦。

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    6.
     いくつかの隊に分かれ撤退するミェーチ軍団の殿(しんがり)に追いつこうと、西山間部軍の兵士たちは馬に鞭をやる。
    「もっと急げ! 見失うぞッ!」
     だが、相手は森に入ったり丘を突っ切ったりと、翻弄するかのように逃げ回る。そして1時間、2時間も追走するうち、とうとう見失ってしまった。
    「くそッ!」
    「散々追いかけさせておいて……!」
    「腰抜けめ!」
     ゼェゼェと息を荒くし、へたり込む馬から降り、兵士たちは辺りを見回す。
    「……あれ?」
     そこでようやく、自分たちが暗い森の中にいることに気付いた。
    「どこだここ?」
    「いや……、分からん」
    「地図無いのか?」
    「あっても、……めちゃくちゃに走り回ったから、どこがどこだか」
    「何だよそれ。バカじゃねえの?」
    「お前も一緒になって迷ったんじゃねえか。どっちもどっちだっつーの」
    「ケッ」
     揉めるものの何の解決にもならず、やがて全員が黙り込む。
    「……今、昼くらいか?」
    「割と明るいから、多分」
    「あーあ、腹減ったなぁ」
    「わかる。ぐーぐー言ってる」
     どうしようも無いので、とりあえず全員、木陰に座り込む。
    「で、どう報告する? まんま『逃げられました』じゃ、怒られるかも知れねーし」
    「いや、変なウソ付いてバレたらそっちの方がヤバいだろ」
    「同感。素直に報告すりゃいいだろ」
    「そっかなぁ……。まあいいや」
     雑談しつつ、衣服やかばんを探るが、木の実一つ出て来ない。
    「基地前で蹴散らして終わり、……と思ってたから、糧食なんか持って来てないよなぁ」
    「そりゃそうだ。ここまで追い回す予定じゃなかったもんな」
    「あーあ、腹減ったなぁ」
    「繰り返すなよ。俺だって減ってんだから」
     と、全員の腹がぐう、と鳴ったところで――。
    「おい」
     森の奥から士官服の男が、十数名の兵士らと共に現れた。彼の胸に付いた階級章を見て、兵士たちは慌てて立ち上がり敬礼する。
    「しっ、指揮官殿! ……ですよね?」
    「見ての通りだ。ここで何をやっている?」
    「申し訳ありません! 敵を追っていたのですが、見失いました。それで、……そのー、恥ずかしながら、道に迷ってしまった次第でして」
    「そうだろうと思って、迎えに来た。一緒に来い」
    「あ、ありがとうございます!」
     揃って頭を下げたところで、指揮官はくるりと踵を返し、付いて来るよう促した。

     森を抜けたところで、兵士の一人が首をかしげる。
    「あの、指揮官殿」
    「どうした?」
    「北へ向かっているようですが……?」
    「敵の本隊は叩いたが、散った残党がそこら辺をうろついている。貴官らの消耗を鑑みれば会敵は得策ではないと判断したため、迂回している」
    「そ、そうでありましたか! ご厚慮に気付かず、失礼いたしました!」
    「構わん」
     無口な指揮官は一言だけ返し、ふたたび歩き出そうとする。と、別の者が手を挙げる。
    「あの、大変失礼なことを申し上げますが、指揮官殿は以前から我が基地に? お顔を拝見した覚えが無いのですが」
    「今回の作戦で帝国本軍から派遣されている」
    「了解であります。と言うことは、そちらの女、……あ、いや、女性も本軍の?」
    「え、あ、えっと……?」「そうだ」
     ぎこちなくうなずく女性をさえぎり、指揮官が代わりに答える。
    「俺の秘書官だ」
    「そ、そうでありましたか。いや、女の兵士なんているのかと思って、……い、いえ、すみません」
    「他に質問はあるのか?」
     そう言って、指揮官がギロリと兵士たちをにらんできたため、彼らは顔を見合わせ、無言でうなずき合う。
    (これ以上女について質問するな、……ってことだよな)
    (他に何があんだよ)
    (本軍の人間だし、変な詮索したら飛ぶぜ、首)
    (二重の意味でな)
    「どうした?」
     再度尋ねられ、兵士たちはブンブンと首を横に振った。
    「問題ありませんです、はい!」
    「失礼いたしました!」
    「ならいい」
     それ以上口を開くことなく、兵士たちは指揮官の後を付いて行った。

     そうして北へ向かって進み続け――。
    「着いたぞ」
     指揮官に連れられた兵士たちは、唖然とする。
    「あ、あれ?」
    「……基地、じゃない」
    「って、言うか」
    「ケモノ耳のヤツだらけ、……ってことは」
     そこで指揮官が振り返り、淡々と説明した。
    「察しの通り、ここは西山間部基地じゃない。俺たちの陣地だ。
     ここまで連れて来ておいてこんなことを言うのもなんだが、お前たちは疑いを持つべきだったな。同じ格好で同じことばを話せる短耳だから友軍、と考えるのは短絡的だろう」
    「……まさか、そんな」
     兵士たちは後ずさったが、男の背後に弓を構えた獣人が多数並んで立っているのを確認し、やむなく降参した。



     こうして、撤退したと見せかけたミェーチ軍団を追い回し、細かく分断された上、本陣から遠く引き離された西山間部軍の兵士たちは、帝国軍に偽装したハンと遠征隊の短耳たちに誘導されるまま、半日がかりでそのすべて、およそ900名が彼らの駐屯地へと逐次連行され、次々に拿捕・収容されていった。
    琥珀暁・狐謀伝 6
    »»  2019.10.25.
    神様たちの話、第266話。
    西山間部戦、決着。

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    7.
     一人も兵士が帰らないまま夜が明け、がらんとした基地内で、司令はおののいていた。
    「ど……どんな方法を使ったか分からないが、誰一人として帰還しないと言うことは」
    「閣下、その、悲観的なことは」
    「言わずにおれるか……。我々は負けたのだ。もうじき朝になる。明るくなれば、敵もふたたび攻めて来るだろう。100人足らずとなった我々のところへな。
     そこで諸君に質問だが、……この結果を持って帝国へ逃げ帰った場合、俺は一体どうなってしまうんだろうな」
     ぼたぼたと涙を流しながら問う司令に、側近らは一様に、渋い顔を返す。
    「……殺されますね」
    「だろうな。と言って敵に投降したとして、俺たちの身の安全が保証されると思うか?」
    「あ」
     司令の言葉に、側近の一人が何かを思い出したかのように声を上げる。
    「あのー……閣下」
    「なんだ?」
    「一昨日ですが、差出人不明の手紙が届けられまして。読んだ当初は、狂人の戯言(たわごと)か何かとしか思えないような内容だったのですが」
    「何の話をしているんだ? こっちは今、生きるか死ぬかの瀬戸際なんだぞ?」
     泣きじゃくる司令に、側近はこう伝えた。
    「手紙の内容ですが、ただ一筆、『大人しく投降した者には身の安全と美味い飯を保証する』とだけ。今にして思えば、まさにこの、今の状況のことではないかと」
    「……ほ、本当に?」

     朝を迎え、基地の前に現れたミェーチ軍団と豪族の連合軍の前に、司令と側近、そして残っていた100名の兵士が、武器も防具も無い、無防備の状態で姿を現した。エリザの手紙で約束していた通り、軍団は無抵抗の彼らを一人も殺さず拿捕し、自陣へと連行して、美味い料理を振る舞った。
     こうして、帝国西山間部方面基地はあっけなく陥落した。

    「ば……か、なっ」
     報告を受け、帝国軍本営は騒然となった。
    「基地陥落だと!? 1000名の兵士を、難攻不落に築き上げたあの要塞を、陥としたと言うのか!?」
    「何かの間違いでは無いのか!?」
     口々にわめき立てる将軍たちに、議長役の上将軍が土気色の顔で説明する。
    「何度も確認した。間違いは無い。基地はもう既に――あろうことか、ほぼ無傷のまま――敵の手に渡っている。懸念していたスオミ王国とイスタス王国も、彼奴らに恭順したことが分かっている。
     最早、基地だけではない。西山間部すべてが、敵の手に陥ちたのだ」
     最悪の事態を突き付けられ、円卓に並ぶ顔は一斉に青ざめた。
    「……陛下は、既に?」
    「存じておられる。そして先程、このように命じられた」
     上将軍は立ち上がり、腰に佩いていた剣を抜いた。
    「ここにいる全員で御前に向かい、その場で自ら首を斬って死ねと」



     今回の戦いで発生した捕虜は全員、元々豪族が隠れ住んでいた山奥へと連行され、軟禁された。
    「軟禁では不十分と思いますが。あの人数で一丸となって脱走されれば、大変なことになりますよ」
     尋ねたハンに、エリザは肩をすくめて返す。
    「脱走? 何のためにや?」
    「それは帝国だとか、身の自由だとか、……あー、と」
     反論しかけて、ハンは自ら納得する。
    「確かに帝国の圧政を考えれば、今の方がよほど自由、と言うわけですか」
    「美味いご飯も仰山食べられるしな。こないだ見に行った時なんかアタシ、『どうも女将さーん』言うて、鶏モモ片手に手ぇ振られたで」
    「相変わらずのご人気ですね。……であれば、背後から刺される類の心配は無さそうですね」
     ハンは西山間部基地から接収された地図を眺めつつ、ため息をつく。その様子を見て、エリザが茶化す。
    「またアンタ、『地図描きたいなー』とか思てるんやろ」
    「それもありますが、……いや、ゴホン、そうではなく」
     ハンは空咳をしつつ、ガタガタと音を鳴らして立ち上がる。
    「結局、戦闘になってしまったか、と」
    「遠征隊には1人も死亡者出てへんやん。連合軍にしても向こうさんにしても、皆殺しになったワケでもあらへんし。そもそも動員した人数考えたら、奇跡的な生存率やろ?」
    「それはそうですが、しかし……」
    「自分で言うのんも何やけど、相当よおやった方やろな。軍団に任せとったら、考え無しにわーっと突撃しまくって全滅やったやろし。ソレ考えたら、ずっと被害は抑えられてるはずやで」
    「詭弁に感じなくも無いですが、納得はしますよ。確かにこれが、現状で考え得る最善策だったんでしょう。……ですが、陛下にどう言い訳をすればいいか」
    「アタシがやったる。遠征隊に被害0やったら、何とでも言えるしな」
    「頼みます。……ところでエリザさん」
     と、ハンが軽く頭を下げる。
    「何やな、改まって」
    「出張を申請したいのですが」
    「測量やろ? 1週間あげるし、仲ええ子探してから、もっかい揃って申請し。1日、2日で納得行くほど周れへんやろ?」
    「あ、……あー、……ええ、はい、では」
     一転、ハンは顔を赤くし、もう一度頭を下げた。

    琥珀暁・狐謀伝 終
    琥珀暁・狐謀伝 7
    »»  2019.10.26.
    神様たちの話、第267話。
    狐につままれたような。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「ほな早速、報告させてもらいますわ」
     西山間部方面の戦いが終息したため、エリザとハンは、ゼロに連絡を取っていた。
    《ああ、よろしく。まずは被害状況から教えてほしい》
    「ひがいじょーきょー? はて、何のお話です?」
     とぼけた返し方をしたエリザに、ゼロの苦々しげな声が答える。
    《西山間部が攻略されたと言う話だったよね? 軍事支配されている地域を奪ったと言うなら、軍事行動は必然だ。であれば1クラムも支出が無いなんてことは有り得ない。その支出の内訳、即ち遠征隊の人間が何名犠牲になり、どの程度軍事物資を消費、あるいは破損させたかを、報告してほしいと言ってるんだ。ふざけてないでちゃんと答えてほしい》
    「あー、はいはいはい、そう言うコトですか。そう言うコトやったら、ウチの被害は0ですわ」
    《……うん?》
     一転、半分面食らったような、そしてもう半分は困惑したような返事が返って来る。
    《ふざけないでほしいと、今お願いしたばかりなんだけど》
    「ふざけてまへん。至って真面目です。遠征隊の子は誰一人死んでませんし、装備や糧食に関しても消費した分をこちらで補充しとりますから、ゼロさんトコに請求するもんは1人も、1クラムもありまへんわ」
    《では、何も行動しなかったと? でなければ減らないと言うのは論理的におかしいだろう?》
    「そう言うコトですな。行動言うたら、こっちの人らが帝国さん倒すのんにちょこっと『おてつだい』したったくらいですわ。遠征隊が『軍事行動』し、敵を殺害したっちゅうような事実は、1件としてありまへんわ」
    《詭弁じゃないか、それは? 遠征隊として行動しなくとも、現地民に対して君の指図があったことは明らかだ。でなければ長年、帝国の軍事支配から脱却できなかった彼らが突然反旗を翻し、あまつさえ勝ってしまうようなことが起こるはずが無い》
    「アタシの? はて、いつドコで誰がそんなコト言うてましたやろ? 『女将さんが西山間部の人らとコソコソ話し込んでましたで』とか何とか、ドコかから聞かはったんですか?」
    《そうした報告は無い。だけど状況からすれば、明らかだ。君が絡んでいなければ、そんな離れ業が彼らに為せるはずが……》
    「そら見くびりすぎっちゅうもんですわ。現にやったはりますし、アタシが事細かくアレやコレや口添えしたっちゅう事実も、ゼロさんトコにはいっこも報告されてないですやろ? ソレとも報告されました? 『こんなん聞いとるぞ』って、そう言うのんがあるんやったらどうぞ、はっきり言うたって下さい」
    《確かに明確な報告を受けてはいない。だが状況は明らかに、君の関与を……》
    「状況、状況て、そもそもゼロさんはその目で直接現地の様子を見て、そう言う話をされたはるんですか? 今まで言うてはったんはゼロさんが自分の頭ん中で組み立てた話ですやん? 憶測の域を出えへん話ばっかりやないですか」
    《それは……そうだが……確かにそうだけども……》
    「事実は事実、憶測には敵いまへん。憶測を何百、何千並べたとて、事実一つあればそんなもん、全部ワヤですわ。
     その『事実』の列挙、注釈やら脚色やら一切無しの、ただの結果として――遠征隊には被害無し。現地の人らが自分らの努力で西山間部軍を撃破した。アタシらが遠征隊として出動したんは、その戦いで出た捕虜の収容代行でだけですわ。アタシらは剣一本、魔術一言すらも動かしてません。
     ソレが事実。ソレだけが、事実ですわ。まだ何か、問責したいトコあらはりますか?」
    《う……ぐ》
     ゼロの攻勢がやんだところで、エリザの正面に座っていたハンが心配そうな目を向けつつ、筆談で釘を指してくる。
    (しかし実際 軍は動かしたでしょう? それはどうするんです?)
     エリザも筆を取り、ニヤニヤ笑いながらこう返した。
    (こうするんが一番やろ
     アンタもクーちゃんも関わってへんし 後はアタシやってへんて言い張ったら 責めるトコ無くなるやん
     現場の子にもさっき言うた通りにしか説明してへんし 誰も仕掛けに気付かへんで)
     その文を見て、ハンは肩をすくめた。
    (黙認します)
     エリザはこくりとうなずきつつ、報告を再開した。
    「そんなワケで、今回の西山間部の状況に関して、遠征隊は軍事行動を行ってまへん。ええやないですか、ウチらん中に死人一人も出えへんかったんですし。ソレともゼロさん、誰か死んでほしかったんですか?」
    《なっ、……そ、そんなわけが無いだろう!? ……あ、ああ、うん。そうだね、うん。被害が無いと言うその報告は、ともかく信じることとする。
     だけど、無論、遠征隊の帰還後に聞き取り調査を行うなど、裏を取ることはさせてもらうよ。今回のこの報告に万一虚偽があった場合、改めて問責させてもらうからね》
    「はいはいどうぞどうぞ、お好きなよーに」
     悔しそうなゼロの声を聞いて、エリザはまた、ニヤリと笑みを浮かべた。
    琥珀暁・平西伝 1
    »»  2019.10.28.
    神様たちの話、第268話。
    エマの行状と行方。

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    2.
    「あ、ほんでゼロさん」
    《う、うん? なん、……何かな?》
     まだ悔しさのにじむ声色で返事したゼロに、エリザが畳み掛ける。
    「もう8月も末ですし、時期的には人員交代でけるギリギリっちゅうところですけども、もう増員はいりまへんで。現状でもヒマしとる子がチラホラおりますし、無理くり仕事作っとる状態ですねん。コレ以上わっさわっさ送られたかて、持て余すだけですわ。交代要員送ってもらうだけで結構ですからな。
     何しろアタシらは、戦争やるようなつもりで来とるワケちゃいますから」
    《あ、うん……。分かった、人事部門に伝えておくよ。
     っと、そうだ。人事と言えばエリザ、エメリア・ソーンの件はどうなったかな?》
     エマの件について言及され、エリザはふう、とため息をつく。
    「進展無しですわ。懲罰房を脱走してから以降、足取りはさっぱりです。西山間部でも聞き込みを行ってもらいましたけども、誰も見てへんと」
    《そうか……。こちらでも一応、彼女の素行や部下への態度などを調査してたんだけど、やっぱり報告が上がってなかっただけで、相当ひどいことをやってたらしい》
    「ひどい?」
    《部下への暴言や中傷は日常的に行われていて、特に酷いケースでは髪の毛を引っ張って耳元で怒鳴る、背中を蹴っ飛ばして転倒させるなどの暴力行為も、度々あったそうだ。しかもその都度、『私のコトを誰かに言いふらしたらどうなるか分かってるね?』とおどして、報告させないようにしていたそうだ。
     仕事に関しては相当にこなしてくれたから、十分信頼に足る人物だと思っていたけど、……残念ながら評定方法に、重大な欠陥があったと認めざるを得ない。再発防止に務めるよ》
    「ソレ、いっこ聞いときたいコトあるんですけどもな」
     と、エリザが尋ねる。
    「エマちゃんのそう言う行動、目立ち出したんはいつからとか分かります?」
    《調査した限りでは、どうやら1年前、道路敷設中の事故で負傷した後かららしい。それまでは打算的で、何と言うか、あざといところもあったらしいんだが、事故から復帰して以降は妙に攻撃的と言うか、人間嫌いになったと言うか、とにかく他人を遠ざけようとすることが多くなったと言う話だ》
    「その事故で頭打ったっちゅう話でしたな。せやけども、頭打って性格変わったっちゅうのんも出来過ぎな話と思いますけどな」
    《その点については同感だ。だが君がさっき言った通り、これは調査によって明らかにされた、厳然たる事実だ。憶測じゃない》
    「ふむー……。ま、ともかく捜査は続けますわ。交代要員が確定し次第、また連絡させてもらいますわ」
    《分かった。じゃあ、また》
    「ほな」
     報告を終え、エリザはもう一度、ふー、とため息をついた。
    「吸うてええ?」
    「どうぞ」
    「ありがとさん」
     エリザは胸元から煙管を取り出し、火を点けながら、ハンに目を向ける。
    「エマちゃんの話やけどもな」
    「何か隠していた事実があったとか?」
    「いや、そうやないんよ。捜査に進展無いんはホンマや。アンタも知っとるやろ」
    「エリザさんのことですから、俺に知らせていない何かしらの情報をつかんでいるのかと」
    「今回はそう言うん、無いねん。いやな、アタシが言いたいんは、偽者なんやないかっちゅうコトやねん」
    「偽者? エマが、と言うことですか?」
     けげんな顔をするハンに、エリザは煙管の先を向ける。
    「せや。そもそも団体行動を乱す、と言うよりも、団体そのものをグッチャグチャに破壊しかねへんようなろくでなしを、軍の人事部門が雇おうと思うか?」
    「確かに有り得ませんね」
    「人事があそこまでメチャクチャなヤツ、雇う時に気付かんようなマヌケやとは思えへんし、仮に気付かへんまま雇ったとて、ヒラの時やったら上に報告されてすぐクビやろ」
    「ふむ……。あの性格を考えれば、昇進するまで本性を隠していた、とするのも妙ですしね」
    「となると、ドコかで入れ替わったと考えるのんが一番有り得そうな話やろ?」
    「それが事故の時、と考えてるんですね」
    「せや。ただ、ソレが何のためなんか、そっちはピンと来いひんねんな」
    「そうですね。単純に北へ来たいと言う目的であれば、士官よりも兵士にすり替った方が面倒が少ないでしょうし」
    「せやろ? ……ま、今エマちゃんを名乗っとるヤツが捕まらん限り、結論は出されへんな。この件は引き続き、捜査の結果を待つしか無いわ」
    「同感です」
    琥珀暁・平西伝 2
    »»  2019.10.29.
    神様たちの話、第269話。
    通信デート。

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    3.
     ゼロへの報告を終えたその日の晩、エリザのところにゲートからの連絡が入った。
    「どないしたん? アタシの声聞きたなったん?」
    《はは……、それもあるっちゃある。あ、いや、真面目な話があるんだ》
    「なんや? 今日の報告のコトか?」
     そう尋ねたところで、ゲートの声が返って来る。
    《そうだ。その、ゼロの奴が》「お偉いさんらに公聴させてたんやろ?」《んっ、……なんで分かった?》
     面食らった様子のゲートの声に、エリザはクスクス笑う。
    「そら、報告始めていきなり『被害状況言うて』なんておかしいやん? そんなんわざわざ念押しせんでも、順を追って話すっちゅうねん。ソレ聞かせたいヤツが周りに仰山おったとしか思われへんやん、そんなん」
    《君がいつも通り察しのいい子で、マジに助かるよ》
    そんな風に言われ、エリザは思わず吹き出した。
    「ぷっ、ふふふ……」
    《どうした?》
    「いや、うふ、ふふ……、アタシのコトを『子』なんて言うん、アンタだけやもん。や、ゴメンゴメン、話戻すけども。
     わざわざそんなコトしよるっちゅうコトは、アタシ叩きの材料にしようと思てはったんやろな。1人でも1クラムでも犠牲やら出費やらあったら、ソレをダシにアタシのコト、ボロカスにけなすつもりしてはったんやろ」
    《だろうな。ところが犠牲も出費も無しと来たもんだ。あいつも困っただろうな。実際、その後の会議じゃほとんど黙りっぱなしだったし、どう見ても不貞腐れてる感じだった》
    「なんやソレ。もっと大人かな思てたけど、案外やね」
    《そう言ってやるな。あいつにも色々あるんだ。っと、俺からはそれくらいだな。そっちは変わりないか? ハンはいつも通りか?》
    「いつも通りやね。こないだも『測量したい』言うて出張申請してきよったわ」
    《そりゃ確かにいつも通りだな。……で、クーとはどうなんだ?》
    「あー、……うーん」
     言い淀んだエリザに、ゲートがけげんな声を返す。
    《なんだ? そっちもいつも通り、って感じじゃないのか?》
    「そうなんよ」
    《何かあったのか?》
    「ありそうっちゅうか、起こりそうっちゅうか」
     そう答えつつ、エリザは机の上に置きっぱなしだった書類に目をやる。
    「さっき、出張申請してきたって言うたやん? その相手がな」
    《またクーが押しかけてきたのか?》
    「や、ソレがな、全然別の娘やねん。ほら、エマちゃんの班に1人おったやん? その子をハンくんの班に入れたったんやけども」
    《誰だったっけ……。すまん、覚えてないな》
    「メリベルっちゅう子や。アタシらはメリーちゃんって呼んどるけど」
    《んー……、あー、うん、いたかもな。……いや、すまん。正直言うと、ソーンのこと自体、他からの推薦で選んだ程度だからな。彼女の班員までは把握できてない。えーと、で、そのメリーって子が、ハンと一緒に?》
    「せやねん。元々エマちゃんトコで補佐と資材管理しとったから、アタマはええねんな。ほんで、測量のコトも結構興味津々やったみたいでな、勉強を兼ねて付いてきたい言うて」
    《なるほど。……あれ、じゃあクーは一緒じゃないのか?》
     今度はゲートがけげんな声を出す。
    「ソレがな、こないだ――言うてももう3、4ヶ月くらい前やけど――ハンがクーちゃん連れて測量行ったら、吹雪がひどすぎてどないもならんかったらしいんよ。で、結局雪ん中でじーっとさせられた挙げ句にしゃあないから帰ろかってなって、ソレでクーちゃんがキレてもうてな」
    《あいつのことだから、吹雪いても頑固に目的地まで行こうとしたんだろうな。そりゃキレもするわな》
    「ソレ以来、ハンくんも測量誘わへんくなったし、クーちゃんもハンくんから何となしに距離置いてもうたし、ってなっててんな。せやから今回も、クーちゃんにはお声が掛からずや」
    《色々事情が変わってきてんだな。じゃあもう、ハンとクーが付き合うみたいな話は無くなった感じなのか?》
    「かも知れへんな。案外今頃、メリーちゃんと楽しくやっとるんちゃうか?」
    琥珀暁・平西伝 3
    »»  2019.10.30.
    神様たちの話、第270話。
    荒れない晩餐。

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    4.
    「……そりゃ確かに、こっちには1人の被害も出てないさ。だけどどうにも、納得しかねる部分はあるんだ。結局は連合側に犠牲を強いた形になるんだからな」
    「そうですね。わたしもその点、気にかかってました。先生は補償されたと仰ってましたけど」
    「あの人のことだから、そう言う、いわゆる損得って点は、帳尻を合わせようとはするんだ。だが……」
     シモン班はこれまでずっとそうしてきたように、この晩も街の食堂で夕食を取りつつ、酔ったハンによる、取り留めのない愚痴を聞かされていた。
     これまでと違ったのは、新しく班員となったメリーが真面目に相槌を打ち、相手してくれていたことである。
    「……だから、いくら被害0だとは言え、結局は遠征隊が美味しいところを取っただけの形になってるってことが、やはり俺には納得しかねるんだよ」
    「わたしも同感です。やっぱりわたしの気持ちとしては、もっとお返ししないとって思いますよね」
    「ああ。メリー、やっぱり君もそう思うか」
    「ええ。あくまでわたしの、一個人の意見ではですけれど」
    「いや、俺も同意見だ。それを分かってくれて、非常にありがたい」
    「恐縮です」
     何周も同じ話を繰り返すハンに対し、真面目で優しいメリーは丁寧に、何度も肯定して答えている。いつもなら話すうち、次第に不機嫌になるのだが、メリーの反応がハンには心地良かったらしく、明らかに満足した様子で立ち上がった。
    「……っと、今日はこれで帰るとするか。お前たちはどうする?」
    「へっ?」
     今まで一度も無かったハンの行動に、マリアとビートは目を丸くする。クーも同様に驚いていたが、何とか受け答えする。
    「え、ええと、わたくしたちはまだ、色々お話したいことがございますから、お先にどうぞ」
    「そうか。それじゃ、俺はこれで失礼する。ここまでの代金は払っておくからな」
    「あ、どーも。尉官、お気を付けて」
    「ああ、おやすみ」
     ハンは満足げな様子のまま、店を出てしまった。その後姿を見送ったところで、マリアがメリーに声を掛ける。
    「メリーちゃん、すごいね。尉官があんなニッコニコして帰ったの、あたし初めて見たよー」
    「そうなんですか? わたしはただ、そうだなぁ、そうだなぁと思ってお話ししただけなんですけど……」
    「言われてみれば確かに、僕たちあんまり、酔っ払った尉官をまともに相手したこと無いですね。そりゃ班組んだばかりの頃は、真面目にうなずいてた記憶はありますけど」
    「でもぐーるぐる同じ話するから、いつの間にかめんどくさくなっちゃったんだよね。そー考えたら、やっぱり初々しいよね、メリーちゃん」
    「恐縮です」
     顔を赤らめるメリーに、マリアは笑いかけた。
    「恐縮なんてしなくていーって。や、ホントいい子だよね。尉官が気に入るのも分かるなー」
    「え? 尉官が、……わたしを、ですか?」
     一転、メリーは意外そうな顔をする。それを目にした途端、クーは思わず声を上げてしまった。
    「ちょ、調子にっ、……あ、あっ、いえ」
    「ん? 何か言った、クーちゃん?」
     が、マリアたちには聞かれていなかったらしく、尋ね返してくる。クーは平静を装い、ごまかしておいた。
    「えーと、……いえ、何か頼もうかと存じまして。マリアはいかがかしら」
    「あ、そーですね。じゃー、カボチャのスープとカニグラタンとウニ乗せじゃがバターとー……」
     マリアがずらずらとメニューを並べるのを聞いて、メリーはクスクスと笑っていた。
    「本当に、マリアさんっていっぱい食べますね。色んなもの食べられて、うらやましいです。わたし、もうお腹いっぱいですもん」
    「ん、……えへへへ、まーね」
     嬉しそうに笑うマリアを眺めながら、ビートはクーに耳打ちしていた。
    「メリーさんって、何て言うか、毒気が無いですよね。誰が何しても素直にほめてくれますし」
    「……ええ、そうですわね。……好感、持てますわよね」
    「ですよね。僕も同感です。本当、いい人ですよ」
    「……そう……」
     その後は、マリアたちとどんな話をしたかも覚えておらず――気付けばクーは、部屋着にも着替えぬまま、自室のベッドに突っ伏していた。
    琥珀暁・平西伝 4
    »»  2019.10.31.
    神様たちの話、第271話。
    温和メリー。

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    5.
     すっかり上の空になってしまったクーをよそに、マリアがメリーに質問する。
    「で、で、西山間部の作戦って、どんな感じだったの? なんか今回は短耳の人だけしか参加してないって言ってたし、あたしもビートも、こっちでお留守番だったし」
    「作戦、……と言えるほどのものでは無かったです。軍団と豪族の連合軍が西山間部で帝国軍と交戦して勝利したとのことで、そこで出た捕虜を移送するだけでしたので」
    「でも尉官は作戦って言ってたよ?」
    「と言われても、本当にわたしも、捕虜の移送としか聞かされてませんし、実際、捕虜らしき人たちは素直に付いて来てましたから、戦闘なども起きませんでしたし」
    「ふーん……? や、他にも何人か、参加した知り合いに聞いてみたんだけど、みんな同じよーな感じだったんだよね。『作戦だったのか何なのか、いまいち分かんない』って。作戦じゃないにしては、やたらあっちこっち歩き回ったり、わざわざ帝国軍の服着てたりしてたらしいし。捕虜の人たちを回収する時、相手に警戒させないようにとか何とかって聞かされたって」
    「ええ、現場で渡されました。わたしも何だか変だなぁとは思っていたんですが、先生が『えーからえーから』と、半ば強引に」
    「エリザさんらしいなぁ。……そこまで念入りにごまかすってことは、もう絶対、教えてくれそうにないよねー」
    「多分そうですね。ノースポート作戦の時は終了後にあっさり教えてくれましたけど、終わってもまだ詳細が周知されないってことは、改めて先生に聞いてみても、恐らくとぼけられて終わりでしょうね」
     そう言って肩をすくめるビートに、マリアは笑って返した。
    「あはは、だよねー。じゃ、もうこの話はいいや。考えたって答え出ないだろうし」
    「そ、そう言う考えもあるんですね」
     目を丸くしているメリーを見て、ビートが首を横に振る。
    「考えと言うより、マリアさんの場合はあんまり考えないタイプだってだけです」
    「ひどくない?」
     口を尖らせるマリアを見て、ビートはまた肩をすくめる。
    「正直、マリアさんが考え込んでるようなところは見た覚えが無いもんで」
    「あたしだって色々考えてるよ? ……明日の朝ご飯とか」
    「結局ご飯ばっかりじゃないですか、はは……」

     ハンが店を後にしてから1時間ほど後、マリアたちも帰ることにした。
    「クーちゃん、クーちゃんってば」
    「はあ……はい……」
     まだぼんやりしたままのクーの手を引き、マリアはビートとメリーに向き直る。
    「なんかクーちゃん酔っ払っちゃったみたいだから、あたし送ってく。じゃねー」
    「はい、また明日」
    「おやすみなさい」
     二人きりになったところで、ビートが尋ねる。
    「そう言えば尉官から、また測量に行かないかと打診されたんですが、メリーさんも誘われましたか?」
    「あ、はい」
    「もう返事したんですか?」
    「ええ、ぜひご一緒したいと。出張申請も出しました」
     それを聞いて、ビートは苦い顔を向けた。
    「率直に言って、あんまりおすすめしませんよ」
    「あら、そうなんですか?」
    「尉官は神経質で完璧主義ですから、納得行く結果が出るまで何度でも測ろうとしますし。真面目に付き合ったら相当疲れます。ましてやメリーさん、測量の経験は無いですよね? 勝手が分からないと、かなり苦労すると思いますよ」
    「あ、一応ですけど、自分で勉強してみました。あまりご迷惑をかけないようにって」
    「そうですか。……うーん」
     ビートは腕を組み、空を仰ぐ。
    「不安ですね……。女性相手だから、尉官も無茶言ったりしないとは思うんですが」
    「大丈夫だと思いますよ。すごく優しい方ですから」
     思いもよらないことを聞き、ビートの長い耳がぴょんと跳ねた。
    「誰がですって?」
    「シモン尉官です」
    「どの辺がです?」
    「例えば、さっきのお店でも――ご自分の意見を話される前までは――皆さんの話に耳を傾けていらっしゃいましたし、言葉を選んで話をされているご様子でした。気配りのできる方だな、と」
    「……あー、……そうか、メリーさんの前の上司と比べたら、そりゃ誰だっていい人ですよね」
    「それを抜きにしても、わたしは尉官のこと、いい人だと思ってますよ」
     そう言ってにこっと笑うメリーに目を向け、ビートはまた、苦笑いしていた。
    「まあ、その、……あんまり、期待しちゃ駄目ですよ?」
    「ご忠告、ありがとうございます。ビートさんも優しい人ですね」
    「……そりゃどうも」
    琥珀暁・平西伝 5
    »»  2019.11.01.
    神様たちの話、第272話。
    エリザのなぐさめ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     シモン班が測量調査に出たその朝、しょんぼりしているクーの元に、エリザが訪ねてきた。
    「おはようさん」
    「おはようございます、エリザさん」
    「やっぱりやな」
     挨拶を終えるなり、エリザはクーの顔に両手を添え、ため息を付いてきた。
    「え、なっ、え、エリザさん?」
    「アンタ、ココんトコまともに寝てへんやろ?」
    「ぅえ?」
    「目ぇは赤いし、お肌もカサついとるし。よっぽど嫌なコトあった、っちゅう顔しとるで」
    「……そこまでお見通しであれば、今のわたくしの気持ちも察していらっしゃるのでしょう?」
     尋ねたクーに、エリザはこくんとうなずいて返す。
    「そらな。そうやなかったら、朝っぱらからお邪魔せえへんて。……ハンくんのコトやろ?」
    「ええ」
    「あの子はアタマのネジ、1本2本飛んどるんかと思う時あるな。アンタの気持ち知っとるはずやのに、最近お気にの女の子と悪びれもせんと遊びに行くとか、正気を疑うでホンマ」
    「浮気性、……と言うと語弊がございますわね。そ、そもそも、お付き合いしているわけでは、ございませんし。もっと的確に、申すとすれば、やはり、わたくしは、……ぐす、……相手にされて、……ひっく、……いないの、でしょうね」
     話しているうちに悲しさが押し寄せ、クーの目からぼたぼたと涙がこぼれ出す。
    「や、そない急に決め付けんでも、な? ……しゃあないな。うん、気ぃ済むまで泣いたらええ。落ち着くまでアタシが側にいたるから」
     そう言って、エリザはハンカチを差し出す。クーはそれを半ばひったくるように受け取り、顔に押し当てた。
    「……ひっく……ひっく……お、お気遣い、……ぐすっ、……感謝、いたしますわ」

     ひとしきり泣き、ようやく落ち着いたところで、ずっと肩を抱いていてくれたエリザが笑う。
    「ハンカチぐっしょぐしょや。よお泣いたなぁ」
    「申し訳ございません……」
    「ええて、ええて。せや、お腹も空いたやろし、ちょっと街行かへんか?」
    「え? ……あ、と」
    「ま、その前にお風呂入ろか。髪の毛もくしゃくしゃやし、顔も真っ赤やしな。整えへんとな」
    「え、ええ」
     そのまま連れ立って浴場へ向かい、二人で湯船に浸かる。
    「はぁ……あ」
    「落ち着いたか?」
    「ええ、大分。……あの、お聞きいただきたい件がひとつ」
    「なんや?」
    「ハンの、今回の測量調査ですけれど、ハンはわたくしに、まったく声をかけて下さらなかったのです」
    「そらひどいな。一回くらい誘ったったらええやろにな。そらまあ、こないだのんで懲りたんやろけども」
    「わたくし、言い過ぎたのかしら……」
     ちゃぷ、と湯船に顔まで沈んだクーの頭を、エリザが優しく撫でる。
    「あの子は言われ過ぎるくらいで丁度ええねん。普段ろくに、周りから叱られへんのやから。
     自分では人格者やー、良識ある人間やー思とるみたいやけどな、実際他人を軽く見とるわ、自分の考えを押し付けるわで、めちゃめちゃ嫌われやすい性格してんねん。こないだのシェロくん時の騒ぎも、アタシが何とかしたらへんかったら、反乱起こされとったで。せやから叱れる人間がこまめに叱ったるくらいで、丁度良おなるんや。
     アンタのやったコトは何も間違うてへん。バッチリやっとるで」
    「ありがとうございます、エリザさん」
     クーはエリザにぴと、と肩を付け、ほんの少しだけエリザに寄り添おうとしたが、エリザは笑って、ぐい、と自分の懐に抱き込んで来る。
    「遠慮せんでええよ」
    「きゃっ!?」
     ぎゅっと抱きしめられるが、クーに不快感は無く、むしろ――物理的にだけではなく――温かいものを、じんわりと感じていた。
    「何やかんやで2年も故郷離れとるからな。色々寂しい気持ちもあるやろ? もっと甘えてええよ」
    「……ふふっ、……ありがとう」
     苛立ちや不安で凝り固まった心が解れるのを感じながら、クーもエリザの腕を抱きしめていた。
    琥珀暁・平西伝 6
    »»  2019.11.02.
    神様たちの話、第273話。
    色めく港町。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     入浴を終え、街の食堂で食事を楽しんだ後、クーとエリザはそのまま街をぶらついていた。
    「なんだか、以前にも増して人の往来が増えたように感じますわね」
    「実際、西山間部からの人も来てはるみたいやね。帝国からの支配が無くなって以降は、『美味しいもんあるらしいで』言うてぞろぞろ降りてきてはるわ」
    「まあ。と言うことは、『虎』の方ばかり?」
    「や、『熊』の人も短耳もやね。……ふふふ、ソレやけどな」
     エリザはニコニコ笑いながら、こう続けた。
    「言うたら『新婚旅行』みたいなのんもちょこちょこいてはるんよ。ソレも、今まで対立しとった豪族の人らと、帝国の人らみたいにな」
    「へぇ……?」
     言われて辺りを見回してみると、確かに熊耳・虎耳の人間と短耳の男女が、仲睦まじげに連れ立って歩いているのが目に入る。
    「でも、そう簡単に仲良くいたせるものでしょうか? 長年に渡って、両者とも争いを続けていたはずですのに。ましてや帝国は『熊耳と虎耳は賤民である』と、配下国に徹底していたはずでは」
    「ちゅうてもその指導は10年、20年程度やん? 100年、200年の伝統とかやったら変えるのんは難しいけども、たかだか当代の皇帝が無理無理押し付けたような習慣なんか、そいつからの圧力が無くなった途端にみんな捨てよるわ。いがみ合いにしたかて、結局は帝国の命令でやらされてたようなもんやん。豪族さんらもソレがちゃんと分かっとるから、ああやって仲良うでけとるっちゅうワケや」
    「そんなもの……かしら」
    「そんなもんや。論より証拠やで」
    「左様ですわね」
     そうして、二人で笑っていると――エリザが突然、「……はぁ」と憂鬱そうなため息を漏らした。
    「如何いたしまして?」
    「や、仲良さそうな子ら見てたらな、ちょっとめんどいコト思い出してもうてな」
    「めんどい……?」
     首をかしげたクーに、エリザが肩をすくめて返す。
    「あー、と、な。ほら、あのー……、シェロくんがな」
    「シェロが?」
     その名前を耳にし、クーは思わず顔をしかめる。
    「やっぱりそーゆー反応やんなぁ」
     エリザに見透かされるが、クーは悪びれずに答える。
    「ええ。正直申しましてわたくし、シェロにはあまり良い印象を抱いておりませんわ。こちらにいらした時から無愛想で不躾な方でしたし、あの事件のこともございますもの」
    「せやろなぁ。ハンくんもそう思てるやろな。……うーん」
    「何か、シェロに関わることが、……あ」
     尋ねかけて、クーはエリザの視線が街行く男女に向けられていることに気付き、そこから彼女が言わんとすることを察する。
    「そう言えば以前、シェロがミェーチ元将軍の娘さんとお付き合いされていると伺ったことがございましたわね」
    「あー、うん」
    「あれから月日が経ちましたし、今回の件でミェーチ元将軍は西山間部で安堵されたとも伺っておりますわ。となればそろそろ、シェロにも身を固めるようなお話が立つのでは?」
    「まあ、そう言うコトやねんな」
     エリザはもう一度ため息をつき、こう続けた。
    「ほんで再来週、結婚式挙げるでーってコトになったはええものの、アタシに出席して欲しいと。や、ソレは全然ええねん。アレコレ世話焼いた相手の吉事やし、そら出たらなアカンやん。アタシ自身は出る気満々やねん。問題はな」
    「遠征隊の、エリザさん以外の重要人物も呼んで欲しい、と?」
    「せやねん。ちゅうのんも今回の件な、向こうさんには『遠征隊と一緒に戦った』っちゅうように伝わっとんねんな。や、向こうさんにとったら、そらそうなんやけども」
    「あら」
    「せやから、『今度のおめでたい式には遠征隊のお偉いさんが出て来て当然』みたいな空気になっとってな。そらアタシは行くけども、いっつも顔見せとるからな。ミェーチさんからも『今度は特別な催事故、いつもは顔を見せぬような者が訪ねてきて欲しいものだ』言うて、釘刺されてしもてん」
    「難儀ですわね。それでハンか、もしくはわたくしを、と?」
    「せやねん。や、クーちゃんがどうしても行きたないっちゅうコトやったら、アタシがハンくん説得して、無理無理来さすけどもな」
    「構いませんわ。わたくしでよろしければ、出席いたしますわよ」
    「へ?」
     思ってもいない回答だったらしく、エリザの目が点になる。
    「ええの?」
    「ええ。何だかんだと申しましても、ご結婚なさると言うことであれば、是非お祝いいたしたく存じますもの」
    「ソレやったらええねん。や、ホンマ助かるわぁ」
    「どういたしまして」
     そう返し、クーはにこっと笑って見せた。
    琥珀暁・平西伝 7
    »»  2019.11.03.
    神様たちの話、第274話。
    冠婚式。

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    8.
    「おぉ、クラム殿下! ようこそ参られた!」
     クーの顔を見るなり、ミェーチは満面の笑みを浮かべ、クーの手をがっちり握りしめた。
    「いやいや、こうしてこの西山間部でお目見えが叶うとは、なんと幸甚であるか!」
    「お喜びいただけまして、こちらも光栄ですわ」
     自分より頭2つ半も背の高いミェーチを見上げ、クーもにっこりと笑って返す。
    「エリザさんから、ご栄達のほどを伺っておりますわ。おめでとうございます、将軍閣下。いえ、陛下とお呼びした方がよろしいかしら」
    「いやいや、陛下などと呼ばれては甚だ恐縮である。何しろこの地をを任されて、まだ幾許(いくばく)も経っておらぬからな」
     西山間部戦終結後、豪族たちは自分たちが元々治めていた西山間部各地に戻り、約四半世紀ぶりに君臨・統治することとなった。
     また、ミェーチ軍団についても、無血陥落させた西山間部基地とその周辺の土地を安堵され、ミェーチがその地域の首長、即ち国王となった。
    「とは言え、手放しで喜べはせん。何しろ東山間部が目と鼻の先であるからな。有事の際には、この砦が最前線となることは想像に難くない」
    「であるからこそ、安堵も容易に認められたのでしょうね。ですけれど、王と認められたのは事実ですから、吉事には変わりございませんわ」
    「うむ。加えて娘も本日、婿を迎えることとなった。吉事が重なり、誠に喜ばしい限りだ」
    「心からお祝いいたします。改めて、おめでとうございます、陛下」
    「……うむ」
     クーの言葉に、ミェーチは心底嬉しそうに顔をほころばせていた。

     そうこうしている内に式の開始が告げられ、クーは来賓席に通された。ところが――。
    (……あら? エリザさんはどちらかしら。てっきりお隣の席かと存じておりましたけれど)
     隣が空席のまま、式が開始される。クーが戸惑っている間に、砦の中庭にリディアとミェーチが現れた。
    (エリザさんからお聞きしていた通り、わたくしたちの作法に則って式を進めるようですわね。結婚の誓いを行う際には、新郎新婦の、最も親しい方を帯同させるのが習わしですし、……となると、シェロは如何なさるのかしら? わたくしたちの作法に則るとするなら、シェロもご両親か、あるいは親しいご友人を帯同させなければなりませんけれど――シェロには誠に失礼ですけれど――どちらもいらっしゃらないわよね?)
     そんなことを考えながら成り行きを見守っていると、やがて「答え」が姿を現した。
    「あらっ」
     思わず、声を漏らしてしまう。何故なら花婿姿のシェロの隣には、エリザが佇んでいたからだ。
    (もしかしてエリザさんが億劫がっていた本当の理由は、こちらにあったのかしら。ご自分が代役を頼まれると、予想が付いてらしたのでしょうね)
     どうやらクーの予想通りらしく、エリザはどことなく居心地悪そうな様子で、シェロの手を引いて中庭を進んで行く。
    「ほれ、着いたで」
    「……ども」
     気まずいのはシェロの方もらしく、彼もほとんど、エリザと目を合わそうとしていない。
    「オホン、……ほな、誓いしてもらうで」
     シェロを連れてきたエリザが、そのまま二人の前に立つ。
    「まず、新郎のシェロ・ナイトマン。アンタは新婦、リディア・ミェーチを妻とし、生涯愛し続けるコトを誓うか?」
    「誓います」
     どうにか踏ん切りをつけたらしく、シェロは背筋を正してエリザに向き直り、深くうなずく。
    「では新婦のリディア・ミェーチ。アンタは新郎、シェロ・ナイトマンを夫とし、生涯愛し続けるコトを誓うか?」
    「はい!」
     リディアも満面の笑みで答え、エリザはどことなく、ほっとしたような顔をした。
    「ほな、その誓いの証明として、二人はココでキスな」
    「はっ、はい」
    「あ……」
     シェロは顔を真っ赤にしつつ、同様に紅潮したリディアの肩に手を置き、顔を寄せる。
    「あ、……と、……いい?」
    「……ど、どうぞ」
     そのまま二人が顔を重ねたところで、エリザがぱちぱちと拍手する。それにつられる形で、皆も拍手し始めた。
    琥珀暁・平西伝 8
    »»  2019.11.04.
    神様たちの話、第275話。
    見えぬ相手。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    9.
     式が滞りなく済んだその晩、クーとエリザはミェーチの砦に泊まることとなった。
    「無論、今夜は南の塔には寄らぬよう、くれぐれもお頼み申す」
    「承知しておりますわ」
    「なんぼなんでも結婚初夜に、お部屋にお邪魔するんは野暮ですからな」
    「うむ、であれば結構」
     どこかそわそわした様子ながら、ミェーチは話を切り出してきた。
    「お二方を夜分にお呼びしたのは、他でもござらん。今後のことについて、見解を伺いたくてな」
    「今後のこと?」
     尋ねたクーに、ミェーチは難しい顔で返す。
    「此度の戦で、帝国の版図は3分の1まで縮むこととなった。これは即ち、帝国が最早この邦の覇権を喪失したことを意味する。普通に考えるならば、大勢は決したと考えて相違無いものであろう。だが……」
    「帝国にはよほど強力な戦力が存在する、と?」
    「うむ。でなければ四半世紀前には影も形も無かった帝国が、瞬く間に覇権を奪取することなど不可能だ。……とは言え、正直に言えば吾輩も、帝国がどのような兵や策を用いて征服を進めていたのか、詳しいことは聞き及んでおらん。何しろ、実際に戦っていた者たちはその戦いの最中に討ち死にするか、あるいは処刑されてしまったのだからな。
     吾輩の親父も現ノルド王のお父上もその時の戦で敗北し、そのまま処刑されたクチである。両人とも沿岸部から西山間部への戦いへ出征し、再びその姿を見た時には、どちらも既に首だけの状態であった」
    「まあ……」
    「その首級を無造作に我らの足元に投げ捨て、帝国軍はこう命じた。『本日を以て貴様らは我がジーン帝国の属国民となった。以降は謀反や反乱など考えず、我々の奴隷となって未来永劫尽くすのだ』と。
     親父も先王も、相当の兵(つわもの)であった。その二人がああも無残な姿で戻ってきては、誰一人として反抗しようなどと言う者は現れなかった。以来20年以上に渡って、ノルド王国は帝国の属国として冷遇され続けてきたのだ」
     嘆くように語り、ミェーチは目の端にきら、と光るものを見せた。
    「……すまん。大の男が泣き言なぞ」
    「しゃあないでしょ。ひどい話ですやん。誰かて泣きますわ」
    「そう言ってくれると、いくらか慰められる。……その、つまりだな」
    「現状、帝国が逆襲やら報復やらしに来るとしても、どんな手の打ち方してくるか分からへんっちゅうコトですな」
     エリザの言葉に、ミェーチは苦々しい顔で「うむ」とうなずく。
    「打つ手が分からん以上、迎撃のしようが無い。一応、正面から攻めてくることを想定した陣を構えてはおくが……」
    「正面から来ると思って背後から来られたりなんかしたら、一巻の終わりですな」
    「正にそれだ。かと言って全方向への盤石な守りなど、いくらこの砦が難攻不落といえども不可能であるからな。
     そこで女史に伺いたいのだが、我々はどのように守りを固めればよろしいだろうか?」
     尋ねられ、エリザは腕を組んでうなる。
    「んー……。そう言われてもですな、アタシの方もろくな情報を持ってませんからな。ミェーチさんと同じく、正攻法への対処しかおすすめでけませんわ」
    「そうであるか」
    「とは言え、今後のコトを考えたら情報集めは必須ですからな。今まで通り商売の傍ら相手の動きを調べて、ソレを元に方策を整えていくようにしましょか」
    「かたじけない。誠に、女史には世話になりっぱなしである。これほどのご恩、どのように返せば良いものか」
     深々と頭を下げたミェーチに、エリザはぺらぺらと手を振って返す。
    「そないにかしこまらんと。今までもアタシらは仲良う持ちつ持たれつでやってきたんですから、今後もええ『おともだち』として、お付き合いして下さい」
    「……うむ」
     ミェーチは笑顔を見せ、もう一度頭を下げた。



     こうして沿岸部に続き西山間部も帝国の支配から逃れることとなり、激動を続けていた北の邦の情勢は、次第に「親中央・反帝国」の形で収束し始めた。

     残る帝国圏――東山間部はまだ何も、動きを見せていない。

    琥珀暁・平西伝 終
    琥珀暁・平西伝 9
    »»  2019.11.05.

    神様たちの話、第261話。
    オルトラ突破戦。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     帝国本軍の通達によって、西山間部基地に駐留する兵士の中から200名、そしてスオミ王国とイスタス王国から召集された兵士300人が、オルトラ王国封鎖線の突破部隊として結成された。
    「いいか、今回の目的はオルトラ王国の封鎖線を解くことにある。こちらに実力を行使する準備があることを示唆した上で、話し合いを行うものとする。もしもそれで折り合いが付かないようであれば、遠慮はいらん。斬り殺してでも突破し、封鎖線を破壊せよ」
     将軍の命令を受け、部隊全軍に緊張が走る。
    「ずいぶん極端な、と驚く者もいるだろうが、昨今は情勢も緊迫している。ここで帝国の結束が乱れることがあれば、さらなる危機を招きかねない。それを鑑みれば、決して過敏な措置ではない。そのことを理解した上で行動せよ。以上だ」
     兵士たちのざわめきがまだ収まらないまま、突破部隊は進攻を開始した。

     西山間部基地を発って一週間ほどが経ち、西山間部軍はオルトラ王国の封鎖線まで接近した。
     大量の軍勢を目にし、明らかに動揺した様子を見せる封鎖線内のオルトラ王国軍兵士たちに、将軍が通達を行う。
    「我々は帝国西山間部方面監視基地の者だ! お前たちは帝国の了承を得ず街道および町の封鎖を行い、帝国の公益を損なっている! 即刻封鎖を解除し、道を開けろ!」
    「……」
     が、王国軍は何も答えず、槍や弓を構える。それを見て、将軍が再度通達する。
    「もう一度言うぞ! 道を開けろ! さもなくば我々は貴様らに危害を加えてでも、封鎖を突破する! 痛い目を見たくなければ、さっさと従え!」
    「……」
     再度威圧を受けても、王国軍は何も答えず、構えも解かない。しびれを切らしたらしく、将軍は背後の部下に命じる。
    「もう構ってられん! とっとと突破するぞッ!」
    「り、了解です!」
     怒り任せの命令を受け、部下たちは慌てて武器を構え、封鎖線に向かって進行し始めた。当然、王国軍は武器を向けつつも、後退し始める。
    「ふん、腰抜けどもめ! まあいい、このまま押し込んでしまえ!」
     自然と西山間部軍は王国軍を追う形となり、勢いに乗って奥へ、奥へと突き進んで行く。そうなってくると、当初戸惑い気味だった西山間部軍兵士たちも、調子に乗り出す。
    「い……行け行け、やっちまえ!」
    「おっ、おう!」
     やがて西山間部軍のほとんどが封鎖線を越え、陣地内のあちこちに入り込む。これに気を良くし、将軍は号令を発しようとした。
    「よし、このまま内部をかき回し、て……」
     が、その言葉が途中で詰まる。
     何故ならこの時、彼ののどに矢が刺さり、その出口を塞いでしまっていたからだ。

    「ぃよぉし、命中である!」
     敵将軍を射り、ミェーチは拳を振り上げてはしゃぐ。一方、傍らにいたシェロは、冷静に命令を下す。
    「これで敵の指揮系統は崩れた! 後は残った奴らを追い回せ!」
    「御意!」
     命令に従い、ミェーチ軍団の者たちが蜂起する。
    「う、うわっ、うわっ、うわあ!?」
    「よ、横、右っ、敵が!?」
    「左からも出たぞ!?」
     敵陣奥まで意気揚々と深入りしていた西山間部軍は一転、窮地に陥る。
    「閣下、ご命令を! ……閣下? か、閣下!?」
    「し、死んでる!? うわあああ!?」
    「ど、どうすんの、どうすんのこれ!?」
     命令を下す人間がいなくなり、西山間部軍は散り散りに逃げ始めた。その状況を確認し、シェロが再度命令する。
    「いいか、逃げるヤツは無理に追うな! 向かってくるヤツだけ相手しろ! 降参したら捕まえろ!」
    「了解!」
     つい先程まで追う立場だった西山間部軍は、あっさり追われる立場へと逆転する。
    「うおおおらああああッ!」
    「いい気になってんじゃねえぞゴラあああッ!」
    「俺たちをなめんじゃねええええッ!」
     自分たちより一回り、二回りも体格が違う、熊獣人や虎獣人の集団に追い回され、短耳ばかりの西山間部軍は血相を変え、ほうほうの体で逃げ回る。
    「ひっ、ひえっ、ひえあああ……」
    「ちょっ、まっ、だめっ」
    「ちょ、調子に乗るな、……ひいいいっ!」
     普段は帝国の威を笠に着、いばっていたであろう彼らは、今はみっともなく追い回される標的でしかなかった。



     こうして会敵から1時間も経たずに、西山間部軍は散り散りになって壊滅した。
     彼らを率いた将軍は、前述の通り死亡。500名の兵士もその半数が王国軍およびミェーチ軍団に拿捕され、残り半分も帝国本軍からの報復・処罰を恐れ、逃亡。帝国は惨敗を喫する形となった。
     そして当然、帝国に対して一方的に勝利したと言うこの事実を、単なる出来事として放っておくエリザではなく――ミェーチ軍団に命じて、この戦果を大々的に喧伝させた。

    琥珀暁・狐謀伝 2

    2019.10.21.[Edit]
    神様たちの話、第261話。オルトラ突破戦。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 帝国本軍の通達によって、西山間部基地に駐留する兵士の中から200名、そしてスオミ王国とイスタス王国から召集された兵士300人が、オルトラ王国封鎖線の突破部隊として結成された。「いいか、今回の目的はオルトラ王国の封鎖線を解くことにある。こちらに実力を行使する準備があることを示唆した上で、話し合いを行うものとする。もし...

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    神様たちの話、第262話。
    揺れる西山間部。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「なんたることだ!」
     帰投した兵士からの報告ではなく、街の巷説で情況を知らされたこともあり、帝国軍本営は苦々しい顔を揃えていた。
    「500名からなる大部隊があっけなく全滅したばかりか、あられもないうわさとして早くも広まっているとは」
    「そのうわさだが、どうやら敵方が流しているらしい」
    「敵……か。海外人どもめ!」
     一人が忌々しげにうなったところで、情報収集をした将軍が首を横に振る。
    「いや、あのミェーチ軍団のようだ」
    「と言うと、沿岸部を追い出された、あの?」
    「うむ。確かにならず者集団と化した彼奴らにとって、帝国軍――の手先でしかないが――に勝利したと言う事実は、格好の宣伝材料となろう。既に西山間部では、帝国に対する信用が揺らいでいるとの報告も寄せられている」
    「このまま看過すれば、スオミやイスタスも反帝国に転ずるやも、……と言うところか」
     この一言に、将軍たちは揃って顔を見合わせた。
    「そんなことがあっては、帝国が土台から揺らぎかねんぞ」
    「然り。沿岸部はともかく、山間部の半分をも奪われるとなっては……」
    「大勢がひっくり返ってしまう! 全土を支配し、覇権を握っていた我々が一転、追われる立場となってしまうだろう」
    「それは……まずい」
    「であるな」
     もう一度顔を見合わせ、将軍たちは一様にため息を漏らす。
    「どうすべきであろうか」
    「このまま放っては置けん。まずはミェーチ軍団を殲滅し、西山間部の動揺を鎮めねば」
    「当然である。……だが」
     と、先程の将軍が手を挙げる。
    「不穏なうわさも耳にしている」
    「と言うと?」
    「彼奴ら、どうやら豪族ども全員と結託し、連合を組んでいると言うのだ」
    「なに……!?」
     これを聞いて、円卓に着く全員に衝撃が走った。
    「有り得ん! 唯我独尊の輩ばかりの豪族が、他の勢力と、ましてや沿岸部の奴らと手を組んだと言うのか!?」
    「し、しかしそう考えれば、今回の惨敗も説明が付く。豪族と軍団が結託してオルトラなど3ヶ国を襲撃して占拠し、反帝国に仕立てたとすれば」
    「なるほど、封鎖線内に引き寄せてから挟撃、と言うような策もできるわけか。小賢しい奴らめ」
    「それだけでは無い。さらに軍団の奴ら、海外人とも手を組んでいると言うのだ」
    「馬鹿な!」
     この報告に、卓はまた揺れた。
    「そんな、彼奴らにとって都合のいいことばかりが起きてたまるものか!」
    「だが、聞いた話によれば、軍団の副団長は元々、海外人であったとか」
    「なに……!? それが事実であれば、つながりがあると言うわけか」
    「いや待て」
     と、一人が手を挙げる。
    「わしの持っている情報によれば、その副団長――ナイトマンとか言うそうだが――元々は確かに海外人の使節団だか遠征隊だかに在籍していたそうであるが、諍いを起こして放逐されたとも聞いておる。ほれ、沿岸部の一件が……」
    「ふむ、ミェーチがノルド王国から離反したと言う、あの件か。そう言う経緯は確かに聞き及んでいる。……となると」
    「海外人と手を組んだと言うその情報は、流石に嘘であろう。そのナイトマンが戦勝の勢いに乗るべく、欺瞞(ぎまん)工作を仕掛けたのだろうな」
    「しかし、万一本当につながっていたとしたら」
    「相手は200、300の小勢ではなく、1000を超える大軍勢と言うことになる。であればうかつな攻めは……」
    「逆にこちらを危うくする、と言うわけか」
    「この局面に来てさらなる敗北は、それこそ帝国の威光を地に墜とすことになる。慎重にならねば」
    「うぬぬ……」
     自分たちの危機的状況が仄見える中、軍本営の意見は錯綜し、次の手を打ちあぐねてしまっていた。



     だが――事態はさらに、彼らにとって悪い方向に進展しようとしていた。
     まだ敗北のショックから立ち直れないでいた西山間部基地を、ミェーチ軍団と豪族の連合軍が襲撃したのである。

    琥珀暁・狐謀伝 3

    2019.10.22.[Edit]
    神様たちの話、第262話。揺れる西山間部。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「なんたることだ!」 帰投した兵士からの報告ではなく、街の巷説で情況を知らされたこともあり、帝国軍本営は苦々しい顔を揃えていた。「500名からなる大部隊があっけなく全滅したばかりか、あられもないうわさとして早くも広まっているとは」「そのうわさだが、どうやら敵方が流しているらしい」「敵……か。海外人どもめ!」 一人が忌々...

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    神様たちの話、第263話。
    西山間部基地襲撃。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「敵襲! 敵襲!」
     まだ空気も温まらぬ早朝から、西山間部基地は緊張に包まれていた。
    「北北西の方角より、多数の獣人が出現しました! 恐らく本営より通達のあった、ミェーチ軍団と豪族らの連合軍と思われます!」
    「何ぃ!?」
     報告を受け、基地司令は青ざめる。
    「数は!?」
    「500を超えているものと」
    「500か……。現状で対処し切れん数ではないか。よし、迎撃だ!」
    「了解です!」
     大慌てで迎撃準備を整える中、司令は机に貼られた近隣地図を――例によって、ハンが見れば「なんだ、この落書きは?」と嘆きそうな程度のものでしかないが――確認しつつ、深呼吸する。
    (落ち着け……落ち着け……、そう、そうだ、相手の動きを見極めねば。
     本営からの通達では、敵は恐らくオルトラ王国まで版図を拡げているだろうとのことだったな。近隣に陣を張ったと言う報告は無かった。と言うことは、奴らはオルトラ王国からスオミ、イスタスを一気に通過し、ここまで突っ切ってきたのだろう。となれば、相当の疲労があるはず。しっかり陣形を固めて押し返せば、容易に撃退し得るだろう)
     そう判断し、積極策を採って迎え撃とうとしたが――。
    「左翼側が撃破されそうです!」
    「右翼側、敵勢を抑え切れません!」
    「至急、増員願います!」
     疲労困憊と思われていた連合軍は、微塵もそんな様子を見せず、元気一杯に防衛線を押し潰してきたのである。
    (な……何故だ!? いくら体格で上回る奴らとは言え、どう考えても、敵陣を強行突破してきたばかりの動きでは、……そうか、しまった!)
     司令室で報告を受けていた司令は、再度地図に目をやり、重大な事実に気付く。
    (平時であれば、属国から敵の動きを知らせに来る手筈になっている。だが先のオルトラ防衛線突破作戦で、スオミもイスタスも人員を150名ずつ、手持ちの半分も送った上、それがすべて戻って来ていないのだ! 通常の半分の人員では、その通知体制がまともに機能しているはずが無い!
     であれば、彼奴らは敵陣で休養を取れる間も、余裕綽々でゆっくり進軍する間も十分にあったと言うわけか。迎撃ではなく、防御を固めて本国の応援を呼ぶべきだった。……くそッ!)
     司令の判断ミスは、すぐさま迎撃戦の情況に影響する。
    「防衛線、突破されました!」
    「現在、基地城壁が攻撃されています!」
    「攻勢を抑え切れません! 閣下、ご指示を!」
    「う……ううっ」
     司令は頭を抱え、絶望的な結末を迎えることを覚悟した。

     ところが――。
    「司令! そ、その、妙なことが」
    「こ、今度は何だ!?」
    「敵が突然、撤退しました」
    「……は?」
     司令は顔を上げ、尋ね返す。
    「敵がどうしたと?」
    「引き返しました。あわや城壁を乗り越えてくるかと言う状況だったのですが、突然慌てたような様子で、逃げ出しまして」
    「ど、……どう言うことだ?」
     司令は慌てて窓の外に身を乗り出し、基地の外を確認する。伝令が伝えた通り、連合軍はこの時既に、元来た方角の彼方へと走り去っていた。
    「……わ、わけが分からん」
     こうして――特に西山間部軍側が戦果を上げた要素も無く、基地防衛戦は終息してしまった。



     この結果を報告され、軍本営はまたも、揃って首をかしげていた。
    「一体何があったのだ?」
    「分からん。どうにか属国に調査させたが、彼奴らは大慌てでオルトラ王国へ引き返したとしか」
    「ううむ……?」
     明確な回答が無いため、この話題は自然に途切れる。
    「ところで、西山間部基地の被害状況は?」
    「人的被害は約200名だ。先のオルトラ突破失敗の被害と合わせれば、基地の人員は最早半分以下、500を切った状況にある。基地自体も壁や城門の損傷が激しい。大掛かりな修復を要するだろう」
    「となると、基地としての機能は難しいな。この状況でまた襲撃されようものなら……」
    「次は守り切れんだろう。そして基地が陥落すれば、帝国の支配は届かなくなる。彼奴らは悠然とスオミ、イスタスを口説き、自軍に引き入れるだろう」
    「早急に対処せねば。帝国本軍より人員を送り、基地修復と防衛力強化を急がせよ」
    「御意」
     と、ある将軍の元に一人、兵士がやって来る。
    「どうした? ……ふむ、……ふむ、……ははあ、なるほど。そう言うことであったか」
     兵士に耳打ちされ、その将軍はニヤリと笑った。
    「なんだ?」
    「彼奴らがいきなり逃げ出した原因が判明したのだ」
     そう返しつつ、将軍はまた、ニヤリと笑った。

    琥珀暁・狐謀伝 4

    2019.10.23.[Edit]
    神様たちの話、第263話。西山間部基地襲撃。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「敵襲! 敵襲!」 まだ空気も温まらぬ早朝から、西山間部基地は緊張に包まれていた。「北北西の方角より、多数の獣人が出現しました! 恐らく本営より通達のあった、ミェーチ軍団と豪族らの連合軍と思われます!」「何ぃ!?」 報告を受け、基地司令は青ざめる。「数は!?」「500を超えているものと」「500か……。現状で対処し切...

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    神様たちの話、第264話。
    嘘か真か、そのうわさ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「原因?」
    「それは何だ?」
     尋ねられ、将軍は得意げに説明する。
    「先日、ミェーチ軍団が海外人とも結託していると言う情報があっただろう? それが欺瞞であったことが確定したのだ」
    「裏が取れたと?」
    「うむ。と言うのも、彼奴らが大慌てで逃げ出したのは、その海外人が西山間部へ進攻してきたからなのだ」
    「うん?」
    「遡上の理由は容易に想像が付く。海外人も版図を拡げんとしているのだろう。だが、それは軍団にとっては望まざる事態、であるからこそ大急ぎで戻ってきたのだ。大方、『軍団と海外人にはつながりがある』、『もしもの場合には海外人が助太刀してくれる』とでも吹聴して、属国を軍門に引き入れたのだろうからな」
    「なるほど、本当に海外人がやって来れば、その嘘が明らかになる。そうなれば属国も掌を返し、離反する。彼奴らにしてみれば、外来人の山間部遡上はどうあっても阻止しなければならぬ、と言うわけだ」
    「うむ。加えて、その嘘で豪族をも味方に付けていたらしい」
    「では、豪族も手を引こうとしている、と?」
    「確証は無いが、その気配はある。相当揉めている様子が、斥候により確認されているそうだ」
    「ほほう」
     相手の混乱を聞き、円卓に並ぶ顔が悪辣に歪む。
    「となれば、好機であるな」
    「左様。ここで軍団を仕留めさえすれば、豪族の連合も解消され、当座の危機は去る。無論、海外人の問題は残ってはいるが、どうにか面目も立つであろう」
    「でなければ今度こそ、我々は陛下に……」
    「それ以上は口にするな。……恐ろしいことだ」
    「うむ……」

     敵の不和を聞き付けた帝国軍本営は、確実に軍団を討つべく、帝国本国から新たに500名の兵士を西山間部基地に送り、基地の防衛能力を復活させるとともに、基地周辺の警戒態勢を強化し、軍団の再襲に備えた。
     そして程無く帝国軍本営は、一度北へ戻っていた敵勢力が、今度は軍団だけで南下し始めたとの情報を入手した。
    「軍団単騎で、か。察するに、豪族との関係が決裂したと見える」
    「いや、そうとも限らん。海外人の問題もあることであるし、豪族にとっても敵となる存在だ。豪族は北で、海外人を食い止めておるのやもな」
    「どちらにしても、今度は軍団のみ。こちらの1000名に比べれば、200の小勢だ。いざぶつかれば、容易に撃破できる」
    「加えて、退路は無しだ。逃げ帰ったところで、折り合いの悪くなった豪族か、あるいは海外人と戦う羽目になるであろうからな。南へ活路を開くしか、彼奴らに道は残されておらんのだ」
    「ふっふっふ……。ここまで散々、我々を愚弄してきたが、軍団の命運もここに尽きたと言うわけだ」



     双月暦では24年8月の頃、ミェーチ軍団はふたたび、西山間部基地を襲撃した。だが前述の通り、今度は豪族らを伴わない、200名程度の小勢であり――。
    「左翼、敵撤退を確認! 現在、追走しています!」
    「右翼側も現在、散り散りになった敵を追っています!」
    「よし、よし!」
     前回と打って変わって優勢であることを確信し、基地司令も血気盛んに命令を下している。
    「前回の雪辱を晴らすぞ! 全軍前進、一人残らず殲滅するのだ!」
    「了解であります!」
     号令を受け、基地の外に出ていた兵士は皆、勢い良く駆け出し、退却を始めたミェーチ軍団の後を追って行った。
    「ふふふ……、ははは、うわははははは! これで決着だッ!」
     側近数名と共に残った司令は、高笑いを上げつつ、勝利を確信した。

     が――。
    「……まだ戻らないのか?」
    「依然として、一人も、……です」
     司令の心に不安が忍び寄り、彼は思わず空を見上げる。
    「開戦からどれくらい経った?」
    「昼前には会敵していましたから、もう4、5時間は経っているものと」
     側近の言葉を受け、司令の背筋にぞわ、と怖気が走る。
    「おかしい……。いくら相手の逃げ足が早くとも、逃げられたなら逃げられたで、そろそろ帰投してくるはずだろう?」
    「その……はずですが」
    「……嫌な予感がしてきたのだが、俺の思い過ごしだろうか」
    「残念ながら、……私も同感です」

    琥珀暁・狐謀伝 5

    2019.10.24.[Edit]
    神様たちの話、第264話。嘘か真か、そのうわさ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「原因?」「それは何だ?」 尋ねられ、将軍は得意げに説明する。「先日、ミェーチ軍団が海外人とも結託していると言う情報があっただろう? それが欺瞞であったことが確定したのだ」「裏が取れたと?」「うむ。と言うのも、彼奴らが大慌てで逃げ出したのは、その海外人が西山間部へ進攻してきたからなのだ」「うん?」「遡上の理由は...

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    神様たちの話、第265話。
    とどめの欺瞞作戦。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     いくつかの隊に分かれ撤退するミェーチ軍団の殿(しんがり)に追いつこうと、西山間部軍の兵士たちは馬に鞭をやる。
    「もっと急げ! 見失うぞッ!」
     だが、相手は森に入ったり丘を突っ切ったりと、翻弄するかのように逃げ回る。そして1時間、2時間も追走するうち、とうとう見失ってしまった。
    「くそッ!」
    「散々追いかけさせておいて……!」
    「腰抜けめ!」
     ゼェゼェと息を荒くし、へたり込む馬から降り、兵士たちは辺りを見回す。
    「……あれ?」
     そこでようやく、自分たちが暗い森の中にいることに気付いた。
    「どこだここ?」
    「いや……、分からん」
    「地図無いのか?」
    「あっても、……めちゃくちゃに走り回ったから、どこがどこだか」
    「何だよそれ。バカじゃねえの?」
    「お前も一緒になって迷ったんじゃねえか。どっちもどっちだっつーの」
    「ケッ」
     揉めるものの何の解決にもならず、やがて全員が黙り込む。
    「……今、昼くらいか?」
    「割と明るいから、多分」
    「あーあ、腹減ったなぁ」
    「わかる。ぐーぐー言ってる」
     どうしようも無いので、とりあえず全員、木陰に座り込む。
    「で、どう報告する? まんま『逃げられました』じゃ、怒られるかも知れねーし」
    「いや、変なウソ付いてバレたらそっちの方がヤバいだろ」
    「同感。素直に報告すりゃいいだろ」
    「そっかなぁ……。まあいいや」
     雑談しつつ、衣服やかばんを探るが、木の実一つ出て来ない。
    「基地前で蹴散らして終わり、……と思ってたから、糧食なんか持って来てないよなぁ」
    「そりゃそうだ。ここまで追い回す予定じゃなかったもんな」
    「あーあ、腹減ったなぁ」
    「繰り返すなよ。俺だって減ってんだから」
     と、全員の腹がぐう、と鳴ったところで――。
    「おい」
     森の奥から士官服の男が、十数名の兵士らと共に現れた。彼の胸に付いた階級章を見て、兵士たちは慌てて立ち上がり敬礼する。
    「しっ、指揮官殿! ……ですよね?」
    「見ての通りだ。ここで何をやっている?」
    「申し訳ありません! 敵を追っていたのですが、見失いました。それで、……そのー、恥ずかしながら、道に迷ってしまった次第でして」
    「そうだろうと思って、迎えに来た。一緒に来い」
    「あ、ありがとうございます!」
     揃って頭を下げたところで、指揮官はくるりと踵を返し、付いて来るよう促した。

     森を抜けたところで、兵士の一人が首をかしげる。
    「あの、指揮官殿」
    「どうした?」
    「北へ向かっているようですが……?」
    「敵の本隊は叩いたが、散った残党がそこら辺をうろついている。貴官らの消耗を鑑みれば会敵は得策ではないと判断したため、迂回している」
    「そ、そうでありましたか! ご厚慮に気付かず、失礼いたしました!」
    「構わん」
     無口な指揮官は一言だけ返し、ふたたび歩き出そうとする。と、別の者が手を挙げる。
    「あの、大変失礼なことを申し上げますが、指揮官殿は以前から我が基地に? お顔を拝見した覚えが無いのですが」
    「今回の作戦で帝国本軍から派遣されている」
    「了解であります。と言うことは、そちらの女、……あ、いや、女性も本軍の?」
    「え、あ、えっと……?」「そうだ」
     ぎこちなくうなずく女性をさえぎり、指揮官が代わりに答える。
    「俺の秘書官だ」
    「そ、そうでありましたか。いや、女の兵士なんているのかと思って、……い、いえ、すみません」
    「他に質問はあるのか?」
     そう言って、指揮官がギロリと兵士たちをにらんできたため、彼らは顔を見合わせ、無言でうなずき合う。
    (これ以上女について質問するな、……ってことだよな)
    (他に何があんだよ)
    (本軍の人間だし、変な詮索したら飛ぶぜ、首)
    (二重の意味でな)
    「どうした?」
     再度尋ねられ、兵士たちはブンブンと首を横に振った。
    「問題ありませんです、はい!」
    「失礼いたしました!」
    「ならいい」
     それ以上口を開くことなく、兵士たちは指揮官の後を付いて行った。

     そうして北へ向かって進み続け――。
    「着いたぞ」
     指揮官に連れられた兵士たちは、唖然とする。
    「あ、あれ?」
    「……基地、じゃない」
    「って、言うか」
    「ケモノ耳のヤツだらけ、……ってことは」
     そこで指揮官が振り返り、淡々と説明した。
    「察しの通り、ここは西山間部基地じゃない。俺たちの陣地だ。
     ここまで連れて来ておいてこんなことを言うのもなんだが、お前たちは疑いを持つべきだったな。同じ格好で同じことばを話せる短耳だから友軍、と考えるのは短絡的だろう」
    「……まさか、そんな」
     兵士たちは後ずさったが、男の背後に弓を構えた獣人が多数並んで立っているのを確認し、やむなく降参した。



     こうして、撤退したと見せかけたミェーチ軍団を追い回し、細かく分断された上、本陣から遠く引き離された西山間部軍の兵士たちは、帝国軍に偽装したハンと遠征隊の短耳たちに誘導されるまま、半日がかりでそのすべて、およそ900名が彼らの駐屯地へと逐次連行され、次々に拿捕・収容されていった。

    琥珀暁・狐謀伝 6

    2019.10.25.[Edit]
    神様たちの話、第265話。とどめの欺瞞作戦。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. いくつかの隊に分かれ撤退するミェーチ軍団の殿(しんがり)に追いつこうと、西山間部軍の兵士たちは馬に鞭をやる。「もっと急げ! 見失うぞッ!」 だが、相手は森に入ったり丘を突っ切ったりと、翻弄するかのように逃げ回る。そして1時間、2時間も追走するうち、とうとう見失ってしまった。「くそッ!」「散々追いかけさせておいて……...

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    神様たちの話、第266話。
    西山間部戦、決着。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     一人も兵士が帰らないまま夜が明け、がらんとした基地内で、司令はおののいていた。
    「ど……どんな方法を使ったか分からないが、誰一人として帰還しないと言うことは」
    「閣下、その、悲観的なことは」
    「言わずにおれるか……。我々は負けたのだ。もうじき朝になる。明るくなれば、敵もふたたび攻めて来るだろう。100人足らずとなった我々のところへな。
     そこで諸君に質問だが、……この結果を持って帝国へ逃げ帰った場合、俺は一体どうなってしまうんだろうな」
     ぼたぼたと涙を流しながら問う司令に、側近らは一様に、渋い顔を返す。
    「……殺されますね」
    「だろうな。と言って敵に投降したとして、俺たちの身の安全が保証されると思うか?」
    「あ」
     司令の言葉に、側近の一人が何かを思い出したかのように声を上げる。
    「あのー……閣下」
    「なんだ?」
    「一昨日ですが、差出人不明の手紙が届けられまして。読んだ当初は、狂人の戯言(たわごと)か何かとしか思えないような内容だったのですが」
    「何の話をしているんだ? こっちは今、生きるか死ぬかの瀬戸際なんだぞ?」
     泣きじゃくる司令に、側近はこう伝えた。
    「手紙の内容ですが、ただ一筆、『大人しく投降した者には身の安全と美味い飯を保証する』とだけ。今にして思えば、まさにこの、今の状況のことではないかと」
    「……ほ、本当に?」

     朝を迎え、基地の前に現れたミェーチ軍団と豪族の連合軍の前に、司令と側近、そして残っていた100名の兵士が、武器も防具も無い、無防備の状態で姿を現した。エリザの手紙で約束していた通り、軍団は無抵抗の彼らを一人も殺さず拿捕し、自陣へと連行して、美味い料理を振る舞った。
     こうして、帝国西山間部方面基地はあっけなく陥落した。

    「ば……か、なっ」
     報告を受け、帝国軍本営は騒然となった。
    「基地陥落だと!? 1000名の兵士を、難攻不落に築き上げたあの要塞を、陥としたと言うのか!?」
    「何かの間違いでは無いのか!?」
     口々にわめき立てる将軍たちに、議長役の上将軍が土気色の顔で説明する。
    「何度も確認した。間違いは無い。基地はもう既に――あろうことか、ほぼ無傷のまま――敵の手に渡っている。懸念していたスオミ王国とイスタス王国も、彼奴らに恭順したことが分かっている。
     最早、基地だけではない。西山間部すべてが、敵の手に陥ちたのだ」
     最悪の事態を突き付けられ、円卓に並ぶ顔は一斉に青ざめた。
    「……陛下は、既に?」
    「存じておられる。そして先程、このように命じられた」
     上将軍は立ち上がり、腰に佩いていた剣を抜いた。
    「ここにいる全員で御前に向かい、その場で自ら首を斬って死ねと」



     今回の戦いで発生した捕虜は全員、元々豪族が隠れ住んでいた山奥へと連行され、軟禁された。
    「軟禁では不十分と思いますが。あの人数で一丸となって脱走されれば、大変なことになりますよ」
     尋ねたハンに、エリザは肩をすくめて返す。
    「脱走? 何のためにや?」
    「それは帝国だとか、身の自由だとか、……あー、と」
     反論しかけて、ハンは自ら納得する。
    「確かに帝国の圧政を考えれば、今の方がよほど自由、と言うわけですか」
    「美味いご飯も仰山食べられるしな。こないだ見に行った時なんかアタシ、『どうも女将さーん』言うて、鶏モモ片手に手ぇ振られたで」
    「相変わらずのご人気ですね。……であれば、背後から刺される類の心配は無さそうですね」
     ハンは西山間部基地から接収された地図を眺めつつ、ため息をつく。その様子を見て、エリザが茶化す。
    「またアンタ、『地図描きたいなー』とか思てるんやろ」
    「それもありますが、……いや、ゴホン、そうではなく」
     ハンは空咳をしつつ、ガタガタと音を鳴らして立ち上がる。
    「結局、戦闘になってしまったか、と」
    「遠征隊には1人も死亡者出てへんやん。連合軍にしても向こうさんにしても、皆殺しになったワケでもあらへんし。そもそも動員した人数考えたら、奇跡的な生存率やろ?」
    「それはそうですが、しかし……」
    「自分で言うのんも何やけど、相当よおやった方やろな。軍団に任せとったら、考え無しにわーっと突撃しまくって全滅やったやろし。ソレ考えたら、ずっと被害は抑えられてるはずやで」
    「詭弁に感じなくも無いですが、納得はしますよ。確かにこれが、現状で考え得る最善策だったんでしょう。……ですが、陛下にどう言い訳をすればいいか」
    「アタシがやったる。遠征隊に被害0やったら、何とでも言えるしな」
    「頼みます。……ところでエリザさん」
     と、ハンが軽く頭を下げる。
    「何やな、改まって」
    「出張を申請したいのですが」
    「測量やろ? 1週間あげるし、仲ええ子探してから、もっかい揃って申請し。1日、2日で納得行くほど周れへんやろ?」
    「あ、……あー、……ええ、はい、では」
     一転、ハンは顔を赤くし、もう一度頭を下げた。

    琥珀暁・狐謀伝 終

    琥珀暁・狐謀伝 7

    2019.10.26.[Edit]
    神様たちの話、第266話。西山間部戦、決着。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 一人も兵士が帰らないまま夜が明け、がらんとした基地内で、司令はおののいていた。「ど……どんな方法を使ったか分からないが、誰一人として帰還しないと言うことは」「閣下、その、悲観的なことは」「言わずにおれるか……。我々は負けたのだ。もうじき朝になる。明るくなれば、敵もふたたび攻めて来るだろう。100人足らずとなった我々の...

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    神様たちの話、第267話。
    狐につままれたような。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「ほな早速、報告させてもらいますわ」
     西山間部方面の戦いが終息したため、エリザとハンは、ゼロに連絡を取っていた。
    《ああ、よろしく。まずは被害状況から教えてほしい》
    「ひがいじょーきょー? はて、何のお話です?」
     とぼけた返し方をしたエリザに、ゼロの苦々しげな声が答える。
    《西山間部が攻略されたと言う話だったよね? 軍事支配されている地域を奪ったと言うなら、軍事行動は必然だ。であれば1クラムも支出が無いなんてことは有り得ない。その支出の内訳、即ち遠征隊の人間が何名犠牲になり、どの程度軍事物資を消費、あるいは破損させたかを、報告してほしいと言ってるんだ。ふざけてないでちゃんと答えてほしい》
    「あー、はいはいはい、そう言うコトですか。そう言うコトやったら、ウチの被害は0ですわ」
    《……うん?》
     一転、半分面食らったような、そしてもう半分は困惑したような返事が返って来る。
    《ふざけないでほしいと、今お願いしたばかりなんだけど》
    「ふざけてまへん。至って真面目です。遠征隊の子は誰一人死んでませんし、装備や糧食に関しても消費した分をこちらで補充しとりますから、ゼロさんトコに請求するもんは1人も、1クラムもありまへんわ」
    《では、何も行動しなかったと? でなければ減らないと言うのは論理的におかしいだろう?》
    「そう言うコトですな。行動言うたら、こっちの人らが帝国さん倒すのんにちょこっと『おてつだい』したったくらいですわ。遠征隊が『軍事行動』し、敵を殺害したっちゅうような事実は、1件としてありまへんわ」
    《詭弁じゃないか、それは? 遠征隊として行動しなくとも、現地民に対して君の指図があったことは明らかだ。でなければ長年、帝国の軍事支配から脱却できなかった彼らが突然反旗を翻し、あまつさえ勝ってしまうようなことが起こるはずが無い》
    「アタシの? はて、いつドコで誰がそんなコト言うてましたやろ? 『女将さんが西山間部の人らとコソコソ話し込んでましたで』とか何とか、ドコかから聞かはったんですか?」
    《そうした報告は無い。だけど状況からすれば、明らかだ。君が絡んでいなければ、そんな離れ業が彼らに為せるはずが……》
    「そら見くびりすぎっちゅうもんですわ。現にやったはりますし、アタシが事細かくアレやコレや口添えしたっちゅう事実も、ゼロさんトコにはいっこも報告されてないですやろ? ソレとも報告されました? 『こんなん聞いとるぞ』って、そう言うのんがあるんやったらどうぞ、はっきり言うたって下さい」
    《確かに明確な報告を受けてはいない。だが状況は明らかに、君の関与を……》
    「状況、状況て、そもそもゼロさんはその目で直接現地の様子を見て、そう言う話をされたはるんですか? 今まで言うてはったんはゼロさんが自分の頭ん中で組み立てた話ですやん? 憶測の域を出えへん話ばっかりやないですか」
    《それは……そうだが……確かにそうだけども……》
    「事実は事実、憶測には敵いまへん。憶測を何百、何千並べたとて、事実一つあればそんなもん、全部ワヤですわ。
     その『事実』の列挙、注釈やら脚色やら一切無しの、ただの結果として――遠征隊には被害無し。現地の人らが自分らの努力で西山間部軍を撃破した。アタシらが遠征隊として出動したんは、その戦いで出た捕虜の収容代行でだけですわ。アタシらは剣一本、魔術一言すらも動かしてません。
     ソレが事実。ソレだけが、事実ですわ。まだ何か、問責したいトコあらはりますか?」
    《う……ぐ》
     ゼロの攻勢がやんだところで、エリザの正面に座っていたハンが心配そうな目を向けつつ、筆談で釘を指してくる。
    (しかし実際 軍は動かしたでしょう? それはどうするんです?)
     エリザも筆を取り、ニヤニヤ笑いながらこう返した。
    (こうするんが一番やろ
     アンタもクーちゃんも関わってへんし 後はアタシやってへんて言い張ったら 責めるトコ無くなるやん
     現場の子にもさっき言うた通りにしか説明してへんし 誰も仕掛けに気付かへんで)
     その文を見て、ハンは肩をすくめた。
    (黙認します)
     エリザはこくりとうなずきつつ、報告を再開した。
    「そんなワケで、今回の西山間部の状況に関して、遠征隊は軍事行動を行ってまへん。ええやないですか、ウチらん中に死人一人も出えへんかったんですし。ソレともゼロさん、誰か死んでほしかったんですか?」
    《なっ、……そ、そんなわけが無いだろう!? ……あ、ああ、うん。そうだね、うん。被害が無いと言うその報告は、ともかく信じることとする。
     だけど、無論、遠征隊の帰還後に聞き取り調査を行うなど、裏を取ることはさせてもらうよ。今回のこの報告に万一虚偽があった場合、改めて問責させてもらうからね》
    「はいはいどうぞどうぞ、お好きなよーに」
     悔しそうなゼロの声を聞いて、エリザはまた、ニヤリと笑みを浮かべた。

    琥珀暁・平西伝 1

    2019.10.28.[Edit]
    神様たちの話、第267話。狐につままれたような。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「ほな早速、報告させてもらいますわ」 西山間部方面の戦いが終息したため、エリザとハンは、ゼロに連絡を取っていた。《ああ、よろしく。まずは被害状況から教えてほしい》「ひがいじょーきょー? はて、何のお話です?」 とぼけた返し方をしたエリザに、ゼロの苦々しげな声が答える。《西山間部が攻略されたと言う話だったよね? ...

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    神様たちの話、第268話。
    エマの行状と行方。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「あ、ほんでゼロさん」
    《う、うん? なん、……何かな?》
     まだ悔しさのにじむ声色で返事したゼロに、エリザが畳み掛ける。
    「もう8月も末ですし、時期的には人員交代でけるギリギリっちゅうところですけども、もう増員はいりまへんで。現状でもヒマしとる子がチラホラおりますし、無理くり仕事作っとる状態ですねん。コレ以上わっさわっさ送られたかて、持て余すだけですわ。交代要員送ってもらうだけで結構ですからな。
     何しろアタシらは、戦争やるようなつもりで来とるワケちゃいますから」
    《あ、うん……。分かった、人事部門に伝えておくよ。
     っと、そうだ。人事と言えばエリザ、エメリア・ソーンの件はどうなったかな?》
     エマの件について言及され、エリザはふう、とため息をつく。
    「進展無しですわ。懲罰房を脱走してから以降、足取りはさっぱりです。西山間部でも聞き込みを行ってもらいましたけども、誰も見てへんと」
    《そうか……。こちらでも一応、彼女の素行や部下への態度などを調査してたんだけど、やっぱり報告が上がってなかっただけで、相当ひどいことをやってたらしい》
    「ひどい?」
    《部下への暴言や中傷は日常的に行われていて、特に酷いケースでは髪の毛を引っ張って耳元で怒鳴る、背中を蹴っ飛ばして転倒させるなどの暴力行為も、度々あったそうだ。しかもその都度、『私のコトを誰かに言いふらしたらどうなるか分かってるね?』とおどして、報告させないようにしていたそうだ。
     仕事に関しては相当にこなしてくれたから、十分信頼に足る人物だと思っていたけど、……残念ながら評定方法に、重大な欠陥があったと認めざるを得ない。再発防止に務めるよ》
    「ソレ、いっこ聞いときたいコトあるんですけどもな」
     と、エリザが尋ねる。
    「エマちゃんのそう言う行動、目立ち出したんはいつからとか分かります?」
    《調査した限りでは、どうやら1年前、道路敷設中の事故で負傷した後かららしい。それまでは打算的で、何と言うか、あざといところもあったらしいんだが、事故から復帰して以降は妙に攻撃的と言うか、人間嫌いになったと言うか、とにかく他人を遠ざけようとすることが多くなったと言う話だ》
    「その事故で頭打ったっちゅう話でしたな。せやけども、頭打って性格変わったっちゅうのんも出来過ぎな話と思いますけどな」
    《その点については同感だ。だが君がさっき言った通り、これは調査によって明らかにされた、厳然たる事実だ。憶測じゃない》
    「ふむー……。ま、ともかく捜査は続けますわ。交代要員が確定し次第、また連絡させてもらいますわ」
    《分かった。じゃあ、また》
    「ほな」
     報告を終え、エリザはもう一度、ふー、とため息をついた。
    「吸うてええ?」
    「どうぞ」
    「ありがとさん」
     エリザは胸元から煙管を取り出し、火を点けながら、ハンに目を向ける。
    「エマちゃんの話やけどもな」
    「何か隠していた事実があったとか?」
    「いや、そうやないんよ。捜査に進展無いんはホンマや。アンタも知っとるやろ」
    「エリザさんのことですから、俺に知らせていない何かしらの情報をつかんでいるのかと」
    「今回はそう言うん、無いねん。いやな、アタシが言いたいんは、偽者なんやないかっちゅうコトやねん」
    「偽者? エマが、と言うことですか?」
     けげんな顔をするハンに、エリザは煙管の先を向ける。
    「せや。そもそも団体行動を乱す、と言うよりも、団体そのものをグッチャグチャに破壊しかねへんようなろくでなしを、軍の人事部門が雇おうと思うか?」
    「確かに有り得ませんね」
    「人事があそこまでメチャクチャなヤツ、雇う時に気付かんようなマヌケやとは思えへんし、仮に気付かへんまま雇ったとて、ヒラの時やったら上に報告されてすぐクビやろ」
    「ふむ……。あの性格を考えれば、昇進するまで本性を隠していた、とするのも妙ですしね」
    「となると、ドコかで入れ替わったと考えるのんが一番有り得そうな話やろ?」
    「それが事故の時、と考えてるんですね」
    「せや。ただ、ソレが何のためなんか、そっちはピンと来いひんねんな」
    「そうですね。単純に北へ来たいと言う目的であれば、士官よりも兵士にすり替った方が面倒が少ないでしょうし」
    「せやろ? ……ま、今エマちゃんを名乗っとるヤツが捕まらん限り、結論は出されへんな。この件は引き続き、捜査の結果を待つしか無いわ」
    「同感です」

    琥珀暁・平西伝 2

    2019.10.29.[Edit]
    神様たちの話、第268話。エマの行状と行方。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「あ、ほんでゼロさん」《う、うん? なん、……何かな?》 まだ悔しさのにじむ声色で返事したゼロに、エリザが畳み掛ける。「もう8月も末ですし、時期的には人員交代でけるギリギリっちゅうところですけども、もう増員はいりまへんで。現状でもヒマしとる子がチラホラおりますし、無理くり仕事作っとる状態ですねん。コレ以上わっさわっさ...

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    神様たちの話、第269話。
    通信デート。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ゼロへの報告を終えたその日の晩、エリザのところにゲートからの連絡が入った。
    「どないしたん? アタシの声聞きたなったん?」
    《はは……、それもあるっちゃある。あ、いや、真面目な話があるんだ》
    「なんや? 今日の報告のコトか?」
     そう尋ねたところで、ゲートの声が返って来る。
    《そうだ。その、ゼロの奴が》「お偉いさんらに公聴させてたんやろ?」《んっ、……なんで分かった?》
     面食らった様子のゲートの声に、エリザはクスクス笑う。
    「そら、報告始めていきなり『被害状況言うて』なんておかしいやん? そんなんわざわざ念押しせんでも、順を追って話すっちゅうねん。ソレ聞かせたいヤツが周りに仰山おったとしか思われへんやん、そんなん」
    《君がいつも通り察しのいい子で、マジに助かるよ》
    そんな風に言われ、エリザは思わず吹き出した。
    「ぷっ、ふふふ……」
    《どうした?》
    「いや、うふ、ふふ……、アタシのコトを『子』なんて言うん、アンタだけやもん。や、ゴメンゴメン、話戻すけども。
     わざわざそんなコトしよるっちゅうコトは、アタシ叩きの材料にしようと思てはったんやろな。1人でも1クラムでも犠牲やら出費やらあったら、ソレをダシにアタシのコト、ボロカスにけなすつもりしてはったんやろ」
    《だろうな。ところが犠牲も出費も無しと来たもんだ。あいつも困っただろうな。実際、その後の会議じゃほとんど黙りっぱなしだったし、どう見ても不貞腐れてる感じだった》
    「なんやソレ。もっと大人かな思てたけど、案外やね」
    《そう言ってやるな。あいつにも色々あるんだ。っと、俺からはそれくらいだな。そっちは変わりないか? ハンはいつも通りか?》
    「いつも通りやね。こないだも『測量したい』言うて出張申請してきよったわ」
    《そりゃ確かにいつも通りだな。……で、クーとはどうなんだ?》
    「あー、……うーん」
     言い淀んだエリザに、ゲートがけげんな声を返す。
    《なんだ? そっちもいつも通り、って感じじゃないのか?》
    「そうなんよ」
    《何かあったのか?》
    「ありそうっちゅうか、起こりそうっちゅうか」
     そう答えつつ、エリザは机の上に置きっぱなしだった書類に目をやる。
    「さっき、出張申請してきたって言うたやん? その相手がな」
    《またクーが押しかけてきたのか?》
    「や、ソレがな、全然別の娘やねん。ほら、エマちゃんの班に1人おったやん? その子をハンくんの班に入れたったんやけども」
    《誰だったっけ……。すまん、覚えてないな》
    「メリベルっちゅう子や。アタシらはメリーちゃんって呼んどるけど」
    《んー……、あー、うん、いたかもな。……いや、すまん。正直言うと、ソーンのこと自体、他からの推薦で選んだ程度だからな。彼女の班員までは把握できてない。えーと、で、そのメリーって子が、ハンと一緒に?》
    「せやねん。元々エマちゃんトコで補佐と資材管理しとったから、アタマはええねんな。ほんで、測量のコトも結構興味津々やったみたいでな、勉強を兼ねて付いてきたい言うて」
    《なるほど。……あれ、じゃあクーは一緒じゃないのか?》
     今度はゲートがけげんな声を出す。
    「ソレがな、こないだ――言うてももう3、4ヶ月くらい前やけど――ハンがクーちゃん連れて測量行ったら、吹雪がひどすぎてどないもならんかったらしいんよ。で、結局雪ん中でじーっとさせられた挙げ句にしゃあないから帰ろかってなって、ソレでクーちゃんがキレてもうてな」
    《あいつのことだから、吹雪いても頑固に目的地まで行こうとしたんだろうな。そりゃキレもするわな》
    「ソレ以来、ハンくんも測量誘わへんくなったし、クーちゃんもハンくんから何となしに距離置いてもうたし、ってなっててんな。せやから今回も、クーちゃんにはお声が掛からずや」
    《色々事情が変わってきてんだな。じゃあもう、ハンとクーが付き合うみたいな話は無くなった感じなのか?》
    「かも知れへんな。案外今頃、メリーちゃんと楽しくやっとるんちゃうか?」

    琥珀暁・平西伝 3

    2019.10.30.[Edit]
    神様たちの話、第269話。通信デート。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ゼロへの報告を終えたその日の晩、エリザのところにゲートからの連絡が入った。「どないしたん? アタシの声聞きたなったん?」《はは……、それもあるっちゃある。あ、いや、真面目な話があるんだ》「なんや? 今日の報告のコトか?」 そう尋ねたところで、ゲートの声が返って来る。《そうだ。その、ゼロの奴が》「お偉いさんらに公聴させてた...

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    神様たちの話、第270話。
    荒れない晩餐。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「……そりゃ確かに、こっちには1人の被害も出てないさ。だけどどうにも、納得しかねる部分はあるんだ。結局は連合側に犠牲を強いた形になるんだからな」
    「そうですね。わたしもその点、気にかかってました。先生は補償されたと仰ってましたけど」
    「あの人のことだから、そう言う、いわゆる損得って点は、帳尻を合わせようとはするんだ。だが……」
     シモン班はこれまでずっとそうしてきたように、この晩も街の食堂で夕食を取りつつ、酔ったハンによる、取り留めのない愚痴を聞かされていた。
     これまでと違ったのは、新しく班員となったメリーが真面目に相槌を打ち、相手してくれていたことである。
    「……だから、いくら被害0だとは言え、結局は遠征隊が美味しいところを取っただけの形になってるってことが、やはり俺には納得しかねるんだよ」
    「わたしも同感です。やっぱりわたしの気持ちとしては、もっとお返ししないとって思いますよね」
    「ああ。メリー、やっぱり君もそう思うか」
    「ええ。あくまでわたしの、一個人の意見ではですけれど」
    「いや、俺も同意見だ。それを分かってくれて、非常にありがたい」
    「恐縮です」
     何周も同じ話を繰り返すハンに対し、真面目で優しいメリーは丁寧に、何度も肯定して答えている。いつもなら話すうち、次第に不機嫌になるのだが、メリーの反応がハンには心地良かったらしく、明らかに満足した様子で立ち上がった。
    「……っと、今日はこれで帰るとするか。お前たちはどうする?」
    「へっ?」
     今まで一度も無かったハンの行動に、マリアとビートは目を丸くする。クーも同様に驚いていたが、何とか受け答えする。
    「え、ええと、わたくしたちはまだ、色々お話したいことがございますから、お先にどうぞ」
    「そうか。それじゃ、俺はこれで失礼する。ここまでの代金は払っておくからな」
    「あ、どーも。尉官、お気を付けて」
    「ああ、おやすみ」
     ハンは満足げな様子のまま、店を出てしまった。その後姿を見送ったところで、マリアがメリーに声を掛ける。
    「メリーちゃん、すごいね。尉官があんなニッコニコして帰ったの、あたし初めて見たよー」
    「そうなんですか? わたしはただ、そうだなぁ、そうだなぁと思ってお話ししただけなんですけど……」
    「言われてみれば確かに、僕たちあんまり、酔っ払った尉官をまともに相手したこと無いですね。そりゃ班組んだばかりの頃は、真面目にうなずいてた記憶はありますけど」
    「でもぐーるぐる同じ話するから、いつの間にかめんどくさくなっちゃったんだよね。そー考えたら、やっぱり初々しいよね、メリーちゃん」
    「恐縮です」
     顔を赤らめるメリーに、マリアは笑いかけた。
    「恐縮なんてしなくていーって。や、ホントいい子だよね。尉官が気に入るのも分かるなー」
    「え? 尉官が、……わたしを、ですか?」
     一転、メリーは意外そうな顔をする。それを目にした途端、クーは思わず声を上げてしまった。
    「ちょ、調子にっ、……あ、あっ、いえ」
    「ん? 何か言った、クーちゃん?」
     が、マリアたちには聞かれていなかったらしく、尋ね返してくる。クーは平静を装い、ごまかしておいた。
    「えーと、……いえ、何か頼もうかと存じまして。マリアはいかがかしら」
    「あ、そーですね。じゃー、カボチャのスープとカニグラタンとウニ乗せじゃがバターとー……」
     マリアがずらずらとメニューを並べるのを聞いて、メリーはクスクスと笑っていた。
    「本当に、マリアさんっていっぱい食べますね。色んなもの食べられて、うらやましいです。わたし、もうお腹いっぱいですもん」
    「ん、……えへへへ、まーね」
     嬉しそうに笑うマリアを眺めながら、ビートはクーに耳打ちしていた。
    「メリーさんって、何て言うか、毒気が無いですよね。誰が何しても素直にほめてくれますし」
    「……ええ、そうですわね。……好感、持てますわよね」
    「ですよね。僕も同感です。本当、いい人ですよ」
    「……そう……」
     その後は、マリアたちとどんな話をしたかも覚えておらず――気付けばクーは、部屋着にも着替えぬまま、自室のベッドに突っ伏していた。

    琥珀暁・平西伝 4

    2019.10.31.[Edit]
    神様たちの話、第270話。荒れない晩餐。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「……そりゃ確かに、こっちには1人の被害も出てないさ。だけどどうにも、納得しかねる部分はあるんだ。結局は連合側に犠牲を強いた形になるんだからな」「そうですね。わたしもその点、気にかかってました。先生は補償されたと仰ってましたけど」「あの人のことだから、そう言う、いわゆる損得って点は、帳尻を合わせようとはするんだ。だが……」...

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    神様たちの話、第271話。
    温和メリー。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     すっかり上の空になってしまったクーをよそに、マリアがメリーに質問する。
    「で、で、西山間部の作戦って、どんな感じだったの? なんか今回は短耳の人だけしか参加してないって言ってたし、あたしもビートも、こっちでお留守番だったし」
    「作戦、……と言えるほどのものでは無かったです。軍団と豪族の連合軍が西山間部で帝国軍と交戦して勝利したとのことで、そこで出た捕虜を移送するだけでしたので」
    「でも尉官は作戦って言ってたよ?」
    「と言われても、本当にわたしも、捕虜の移送としか聞かされてませんし、実際、捕虜らしき人たちは素直に付いて来てましたから、戦闘なども起きませんでしたし」
    「ふーん……? や、他にも何人か、参加した知り合いに聞いてみたんだけど、みんな同じよーな感じだったんだよね。『作戦だったのか何なのか、いまいち分かんない』って。作戦じゃないにしては、やたらあっちこっち歩き回ったり、わざわざ帝国軍の服着てたりしてたらしいし。捕虜の人たちを回収する時、相手に警戒させないようにとか何とかって聞かされたって」
    「ええ、現場で渡されました。わたしも何だか変だなぁとは思っていたんですが、先生が『えーからえーから』と、半ば強引に」
    「エリザさんらしいなぁ。……そこまで念入りにごまかすってことは、もう絶対、教えてくれそうにないよねー」
    「多分そうですね。ノースポート作戦の時は終了後にあっさり教えてくれましたけど、終わってもまだ詳細が周知されないってことは、改めて先生に聞いてみても、恐らくとぼけられて終わりでしょうね」
     そう言って肩をすくめるビートに、マリアは笑って返した。
    「あはは、だよねー。じゃ、もうこの話はいいや。考えたって答え出ないだろうし」
    「そ、そう言う考えもあるんですね」
     目を丸くしているメリーを見て、ビートが首を横に振る。
    「考えと言うより、マリアさんの場合はあんまり考えないタイプだってだけです」
    「ひどくない?」
     口を尖らせるマリアを見て、ビートはまた肩をすくめる。
    「正直、マリアさんが考え込んでるようなところは見た覚えが無いもんで」
    「あたしだって色々考えてるよ? ……明日の朝ご飯とか」
    「結局ご飯ばっかりじゃないですか、はは……」

     ハンが店を後にしてから1時間ほど後、マリアたちも帰ることにした。
    「クーちゃん、クーちゃんってば」
    「はあ……はい……」
     まだぼんやりしたままのクーの手を引き、マリアはビートとメリーに向き直る。
    「なんかクーちゃん酔っ払っちゃったみたいだから、あたし送ってく。じゃねー」
    「はい、また明日」
    「おやすみなさい」
     二人きりになったところで、ビートが尋ねる。
    「そう言えば尉官から、また測量に行かないかと打診されたんですが、メリーさんも誘われましたか?」
    「あ、はい」
    「もう返事したんですか?」
    「ええ、ぜひご一緒したいと。出張申請も出しました」
     それを聞いて、ビートは苦い顔を向けた。
    「率直に言って、あんまりおすすめしませんよ」
    「あら、そうなんですか?」
    「尉官は神経質で完璧主義ですから、納得行く結果が出るまで何度でも測ろうとしますし。真面目に付き合ったら相当疲れます。ましてやメリーさん、測量の経験は無いですよね? 勝手が分からないと、かなり苦労すると思いますよ」
    「あ、一応ですけど、自分で勉強してみました。あまりご迷惑をかけないようにって」
    「そうですか。……うーん」
     ビートは腕を組み、空を仰ぐ。
    「不安ですね……。女性相手だから、尉官も無茶言ったりしないとは思うんですが」
    「大丈夫だと思いますよ。すごく優しい方ですから」
     思いもよらないことを聞き、ビートの長い耳がぴょんと跳ねた。
    「誰がですって?」
    「シモン尉官です」
    「どの辺がです?」
    「例えば、さっきのお店でも――ご自分の意見を話される前までは――皆さんの話に耳を傾けていらっしゃいましたし、言葉を選んで話をされているご様子でした。気配りのできる方だな、と」
    「……あー、……そうか、メリーさんの前の上司と比べたら、そりゃ誰だっていい人ですよね」
    「それを抜きにしても、わたしは尉官のこと、いい人だと思ってますよ」
     そう言ってにこっと笑うメリーに目を向け、ビートはまた、苦笑いしていた。
    「まあ、その、……あんまり、期待しちゃ駄目ですよ?」
    「ご忠告、ありがとうございます。ビートさんも優しい人ですね」
    「……そりゃどうも」

    琥珀暁・平西伝 5

    2019.11.01.[Edit]
    神様たちの話、第271話。温和メリー。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. すっかり上の空になってしまったクーをよそに、マリアがメリーに質問する。「で、で、西山間部の作戦って、どんな感じだったの? なんか今回は短耳の人だけしか参加してないって言ってたし、あたしもビートも、こっちでお留守番だったし」「作戦、……と言えるほどのものでは無かったです。軍団と豪族の連合軍が西山間部で帝国軍と交戦して勝利し...

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    神様たちの話、第272話。
    エリザのなぐさめ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     シモン班が測量調査に出たその朝、しょんぼりしているクーの元に、エリザが訪ねてきた。
    「おはようさん」
    「おはようございます、エリザさん」
    「やっぱりやな」
     挨拶を終えるなり、エリザはクーの顔に両手を添え、ため息を付いてきた。
    「え、なっ、え、エリザさん?」
    「アンタ、ココんトコまともに寝てへんやろ?」
    「ぅえ?」
    「目ぇは赤いし、お肌もカサついとるし。よっぽど嫌なコトあった、っちゅう顔しとるで」
    「……そこまでお見通しであれば、今のわたくしの気持ちも察していらっしゃるのでしょう?」
     尋ねたクーに、エリザはこくんとうなずいて返す。
    「そらな。そうやなかったら、朝っぱらからお邪魔せえへんて。……ハンくんのコトやろ?」
    「ええ」
    「あの子はアタマのネジ、1本2本飛んどるんかと思う時あるな。アンタの気持ち知っとるはずやのに、最近お気にの女の子と悪びれもせんと遊びに行くとか、正気を疑うでホンマ」
    「浮気性、……と言うと語弊がございますわね。そ、そもそも、お付き合いしているわけでは、ございませんし。もっと的確に、申すとすれば、やはり、わたくしは、……ぐす、……相手にされて、……ひっく、……いないの、でしょうね」
     話しているうちに悲しさが押し寄せ、クーの目からぼたぼたと涙がこぼれ出す。
    「や、そない急に決め付けんでも、な? ……しゃあないな。うん、気ぃ済むまで泣いたらええ。落ち着くまでアタシが側にいたるから」
     そう言って、エリザはハンカチを差し出す。クーはそれを半ばひったくるように受け取り、顔に押し当てた。
    「……ひっく……ひっく……お、お気遣い、……ぐすっ、……感謝、いたしますわ」

     ひとしきり泣き、ようやく落ち着いたところで、ずっと肩を抱いていてくれたエリザが笑う。
    「ハンカチぐっしょぐしょや。よお泣いたなぁ」
    「申し訳ございません……」
    「ええて、ええて。せや、お腹も空いたやろし、ちょっと街行かへんか?」
    「え? ……あ、と」
    「ま、その前にお風呂入ろか。髪の毛もくしゃくしゃやし、顔も真っ赤やしな。整えへんとな」
    「え、ええ」
     そのまま連れ立って浴場へ向かい、二人で湯船に浸かる。
    「はぁ……あ」
    「落ち着いたか?」
    「ええ、大分。……あの、お聞きいただきたい件がひとつ」
    「なんや?」
    「ハンの、今回の測量調査ですけれど、ハンはわたくしに、まったく声をかけて下さらなかったのです」
    「そらひどいな。一回くらい誘ったったらええやろにな。そらまあ、こないだのんで懲りたんやろけども」
    「わたくし、言い過ぎたのかしら……」
     ちゃぷ、と湯船に顔まで沈んだクーの頭を、エリザが優しく撫でる。
    「あの子は言われ過ぎるくらいで丁度ええねん。普段ろくに、周りから叱られへんのやから。
     自分では人格者やー、良識ある人間やー思とるみたいやけどな、実際他人を軽く見とるわ、自分の考えを押し付けるわで、めちゃめちゃ嫌われやすい性格してんねん。こないだのシェロくん時の騒ぎも、アタシが何とかしたらへんかったら、反乱起こされとったで。せやから叱れる人間がこまめに叱ったるくらいで、丁度良おなるんや。
     アンタのやったコトは何も間違うてへん。バッチリやっとるで」
    「ありがとうございます、エリザさん」
     クーはエリザにぴと、と肩を付け、ほんの少しだけエリザに寄り添おうとしたが、エリザは笑って、ぐい、と自分の懐に抱き込んで来る。
    「遠慮せんでええよ」
    「きゃっ!?」
     ぎゅっと抱きしめられるが、クーに不快感は無く、むしろ――物理的にだけではなく――温かいものを、じんわりと感じていた。
    「何やかんやで2年も故郷離れとるからな。色々寂しい気持ちもあるやろ? もっと甘えてええよ」
    「……ふふっ、……ありがとう」
     苛立ちや不安で凝り固まった心が解れるのを感じながら、クーもエリザの腕を抱きしめていた。

    琥珀暁・平西伝 6

    2019.11.02.[Edit]
    神様たちの話、第272話。エリザのなぐさめ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. シモン班が測量調査に出たその朝、しょんぼりしているクーの元に、エリザが訪ねてきた。「おはようさん」「おはようございます、エリザさん」「やっぱりやな」 挨拶を終えるなり、エリザはクーの顔に両手を添え、ため息を付いてきた。「え、なっ、え、エリザさん?」「アンタ、ココんトコまともに寝てへんやろ?」「ぅえ?」「目ぇは赤い...

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    神様たちの話、第273話。
    色めく港町。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     入浴を終え、街の食堂で食事を楽しんだ後、クーとエリザはそのまま街をぶらついていた。
    「なんだか、以前にも増して人の往来が増えたように感じますわね」
    「実際、西山間部からの人も来てはるみたいやね。帝国からの支配が無くなって以降は、『美味しいもんあるらしいで』言うてぞろぞろ降りてきてはるわ」
    「まあ。と言うことは、『虎』の方ばかり?」
    「や、『熊』の人も短耳もやね。……ふふふ、ソレやけどな」
     エリザはニコニコ笑いながら、こう続けた。
    「言うたら『新婚旅行』みたいなのんもちょこちょこいてはるんよ。ソレも、今まで対立しとった豪族の人らと、帝国の人らみたいにな」
    「へぇ……?」
     言われて辺りを見回してみると、確かに熊耳・虎耳の人間と短耳の男女が、仲睦まじげに連れ立って歩いているのが目に入る。
    「でも、そう簡単に仲良くいたせるものでしょうか? 長年に渡って、両者とも争いを続けていたはずですのに。ましてや帝国は『熊耳と虎耳は賤民である』と、配下国に徹底していたはずでは」
    「ちゅうてもその指導は10年、20年程度やん? 100年、200年の伝統とかやったら変えるのんは難しいけども、たかだか当代の皇帝が無理無理押し付けたような習慣なんか、そいつからの圧力が無くなった途端にみんな捨てよるわ。いがみ合いにしたかて、結局は帝国の命令でやらされてたようなもんやん。豪族さんらもソレがちゃんと分かっとるから、ああやって仲良うでけとるっちゅうワケや」
    「そんなもの……かしら」
    「そんなもんや。論より証拠やで」
    「左様ですわね」
     そうして、二人で笑っていると――エリザが突然、「……はぁ」と憂鬱そうなため息を漏らした。
    「如何いたしまして?」
    「や、仲良さそうな子ら見てたらな、ちょっとめんどいコト思い出してもうてな」
    「めんどい……?」
     首をかしげたクーに、エリザが肩をすくめて返す。
    「あー、と、な。ほら、あのー……、シェロくんがな」
    「シェロが?」
     その名前を耳にし、クーは思わず顔をしかめる。
    「やっぱりそーゆー反応やんなぁ」
     エリザに見透かされるが、クーは悪びれずに答える。
    「ええ。正直申しましてわたくし、シェロにはあまり良い印象を抱いておりませんわ。こちらにいらした時から無愛想で不躾な方でしたし、あの事件のこともございますもの」
    「せやろなぁ。ハンくんもそう思てるやろな。……うーん」
    「何か、シェロに関わることが、……あ」
     尋ねかけて、クーはエリザの視線が街行く男女に向けられていることに気付き、そこから彼女が言わんとすることを察する。
    「そう言えば以前、シェロがミェーチ元将軍の娘さんとお付き合いされていると伺ったことがございましたわね」
    「あー、うん」
    「あれから月日が経ちましたし、今回の件でミェーチ元将軍は西山間部で安堵されたとも伺っておりますわ。となればそろそろ、シェロにも身を固めるようなお話が立つのでは?」
    「まあ、そう言うコトやねんな」
     エリザはもう一度ため息をつき、こう続けた。
    「ほんで再来週、結婚式挙げるでーってコトになったはええものの、アタシに出席して欲しいと。や、ソレは全然ええねん。アレコレ世話焼いた相手の吉事やし、そら出たらなアカンやん。アタシ自身は出る気満々やねん。問題はな」
    「遠征隊の、エリザさん以外の重要人物も呼んで欲しい、と?」
    「せやねん。ちゅうのんも今回の件な、向こうさんには『遠征隊と一緒に戦った』っちゅうように伝わっとんねんな。や、向こうさんにとったら、そらそうなんやけども」
    「あら」
    「せやから、『今度のおめでたい式には遠征隊のお偉いさんが出て来て当然』みたいな空気になっとってな。そらアタシは行くけども、いっつも顔見せとるからな。ミェーチさんからも『今度は特別な催事故、いつもは顔を見せぬような者が訪ねてきて欲しいものだ』言うて、釘刺されてしもてん」
    「難儀ですわね。それでハンか、もしくはわたくしを、と?」
    「せやねん。や、クーちゃんがどうしても行きたないっちゅうコトやったら、アタシがハンくん説得して、無理無理来さすけどもな」
    「構いませんわ。わたくしでよろしければ、出席いたしますわよ」
    「へ?」
     思ってもいない回答だったらしく、エリザの目が点になる。
    「ええの?」
    「ええ。何だかんだと申しましても、ご結婚なさると言うことであれば、是非お祝いいたしたく存じますもの」
    「ソレやったらええねん。や、ホンマ助かるわぁ」
    「どういたしまして」
     そう返し、クーはにこっと笑って見せた。

    琥珀暁・平西伝 7

    2019.11.03.[Edit]
    神様たちの話、第273話。色めく港町。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 入浴を終え、街の食堂で食事を楽しんだ後、クーとエリザはそのまま街をぶらついていた。「なんだか、以前にも増して人の往来が増えたように感じますわね」「実際、西山間部からの人も来てはるみたいやね。帝国からの支配が無くなって以降は、『美味しいもんあるらしいで』言うてぞろぞろ降りてきてはるわ」「まあ。と言うことは、『虎』の方ばか...

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    神様たちの話、第274話。
    冠婚式。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
    「おぉ、クラム殿下! ようこそ参られた!」
     クーの顔を見るなり、ミェーチは満面の笑みを浮かべ、クーの手をがっちり握りしめた。
    「いやいや、こうしてこの西山間部でお目見えが叶うとは、なんと幸甚であるか!」
    「お喜びいただけまして、こちらも光栄ですわ」
     自分より頭2つ半も背の高いミェーチを見上げ、クーもにっこりと笑って返す。
    「エリザさんから、ご栄達のほどを伺っておりますわ。おめでとうございます、将軍閣下。いえ、陛下とお呼びした方がよろしいかしら」
    「いやいや、陛下などと呼ばれては甚だ恐縮である。何しろこの地をを任されて、まだ幾許(いくばく)も経っておらぬからな」
     西山間部戦終結後、豪族たちは自分たちが元々治めていた西山間部各地に戻り、約四半世紀ぶりに君臨・統治することとなった。
     また、ミェーチ軍団についても、無血陥落させた西山間部基地とその周辺の土地を安堵され、ミェーチがその地域の首長、即ち国王となった。
    「とは言え、手放しで喜べはせん。何しろ東山間部が目と鼻の先であるからな。有事の際には、この砦が最前線となることは想像に難くない」
    「であるからこそ、安堵も容易に認められたのでしょうね。ですけれど、王と認められたのは事実ですから、吉事には変わりございませんわ」
    「うむ。加えて娘も本日、婿を迎えることとなった。吉事が重なり、誠に喜ばしい限りだ」
    「心からお祝いいたします。改めて、おめでとうございます、陛下」
    「……うむ」
     クーの言葉に、ミェーチは心底嬉しそうに顔をほころばせていた。

     そうこうしている内に式の開始が告げられ、クーは来賓席に通された。ところが――。
    (……あら? エリザさんはどちらかしら。てっきりお隣の席かと存じておりましたけれど)
     隣が空席のまま、式が開始される。クーが戸惑っている間に、砦の中庭にリディアとミェーチが現れた。
    (エリザさんからお聞きしていた通り、わたくしたちの作法に則って式を進めるようですわね。結婚の誓いを行う際には、新郎新婦の、最も親しい方を帯同させるのが習わしですし、……となると、シェロは如何なさるのかしら? わたくしたちの作法に則るとするなら、シェロもご両親か、あるいは親しいご友人を帯同させなければなりませんけれど――シェロには誠に失礼ですけれど――どちらもいらっしゃらないわよね?)
     そんなことを考えながら成り行きを見守っていると、やがて「答え」が姿を現した。
    「あらっ」
     思わず、声を漏らしてしまう。何故なら花婿姿のシェロの隣には、エリザが佇んでいたからだ。
    (もしかしてエリザさんが億劫がっていた本当の理由は、こちらにあったのかしら。ご自分が代役を頼まれると、予想が付いてらしたのでしょうね)
     どうやらクーの予想通りらしく、エリザはどことなく居心地悪そうな様子で、シェロの手を引いて中庭を進んで行く。
    「ほれ、着いたで」
    「……ども」
     気まずいのはシェロの方もらしく、彼もほとんど、エリザと目を合わそうとしていない。
    「オホン、……ほな、誓いしてもらうで」
     シェロを連れてきたエリザが、そのまま二人の前に立つ。
    「まず、新郎のシェロ・ナイトマン。アンタは新婦、リディア・ミェーチを妻とし、生涯愛し続けるコトを誓うか?」
    「誓います」
     どうにか踏ん切りをつけたらしく、シェロは背筋を正してエリザに向き直り、深くうなずく。
    「では新婦のリディア・ミェーチ。アンタは新郎、シェロ・ナイトマンを夫とし、生涯愛し続けるコトを誓うか?」
    「はい!」
     リディアも満面の笑みで答え、エリザはどことなく、ほっとしたような顔をした。
    「ほな、その誓いの証明として、二人はココでキスな」
    「はっ、はい」
    「あ……」
     シェロは顔を真っ赤にしつつ、同様に紅潮したリディアの肩に手を置き、顔を寄せる。
    「あ、……と、……いい?」
    「……ど、どうぞ」
     そのまま二人が顔を重ねたところで、エリザがぱちぱちと拍手する。それにつられる形で、皆も拍手し始めた。

    琥珀暁・平西伝 8

    2019.11.04.[Edit]
    神様たちの話、第274話。冠婚式。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8.「おぉ、クラム殿下! ようこそ参られた!」 クーの顔を見るなり、ミェーチは満面の笑みを浮かべ、クーの手をがっちり握りしめた。「いやいや、こうしてこの西山間部でお目見えが叶うとは、なんと幸甚であるか!」「お喜びいただけまして、こちらも光栄ですわ」 自分より頭2つ半も背の高いミェーチを見上げ、クーもにっこりと笑って返す。「エリザ...

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    神様たちの話、第275話。
    見えぬ相手。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    9.
     式が滞りなく済んだその晩、クーとエリザはミェーチの砦に泊まることとなった。
    「無論、今夜は南の塔には寄らぬよう、くれぐれもお頼み申す」
    「承知しておりますわ」
    「なんぼなんでも結婚初夜に、お部屋にお邪魔するんは野暮ですからな」
    「うむ、であれば結構」
     どこかそわそわした様子ながら、ミェーチは話を切り出してきた。
    「お二方を夜分にお呼びしたのは、他でもござらん。今後のことについて、見解を伺いたくてな」
    「今後のこと?」
     尋ねたクーに、ミェーチは難しい顔で返す。
    「此度の戦で、帝国の版図は3分の1まで縮むこととなった。これは即ち、帝国が最早この邦の覇権を喪失したことを意味する。普通に考えるならば、大勢は決したと考えて相違無いものであろう。だが……」
    「帝国にはよほど強力な戦力が存在する、と?」
    「うむ。でなければ四半世紀前には影も形も無かった帝国が、瞬く間に覇権を奪取することなど不可能だ。……とは言え、正直に言えば吾輩も、帝国がどのような兵や策を用いて征服を進めていたのか、詳しいことは聞き及んでおらん。何しろ、実際に戦っていた者たちはその戦いの最中に討ち死にするか、あるいは処刑されてしまったのだからな。
     吾輩の親父も現ノルド王のお父上もその時の戦で敗北し、そのまま処刑されたクチである。両人とも沿岸部から西山間部への戦いへ出征し、再びその姿を見た時には、どちらも既に首だけの状態であった」
    「まあ……」
    「その首級を無造作に我らの足元に投げ捨て、帝国軍はこう命じた。『本日を以て貴様らは我がジーン帝国の属国民となった。以降は謀反や反乱など考えず、我々の奴隷となって未来永劫尽くすのだ』と。
     親父も先王も、相当の兵(つわもの)であった。その二人がああも無残な姿で戻ってきては、誰一人として反抗しようなどと言う者は現れなかった。以来20年以上に渡って、ノルド王国は帝国の属国として冷遇され続けてきたのだ」
     嘆くように語り、ミェーチは目の端にきら、と光るものを見せた。
    「……すまん。大の男が泣き言なぞ」
    「しゃあないでしょ。ひどい話ですやん。誰かて泣きますわ」
    「そう言ってくれると、いくらか慰められる。……その、つまりだな」
    「現状、帝国が逆襲やら報復やらしに来るとしても、どんな手の打ち方してくるか分からへんっちゅうコトですな」
     エリザの言葉に、ミェーチは苦々しい顔で「うむ」とうなずく。
    「打つ手が分からん以上、迎撃のしようが無い。一応、正面から攻めてくることを想定した陣を構えてはおくが……」
    「正面から来ると思って背後から来られたりなんかしたら、一巻の終わりですな」
    「正にそれだ。かと言って全方向への盤石な守りなど、いくらこの砦が難攻不落といえども不可能であるからな。
     そこで女史に伺いたいのだが、我々はどのように守りを固めればよろしいだろうか?」
     尋ねられ、エリザは腕を組んでうなる。
    「んー……。そう言われてもですな、アタシの方もろくな情報を持ってませんからな。ミェーチさんと同じく、正攻法への対処しかおすすめでけませんわ」
    「そうであるか」
    「とは言え、今後のコトを考えたら情報集めは必須ですからな。今まで通り商売の傍ら相手の動きを調べて、ソレを元に方策を整えていくようにしましょか」
    「かたじけない。誠に、女史には世話になりっぱなしである。これほどのご恩、どのように返せば良いものか」
     深々と頭を下げたミェーチに、エリザはぺらぺらと手を振って返す。
    「そないにかしこまらんと。今までもアタシらは仲良う持ちつ持たれつでやってきたんですから、今後もええ『おともだち』として、お付き合いして下さい」
    「……うむ」
     ミェーチは笑顔を見せ、もう一度頭を下げた。



     こうして沿岸部に続き西山間部も帝国の支配から逃れることとなり、激動を続けていた北の邦の情勢は、次第に「親中央・反帝国」の形で収束し始めた。

     残る帝国圏――東山間部はまだ何も、動きを見せていない。

    琥珀暁・平西伝 終

    琥珀暁・平西伝 9

    2019.11.05.[Edit]
    神様たちの話、第275話。見えぬ相手。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9. 式が滞りなく済んだその晩、クーとエリザはミェーチの砦に泊まることとなった。「無論、今夜は南の塔には寄らぬよう、くれぐれもお頼み申す」「承知しておりますわ」「なんぼなんでも結婚初夜に、お部屋にお邪魔するんは野暮ですからな」「うむ、であれば結構」 どこかそわそわした様子ながら、ミェーチは話を切り出してきた。「お二方を夜分に...

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